Between You and I
スティービー・ワンダーのヒット曲,「Part Time Lover」は学生の頃によく聞いたが,この歌詞の 1 コーラス目の最後は「You and me, my part time lovers」で終わっているのに対し,2 コーラス目では「She and he, part time lovers」となっている。英語教育的にいうと, 1 コーラス目を主格「You and I」にするか, 2 コーラス目を目的格「Her and him」にするかしないと整合性がとれないのでは? と思ってこれを聴いていた。まあ,今考えると,われわれ日本人だって日本語文法はしょっちゅうまちがうし,そういう例は英語日常会話などではたくさんあるので,とりたてて騒ぐこともなかろう。しかし,その気になって注意していると同様な間違いは頻繁に見つかるようだ。「Part Time Lovers」のような歌の文句でもいくつかあったと思うが,ジョナサン・バトラー(日本ではあまり知られていないが,いいミュージシャンです)の「Sarah, Sarah」にある「Sarah, Sarah, what happend to you and I」という歌詞も学生時代から気になっていた。だって,「to」のあとなら目的格がくるべきだから「me」でしょ? いや,「気になっていた」と言いつつも,ほぼ忘却の淵の奥底にあったのだが,すこし前に「Between you and I」(邦訳「カンマの女王」,この邦題は粋ですね)という本を読んで上述のジョナサン・バトラーの歌を思い出した。この本はニューヨーク・タイムスの校正係の著者が,英語の文法やいいまわしについて,うんちくを語ってくれる内容で,タイトルになった「Between you and I」というのは,母語話者が頻繁に間違うことで有名な語句だそうだ。母語話者は主格と目的格をしょっちゅう間違うようで,ジョナサン・バトラーの歌のように「Happen to you and I」というのもあるが,「Between you and I」はとくによく出てくるらしい。Wikipedia によると,シェイクスピアの作品にも出てくるとのこと。きっと英語圏には〈you and I 警察〉がいて,SNS 上を巡回して取り締まっているのではないだろうか。 そして,この言い回しは文法的にまちがいだから使うべからず,という一派と,ここまでみんな使っているのだから,もう認めましょうやという一派がいるらしい。日本語で「全然正しい」という言い回しが,全然正しいかどうかの論争みたいなものか。いや,You and I の場合はかのシェイクスピア先生もお使いになっているので,これを全然正しくないというのはまずいでしょう,みたいな議論もあるのかもしれない。
面白かったのは,あるときこの本を読んでいると,その場にいたアメリカ人が「お,英語の本読んでるじゃないか。なんの本?」と聞いてきたときだ。「英語についてのうんちく本で,君たちアメリカ人が Between you and I という間違いをよくする,みたいな話がいくつも書いてあるんだ。」と答えると「Between you and I のどこが間違っているのだ?」と言い出して,なかなか納得してくれなかったのだ。相手が日本人なら「I は主格で,ここは目的格の me になるって中学校でならっただろう」と文法で攻めることができるが,われわれが「下二段活用」といわれてもピンとこないように,彼は母語に対しては文法は意識していないので,うまく説明できない。この本に書いてあった例を持ち出して「でも順序を逆にして Between I and you にしたらおかしいだろ?」と言ったらやっと納得してくれた。彼が母語話者の代表というわけではないが,「Between you and I」の方が自然に感じるらしい。
ところが,最近のお気に入りの<ゆる言語ラジオ>を聞いていたら(このチャンネルはおすすめ),<サピア・ウォーフの仮設>で有名な(といいながら浅学な筆者はこれを聴くまでしらなかった)サピア博士が<ドリフト>という概念をつかって,このあたりを説明しているという話を知った。何でもサピア博士は「Whom did you see」と言うべきところを「Who did you see」と言った方が自然に感じるという現象を,著書(読んでません)のなかで 20 ページにわたって解説しているということだ。それによると,英語話者は目的格を使うべきとろを主格にしてしまうように<ドリフト>するらしい。なんか自分でもよくわかっていないので,くわしく知りたい方は上でリンクした動画を参照,と無責任に丸投げして,今晩はジョナサン・バトラーでも聴いて寝るか。