真影
相変わらず笑顔が素敵なキミは可愛くて
ふとカメラに写してみる 液晶に映る
キミを模し取ったそれはキミであってキミではなくて
それでもただキミを忘れたくなくて
焼き増したキミはいつだって笑っている
ただ、キミは今日も笑っている
それだけにこれから先を思う度に苦しくなる
キミはこれから先もずっと笑っているだろうか
キミはもう私には笑いかけてくれないかな
きっと初めからなかった様に消えてしまう
他人の記憶についてはじめに忘れるのは声らしい
次に顔、名前。最後まで覚えていられるのは匂いらしい
以前、仲良くしてくれていた人が居た
久しぶりに連絡でも入れようか、と思った時
ふと、どんな顔だっけ、と。どんな声だっけ、と。
穏やかな絶望と焦燥感が迫ってくる様子は死への恐怖と似ていて
向ける先のわからない不安と満たされない胸に溢れる茫然とした希死願望の様で
ベタだけど、人は忘れられた時に死ぬとか言うやつ
死は眠りに過ぎない、たったそれだけの事だと考えて
たったそれだけの事それだけの事だ
忘れる事がキミ殺すことの様に思えてしまうだけだ
薄情な記憶はキミの事を消し去ろうとするだろう
きっと月日がキミを融解し初めから無かったと言い張るだろう
きっと夢の中で出逢えたとしてももう匂いも思い出せないのかな
ただキミと世界の境界線がほどける様に溶け始める
それはただ、
大空を覆い尽くす蒼と海原を広げる碧を分つ水平線が自ら意味を見失う、
星が上にも映る下にも模る、ただそんな、二つの月の在る世界だろう。
あるいは、
バクテリアの亡骸と星々を模った泥粒が作るストロマトライト。
ただ、
盛夏の、夜明け前のまだ冷たい海水。その魂を融解するには易い熱の。
ただ、
穏やかに燃える水平線が、そこに灯る陽炎が、キミの輪郭をゆっくりとほぐしていく。
ただ、
夏色のセーラー服が潮風にはためく情景だけがハッキリとしていて。
ただ、
今も止まない潮騒が、キミの意味をゆっくりと風化させて。
ただ、
夏を透かした様な、あどけない愛おしいキミの笑顔の様で。
そんなのは困ってしまうな、いやロマンではあるのだけど 美しくあるけど
だからこそ、忘れたくないや
焼き付けてしまいたい脳に海馬に
一緒にいる時間が幸せで今をこの瞬間を共に生きていたいと思えてしまう
多分大好きなんだろうだからキミをじっと見ていたい
今この瞬間を味わっていたい(これは“食べる事は生きる事”につながるのかな)
あらゆる五感でキミを感じたい
声と顔は、液晶の中に閉じ込めてしまおうか?
あとは触覚かな
キミの手は綺麗だずっと触れていたい程に
キミの髪は綺麗だずっと撫でていたい程に
キミはなんで快く膝枕してくれるのか、いまだに分からないけど
手触りだけでキミと分かるくらいに触れていたい
それと、味覚?
キミの事は本当に食べちゃいたいくらいに大好きなんだよ、偽り無く、言葉の通りに
食肉、生の奴違ういや違うんだ人の肉だよ、興味がないわけじゃなくてむしろあって
この感覚って小さい頃からずっとごく最近まで一般的だと思ってた
口切った時とか軽い切り傷した時舐めて見ても血の味ってなんだかとても良い
結局人間に対しての姿勢が歪んでしまってるのかな生物としてしか見れてないんだ
基本的に食材で言えば肉が好きで当然生物としての人間の肉は興味がある
僕は“てつがく家”であると共に、”美食家“でもあって食に対する意欲もやっぱり歪んでる
もちろん人肉なんて興味を惹かれる研究テーマでしかないんだよ
ああ、キミはどんな味がするんだろうって考える
それがくらい理性が抑えることなど簡単なのは論ずるまでもない話で
もし仮にチャンスがあったのならその時は分からないけど
興味が好きを超えて相手傷つけるまで行く事はあり得ないし
好きじゃない人間の肉は美味しいかと言われれば
それは私の”哲学“と、“美食“に反するだろう
そのアンティノミーの前で人食をするか問われたら答えは明白で
あしかし血くらいならいいのか?
指とか紙で切ったら咥えさせて欲しいな出来れば、まあ半分冗談だけど
なら深いキスをして味覚として味わうとか
キスってさ好きなんだ説明できないけど好きなんだ
それが言語を超越したある種完成されたコミュニケーションだからかな
それもまた我が感性にはナンセンスとは考え難い
キミは恥ずかしがるだろうかでも所有物だって見せつけてやりたい欲望と対峙している
じゃあせめて同じ食べ物を共有するとかかな
同じランチ、同じメニュー、同じ味、同じ食べ物、
特にキャンディとかは最高だろう
きっとそのキャンディを見かける度に思い出す事になるのだろう
きっとキャンディのような甘い、甘い気持ちになるんだろう
最後に嗅覚。
匂いが他人についての情報の中で最も最後まで記憶していられるのだと
五感の中で嗅覚だけは唯一直接海馬に繋がってるんだっけ
確かプルースト効果だったかな
紅茶の香りのフラッシュバックで思い出し、事件の真相を紐解いた推理小説が由来らしい
あれは読んだタイトルは思い出せないがなかなか面白い話だった
他人についての記憶で、一番最初に忘れてしまうのは声らしい
その次に忘れてしまうのは顔で、最後まで覚えていられるのは匂いだそうだ
きっとキミはこれからの旅先で本当にいろんな人々と出会うんだろう?
きっと私なんかはその内のほんの一人に過ぎないんだ。
きっとキミと離れ離れになったら
薄情な時と過ぎる日々が私の事を忘れ融かし風化させ
存在も記憶も名前も全て忘却の彼方にひっそりと仕舞って
キミは僕の声も顔もすぐに思い出せなくなるんだろうな
だからせめて匂いくらいは、キミの記憶に鮮明に焼き付けてしまえないだろうか
五感の内、嗅覚だけは海馬に直接繋がっているそうだ
もし、もしも
もしもいつか違う街で
違う人として
或いは違う人生の中で
キミと出会った時に
もしその時にキミが匂いだけで
はじめから無かったかのような輪郭のぼやけた
あらゆる境界線が溶けてしまった
靄に包まれたその忘却の彼方の水底に
僅かに淡く光る誰かを見つけられたなら
それはきっと、凄くロマンチックじゃないかな。