現代社会における「法律による行政の原理」について論じなさい。
「法律による行政の原理」とは「法律はすべての行政活動に効力の点で優越し(法律の優位原則)、一定の行政活動についてはその根拠として要求される(法律の留保原則)」という法原則のことである。「法律による行政の原理」における「法律」とは議会が、一定の手続と形式によってつくった法規範のことを指し、
1. 神の律法:イスラム国家
2. 一定の世界観:社会主義国家の法
3. 一国ないし一民族に古くから伝わる不文の慣習法:イギリスの法治主義のコモンロー
上記①~③のような法治主義(法によって、国家権力の担い手が好き勝手なことをすることを抑える)における「法」とは異なり、その時々の国民の代表である議会の意思をあらわし、議会の意思が変われば、過去の意思に優先して効力を持つものである。
ヨーロッパ中世において立法・行政・司法三権を一身に握っていた専制君主の包括的・絶対的な権限を抑えるために、ヨーロッパの市民革命期を中心として、モンテスキューなどの名前で知られる「権力分立」の思想が生まれ、近代的な法治主義国家が登場することになった。
法治主義は私人の自由を恣意的な権力による侵害から護ろうとする自由主義的な原理を内包しており、三権分立制を前提とし、議会の制定した法律を中心に国政をおこなう立法権の優位の体制のことだ。法治主義はドイツをモデルに明治憲法を制定した際に日本に導入され、法治主義から導きだされた行政法の基本原則である「法律による行政の原理」も日本において通説化した。
明治憲法が第二次世界大戦を経て日本国憲法に交代して、天皇主権から国民主権に変わった。明治憲法で通説化されていた「法律による行政の原理」には「自由で平等な尊厳ある個人」と「社会」の観念がないため、行政の原理として役目をはたしておらず、「法の支配」の文脈で行政法の原理を捉えるべきという議論もある(大浜 2016)。
現代社会において20世紀の積極国家・社会国家の要請から所有権絶対や私的自治などを基本とする自由主義の枠組みを維持したまま、国民の生存や福祉のために国家が積極的に介入する「行政国家」に移行し、国家任務が爆発的に増加したため議会だけで立法を担うことが不可能になり行政機関による一般的な準則の定立の割合が増えてきた。委任立法の増大は国会中心主義を揺るがし三権分立の形骸化をもたらしている。
議会法律の授権を受けて行政が制定する委任立法は、伝統的に法規命令と呼ばれてきた。他方で、議会の授権に基づかずに、行政が将来の職務運営のために策定した一群の指針が存在し、これは行政規則と呼ばれた。行政が下級行政機関に対して発する通達が行政規則の代表例である。
縦割り行政に代表される上意下達型システムによる通達で法令の解釈を伝えるという方法には、解釈の振れ幅を少なくし行政の公平さを保証するメリットがある。しかし一方で、地方公共団体に固有の事情を配慮できないこと、第一線の地方公共団体で発見された新規の政策課題を中央に戻すフィードバック過程が長すぎて機能しないこと、各法による縦割り指示体制の並立が地方公共団体の総合行政を妨害することなどの問題点がある。
この問題に関しては憲法92条以下(とくに94条)で定められた地方自治の保障から、「法律による行政の原理」でいう「法律」には、国会制定法律のみならず、都道府県議会や市町村議会が制定する条例も含まれる点を重視して、「条例による行政の原理」と「法律による行政の原理」の両軸で行政を考える必要がある。(1432字)
参考文献
藤田 宙靖『行政法入門 第7版』有斐閣(2016)
大浜 啓吉『「法の支配」とは何か――行政法入門 (岩波新書)』岩波書店(2016)
大橋 洋一『行政法 現代行政過程論 第2版』有斐閣(2001)