大躍進政策
1958年~1961年の間、共産革命後に成立した中華人民共和国において、当時の毛沢東政権が主導となって、農工業の大増産政策として導入したプラン。 その結果、
全体としての収穫量の低下や
病害の蔓延・
収穫期におけるイナゴの大量発生、
また製品として使用するに耐えない低品質の鉄鋼が大量に産出しただけでなく、
その製造に農民が駆り出されたため
けっきょく残ったのは、
荒廃した農地や
本来得られるはずの穀物の喪失、
そして天災も重なったため、飢饉の蔓延による大量の餓死者が発生する
という状況であった。
この政策における失敗の責任を取る形で、毛沢東は辞任した。 そして鄧小平や劉少奇などが経済再建に努めたが、この後しばらく中国共産党内部では権力闘争が続き、のちの文化大革命に繋がることとなる。 鄧小平
南丹隕石