ツッコミ徒然草:四十七段
ある人、清水へ参りたりけるに、老いたる尼の行きつれたりけるが、道すがら、「くさめくさめ」と言ひもて行きければ、「尼御前、何事をかくは宣ふぞ」と問ひけれども、答へもせず、なほ言ひやまざりけるを、たびたび問はれて、うち腹たちて、「やや、鼻ひたる時、かくまじなはねば死ぬるなりと申せば、養ひ君の、比叡山に児にておはしますが、ただ今もや鼻ひ給はむと思へば、かく申すぞかし」と言ひけり。
ありがたき心ざしなりけむかし。
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はいきた〜!今日のテーマ、ちょいムズだけどエモいやつね。「清水に行く途中で、尼さんがずっと“くさめくさめ”って言ってる話」!ざっくり言うと、これって“誰かの無事を祈るやつ”って感じでOK?
りか.icon
概ね正確。補足する。
「くさめ」は当時、くしゃみをした際に災いを防ぐ呪文的発話。現代の「Bless you」に近い。
尼は、比叡山にいる養い子がくしゃみしているかもしれないと想像し、防御的に唱えている。
つまり、距離を超えた信念ベースの保護行動だ。
あや.icon
なんと心やさしいことでしょうね(微笑)
その尼さまは、実際にその子の様子を見ているわけではないのに、ただ思う心だけで祈り続けているのですね。
目に見えぬつながりを信じる、そのひたむきさが、とても尊いように感じられます。
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え、でもさ正直、ずっと「くさめくさめ」って言ってる人いたら、ちょい怖くない?w
或人も「なにそれ?」ってなるのわかるわ〜
りか.icon
そこは合理的疑問。
或人は「行動の理由」を求めた。しかし尼は最初、説明しない。
これは信仰や習慣が言語化されにくいケース。
問われ続けて、やっと説明する構造になっている。
あや.icon
そうですね……言葉にすることで、かえって軽くなってしまう想いもございますもの。
尼さまにとっては、それは説明するものではなく、ただ「そうするべきこと」だったのでしょうね。
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あ〜、わかるかも。
なんかさ、「理由ないけどこれやると安心する」みたいなやつあるじゃん?
お守りとか、推しのグッズ持ち歩くとかw
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その例えは適切。
心理学的には「儀式化された安心行動」と言える。
不確実性を軽減するためのルーチン。
尼の場合、それが他者への愛情と結びついている点が重要。
あや.icon
「ありがたき志」と結ばれておりますね。
この物語は、理屈を超えた思いやりの価値を、静かに伝えているのだと思います。
たとえ少し奇妙に見えたとしても、その心の根はとても美しいものですから。
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なるほどね〜!
最初は「なにこの人w」ってなるけど、理由聞いたら「うわ、めっちゃいい人じゃん…」ってなるやつね。ギャップ萌え的な?w
りか.icon
結論を整理する。
「くさめ」は当時の魔除け的習慣
尼の行動は非合理に見えて、愛情に基づく
作者はその“見えない思いやり”を評価している
以上。
あや.icon
簡潔でわかりやすいまとめですね(微笑)
人の心というものは、時に説明を超えて、ただ感じ取るものなのだと改めて思いました。
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よし、今日のまとめ!
「一見ヘンでも、その人なりの“優しさの形”があるって話!」
はい解散〜!また次回よろしく〜✨