熟議民主主義に対する批判
1. コストと実行可能性の課題
すべての市民が十分な情報を得て、理性的に議論を交わす「熟議」には膨大な時間と労力がかかります。
日常生活や労働に忙しい一般市民が参加するにはハードルが高く、大規模な社会で常にこれを実践するのは現実的ではないと指摘されています。
2. 参加者の偏りと排除
無作為抽出などで一部の市民を集める手法(ミニ・パブリックス)がとられることもありますが、現実には知識や時間に余裕のある層が参加しがちです。
また、白人・中間階級・男性的な「理性的」な会話スタイルが重視されることで、女性やマイノリティの感情的・身体的な発話スタイルが排除・軽視されるというフェミニズム的な観点からの批判もあります。
3. 「合意至上主義」と権力関係の不可視化
熟議モデルは合意(コンセンサス)を重視しますが、それは声の大きい人や論理的思考に長けた人に有利に働き、社会構造上の不平等や抑圧を見えにくくさせてしまうリスクがあります。
これに対し、「政治の本質は合意ではなく対立(闘技)にある」と主張する闘技民主主義(シャンタル・ムフら)からの強い批判が存在します。