宗教とストーリーテリング
scrapboxはあくまで箇条書きであって、ストーリーを書くことはしない(ログが最終的にストーリー性を持つことはあっても、ストーリー的な構造をアフォードしない)。
一方でブログは語りかけでありストーリーである。
経験上、ストーリー性を持つものは宗教じみてくるような気がしている
自分の思考や観測している現実を、ストーリーの上に沿っていると思いたい、というような人間の脆弱性がある気がする
現実を生のまま咀嚼できないということでもある
これは「普通信仰」もそうだし「恋愛至上主義」もそうだし「成功物語」もそう。必ずストーリーがある
すなわちストーリーには依存性があると見ている
宗教性=ストーリー性
「宗教っぽさ」をただカルトとして忌避するか、引き込む力として利用するか
個人的には、人間は基本的に妄想の世界の上を生きているし、麻酔なしでは生きていけないと思うので、肯定的にとらえている
信仰の必要性
考えるのは嫌いだけど行動力は有り余ってる人の狼藉を見るにつけ、実績のある(他コミュニティとある程度うまくやっていける)宗教というのは必要なのかもしれないなと思った
ホワイトカラーが何でもかんでも押し付けておまけに尊厳を奪ってくるということに対してのカウンターなのではないかと思う
人間は自尊感情抜きでは生きていけない
人間はデフォルトで信仰を持つようにできているのかもしれない。自分も科学信仰的な部分はある
素朴さに立脚したものほど排斥性がやばい
https://september36.hatenablog.com/entry/2019/02/11/173005
厳密な科学や事実で見せられる現実と、意識や心の中で作られる理想をわたし達は持っている。これらの折り合いを付けるために物語を作り。その物語によって現実に対する意味が見い出せて生活の満足度が上がる。
https://logmi.jp/business/articles/90769
例えば法律の場合は、守らないと罰があったりまずいことがあるから皆守るけど。法律を守るために死ぬ人はいないけど教義を守るために死ぬ人はいっぱいいるじゃないですか。だから教義のほうが、より人間の本質を突いてるんじゃないかなって思うんですけどね。
結局ストーリーテリングってすごい重要なんですよ。聖書が人類史上最も売れた本になったのは、ストーリーテリングをきちんと行なった初めての宗教本だったんですよ。だからストーリーっていうのはすごい大事なんですよね。
https://note.mu/pentarosan/n/n0532fb57ecb1
「宗教で上等。信念を共有できるメンバーだけが残ればそれでいい。」という覚悟を経営陣が持てるようになったこともValue再構築の大きな成果のひとつだったと思います。