ファッション
外観で褒められることが全く嬉しくないの何でか不思議だったんだけど、
考えてみれば外観ってレガシーであり、かつ大衆性を表象しているからだと気付いた
身体は祖先からの遺伝を表しており
ファッションは大衆性を表す
どちらもイノベーターからしたらゴミのよう
なもの
ファッションはコミュニケーションである
人はファッションを通して
・どの程度、人に合わせることができるのか
・どの程度、自身の価値観を強く持っているのか
・資金状況
・どんな人と普段関わっているのか
などを暗に伝えている
ファッションセンスの良い者はモテる
学歴が良いとかの比にはならないくらいモテ
る
ブサイクでもモテる
ファッションセンスは全てに勝る強さなのである
なぜか?
ファッションセンスの良い者は相手を理解できているからである
ファッションセンスが良いとは何なのか
ファッションセンスが良いとは
「相手に合わせてコミュニケーションを取れている」
ということなのである
ファッションというのは絶対的なものではないということである
ファッションというのは相手に合わせて変えるものなのである
それが上手い人間のことを「ファッションセンスが良い」という
ファッションセンスの良い者と会うと人は安心
する
・この人は省しくないから奪わないだろう
・この人は人を傷付けないように気を遣えるだろう
・この人は自分の話を聞いてくれるだろう
・この人は固定概念に囚われて自分を否定したりしないだろう
と感じる
もしくはこう思うこともあるだろう
・この人は生きる力があるだろう
・この人は世間に流されずに独自の価値観を持っているだろう
・この人の遺伝子は良いだろう
ビジネスであればこうなるのかもしれない
・この人はお金に困っていなさそうだ
・この人の商品は人気なのだろう
・この人は騙さないだろう
・この人はこちらの利益を考えてくれそうだ
ここまで読んだら「どうすればモテるか」はもう分かったであろう
さて、しかし我々はモテればよかったのであ
ろうか
モテれば全て解決か?
いや、そうではないはずだ
小学生でもない限りモテれば良いなんて単純な話ではないはずだ人生は
モテることよりも重要なこと
それは、自身が共にいるべき人と共にいることであろう
さあ、そのためにはどうすればよいのだろう
か
我々には「自身が共にいるべき人からモテる
ファッション」が必要なはずだ
我々は自身が共にいるべき人を吸い寄せるファッションセンスを手に入れなければならないということだ
本当に重要なのは逆かもしれない
つまり、
我々はファッションによって
「自身が共にいるべき人」
をフィルタリングすることができるということだ
ファッションはコミュニケーションなのである
そう考えると「制服」という制度は極めて優しさに溢れた制度であることが分かる
本来、人は相手のファッションから相手の内面を判断している
つまり、制服は本人のファッションセンスを
隠すものなのである
つまり制服を着るという制度は人格の保護なのである
話は変わるが、一夫多妻制ではファッションの重要度は極まる
何故なら様々な遺伝子と交配することが正義
だからである
ファッションを変え、様々な相手に合わせることで多様な遺伝子を残すことが正義となる
一方で、一夫一妻制においては必ずしもそうではない
遺伝子の多様性戦路は既に放棄されており、養育におけるパートナーとの相性が最重要となるからである
性格の合う相手と子孫を養育することが重要
であり
相手に合わせるよりも自身の内面を反映する
ファッションを纏うことがリスクを下げる