大きいものの奴隷になる
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自分のトラウマ・性欲・不安・虚栄
そんなものを追い求めて目先の欲を解消する人生で良いのだろうな?自分1人の命ちっぽけな細胞の寄せ集めだ
自分が何を成し遂げたか分からない人生よりも、何千年後の未来の人を驚かせるほどのものを作った
こういう事実の方が私は良いのではないかと思う
大山阿夫利神社とかはやばい。山の上に神社が立っている。多分、これらを使った奴隷たちは、物凄い達成感があっただろう。古墳もやばい。人間の手で山を作っている。
現代は、こういったスケールのデカさのプロジェクトに参加するには非常に難しい。テレビ局も予算がなくなって、クソみたいな大食い番組や昭和歌唱番組ばかりになっている。昔のような大型セットや大スターがコラボするような、派手なものはもう作れない。
短期的の脳汁出せるものは誰でもできる。だけど少なくとも5年以上のスパンで多くの人が協力して作るものの、スケールのデカさは唯一無二だろう。
2025年9月から、自分が鳴澤さんの元で働けて、これを忠実に実行できている感がある。
この人は10年以上のスパンで事業を作っているので自分が想像できないアップサイドの大きを描いている。
そんな人に従えられているのは、圧倒的に幸福である。
#成功哲学 #モットー #2025年の学び