娯楽について
娯楽について
ヴィクトリア朝時代の娯楽
この時代には、レジャーが中流階級から労働者階級(もちろん中流労働者までですが)にも手が届くものになっています。平均的な家庭では週末に郊外にハイキングやピクニックにでかけることもできます。劇場でも桟敷席ならば、比較的安価で楽しむことができます。また、大衆的な楽しみの一つとしてミュージックホールがあります。19世期末の倫敦では、いくつものミュージックホールが、気楽で大衆的な楽しみを供給しています(劇場とミュージックホールについては後述します)。大衆的な娯楽には、他に様々なものがあります。例えば競馬や、ラグビー、サッカー(英国では『フットボール』と呼称されます)などのスポーツ、またボクシングの試合なども人気があります。テレビやラジオの無い時代ですから、これらの娯楽を楽しむには、現場(競馬場や競技場、試合の行われるパブなどです)に直接出向くことが必要でした。最近は導引機械情報サービスの端末を用いて、試合の結果を引き出すことの出来るサービスなども行われています。
パブ
英国人を語る際に、『パブ』を抜かすことはできません。生活に密着した場としてのパブについて簡単な解説を行います。
パブは『パブリック・ハウス』の略で、簡単に言えばエイル(普通の生ビール)や、ビター(ホップの分量の多い生ビール)を飲ませる酒場です。好みで『フィッシュアンドチップス』などの軽食をとることもできます。パブの主人は『パブリカン』と呼ばれ、大抵が腹の出た気の良い男です。普通の英国人男性ならば、自分のお気に入りの、そして行きつけのパブを持っています。パブでは気の合った仲間同士で談笑しながら酒を飲むことができます。パブは市民の気軽で実用的な楽しみとなっているのです。
ところで一軒のパブに入口が二つある場合が少なからずあります。これは一方が『パブリック・バー』、もう一方が『サルーン・バー』と呼ばれ、両者は完全に仕切られているのです。つまり前者は主として労働者階級の用いる、そして後者は身分の高い人々の用いるパブです。ここでも英国の階級社会の一端を垣間見ることが出来ます。
パブリック・バーには、粗末なテーブルと椅子が備えつけてあり、床にはこぼしたビール類を吸わせるためのおが屑が撒いてあります。
サルーン・バーにはパブリック・バーとは対照的に上質のテーブルやソファがあり、床は絨毯敷き、女性も安心して入ることができます。無論、サルーン・バーでの酒類の値段は、パブリック・バーよりも割高です。
■クラブ
ヴィクトリア朝期には、中上流階級に属している人々は、趣味を同じくする者同士で『クラブ』と呼ばれる組織を創り出しました。それぞれのクラブでは、自由に使える会員専用のメンバーズルームや図書室を備えたクラブハウスが運営されています。そしてそれぞれのクラブに属すクラブ会員は、自分達の城であるクラブハウス(小さなクラブだとクラブルーム)を維持するために、会費を納めねばなりません。しかし、この『選ばれた者』といった意識は、貴族や他の上流階級の人々の虚栄心を満足させるのに十分なものです。
クラブには大小さまざまなものがあります。大きなクラブでは立派なクラブハウスに一流のコックを抱えている所もあります。上流階級に属する有閑の人々の中には、昼頃このようなクラブハウスに来て、新聞を読んだり、チェスやカードを楽しんだりしながら午後を優雅に過ごすという日常が過ごされています。このような大きくて立派なクラブは倫敦の中心部にある、ペル・メル街に集中しています。もちろんこのようなクラブに入会するためには、場合によっては厳しい審査が存在し、会費も高いものです。高級なクラブの代表といえば『リフォーム・クラブ(革新クラブ)』が挙げられます。これにはフィリアス=フォッグ氏という、かつて80日間で世界を一周した人物や、グラッドストンなどの著名な政治家が会員となっています。小さなクラブでは『素人乞食クラブ』や『大砲クラブ』、『地下探検クラブ』などさまざまなものがあり、はた目から見るとただの奇妙な集団であることもあります。
<コラム:PC達の憩いの場>
このゲームではプレイヤーキャラクター達が、特定の集団に自分達の籍を置くなどの指針が記されていません。これは、倫敦に住むキャラクターならば(もちろん倫敦に縁のある者ならば誰でも)、プレイに参加する資格を持つという理由が挙げられます。しかし、プレイヤーキャラクター達が、自らの根城となる場所を欲した場合には、専用のクラブハウスを設定するべきでしょう。また、ゲームマスターがクラブを設定し、ゲームの目的に合わせてプレイヤーをそこに所属させるということも出来ます。
倫敦には、それこそ数え切れないほどのクラブがあり、その中でも資金のあるクラブは、自分達専用のクラブハウスを、金がない場合にはパブの二階を借りたりといったクラブルームを持っています。もしもプレイヤーキャラクター達が全員同じクラブに属する場合、そのクラブは、キャラクター達の雑多な興味に対応するように作られた、いわゆる『仲良しクラブ』といった状態に設定しておくと良いでしょう。勿論、何らか明確な目的を持ったクラブ(それは例えば『私設倫敦防衛クラブ』のようなものかもしれません)を作成しても良いでしょう。
クラブ員の集まるクラブハウスには、会員専用の部屋や、図書室、会員同士で気軽に楽しむことのできるゲームルームなどが設置されています。プレイヤーキャラクター達は、自宅にいるのと同じような気分で、このクラブハウスを使用することができます。
<コラム:イギリスの朝食について>
ヨーロッパのホテルで出される朝食は、一般に『コンティネンタル・ブレックファスト』と呼ばれ、コーヒーか紅茶に、パン、バター(それにジャムかマーマレード)程度のものですが、英国の朝食はこれとは異なり、『フル・イングリッシュ』もしくは『イングリッシュ・ブレックファスト』と呼ばれます。例としてあげれば、コーンフレーク、オレンジジュース、ベーコンエッグ(もしくはハムエッグ)、ベークドトマト添え、トースト、丸パン、紅茶かコーヒーといったものです。このような朝食は、100年前のヴィクトリア朝時代でも中流以上の家庭ならば、ごく普通に見られたものです。また、ホームズ物語には「スコットランドの女のように朝食の趣味が良い」とホームズがハドスン夫人のことを語っている場面があります。もしもキャラクターたちがスコットランドに行くようならば、その朝食の美味しさを表現すべきかもしれません。
■劇場
ヴィクトリア時代の支配的な5つの劇場は、ドルリーレーンのロイヤル劇場、ヘイマーケットのハーマジェスティ劇場、同ヘイマーケットのロイヤル劇場(通称ヘイマーケット劇場)、コヴェントガーデンのロイヤルオペラハウス、そしてライシーアム劇場です。
この時代はメロドラマ全盛の時代で、様々なメロドラマが毎日多くの劇場で上演されています。また、シェイクスピアの作品などの古典も、相変わらず人気を保っています。
倫敦市内の有名な劇場で楽しむには、それなりの料金が必要ですが、場末の劇場ならば、その半額程度で楽しむことが出来ます。無論、市内の劇場とは異なり、正装した婦人や、気取った紳士ではなく、普通の市民達が行く場所です。それでもその舞台や客席の内容は、決して粗末なものではありません。
■仮想人格と劇場
倫敦には、大きな劇場が5つあります。この劇場の全てで『仮想人格』を用いた役者は舞台に上ることができません。舞台の精神を汚すものとして、仮想人格は正当な役者界には、ほとんど広まっていません。
しかし場末のいかがわしい劇場では、『仮想人格を用いた演劇』は、一つのジャンルとして定着しつつあります。観客としては、どちらにしろ面白くて感情的であればよいのです。
<コラム:仮想人格演劇の場面の例>
『木造の虫喰いも目立つ小さな劇場から、歓声が聞こえて来た。演じているのはシェイクスピア『ハムレット』だ。
そのハムレットはまさに芸術的にまで洗練されていた。各役者は『本心より』舞台上でセリフを言っている。そう、仮想人格がハムレットとオフェーリアの、この恋する2人の心を見事なまでに表現しているのだ。
──観客は感動でうち震えている。天才的な作家が、この仮想人格を創りあげたのだ。私のような素人でも、ベテラン役者と同様の演技が可能になる。例え大劇場では生涯演じることは出来ずとも、演じる快楽を手に入れることが出来るのだ──
自分の演じるハムレットの感情を『視』つつ、若い役者は考えていた。意識の底の方で。』
■ミュージックホール
ミュージックホールは、プロの芸人の演ずるバラエティ・ショーを見ながら、酒食を共にすることが出来る場所です(しかし、後にショーを見ながらの飲酒は禁じられ、飲酒はホールの外にあるバーに限られてしまいました)。この場所に入るには入場料を払わなければなりませんが、その料金も大衆的なもので、労働者にも人気があります。
バラエティ・ショーの内容は、歌や踊り、話芸などです。大衆にとってミュージックホールは、日頃のうっぷん晴らしのできる、『娯楽の殿堂』です。この傾向は倫敦でも同様です。ミュージックホールに特徴的な役割は、下層階級の才能のある者と、中上流階級の人々が付き合うことができる場を提供している点です。
有名な倫敦市内のミュージックホールは
ロンドン・パビリオン
オクスフォード・ミュージックホール
アルハンブラ劇場
エンパイア劇場
が挙げられます。
もちろんこれ以外にも名もない小さなミュージックホールは沢山あります。
そしてまた、ミュージックホールの周りには、売春婦が多く見られ、ホールに来る客の何割かは、それ目当ての者です。
■機関音楽(Factory Instrument)について
倫敦には、音楽の世界でも新しい潮流が生まれ始めています。この音楽の形態は、機械じかけの自動音楽演奏装置を用い、人間の身心に恍惚感をもたらすものです。この音楽は、キリスト教的道徳観からすれば、反道徳的な存在と考えられています。それ故に、この新しい音楽をプロデュースする人々(彼等はInstrument Engineerと呼ばれています)は、地下活動を行っています。このような旧来の音楽に対するアンチテーゼとしての音楽活動を、一部の人々は『機関音楽戦争』と呼んでいます。
機関音楽活動と呼び習わされているこの種の音楽活動は、場末のパブやクラブの、しかも地下室を改造したようなホールで行われています。機関音楽活動の発表には、小さなミュージックホールを借りることも出来ないのです。音楽活動開催の告知は、倫敦各地の小さなパブの壁や橋の下などの目立たない場所に、複雑な暗号で記されたビラが張り付けられることで行われています。この暗号を解くことの出来た者だけが、活動に参加出来るのです。
機関音楽活動は、身分の高くない者から、貴族の子女に到るまでの若者層に受け入れられています。音楽活動の場は、身分の高い者が低い者に、何やら怪しげな仕事を依頼したり、逆に身分の低い少女がパトロンを探すような機会を与えています。
■心霊とオカルティズム
19世紀末には、あたかも『科学の進歩』への反動のように心霊学研究などが盛り上がりました。中上流階級の人々の参加する降霊会が各所で催されたり、またホラー小説も流行するなど、一大オカルトブームが到来しています。
確かに英国には幽霊話が多く伝わっており、事実倫敦にも幽霊が出るといわれる曰く付きのスポットがいくつもあります。パブやクラブでは当たり前のように幽霊の事が話題になります。またこの科学万能の世になっても、未だに魔女狩りが目撃されるという話もあります。
霊と呼ばれる存在がいるとして、倫敦には人々を困らせるような、いわゆる悪霊と呼ばれる存在を退治するゴーストハンターを生業とする人々もいるようです。その多くは英国国教会の牧師だといわれていますが、特に対霊の特殊な装備を開発、装備している私設対心霊科学部隊も組織されているといいます。
■その他雑多な娯楽
第1章『倫敦ガイド』でも記したように、マダム・タッソーの蝋人形館は安定した人気を保っています。また1890年代には、空気入り自転車タイヤの発明と、背高自転車に代わる、現在と同じ形の自転車との出現によって、サイクリングが一大ブームになっています。そしてまた、倫敦郊外にある草原であるハムステッドヒースへのハイキングを楽しむこともできます。