シナリオの運用
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ここでは作成したシナリオの大筋を、セッションのために準備し直すという事を解説します。シナリオを進行させる際に、その場のノリや思いつきを優先させることは、シナリオが崩壊する原因となります。それを防ぐためにも、シナリオのもっと細かい部分を詰めていくことにしましょう。
シナリオにおける場面単位について
シナリオを構成する場面をさまざまな次元で見ると、そこには階層構造が見られます。2章で解説した「フェイズ」という概念は、その階層構造の一つの次元に相当します。階層構造とは、ある場面単位はより小さな要素から成立し、より大きな組成の要素となっているという事を指します。たとえばフェイズは「シーン」と呼ばれる場面単位から成立しています。シーンは時間的に連続した複数の場面です。一つのフェイズは複数のシーンが集まって作られているのです。
フェイズを構成している各シーンは、それぞれ役割を持っています。それぞれのシーンに大まかにPCが行わ
なくてはならないことを記して下さい。例えば情報を入手する、敵と対決する、NPCと交渉する、休息する、罠を設置する、真相を推理する、このような要素は無数に挙げられるでしょうが、それぞれのシーンを代表するようなものを書き出すようにして下さい。これはシナリオにおけるシーンの役割をセッションの最中に逸脱しないようにする為の対処です。特に一つのシーンには、書き出した役割以上の要素を含ませないようにして下さい。思い付きやその場の判断でシーンを改変する事は危険な行為です。一つのシーンに二つ以上の役割が含まれないようにすれば、セッションはスムースに進むはずです。シーンもまた階層構造で成り立っています。シーンの下にはシナリオ全体を通じて最小の単位である「行為場面」の場面単位があります。この場面単位では、それぞれのPC及びNPCの一つ一つの行為が扱われます。例えば人と会話を行う、食事を行う、罠を設置するなどのそれぞれの行為が解決される場面が行為場面になります。
行為場面単位は一回一回の行為判定やNPCとの会話などによって解決されることになります。
アドリブについて
アドリブとはセッションにおいて、シナリオに記されていない各種の対応を、即興的に行うという事です。アドリブは、シナリオを構築する各種場面の最小単位である「行為」の次元で必須となるテクニックです。
実はセッションにおいて、「行為」の次元に着目すると、シナリオという大きな流れを意識しつつ、フルアドリブが行われている事が理解されるでしょう。つまり、アドリブは、シナリオという流れを背景としながら、プレイ中に瞬間的かつ即興的に、シナリオとPCの行動とをすり合せる行為なのです。このアドリブがTRPGを非常に奥が深いものにしてくれている訳です。
さて、TRPGのマスタリングの方法の一つで、シナリオを全く準備せずに、その場で進行を行うという方法を「フルアドリブ(完全アドリブ)」と呼びます。しかし、行為次元まで考慮に入れて眺めてみると、実はあらゆるセッションはフルアドリブだといえます。ただ、違うのは、着地地点がはっきりとしている、つまりシナリオを練った上でのアドリブの方が明らかに失敗の確率が低いという点です。
アドリブの準備
結論から言えば、うまくアドリブを行うための準備は「シナリオを練るしかない」という事に尽きます。2章の最後で述べたように、何度もシナリオを頭のなかで(そして実際にプレイして)練ることが重要なのです。ではどのような点に注意して練り続けるべきでしょうか?
実際にアドリブの為に有効な対策としては、NPCの社会的な立場を詰めるという方法があります。NPCが置かれている立場などを基盤としてアドリブを展開する事で、行動に矛盾が出ないようにするのです。例えば、ある情報をリークするNPCにはそれなりの理由が必要です。またあるNPCがPCに同行するならば、その人物にとってその同行は、何らかの利益をもたらすものなのです。このようにキャラクターの視点でシナリオを見直すという作業を行う事で、NPCが自然な動きを展開することになります。こうして結果的に、アドリブとシナリオの破綻が少なくなる訳です。また、マスターがセッションの最中に思い付いたシーンなどを組み込みながらシナリオを進める場合には、どんどんシナリオの本筋から外れて行ってしまう場合があります。セッションの根本にアドリブが存在するために、ノリを重視すると予定していない方向に流れ易いのです。ですから、きちんとシナリオの枠を事前に決定する事でセッションが破綻するのを防ぐのです。言い換えるならば、アドリブをきちんと行うために、シナリオでその範囲を決めておくのです。
NPCについて
マスターが世界を表現するための、また情報を提示する場合の、いわばマスターが能動的にシナリオ世界と関るための重要な要素として、NPCの存在が挙げられます。広義には、NPCとはPCを除いたキャラクター全てを指します。これには無機物を含めます。狭義にはシナリオに登場し、PCと関係を持つキャラクターを指します。この場合は基本的に知能を持ち、PCと意志疎通が出来る者に限定されるでしょう。
NPCが鍵を握る
シナリオにおいてマスターが積極的にプレイに参加する為には、NPCを用いるのが最もエレガントな解決策です。NPCを通じてマスターはPCの行動を制御することもできます。シナリオで登場するNPCにはそれぞれ役割があります。それはPCにヒントを与える事であったり、PCと敵対する事であったり、PCを騙す事であるかもしれません。様々な役割を持つNPCをマスターはセッションの前に準備し、シナリオに配置せねばなりません。
シナリオに登場するキャラクターは自分自身の人生を持ち、様々な方向からPCに関係を持ちます。NPCがきちんと設定され、また配置されていれば、アドリブを用いたとしてもシナリオは破綻する事無く進行させる事が出来ます。そのためにはNPCが自分の役割の範疇を越えて動かないようする事が必要です。逆に自分の役割の中でなら、どんなに派手に動いても良いと思います。役割の固定化を行う事で、きちんとしたシナリオの進行の道筋が見える様になります。
NPCを配置する
シナリオを作成し、展開させる際に考えなくてはならないの は、シナリオ途中でどのようにNPCが絡むか、その絡み方は一時的なものか、継続的なものか、はたまた断続的なものかという点などです。これらを設定するためには、PCにとってのNPCの役割を想定しなくてはなりません。このためには、NPCのシナリオにおける機能による分類が有効です。
『蒸気!』では、PCがNPCを使う立場である場合が多いと思います。これはゲーム世界の社会的な設定が反映されています。つまり、身分が上のものが下のものを使うのが当然視されている世界なのです。このような世界では「PCにとってのNPCの役割」は身分や職業によって決定される面が大きいでしょう。この傾向は、職業の分担が細分化された近代社会以降の時代においては特に顕著なものになります。
シナリオにおけるNPCの機能について
NPCをシナリオで扱う場合に、そのNPCがシナリオでどのような役割を持っているかを、マスターが自覚している事は重要です。ここではNPCの持つ機能に注目して分類する事にしましょう。この分類はシナリオの進行を行う場合に、どのキャラクターがPCに対してどのように作用するかを表します。
NPCの機能を、PCとの関係で分類すると、「援助者」、「妨害者」、「傍観者」と3種類に大別できます。それぞれについてを以下に記します。セッションでは、この分類に従い、NPCが自分の役割を越えて動いたり、逆に役割を果たさない事が無い様にし、スムースな進行を行って下さい。
「援助者」
援助者はシナリオ中でPCに対して援助を差し伸べる役割を与えられています。援助者は大きく分けて2種類あります。それは「能力補填者」と「情報提供者」です。
「能力補填役」
「能力補填役」はPCに欠けている技能や能力を補填する役割を持ちます。情報を検索する技能に欠けているPC達には図書館の司書を、ある専門知識に対して明るくなければその方面を専門にしている学者を、地理が解らなければ道案内を、外国語が解らなければ通訳を雇えば良いのです。このような「能力補填役」を通じて得られる援助によってPCに不足している技能や能力が補えます。「能力補填役」によって補う事が出来るのは、知識、技術などです。
「情報提供役」
「情報提供役」は「能力補填役」に似ていますが、より「事件」と直接的な関係を持ちます。「情報提供役」は、「事件」に対して特化した知識を持っています。そしてシナリオ中で「事件」に関係した知識をPCに明かす事になります。その場合、「情報提供役」がPCに対してその情報を明かす事が、彼等にとって何らかのマイナスの点とプラスの点を持っている必要があります。シナリオに「情報提供役」を登場させるためには、それぞれを設定する必要があります。
「妨害者」
「妨害者」はPCの行う行動を妨げる役割を与えられたNPCです。彼等の存在が、PCに対して様々な課題を与える事になります。例えば付録の「シナリオにおける課題」において、NPCの行動及び存在が原因となってPCに対して課題が与えられる場合は、その原因となるキャラクターは全て妨害者となります。妨害者にはPCに対して「事件」が原因となる事で、直接的な妨害工作を行う「敵役」と、「事件」自体とは関係なく、そのNPCの行動が結果としてPCの行動の障害となってしまう、「障害役」の2種類があります。
「敵役」
「敵役」は「事件」と関係した事が理由でPCに妨害を行おうとしているキャラクターです。このキャラクターはPCの行動を直接的かつ積極的に妨害しようとします。また、自力ではなくとも指令を出したり暴力専門の組織を雇う場合もあります。その場合雇われたり指令を受けて行動するNPCも「敵役」として扱います。
「障害役」
「障害役」のNPCはPCに対して積極的に悪意を持っている訳ではありません。ただ、PCの目的を把握していなかったり、PCに興味を持っていなかったり、自分の立場を考えるのに忙しかったりという理由で、結果的にPCに対する障害となってしまうキャラクターです。付録***ページの「シナリオにおける課題」には、「障害役」のNPCが原因となる課題が多く収録されています。
「傍観者」
「傍観者」は、PCの行う行動に直接は関わってこないキャラクターです。「傍観者」には「エキストラ」と「導入役」の2種類があります。
「エキストラ」
「エキストラ」は、基本的に背景解説用のキャラクターです。扱う場面に相応しい情景を演出するために用いられます。下町であれば下町らしい服装をしたエキストラが、地方の農村では農村に相応しいエキストラが用意されます。彼等は背景でありPCに直接関係しませんが、セッションの雰囲気づくりに役立ちます。
「導入役」
PCをシナリオに導入する役目を持ったNPCです。その意味では直接PCの行動に関りますが、基本的にセッションを通じて導入フェイズにしか登場しません。「当事者」が導入役を行う場合も多いでしょう。
「導入役」のキャラクターは主にシナリオの導入時にのみPCと関係します。また、「援助者」はPCが必要になった場合に、PC自らが彼等と接触を試みるか、もしくは同行する可能性が高いでしょう。「敵役」のキャラクターは断続的にPCの前に姿を現し、場合によってはPCを挑発する事でPCのモチベーションを維持する働きがあります。また、「妨害者」は随時シナリオの課題として必要とされる場面において登場します。無論「妨害者」は同行する可能性があります。「エキストラ」はPCと同行する可能性は少ないでしょう。当然ながら、同行するNPCをはじめとして、登場する場面の多いキャラクターほど、自然な演出を行うための綿密なキャラクター設定が必要となります。
NPCの機能の変化について
NPCはシナリオの途中でその機能が変わる場合があります。「当事者」は援助者にも妨害者にも、場合によっては傍観者にもなり得ます。「独特の倫理観、信念で動くNPC」という立場もあります。しかし、このようなNPCを用いる場合にも、あくまでPCに対する機能でNPCを評価します。この場合は、「ある条件で援助者となるシーンと障害となるシーンがある」NPCと言えるでしょう。裏切りや心変わりという要素を持ち、特定条件によって機能がシーン毎に切り替わるという複雑な性質を持つNPCについては、その機能変化の条件を設定する必要があります。
そのPCにとっての変化の条件は何でしょうか? 信念でしょうか。トラウマでしょうか。何かに対する誓い、信仰、復讐心、人生観、目標、社会的な立場など、NPCの対応を変化させる条件はは様々です。マスターはNPCを設計するために、それらの要素についても考慮する必要があります。そしてセッションの間に変化の条件を満たした場合にはNPCの役割を変更する必要があります。
NPCの行動基準
先に上げたコラムでは、NPCを機能の面から捉えました。一方でマスターを行う際には、NPCもゲームの中の世界で、生活をしている一個人でもある事を忘れてはいけません。彼等には彼等なりの人生があり、シナリオで表現される部分はそのほんの一部分に過ぎないのです。シナリオでは悪人と思われているキャラクターにも優しい一面があるでしょうし、無防備な時間もあるのです。
しかし、彼等の生活の全てをシナリオで表現する事は出来ません。従って現実的にはNPCの行動基準を設定する事になります。後は、マスターのアドリブで、そのNPCらしい行動で、PCへの対処を行う事になります。行動基準はNPCを類型化し、マスターが扱い易くするという意味と、アドリブが非現実的な方向に転がることを防ぐ働きがあります。行動基準を設定する事で、NPCの行動に一貫性を持たせることが出来ます。PCの目から見た場合に不可解な行動に見えるとしても、基準に沿って行動を行った結果であれば、より自然な行動となるのです。
エキストラ以外のNPCをシナリオに登場させる場合には、必ず彼等の行動基準を設定して下さい。そして、その行動基準がシナリオに合うものであればそのまま用い、シナリオの展開に問題を引き起こしそうな場合は注意深く扱うことにして下さい。行動基準をシナリオに沿って変更したり、またはシナリオにおける機能の変化の可能性があるNPCとして扱うのです。
行動基準はそのキャラクターの「社会的立場」と「性格」及び「信条」の3種類の要素から決定されます。
例を挙げましょう。
例1:
「社会的立場」:世間から注目を浴びる発明家
「性格」 :温厚で誰からも好かれる
「信条」 :のんびり暮らしたい。トラブルに巻込まれるのは嫌だ
例2:
「社会的立場」:地方領主
「性格」 :プライドが高い
「信条」 :より多くの有力者とコネを持ちたい
キャラクターの性格などは、マスターが扱える範囲にしておきましょう。複雑な心を表現するには自由になる時間が少な過ぎるのです。また、「性格」及び「信条」については、例を挙げます。巻末付録を参照して下さい。
NPCの名前などの決定
役割が決定され、シナリオ内に無事配置されたNPCに対して名前を与えましょう。NPCの名前は、 D%表:名前決定表として男女の名前及び姓を決定するためのD%表が収録されていますから、これを活用すると良いでしょう。 前掲のキャラクターの性格とは違いますが、癖や社会的な特徴、肉体的な特徴なども『蒸気!』のルールブックに付録として添付されています。
またNPCのデータ類は、この時点で用意した方が、シナリオとの間の不都合な点を解消する事が出来ます。きちんとNPCのデータも準備したら、もうシナリオは完成でしょうか? 残念ですが、まだ完成ではありません。最後の仕上げを行う事にしましょう。
PCの目からシナリオを見直す
ここで再びシナリオを見返す事にしましょう。面倒かもしれませんが、シナリオを作成した後に、少なくとも2回、つまり作成を開始してから合計3回は、最初から最後まで通して見るべきだと思います。特に初心者の場合には、マスターとしての視点のみでシナリオを見てしまう事が多く、本当にそのシナリオがPCの能力やプレイヤーの能力に見合ったものかという点を見落としがちです。シナリオを作った後に、NPCの影響の範囲を決定し、シミュレートを行う訳です。その後でPCの目でシナリオを再確認して下さい。
シナリオがPCにとって厳しすぎる、または易しすぎると思われた場合には、対策を講じる必要があります。シナリオが厳しすぎる原因とその対策の例には以下のようなものがあります。
原因:ポインタとなる情報が少ない。
対策:ポインタを現在より多く設置し、PCに入手させ易くする。
原因:課題解決が物理的に不可能であることが予測できる。
対策:課題解決の助力となるNPCを設定し、PCと接触できるようにする。
原因:課題解決の完遂が制限時間内に不可能であることが予測できる。
対策:課題解決の助力となるNPCを設定し、PCと接触できるようにする。
原因:課題の解決策が思い付かない。
対策:解決策のためのヒントを用意する。ヒントの提示はNPCによって行うこと。
シナリオが易しすぎる場合の原因とその対策の例には以下のようなものがあります。
原因:PCにとって「課題」のレベルが低い。
対策:「課題」を複数同時に解決せねばならないようなものにする。
原因:重要な情報があっけなく入手できてしまう。
対策:偽の情報を一つ加える。たとえば導引機械データベースに偶然誤りが混ざっているなど。
原因:戦闘シーンでPCがあっけなく勝利してしまう。
対策:敵役を逐次投入する。場合によっては後方から待ち伏せていたとしても良い。
原因:助力となるNPCが強力すぎる。
対策:NPCの力の配分を計算し直す。
シナリオが難しすぎた場合も、易しすぎた場合も改訂を行い、再びシナリオをPCの目でシミュレートをし直して下さい。その結果再び問題点が浮かび上がった場合には改訂をくり返し、より完成されたシナリオになるように調整して下さい。
そして次への準備
今までの手順を経てシナリオは完成しました。今後シナリオを作るという作業で迷う点は出て来るでしょうが、経験を積むことで解決されるはずです。さぁ! あとは友人を呼んでプレイしましょう。
記念すべき最初の自作のシナリオで、無事に、またはトラブルを経験しながらセッションは終了するでしょう。シナリオは作れば作るほど、マスタリングは行えば行う程スキルが上達して行きます。また、当然ながら1回プレイしたシナリオは、そのプレイの後に不服だった点などを練り直し、完成へと進めるべきです。シナリオは1回プレイしただけでは完成していないのです。今回の面子以外のプレイヤーに対して披露することもあるでしょう。このように練られたシナリオは、最終的には自分の持ちネタになります。こうなった後にはじめて「アドリブ」で全てが解決出来るシナリオが誕生します。そこまで辿り着いた時には、既に自分流のシナリオ作成術を開発し、何時までもTRPGを楽しむことが出来る身体になっているはずです。
シナリオ作成の基本となる部分は全て解説しました。この文書があなたのシナリオ作成の手助けになります事を、そしていつかあなたの作成したシナリオと巡り会える事を期待しつつ筆を置くことにしましょう。
ではまた。