さらなる深みの情報
さらなる深みの情報
ここに挙げられている情報は、倫敦での生活の中でも最も底辺の生活の情報です。普通のプレイヤーキャラクター達にはほぼ関係ない世界の情報でしょう。ただし、ここに記述されている情報はゲームマスターやプレイヤーにとっては重要な意味合いを持つかもしれません。
もしもここに挙げてある以上の情報を得たい場合には、社会学者のエンゲルスの著作などを当たるのが良いと思います。
■貧しい者達の生活について
ヴィクトリア朝末期のイーストエンドには、臨時の、もしくは不快な仕事の割当てがたくさんありました。石炭の積荷を下ろす人夫、砂利を陸揚げするバラスト人足、その他もろもろの体力をつかう仕事や、(違法ではありましたが)下水管の中へ入って掃除する連中、犬のフンを集めて業者に売る者(皮をなめす過程で使用されるのです)もいました。子供もみすぼらしい姿でテムズ河岸で泥をひっかき回しては売れるものをあさり(これは『泥ひばり』と呼ばれました)、道端ではタバコの吸い殻や、古いパンの切れ端などを集めていました。このような子供たちの将来は、男の子は泥棒に、女の子は売春婦になりがちです。
■乞食について
倫敦の貧しい地区はもちろんのこと、裕福な地域にも乞食は存在しています。勿論英国の法律は乞食行為を禁じています。救貧法のもとでは元気で働くことの出来る人間が労働することなく、他人の善意にたかるのは犯罪行為と考えられるのです。
しかし現実には多くの乞食が街に出ています。おおっぴらに乞食をする訳でなく、町角で安っぽいアクセサリーを売ったり、耐風マッチを売ったりするかたわらで、乞食行為に勤しんでいるのです。また物を売るのではなく、芸を売ってみたり、知的に詩歌を売るものもいます。勿論乞食行為に変わりはありません。
彼は乞食を生業としている。警察の規制を逃れるために、蝋マッチを売っているふりをしているがね。君も気付いた事があるかもしれないが、スレッドニードル街から少し離れた左手の壁に、ちょっと奥まった場所がある。彼はここに腰を降ろして足を組み、マッチを申し訳程度に膝に置き、気の毒な見世物となっていると、直ぐ脇の道路に置いてある脂ぎった革帽子の中に慈悲の雨がぱらぱらと落ちるのだ。
■乞食ギルドについて
倫敦の乞食や犯罪者は、かなりの確率で生活共同体といえる様な集団に属しています。ここではその様な生活共同体を『乞食ギルド』と呼びます。
『乞食ギルド』に属しているものの年齢はまだ10代にも満たない少年少女から、身体の自由が利かなくなっている老人までで、ギルドに属していることで、深い信頼を得ることが出来ました。
小さなギルド組織はフラッシュハウスと呼ばれる巣窟を根城にしていました。フラッシュハウスは、まだ幼い犯罪予備軍に犯罪のテクニックを教えたり、盗品のオークションが開かれたりいう用途にも用いられました。
小さなギルド組織・ギャング団などは、より上位の組織に加入していることがよくあります。倫敦でも最も大きい乞食ギルド組織は『ラットスパイク(Ratspike)』と『エルダードッグス(ElderDogs)』の2つで、それぞれ数多くの乞食ギルドや個人で活動している乞食・犯罪者・売春婦などが加入しています。
<コラム:イーストエンドの売春>
イーストエンドだけではありませんが、極貧地区の女たちは生活のために進んで体を売ることが多くあります。彼女たちは昼間から厚い化粧をし、街角に立って客を待っています。有名な切り裂きジャックの事件での犠牲者も、この様な女性たちです。特にアルコール中毒(安いジンを大量に飲むため、彼女たちの多くはアルコール中毒だったのです)の女性は、アルコールのため、安いジンの一杯のためにさえ体を売ることがあります。それ程ではないにしろ、イーストエンドでは、昼間から大っぴらに売春が行われていることは事実です。彼女たちは自分の夫(もしくはそれに当たる人物)に、収入があれば、それに満足していますが、夫が仕事を失うと(当時の労働者は週払いでした)、体を売って生活費を稼いでいます。
しかし、それは色っぽいものとは言えず、かせげる金もほんのわずかなものです。これらの売春婦を「買う」客層は、その多くが労務者や、長い航海から帰って来た(もしくは寄港途中の)水夫たちです。
<コラム:イーストエンドの阿片窟>
イーストエンドには、あらゆる種類の犯罪と不健康な生活で満ちています。この当時、アヘンは法で取り締まられておらず、イーストエンドにはいくつものアヘン窟があります。当時の状況は、シャーロックホームズ物語の「唇のねじれた男」事件の中で、ワトスン博士の筆によって記されていますので、下に引用します。
私は辻馬車を待たせておいて、一人でそこに出向き、問題のアヘン窟を見つけた。アヘンに酔った男たちに絶え間なく踏まれて真中の部分がくぼんだ階段を下り、ドアの上できらめいているオイルランプの光で、掛け金を見つけ中に入った。天井が低く細長い部屋にアヘンの濃い褐色の煙がただよい、段々になった木の寝台は移民船の水夫部屋のようだった。
薄暗がり越しに、寝転んだ人間をぼんやりと見分けることができた。想像もできないような奇妙な姿勢で、背中を丸め、膝を曲げ、頭を後ろに反らせ、顎を上に向け、あちこちに、新しくやってきた人間を見つめる暗くどんよりした目があった。黒い影の中で、金属製パイプの受け皿に置かれたアヘンの塊が燃えたりくすぶったりするのにつれて、かすかな赤い光の輪がチラチラとまたたいていた。大部分の人間は静かに横たわっていた。しかし中にはブツブツと自分につぶやいている者もいた。別の人間は、奇妙な低い単調な声で話し合っていた。その会話は突然激しい口調になったかと思うと、また突然ぴたりとやんだ。お互いに自分の考えをつぶやき、相手の言葉にはほとんど関心を払っていなかった。一番奥には、炭を燃やしている小さな火鉢があり、その側にある3本足の木の椅子に背の高い痩せた老人が座って、両拳の上に顎を乗せ、膝の上に肘を置いて炎を見つめていた。
<コラム:ラットスパイク>
ラットスパイクは倫敦の乞食ギルドでも最大のものの1つで、イーストエンド周辺を根城にしています。ラットスパイクを構成している者達は、乞食ギルドの例に漏れず、乞食・売春婦・ペテン師・詐欺師・押し込み強盗・贋金作り・置き引き・スリ・いかさま賭博屋などです。このギルドに属している者は、日の稼ぎの1/5をギルドに献上せねばなりません。もしも5シリング銀貨を施してもらった乞食が、そのうちの1シリングを組織に払うことなく隠し通そうとしたならば、彼はその日の夜からイーストエンド周辺で商売をすることができなくなるでしょう。しかし、ギルドに対してごまかしや偽りを行いさえしなければ、ラットスパイクは構成員に温かいスープとパン半個、屋根のある寝室を用意してくれます(勿論お世辞にも寝心地が良いといえるようなものではありません)。ただ、乞食達の間でも、ギルドに世話になりっぱなしという状態は恥ずかしいことであるという考え方が広まっており、ラットスパイクに所属している者の内、大部分は稼ぎがあった日にはそれで安い宿泊所に泊まったり、公園のベンチに横になったりして夜を過ごしています。
ラットスパイクの首領の名前は通称『ネバーエンディング』と呼ばれる老人です。彼自身は滅多に姿を現しません。また、彼の周囲は『四騎士(Four Horse Men)』と呼ばれる取り巻きが警護に当たっています。
■魔導士街
魔導士街は地上より約90メートルの深さに広がるとてつもなく広い地下空間です。この空間はもともと古代ローマ時代の遺跡が無数に重なりあったもので、面積にして1.6平方キロメートル、高さにして60メートル程度の広さを持っています。
この空間の主な住人は、古い時代から秘密裏に住み続けている魔術師の末裔や、奇形の者、被差別者、乞食、ルンペンなどです。
地下には光がほとんどありませんが、一部では発電機を用い、電灯を利用している場所もあるといいます。
<コラム:魔導士街>
長く湿っぽいぬるぬるした階段を、もう数百段も下ったであろうか。濃密な闇が眼前に広がり、生ぬるく気持ちの悪い風が、前方より届いて来る。壁には得体の知れない苔がびっしりと張り付いている。触ると嫌な感じの湿っぽさが指先に伝わって来る。歩き始めて小一時間も経った頃だろう、突然足元の感覚が失われた。全身から冷や汗が出る。危ない危ない。足を滑らせたらもう命はないのだ。
しゃがみ込み、穴の縁を手で探る。ロープが下がっている。マッチを乾いた岩に擦り付けて火を熾す。オレンジ色の光に、加工を施してあると思われる無数の岩が浮かび上がった。ロープの先端を目で追うと、予想通りかなり大きな岩にくくり付けてある。かつては大神殿の柱か何かだったかもしれないと思わせる円柱の一部であった。きっとここが地下に通じる路なのであろう。私は心臓が高鳴るのを感じた。空気の流れもここから始まっていることが確認出来た。間違いない。伝説の『魔導士街』へと通じる入り口なのだ。
■犯罪結社について
倫敦の暗部をを牛耳っているのは一人の偉大な犯罪者でした。彼の名はジェームズ・モリアーティ教授と呼ばれる老人です。彼は数学分野の天才であり、またシャーロック・ホームズのライバルでもありました。彼は1891年にライヘンバッハの滝に落ちて死亡したと言われています。
それ以来倫敦の犯罪は激減したのでしょうか? 現実はそんなに簡単なものではありませんでした。モリアーティ教授が死亡したことで彼の束ねていた多くの犯罪結社が互いに闘争を開始し、その余波から多くの事件が発生しています。事件は社会の表に出ることなく進むことが多くなり、裏から裏、闇から闇という形で多くの犯罪が行われています。