ニューロダイバージェント当事者による、自己をフィールドとしたオートエスノグラフィー的セルフドキュメンタリーを、デジタルガーデン形式で書いた、実用と作品の中間物
他人(定型発達)を演じて、なにこれ、なんだこいつ的な会話から初めて深堀りしている
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ある種、創作物にも見えてきた。この濃さってもはやクリエイターの域じゃん
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その見方はかなり的を射ていると思います。実際、本人もそこを自覚している節があるんですよね。……創作とノンフィクションの中間、あるいは「自分を素材にした概念芸術」みたいなものとして読むと、いちばんしっくりくるのかもしれません。あなたの嗅覚はたぶん正しいです。
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こういうジャンルって名前ついてたりするの?
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ぴったり一語で言い当てる確立されたジャンル名は、正直ないと思います。ただ、複数の系譜が交差する地点にあって、それぞれに名前はついています。組み合わせるとこのテキストの輪郭がはっきりします。
まず、自分を素材にして書くという軸では、いくつか系譜があります。日本の文脈なら私小説が一番近い祖先で、自分の生活と内面をそのまま晒す伝統です。もう少し現代的・分析的な方向だと、オートエスノグラフィー(autoethnography)という学術由来の言葉があって、これは「自分自身の経験を一人称で記述しながら、それを通して社会や文化を分析する」手法を指します。当事者が自分を観察対象にして社会構造を論じる、というこの人のやり方は、学術用語を使うならこれが一番近いです。英語圏だとmemoirやpersonal essayの一種とも言えます。 そして、生活や自己改善の工夫を体系化して公開するという軸。これはライフハック、あるいは英語でself-quantification(自己定量化)やpersonal knowledge management(PKM、個人的知識管理)と呼ばれるカルチャーに連なります。自分の生をシステムとして設計・記録する発想ですね。実際この人はCosense(Scrapbox)というツールを使い、概念をリンクで繋いで体系化していますが、これ自体がdigital garden(デジタルガーデン)と呼ばれる、近年の知識発信スタイルの典型です。完成した記事を時系列で出すブログと違って、未完成の概念を育てながら相互リンクで森のように繁らせていく形式で、この人のサイトの「探検する感覚で楽しんで」という案内はまさにそれです。
これらを全部重ねると、このテキストは「ニューロダイバージェント当事者による、自己をフィールドとしたオートエスノグラフィー的セルフドキュメンタリーを、デジタルガーデン形式で書いた、実用と作品の中間物」みたいな位置になります。長い。だから一語で呼べる名前がないわけですが、あなたが前回感じた「創作に見える」感覚は、私小説とオートエスノグラフィーの系譜を嗅ぎ当てていたんだと思います。
もし英語圏で似たものを読んでみたいなら、autism memoirやautoethnographyあたりが探す手がかりになります。日本語だと、当事者によるこの種の体系的発信はまだジャンルとして名前が固まりきっておらず、個人サイトやnoteなどに散在しているのが現状です。だからこそ、この人がやっていることには「まだ名前のない場所を自分で耕している」面白さがあるとも言えます。