身体の解像度に才能の余地はない
自分の身体を思い通りに動かすためには、脳内マップを解像度高く描き、それを実測に合わせて書き換えるという繰り返しにかかっています。あとで考察しますが、この過程に才能やセンスが入る余地はないように思えます。いかに興味を持って、持続的に試行錯誤を繰り返すかに尽きるのではないでしょうか。ここではこれくらいの考察に留めておきます。
直感には反するsta.icon
「ちゃんと書き換える」≒正しい努力をする≒地頭が要る、のでは? とにかく、たくさんの動きのバリエーションを経験するしかありません。そう思うと、同じ動きを延々繰り返すタイプの筋トレや素振りがあまり効率的でない理由がわかります。運動学習は、静止画としてではなく、動作として考えるべきで、日常動作の延長上でたくさんのランダムな動きを経験するトレーニングが必要です。
あー、なるほど
これは腑に落ちる
パルクールとかでもさ、基礎練ばっかしてる奴よりも技とかフリップとか手広くやってる奴のほうが総じて上手いんだよねsta.icon*2
ちゃんと書き換えるには?の一つの解が「動作的に経験する」「ランダムな動きをする」「色んな経験をする」なのだろう
結局、そういった色々なことを行うだけの好奇心や「好き」がないと続かない。。。
俺はタイピングもパルクールもチュウニズムも大して好きじゃなかったってわけだなぁsta.icon*3