アナロジーに基づく一般化の活用法
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今回は前回定式化した「アナロジー(類推)に基づく一般化」を実際の研究にどのように活かせばいいのかについて解説します。
数量的研究への導入例
まず次のような研究を例に考えていきましょう。1995年時点で介護士を対象に意識調査を実施した結果,通常母集団へ一般化できるとされる“統計学的に有意な結果”が得られたとします。しかし,本連載第13回で確認したように,原理的にはこうした研究結果を母集団に直接的に一般化することは不可能です。1995年に得られた結果はあくまでも“その時点の介護士の意識”に関するものであり,それ以降の介護士の意識に当てはまる保証はないからです。
こうした原理的不可能性を超える方法概念が,アナロジーに基づく一般化であり,ここでは「構造の類似性」を視点として知見の適用可能な範囲を判断していくことになります。例えば,1995年時点における介護士の意識調査の結果は,介護保険制度が施行された(介護制度という構造が大幅に変更された)2000年4月以降には当てはまらない部分が大きいのではないかと類推できるかもしれません。
しかし,1995年に得られた結果は,制度構造に大きな変化がない1999年までであれば,当てはまるケースも多いと判断しても問題ないと考えられるかもしれません。統計学的に1%有意水準をクリアしている知見であれば,その知見(構造)が偶然得られたと考えられる確率は1%ということですから,研究対象について構造の連続性(同型性)が仮定できれば,さしあたってその知見を当てはめて考えてもよいということになるでしょう。
つまりこうした場合,“構造の連続性が仮定できるかどうか”といった視点から一般化可能な範囲を模索していけばよいことになります。
他の例を挙げてみましょう。従来ならアメリカのある州で行われた看護師に対する大規模な意識調査の結果は,その時点のその母集団から得られたものである以上,日本にそのまま当てはめて考えることはできないということになります。
しかしアナロジーに基づく一般化によれば,こうした場合でも,自分の関心に照らしつつ研究の「構造化に至る軌跡」を検討し,類似性が確認できたとすれば日本における一般化可能性を検討してもよい,ということになるのです。ただしこういったケースでは,類似性といっても労働環境や制度といったことのみならず,歴史的,文化的背景など,さまざまな要因が複雑に絡んでくるため,実際にはより慎重に一般化可能な範囲を類推する必要があるといえるでしょう。
事例研究に導入するポイント
さて,前回も触れたように「どこまで一般化できるのか」と指摘されて最も困るのは,一事例研究の場合です。アナロジーに基づく一般化の真骨頂は,通常同じとみなせない対象についても類推することを理論的に基礎づけた点にあるため,事例研究における一般化可能性を拓くことができます。
アナロジーに基づく一般化によれば「構造化に至る軌跡」が明示されている限り,それを手がかりにして「この症例報告はあの患者さんに似ているから,同じプロセスをたどるかもしれない」と類推することが可能となります。
これは逆にいえば,みなさんが事例研究を行う際には,自分の知見が当てはまるかどうかを他者が吟味することができるような“提示の仕方”をしなければいけない,ということでもあります。では,そのためには具体的にどうすればよいのでしょうか?
◆ポイント(1)構造化に影響があると考えられる情報を盛り込んでおく
事例研究を読むと,必ず冒頭付近に,施設や患者,症例の詳しい説明が書いてあります。あれは何のために書いてあるのでしょう?
「事実起きたことを正確に知らせるため」というのが一般的理解かもしれません。しかし,アナロジーに基づく一般化という視点からいえばそうではなく,“読み手の的確な類推を可能とする情報を提供するため”ということになります。
情報提供,と一口でいっても,それはいくらでも詳細にすることが可能ですから,限られた紙面に収めるために情報を取捨選択する必要があります。それではその情報はどのような観点から選べばよいのでしょうか?
結論をいえば「構造化に影響があると考えられる情報」に限定して説明すればよいのです。例えば,離職率を改善するアクションリサーチをまとめた事例研究において,施設の建設費や扉の構造などについて延々と説明してあっても,読み手がそこで得られた知見(構造)を,自身の関心に引き寄せて判断する手がかりにはできません。この場合,例えば労働条件や労働・教育環境,そして離職率は新人,中堅,ベテランのそれぞれに何パーセントだったのかといった情報に焦点化して記述すべきでしょう。
このように,その論文を読んだ人が,自分に引きつけて当てはまるかどうかを判断できるようになる情報を提示することによって,読み手が類推(アナロジー)に基づく一般化を行うことが可能となるのです。またそれは,前回述べたように「構造化に至るまでの諸条件を開示する」という手続きの一環でもあり,科学性を担保する最低限の条件でもあるのです。
◆ポイント(2)知見を構造的に提示する
アナロジーに基づく一般化を視点とすると,さらに留意すべき点がみえてきます。認知科学の知見では,類似性の中でも特に「構造の類似性」が手がかりになっていることが明らかにされています。したがって知見を単に列挙して記述するだけではなく,例えば<「アンケート調査による看護師の要望の把握」+「教育システムの改善」+「メンタルヘルスケアの増強」→「離職率の低下」>といった構造として明示するほうが読み手の類推は働きやすいということになります。
このように構造的に知見が提示されていると,読み手は「自分の施設では“メンタルヘルスケア”は十分行っているから当てはまらないが,“アンケート調査”をしたり,“教育システム”を改善する余地はありそうだ」と,自身の関心に引き寄せて,知見を活用しやすくなるのです。さらにいえば,図として明示されているほうが類推(アナロジー)は働きやすいということも明らかになっているため,研究で分かったことを図示すると,さらに知見を活用しやすくなるでしょう。
◆ポイント(3)構造の射程を明示する
3つ目のポイントは,知見(構造)の有効性と限界を明示するということです。つまり,「~という点で類似した構造を持つ事象に当てはめて考える場合には有効性を発揮しうるが,そうした構造が仮定できない場合には適用するのは難しいと考えられる」といったように“構造を基軸として論理的に想定できる範囲でその射程を明示する”ということです。
実際に類推を行うのは読み手(他者)ですから,類推の可能性は論理上無限に開かれています。だからこそ,研究をまとめる際に,読み手が類推する際の手がかりを提示しておくことは,ユーザーフレンドリーな批判に開かれた研究にするという点でも大切になるのです。
「アナロジーに基づく一般化」という観点から事例研究をまとめるポイントは次のようになります。
1)論文の「方法」部分において,構造化に影響を与えると考えられるポイントに焦点化して,事例(施設,患者,症例)の状況説明をする。
2)論文の「結果」部分において,知見を構造的に提示する。
3)論文の「考察」部分において,知見(構造)の射程(有効性と限界)について明記する。
まとめ
もちろん優れた研究者の中には上記の点を自然に実践できている人もいるでしょう。アナロジーに基づく一般化は,そうした優れた実践に理論的根拠を与えるものであり,その理路によって初めて,時間や場所,対象の違いによる直接的一般化の原理的不可能性といった難問に“論理的に応える”ことが可能になります。またこうした定式化された「方法視点」を持つことによって,“誰もが意識的に”実践できるようになるのです。
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