記号論への招待
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記号論(semiotics)でいう「記号」と普段私たちが言う「記号」は全く違う
後者はほとんど「符号」
言語とは何であるか?
思考伝達の手段—できればなしで済ませたいもの──には留まらない
思考様式としての言語
'brother' と「兄」「弟」
文化の中での意味合いが辞書上の意味以上にある
先に生まれた、年上か、で与えられる役割や権利が違うことを常に明示的に示したほうがうまく回る文化とそうでもない文化
いや、英語圏でもこの文化はあるのでは?←そうね
英語圏では毎回言わなくても済むみたいな考え
英語圏のほうで elder/younger をつけて言うときは常に恣意的なものを強く感じるのだろうか
一つの言語を習得して身につけるということは、その言語圏の文化の価値体系を身につけ、何をどのように捉えるかに関して一つの枠組みを与えられるということである。
これが無意識下で起こるから言語はその思考様式に影響する
美的機能を持つものとしての言語
詩や短歌など
発音される音自体にも意味が生じる
柿食へば鐘が鳴るなり法隆寺 では /k/ の音が繰り返されるがこれが柿の渋さを感じさせる音として認識されることがある
言語は文化のモデル化である
これらは'語る' 意味をそれなりに感じ取ることができるという点で言語である
男女の空間的距離
待ち合わせ時間に間に合うとか
身体の動き(視線、表情、etc...)
意味を感じることができればだいたい言語みたいな扱いをしてそう
記号論の分野
統辞論(syntactics)
意味論(semantics)
実用論(pragmatics)
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