脳天神社
昭和26年、当時の金峯山寺管長であった五條覚澄大僧正猊下 ( げいか )が、新しい行場を開くために、蔵王堂の裏の谷間を下っていったところ、子供たちにいたずらされ、頭を割られた蛇が死んでいました。
子供たちをたしなめ、その蛇を近くの洞窟に安置し、回向を手向けて帰りますと、その夜、「われは蔵王権現の変化神・脳天大神( のうてんおおかみ )なり、先ほどの蛇は人々の苦しみを、あのような姿に変えて見せたのである。多くの人々の、特に頭の病や、悩み苦しみを救う為に、われを脳天大神として祭られたし。」という霊示をうけ、
この地に、脳天大神を祭祀することとなったのです。それ以来たくさんの人達が脳天大神の不思議をいただかれ、その御霊徳によって、この吉野の深い谷に多くの参拝者が一年中絶えることなく訪れるようになり、首から上の病気だけではなく、色々な願いを持った方々、又は入試合格を願う人々の大祈祷所として『脳天大神-のうてんおおかみ』は『のうてんさん』または『脳天大神-のうてんだいじん』などと呼び親しまれて、日本国内はもとより遠く外国からも、たくさんの人達が参拝されております。
当山の脳天大神は北海道別院として、その御分霊をおまつりしております。
また、最近では小樽のパワースポットとしても人気を集めております。