思考の整理学 / カクテル
着想、思考についても、ほぼ、同じことが言える。「ひとつだけでは、多すぎる。ひとつでは、すべてを奪ってしまう」 名言。
もともとは恋愛についての言葉だが、そういえば藤沢数希の恋愛工学も同様の趣旨だった。
副業が流行するのも近い概念か。
ものを考え、新しい思考を生み出す第一の条件は、あくまで独創である。自分の頭で考え出した、他の追随を許さない(とすくなくとも本人の自負する)着想が必要である。ただ、それを振りまわしていては説得力はない。せっかくのアイデアも悪いドグマに見える。 着想ってなんだろう?
思考、着想についても同じことが言える。同じ問題について、AからDまでの説があるとする。自分が新しくX説を得たとして、これだけを尊しとして、他をすべてなで切りにしてしまっては、蛮勇に堕しやすい。Xに最も近いBだけを肯定しようとするのも、なお我田引水のうらみなしとしない。AからDまでとXをすべて認めて、これを調和折衷させる。 こうしてできるのがカクテルもどきではない、本当のカクテル論文である。すぐれた学術論文の多くは、これである。人を酔わせながら、独断におちいらない手堅さをもっている。 過去のコンテクストの上に、自説を乗せる。
いわばPullRequest。
承認されれば、コンテクストがアップデートされる。
さらに時間をおけば古典化もありうる。