016-20150616 シンプルさとADHD2:「時間割」の重要性
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ADHD気味の家族とともにシンプルで快適な生活を目指すにあたり、「時間割」の存在が重要なのではないか、と最近考えています。これには二つの意味があります。
一つは、習慣化です。例えば、我が家では、学校の宿題は必ず帰宅直後にやる。終わったら5時まで外で自由に遊んでよし、という「時間割」を設定しています。
この「時間割」は、誰でも多少ADHD的傾向のある小さい子ども自身では設定できません。好きな時間に宿題やっていいよ、とすると当然遊びが優先し「遊ぶのが忙しくて宿題できなかった」となります。これは(特に子どもが小さいころは)子どもの責任ではなく、親の責任です。
もうひとつはデッドラインの設定です。つまり、何があっても一定の時間までにやるべきことを設定します。ADHDと関係あるのかどうかわかりませんが、うちの子どもは「あと○○分で終わりにするよ」というと、たいていそのとおりにしてくれます。もちろんいきなり「あと5分」とかではダメで、最低でも20分前からアラートをかけますが、とにかく何か時間の区切りを設定するとまずまずうまくいくようです。
なお、我が家で最も重要なデッドラインは「就寝時間」です。特別な行事が入らない限り、夜8時半までに消灯することにしています。仮に妻が急に動けなくなったとしても、私がこの「8時半消灯」に向けて最低限やるべきことに注力します。
なぜ「就寝時間」に集中するか、というと、就寝時間は必ず翌朝の起床時間に影響し、今日がグダグダであっても明日以降にリカバリーが効くからです。まず子供たちが規則正しい生活をできるかどうかが、親のストレスコントロールに直結するので、とても大事です。
同じ「時間割」といっても、子供の時間割に合わせてランドセルの荷造りを手伝う、というのは必ず私の役目です。これは妻が最も苦手とするミッションの一つだからです。でも、「時間割」は使いようです。 とにかく一点に集中するように仕向ければ、ADHDと言えども行動しやすくなるような気がします。