キーワード:影響
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チュードアは楽器どうしの関係や自分と楽器との関係を「影響(influence)」という言葉でよく語っていた。「シンセサイザーではモジュール式の構成楽器を次の楽器といつもマッチングして、それぞれの入力がその前の楽器からの出力をきちんと扱えるようにする。ぼくが発見したのは、もし楽器が互いにマッチしなかったら、ひとつの楽器は次の楽器に影響を与えることができるということで、そうすれば、回路のいろんなポイントで信号が作り出される」。「チュードアいわく、楽器に「影響を与えられることを願うしかない」。このような言い回しにおいて「影響」という言葉は、チュードア自身を含む複数の楽器の関係性が不確定であることを表現している。だから、確定的な関係性を指す「制御(control)」という言葉との対比でいつも用いられていた。そしてIEIEにおける、孤島という巨大楽器の構成モジュールであるサウンド・ビーム、霧、凧、さまざまな自然のリフレクターや島内を歩き回る訪問者たちのあいだの関係性も、「影響」という密やかな作用が軸になっていると考えることができる。
より一般的にいえば、「影響」という概念は人間が直接知覚できず、合理的にメカニズムを説明することができない(主に遠隔で働く)作用関係を指す言葉として、日常会話でも多用されるほか、文系理系を問わずさまざまな学問領域においても無意識のうちに濫用されている。その語源は、星々からの隠された(occult)力が地上に流出して(influentia)さまざまな作用を及ぼすというルネサンス期の思想(正確にいえばルネサンス期に復活した古代からの思想)に遡るが、そうした明確には知覚されない作用たる「影響」は、音楽の力、感染症の原理(influenza)、あるいは電磁力の働きなどを総合する説明原理として長らく用いられてきた。それは十七世紀科学革命によって消え去るどころか、万有引力の理論形成においても大きな役割を果たし、その後も動物磁気や催眠術などの心理療法や、心霊主義や精神分析の展開を促す一方で、アルコールなどの精神を変容させる薬物の作用にも結びつく(たとえば、英語で「飲酒運転」のことを「driving under the influence」と言う)など多方面に流出してきた。またルネサンスの神秘思想に由来する考えの多くが19世紀末までに前近代的なオカルトとして駆逐されたのに対して、「影響」概念は電信や電話、ラジオなどの遠隔通信技術の発展と結びつくことでその後も生き延びた。増幅回路など電話用に開発された技術を応用する形で発展した電子音楽においてこの概念が多用される背景にはこうした歴史があるが、ことさらチュードアに関しては、神秘主義やオカルト哲学の伝統を踏まえて星々からの影響について論じたルドルフ・シュタイナーと人智学からの影響が強い。そして近年のインターネットにおける遠隔地のネットワーク化と広告のカスタマイズ化、またライクボタンやリツイート機能による情報の波及効果の数値化が進むにつれて、「インフルエンサー」という新しい職種に象徴されるように、「影響」というオカルト的概念の適用範囲はますます広がりを見せている。