ナラティブ攻撃
戦争は各国でどう語られるか
具体的に見てみましょう。例えば、ウクライナへのロシアの侵略について、ロシアには全く違う語られ方=ナラティブがあります。
「ウクライナ戦争はアメリカやNATOの圧力から自分たちを解放するための戦い」というようなナラティブです。この大きな語り口に即した形で、様々な情報が拡散しています。
世界中のファクトチェッカーがどれだけ個別の情報について「誤り」と判定したとしても、それらの情報が拡散する背景としてのナラティブに変化がなければ、新しい偽・誤情報が拡散することになります。
戦争をエスカレートするのはどちらか――ロシア・ウクライナ戦争における「語られ方」をめぐる攻防 今回のロシア・ウクライナ戦争に関する限り、侵略国と被侵略国は明確である。これほど明確な戦争は珍しいといってもよい。戦争の語られ方をめぐる攻防(narrative war)――あるいは国際的な世論戦、情報戦――は、圧倒的なウクライナ優位で推移してきた。ただしこの戦いは、最初に決着がついて終わりなのではない。この優劣のバランスは常に変化する。だからこそこの問題には継続的に注目していかなければならないのである。結論を先取りすれば、今日、ロシア・ウクライナ戦争の語られ方は、重要な転換点を迎える可能性がある。 G7の声明では、「侵略戦争(war of aggression)3」などが使われるケースが多いものの、英語圏の報道や指導者の発言としては、「侵略」よりも「侵攻」が多い模様である。しかし、それは意図的に侵略よりも軽い言葉として使われているわけでは決してない。加えて、「違法でいわれのない(illegal and unprovoked)」という修飾が付けられることが多い。国際法違反の行為であること、および、それが挑発された結果の行動ではなく、一方的なものだったことを強調するための表現である。単に侵略や侵攻と表現する場合に比べ、責任のありかを明示する明確な意図がある。侵略・侵攻の性質、つまり誰が「悪い」かをその都度リマインドするのである。 こうした、一見些細な言葉使いの違いも、繰り返されれば、何気なく聞いたり読んだりする受け手の認識にも無視できない影響をおよぼす可能性が高い。この観点でもう2点指摘しておきたい。
しかし、「クリミアは違う」と思わせたい勢力が存在する。それはロシアである。ウクライナがクリミアを攻撃すれば、ロシアはいままで以上に強い反応をせざるを得なくなる、つまり、戦争のエスカレーションが引き起こされるというメッセージを出したいのは、ほかならぬロシアである。ウクライナのクリミア攻撃の阻止が目的である。エスカレーションをちらつかせることで、「ウクライナはクリミアを攻撃すべきではない」という国際的世論、さらにはウクライナ政府に対する直接の圧力をつくりだし、(さらなる)攻撃を思いとどまらせたいのである。つまり、ロシアの側からの抑止のメッセージである。
「ウクライナによるクリミア攻撃は、ロシアによるさらなる攻撃を招きかねない」という議論までは、ロシア側の考え方、行動様式に関する分析として成立し得る。しかし、意図したとしてもしなかったとしても、その後にほとんど不可避的に付随するのは「だからウクライナはクリミア攻撃をすべきではない」という議論なのである。そしてそれこそが、繰り返しになるが、ロシアの狙いなのである。
したがって、情勢の分析としては、「ロシアはこのように考え、発信するだろう」という側面を強調する必要があり、可能な限り「その狙いはウクライナによるクリミア攻撃の阻止である」ことまでを含めて説明する必要がある。そして、こうした議論は、この戦争における語られ方をめぐる攻防の一環である点に常に意識的でなければならない。
「各国はサイバーセキュリティの主要な課題の1つとして、特定の個人を狙って世論誘導や選挙介入をするサイバー攻撃(ディスインフォメーション)への対策を挙げています」と指摘する。
その中でも特に警戒されるのが、個人の「ナラティブ(物語)」にアプローチする「ナラティブ攻撃」だ。この攻撃は、フェイク情報によって受け手の認知をゆがませた上で、本人が「自分の意見だ」と主張している、と思い込ませるのが特徴だ。この攻撃が、リアルな画像や動画をつくれる生成AIによって、今後さらに活発化していくと見られている。 こうした状況を背景に、各国は、AIの開発と学習データの取り扱いに関する規制を、急速に強めつつある。その一方で、日本は自由なAI開発や利用を基本的に認める方向にあり、「Data Free Flow with Trust(DFFT:信頼性のある自由なデータ流通)」を提唱している。