MSCHF
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作品として
《ATMリーダーボード》(2022)を利用すると、利用者の銀行口座の残高が公開されるという仕組み。ATM製造会社から譲り受けたATMに、「リーダーボード」の文字をあしらった画面とカメラを取り付けたこの作品にデビットカードを挿入して暗証番号を入力すると、カメラが利用者を撮影し、口座残高が画面に点滅する。そしてアニメーションで、参加者が裕福であるかそうでないかを表示するのだ。 ARTnewsの記者がカードを入れると、お金が詰まったトイレのアニメーションとともに大きな青い文字で「 さよなら!(BYE!)」と表示された。 誰も使用していない時は、画面にこれまでの利用者の口座残高と写真がランキング形式で表示される。取材時はピンクのTシャツを着た若い男性が1位で、彼の残高は約200万ドル(約2億7000万円)だった。さらに下にスクロールされていくと、1.75ドル(約240円)の人が出てきた。
人々がこの作品を前にすると、それが何であるか、何をするものであるかを理解し、「自分の銀行口座にいくらお金があるのか、それを皆に本当に知ってもらいたいのか」と自問しなければならない。その一連の行動がショーなのだ。プレビューに出席したあるVIPは、顔を出すのに抵抗があるため、MSCHFのメンバーにカードの運用を代行してもらったそうだ。
MSCHFのアーティスト、ケヴィン・ワイスナーによると、よくあるのは、4人くらいのグループで一緒に機械に近づき、1人は覚悟を決めてカードを入れるものの、いざ機械を前にすると「やっぱり......ダメかも」と躊躇してしまうケースだそうだ。そして、おそらくその判断は正しい。なぜならば、第三者による審判が必ずやってくるから。ATMを通りかかった人が画面を見て、「ああ、あの人はもっと貯金すべきだ......」と言っているのを聞いたとワイスナーは明かす。
また、MSCHFのリズ・ライアンは、「カードを挿入するか否かにかかわらず、誰もがその瞬間を味わうことができるのがこの作品の面白いところ」「利用者には『本当にやっていいのか』と内省する間が見られる」という。
MSCHFが手がけたものの中でも特に知られているのは、リル・ナズ・Xとのコラボレーションで良くも悪くも話題となった《サタン・シューズ(Satan Shoes))》だろう。ナイキ(NIKE)のシューズを無許可でカスタマイズし、赤いソール部分に人間の血を1滴入れたというものだ。2021年にこれが発表されると、保守派として知られるサウスダコタ州のクリスティ・ノーム知事はツイッター上で「我が国の魂のために戦う」と怒りを露わにし、愛国ムードをあおるきっかけとなった。FOXニュースでは、どこかのデザイナーがリメイクしたものだとも伝えられていたが、実際にこれを作ったのがMSCHFだった。 2016年にスタートしたMSCHFは形容しがたいコレクティブだが、アーティスト集団として話題になったことはこれまでほとんどない。
MSCHFの創設メンバーのひとり、ルーカス・ベンタル(Lucas Bental)は、「これはおかしな話。私たちはこれまでずっと、自分たちの活動をアートの文脈で捉えてきた」と語る。 ベンタルと共同創設メンバーのひとりであるケヴィン・ワイスナー(Kevin Weisner)は、2010年代初頭にロードアイランドデザイン大学(RISD)で出会った。どちらもブラウン大学の複数学位取得プログラムに加わっており、ベンタルは音楽、ワイスナーは材料工学を学んでいたという。その後RISDを離れ、共同でMSCHFを立ち上げることになる8人のメンバーと集まった際に、2人は既存のアート界には関わらないという方針を決めた。それでも、アートコレクターたちはもう何年も前から彼らに注目し、その作品を手に入れてきた。 「ギャラリーの空間には収まらないものを作りたいと考えてきた。大学で作っていたタイプの作品とはまったく異なるものを目指していたから」とベンタルは振り返る。これはつまり、ギャラリーの運営者やキュレーターが支配する世界に背を向け、より広い層、すなわち良きインターネットユーザーにエンゲージメントやフィードバックを求めるということ
ポスト・インターネット時代のアートコレクティブであるDISや、ブラッド・トロメルのような、ウェブ2.0の混沌を現実社会に持ち込もうとしたアーティストなどがそうだ。ベンタルとワイスナーは、トロメルがアメリカの非営利メディア『The New Inquiry』に寄稿した記事「アスレティックな美学(Athletic Aesthetics)」を必読と呼び、敬意を隠さない。 実のところ、トロメルもDISも、実際にはアート界に向けて継続的に作品を制作していた。これに対しMSCHFは、トロメルが掲げた「エスリート」(「エステティック=美学」と「アスリート」をつなげた造語)というコンセプトを忠実に実践している。エスリートは、次から次へと作品を生み出し死ぬまで休もうとしない人のことだが、MSCHFは創設以来、2週間ごとに新しい作品を「ドロップ」してきた。 《銃を剣へ(Guns2Swords)》(2021)では、MSCHF流の銃の買取プログラムを実施した。銃の所有者がそれをMSCHFに送ると、受け取ったMSCHFはこれを溶かして刀剣に作り替え、持ち主に送り返すというものだ。《スポットの大暴れ(Spot’s Rampage)》(2021)では、ボストン・ダイナミクス社製のロボット犬「スポット」に、ペイントボールを発射するガンを取り付けた。MSCHFはこのロボット犬をオンライン経由で人々がリモート操作できるように設定した。ペイントボールが発射されることで、スポットが置かれた真っ白な立方体の空間に色がつけられていくという仕掛けだ。
《あらゆる人にキーを(Keys4All)》では、MSCHFはクライスラーの乗用車PTクルーザー1台に5000個の合鍵を作り、これを販売した。この鍵を持っている人なら、だれでもこの車を運転できる。ただしこれには、鍵が合致する車両を見つけられれば、という条件がつく。現時点でこの車は、ニューヨークからカリフォルニアまで全米を縦断したところだという 「多くの人は、『この作品はずいぶんメディアで取り上げられた。つまり、たくさんの人からエンゲージメントが得られたはずだ』と考えがち。けれど、実際のところはわからない」とベンタルは指摘する。「一方で、《Keys4All》は我々のプロジェクトの中でも、最もアクティブで、成功を収めたもののひとつ。実際に、あの車はカリフォルニアまでたどり着いたわけだから。でも、メディアに取り上げられたり、話題になったりすることは多くなかった。ここに断絶があると思う」
「バイラルと一口に言っても、そのかたちはさまざま」とワイスナーは補足する。「人が情熱を掻き立てられる複数の領域が交わるところに、バイラルは生まれる。刀剣の愛好家と銃の所有者、ナイキという企業とカトリックの信仰、というように」。こう言って彼は自身の両手を重ね、指を組み合わせたのち、爆発するようなジェスチャーを見せた。
スニーカー愛好家の間でも、MSCHFに注目する者は多い。そのきっかけとなったのが、2019年の《ジーザス・シューズ(Jesus Shoes)》だ。こちらは1425ドルで販売されたが、この価格はイエス・キリストが水の上を歩いたという記述がある、『マタイによる福音書』第14章25節にちなんだものだ。このコンセプトは、カトリック教会と、流行を追いかけ、高値でストリートブランドのアイテムを手に入れるハイプビースト・カルチャーの両方を同時に風刺する手立てとして考案された。だが、込められた皮肉を意に介さず、スニーカー・コミュニティはこのモデルを大歓迎した。さらにその後は、MSCHFの側もスニーカー愛好者からのラブコールに応えている。 《ジーザス・シューズ》の意図は「ブランド間のコラボレーションを揶揄するもの」
ペロタン・ギャラリーで展示されている作品のひとつでもある《スポットの復讐(Spot’s Revenge)》(2022)など、MSCHFが生み出した作品には、ギャラリーで展示される前に、別の形態を持っていたものもある。《スポットのリベンジ》のルーツは、ボストン・ダイナミクスのロボット犬にペイントボール・ガンを搭載した前述の《スポットの大暴れ》だ。ボストン・ダイナミクスからは多数の停止通告書を送付され、このプロジェクトを別の方法で実行する方法まで提案されたという。
「(ペイントボール・ガンの)代わりに絵筆を取り付ければいいと提案された」と、ワイスナーは目をむいた。
《スポットの大暴れ》は、ロボット犬はかわいらしく無害だとするボストン・ダイナミクスの主張に反して、実際には軍事目的で使用されていることへの批判としてつくられた。絵筆に代えることでどぎついイメージをなくそうとする同社からの提案を、MSCHFはよしとしなかった。「だから提案は無視することにしたんだ」とワイスナーは振り返る。
この話には続きがある。ワイスナーによれば、彼らがプロジェクトを続けたところ、ボストン・ダイナミクスはこれを阻止するために「遠隔でロボット犬をハッキングし、操作不能にした」というのだ。それから1週間後、複数の同型ロボット犬が、ニューヨーク市警とともに街をパトロールしている姿が目撃された。