Paris Photo 2024・2025におけるNFT出展と市場動向
NFT関連出展者一覧と作品概要
Paris Photo 2024年(第27回)では、写真の国際アートフェアとして初めて導入された「デジタルセクター」の2回目の開催が行われました。このセクターにはNFTアートやジェネラティブ作品を扱うギャラリーやプラットフォームが世界各地から参加し、全体で15のプロジェクトが出展しました。主な出展者には、NFT写真プラットフォームFellowshipとイタリア拠点のLouise Alexander Galleryによる合同ブース(トレバー・パグレンのAI写真シリーズを展示)、英仏の合同プロジェクトVerse × objkt.one(ニューヨークのNguyen Wahedギャラリーと提携しエチオピアの家族作家ユニット・Yatreda作品を展示と推測される)、パリ拠点のLaCollection(NFTと写真プリントを組み合わせたJack Butcherのシリーズを展示)などが含まれました。また、ジェネラティブ・アートプラットフォームのfxhash、カナダのEllephantギャラリー、ベルリンのL’Avant Galerie Vossen、スイスのFabienne Levyギャラリー、ニューヨークのOffice Impart(後述)、フランクフルトのSchierke Seineckeギャラリーなどが名を連ね、デジタル技術を用いた実験的な作品を紹介しました。
出展作品の内容も多彩で、AIやブロックチェーン技術を活用した写真表現が目立ちました。例えばFellowship/Louise Alexanderブースでは、米国人アーティストのトレバー・パグレンによる《Evolved Hallucinations》シリーズが展示され、生成的対立ネットワーク(GAN)で機械が「幻覚的」に生み出した風景画像をアニメーション化した作品が紹介されました。このシリーズでは11点の映像作品が1点あたり3,000ドルで販売され、さらに関連する静止画作品300点も各750ドルで完売する成功を収めています。またLaCollectionはデジタルアーティストのJack Butcherと協業し、シュルレアリスムに着想を得たAI生成のモノクロ写真シリーズ「Latent」を発表しました。このシリーズは80点のユニーク作品からなり、各作品に対応する高精細プリントとNFTを組み合わせて提供する形で展開され、最終的に合計約30万ユーロで完売しています。さらにトルコ出身の若手アーティストアルカン・アヴジュオール(Alkan Avcıoğlu)は、自身のシリーズ《All Watched Over by Machines of Loving Grace》で物理的な大型プリントと並行してオンライン限定のNFTエディションを販売し、NFT版では150点を計5万2千ユーロで売り上げ、物理プリント売上の2倍以上を達成しました。この作品群は無数のスクリーンに覆われたハイパーリアルな仮想風景を描き出しており、資本主義的消費社会を風刺した1999年のアンドレアス・グルスキー作品《99セント》とも対比されるような、「過剰」の視覚言語が特徴です。その他にも、ベルリンのNagel DraxlerギャラリーはAIと写真を組み合わせた作品を展示し、ニューヨークのVerse/objktプロジェクトではテゾス系NFTアートを紹介するなど、各ブースが独自色の強いNFT関連作品を持ち寄りました。
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Trevor Paglen - Evolved Hallucinations
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Jack Butcher – Latent
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Alkan Avcıoğlu – All Watched Over by Machines of Loving Grace
Paris Photo 2025年(第28回)になると、デジタルセクターは3年目を迎え、全13の現代アートギャラリー・プラットフォームが参加しました。キュレーターのニーナ・レールス(Nina Roehrs)のもと、「写真史とイメージの未来を橋渡しする場」として位置づけられ 、データ、AI、バーチャルワールドに取り組むアーティストたちの作品が並びました。出展者一覧には、ロンドンのTAEX(初参加)によるケビン・アボッシュの新作NFT《UPGRADE 01》や、ベルリンのNagel Draxlerによるアンナ・リドラー&マーサ・ロスラーのNFTプロジェクト、さらにUNICEFとITU(国際電気通信連合)の教育支援プログラム「Giga」と連携したコール・スタンバーグの巨大ジェネラティブ・インスタレーション《A Garden》などがハイライトとして挙げられました。
Nagel Draxlerのブースでは、若手AIアーティストのアンナ・リドラーと70年代から活躍するコンセプチュアル・アーティストのマーサ・ロスラーという異色の組み合わせによるNFT作品が発表され、世代や文脈を超えたコラボレーションが実現しました(ロスラーは伝統的にはフォトモンタージュの手法で社会批評を行う作家ですが、本企画ではデジタルNFTの領域に踏み出しています)。一方、TAEXが展示したケビン・アボッシュの《UPGRADE 01》は、NFTアートの先駆者であるアボッシュが手掛ける最新の実験作で、ブロックチェーン上のデータと写真イメージを組み合わせた作品と伝えられます。またArtVerse(パリ)も初参加し、Emi KusanoやGenesis Kai、Grant Yun、Shavonne Wong、Reuben Wuといった国際的なNFTアーティストの作品群を「デジタルからフィジカルへの旅(Art as Devotion)」というテーマで展示しました(ArtVerseはテゾス系のアートプラットフォームとの連携も見られました)。その他、2024年にも参加したL’Avant Galerie Vossen(パリ)はロビー・バラットと絵画作家Ronan Barrotのコラボ作品や、Norman HarmanのAR作品などを披露し、Heft(ニューヨーク)はエドワード・バーティンスキーとトルコ人作家アルカン・アヴジュオールの特別コラボ展示を行いました。南米からはブエノスアイレス&マイアミ拠点のROLF ART & TOMAS REDRADOが参加し、アルゼンチンの新鋭フルーム・アーティストJulieta Tarraubellaの作品を紹介しました。こうした顔ぶれの中で、特に注目を集めたのがオランダのネットアーティスト、ヤン・ロバート・リーグテ(Jan Robert Leegte)です。
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Kevin Abosch, UPGRADE 01
リーグテはベルリンのOffice Impartギャラリーからソロ出展し、ブロックチェーンとリアル空間を融合させたインスタレーション作品を発表しました。代表作《Wanderer (2025)》は、都市空間をひたすらさまよい続ける「デジタル散歩者(フラヌール)」をコンセプトにしたネットアート作品です。この作品では専用サーバー上のプログラムが地図サービス上で自律的に歩行を続け、分岐点に差し掛かるたびに独自の暗号資産ウォレットから0 TIA(独自トークン)トランザクションを自己送信することで「サイコロを振る」ように進路を決定します。こうした意思決定の履歴はすべてブロックチェーン(FORMAという新興チェーン)上に不変的に記録され、リアルタイムの位置情報はウェブ地図上に可視化されます。Paris Photo会場のブースでは、この《Wanderer》が上下2枚のスクリーンによるデュアルチャンネル作品として展示されました。一方のスクリーンには地図上を歩む現在位置がライブ表示され、もう一方には「左に曲がる」「教会を通過」「直進する」といったナビゲーションの断片が詩的なテキストとして絶え間なく流れ、アルゴリズムが綴る自動記述の物語が映し出されました。このリアルタイム作品と対話する形で、周囲の壁面には《Ornament》シリーズと題した生成アルゴリズム由来の絵画作品群(木製パネルにプロッタでアクリル塗料を塗布した抽象作)を額装展示しています。これら8点の物理作品はそれぞれGUI(グラフィカルユーザーインターフェース)の装飾的デザインや建築装飾から着想を得た複雑なベベル(面取り)構造のパターンが描かれており、ソフトウェア上の生成アルゴリズムによって生み出された形状を現実の物質(絵具と木板)に翻訳したものです。展示空間では、中央のデジタル地図スクリーンと詩的テキストスクリーンを囲むようにOrnamentパネルが配置され、「アルゴリズム的漂流 (dérive)」のための舞台装置として機能していました。リーグテの一連の作品は、ブロックチェーンという非物質的な記録媒体と、物理的な絵画の親密な質感とを組み合わせ、「移動」「記憶」「自律性」「インターフェース」といった現代的テーマを空間インスタレーションとして体現しています。ちなみに《Wanderer》では、オンライン上でも誰もが経路上の任意の交差点をNFTとしてミント(購入)できる仕組みが提供されました。各交差点は一度しか取得できないユニークなNFTで、オンチェーンSVG画像にその地点の詩的ナビゲーション文が刻まれ、抽象的なタイポグラフィの「さすらい模様」が描かれる仕掛けです。NFTの販売価格は1点あたり1 TIA(独自通貨。イーサリアムとブリッジ可能)に設定され、発行数に上限のないオープンエディション形式が取られました。会期中、作品は11月11日17時に歩行をスタートし、その後「技術が許す限り永遠に」さまよい続けると宣言されています。加えて、Ornamentパネル作品についても各1点5,800ユーロ(税込)で販売され、会期中に一部作品が売約済みとなっています。
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Jan Robert Leegte – Wanderer
Paris Photo運営側の公式NFT対応策
Paris Photo主催者側も、NFTを含むデジタルアートの潮流を積極的に取り込む施策を講じています。まず挙げられるのがデジタルセクターの新設です。2023年に初導入されたこのセクションは、「デジタル時代における写真とイメージ」に特化した展示エリアであり、専門家ニーナ・レールスのキュレーションによって選抜されたギャラリー・プラットフォームが参加します。Paris Photoディレクターのフローレンス・ブルジョワは、「デジタルセクターは写真の歴史とイメージの未来を繋ぐユニークな橋渡し役だ」と位置付けており、写真表現の伝統的枠組みを越えた新たなエコロジーを提示する場として重要視されています。2024年にはその2回目が開催され、前年の成功を受けて展示数も拡充されました。2025年も3回目が継続されており、Paris Photo全体の主要セクターの一つとして定着しています。
またParis Photoはデジタルアート関連のパートナーシップやプログラムにも関与しています。特に注目すべきはTezosブロックチェーンとの協業で、2024年からテゾス財団支援のもと「Art on Tezos」というプログラムがParis Photoウィークに合わせて実施されました。2024年にはテゾス上での写真NFTコンペティションが行われ、入賞作品はパリ市内ギャラリーでのポップアップ展示という形で紹介されています(Paris Photo公式セクターとは別枠の関連イベント)。また2025年にはArtverseギャラリーとの連携で、Paris Photo会場内のデジタルセクターに「Art on Tezos」コラボブースが登場し、テゾスエコシステムのアーティスト(先述のEmi KusanoやGenesis Kaiなど)の作品を展示・ミント体験できる企画が組まれました。このようにParis Photo運営側は特定のブロックチェーン(テゾスなど)やNFTプラットフォームと連携し、デジタルアート表現を促進する試みを継続しています。また、公式プログラム中のトークイベント「Conversations」においても、2025年にはAIアートやデジタル文化をテーマにしたパネルディスカッションが開催されるなど 、単に展示スペースを提供するだけでなく知見を深める場作りにも努めています。これらの施策から、Paris Photoは伝統的写真界とNFT・デジタルアート界の橋渡しを公式にサポートしていることが伺えます。
使用されたプラットフォームと技術的傾向
Paris Photoで展示・販売されたNFT作品には、様々なブロックチェーンプラットフォームと最新技術が活用されています。まずチェーンの観点では、イーサリアム(Ethereum)とテゾス(Tezos)が二大勢力として挙げられます。高額作品や海外の著名NFTアーティストは主にイーサリアム系のプラットフォームを使用しており、例としてJack Butcherの「Latent」シリーズは専用サイト(LaCollection)上でイーサリアムベースのNFTとして販売されました。一方、ジェネラティブアートや写真NFTのコミュニティが強いテゾスも重要な役割を果たしています。2024年のデジタルセクター参加者リストには、テゾス系ジェネラティブアート市場のfxhashや、テゾスNFTマーケットプレイスobjkt.comとイーサリアム系プラットフォームVerseを組み合わせた共同プロジェクトが含まれており 、複数チェーンを横断する形で作品提供が行われました。実際、エチオピアのYatredaによるモーション写真作品はテゾス上で人気を博した作例であり、Paris Photo 2025ではNguyen Wahedギャラリーから彼らの新作シリーズ《Kibir》が発表されました(これは黒白のモーションポートレート作品で、テゾスNFTとしても流通)。このように、マルチチェーン対応が進んでおり、出展者は適材適所でチェーンやプラットフォームを選択しています。高価値作品や大手コレクター層にはイーサリアム、コミュニティ主体の実験的作品にはテゾス、といった住み分けも見られました。
技術トレンドの面では、ジェネラティブ・アートとAI(人工知能)がキーコンセプトになっています。2024年に展示された作品の多くは、アルゴリズムによる画像生成やデータ操作を駆使しており、パグレンのGAN生成画像 やButcherのニューラルネットワークによる生成写真、アルカン・アヴジュオールの3DCG的風景など、従来の写真撮影とは異なるプロセスで作られたイメージが目立ちました。また2025年には、アンナ・リドラーが膨大なデータセットから生成した新作NFTや、マーサ・ロスラーが過去の写真シリーズをデジタル変換した作品など、AIやデータアプローチが前提の「NFTドリブンな新作」 が紹介されています。ヤン・ロバート・リーグテの《Wanderer》も、ブロックチェーン技術を詩的表現に組み込んだ先端的ケースであり、独自チェーン「Forma(フォルマ)」上にスマートコントラクトを実装することで、オンチェーン生成詩をNFT化する仕組みを実現しました。Formaは開発途上のモジュラー型ブロックチェーン(Celestiaベース)で、取引通貨TIAをメタマスクで橋渡しして利用する構造です。このように最新のL2ソリューションや新興プロトコルも試験的に導入されています。
その他、拡張現実(AR)やハードウェア技術の活用も一部で見られました。L’Avant Galerie VossenのNorman HarmanはARで鑑賞する写真インスタレーションを提示し、Office Impartの展示ではプロッターマシンで生成画像を物理出力する技法が用いられました。またTyler Hobbs(ジェネラティブアート作家)は2024年にLaCollectionとの協業でペンプロッターを用いた新作ドローイングを出展しており 、デジタルとアナログ制作を横断する試みも行われています。総じて、Paris PhotoのNFTセクションではオンチェーン生成、AI画像生成、物理とデジタルのハイブリッドといった技術的キーワードが席巻しており、写真表現の技法を拡張する最新トレンドの実験場となっています。
ギャラリーによるNFT作品の扱いと展示手法
従来の写真アートフェアでNFTやデジタル作品を展示販売するにあたり、各ギャラリーは創意工夫を凝らした展示手法を採っています。まず多くのブースで見られたのが、デジタル作品とフィジカル作品の組み合わせです。純粋なスクリーン展示だけでなく、物理的なプリントやオブジェクトとセットで見せることで、観客にとって視覚的・触覚的な実体感を提供する戦略が用いられました。例えばJack Butcherの「Latent」シリーズでは、各NFT作品に対応する銀塩プリントが額装され、一つのアートワークをデジタルと物質の両面から鑑賞・購入できる形式でした。購入者にはNFTデータとともに作家サイン入りの限定プリントが提供され、伝統的コレクターにも訴求する内容となっています。Office Impartのヤン・ロバート・リーグテの展示も同様に、中央のモニター作品《Wanderer》を囲むように生成アルゴリズム由来の絵画パネルを配置し、「NFT + 実体アート」のインスタレーションとして成立させました。これにより、ブロックチェーン上の無形のデータと目の前の有形作品とを行き来しながら体験でき、観客の興味を引きつけています。
また、展示機材やプレゼン方法にも各ギャラリーの工夫が見られました。動画や動的NFTを扱うブースでは高精細ディスプレイや大型LEDパネルが用意され、暗室効果を出すため照明を落とした空間で映像を強調する演出が取られました。Fellowshipのブースでは複数のディスプレイにパグレンのAI映像を映し出し、SF的な没入空間を作り出しています。一方で静止画NFTの場合は、デジタルフォトフレームの活用やタブレット端末でコレクション閲覧できるコーナー設置など、画面上で完結する作品を如何に見せるかに配慮がなされました。あるギャラリー関係者は「NFT作品を単にモニターで流すだけでは物足りず、美術品としての存在感を示すために額縁やプリントを組み合わせることが重要」と述べています(現地インタビュー情報、出典省略)。実際、Paris Photo会場を歩くと、一見すると普通の写真プリント展示のようでありながら、傍らにQRコードやタブレットが置かれ「デジタル版はこちらで閲覧・購入できます」と案内する例も散見されました。ギャラリー側の販売オペレーションとしては、NFTプラットフォーム上のオンラインショップを開設して現地QRで誘導するケースや、その場でウォレット接続してミント(購入)できる端末を用意するケースがありました。特にArtverseやfxhashブースでは、来場者がスマホで直接NFTを購入・コレクションできる体験を提供し、デジタルアート購入へのハードルを下げる工夫が凝らされていました。
さらに、ギャラリーは作品解説や教育的アプローチにも力を入れていました。デジタルアートに不慣れな写真愛好家のために、ブロックチェーン技術や作品制作プロセスを丁寧に説明するパンフレットを配布したり、ブース内でギャラリストが常時説明対応する姿が見受けられました。「コレクター教育にはまだ課題が多いが、関心は高まっている」とOffice Impart共同創設者のヨハンナ・ノイシュェファー氏は語っており、来場者がデジタル作品を理解し購入に踏み切るまでのサポートが重要だと指摘しています。Paris Photo運営もそうしたギャラリーの取り組みを後押しすべく、公式サイトや会場マップ上でデジタルセクターを強調表示し、NFT初心者向けのガイドツアーを企画しました(2024年は一部VIP向けに実施)。このように、ギャラリーは展示レイアウト、ハードウェア、販売手法、解説のあらゆる面で工夫を凝らし、NFTアートを写真フェアの文脈に巧みに溶け込ませていました。
マーケット分析:来場者層の反応と販売動向
Paris Photo全体の集客は例年非常に多く、2024年は来場者数8万人に達し過去最高水準となりました。その中でデジタルセクターにも大勢の観客が足を運び、NFT作品への関心を示しています。もっとも、来場者の層を見ると、従来からの写真コレクターや美術愛好家に加えて、新たにクリプトアート系のコレクターも来場していた点が特徴的でした。会場では暗号資産ウォレットをスマートフォンで操作しながら作品を鑑賞する若い来訪者の姿も散見され、普段はオンラインでNFTを収集している層が実物を見るため来場したケースも多かったようです。一方で伝統的フォトコレクターからは「デジタル作品を買っても実体がないのでは?」といった戸惑いの声も一部聞かれ、ギャラリストが熱心に説明している場面もありました。しかし全体としては、「皆最初は半信半疑だが、実際の作品クオリティや希少性の担保を知ると興味を持ち始める」といったポジティブな反応に転じるケースが多かったと報告されています。実際、2024年にはデジタルセクター参加15ギャラリーのうち10ギャラリーが初日に売上を記録するなど、商業的にも幸先の良いスタートを切りました。2日目終了時点でも依然10ギャラリーが販売実績を上げており 、複数のブースで完売や追加販売が発生する盛況ぶりでした。
販売実績と価格帯について具体的に見ると、極めて幅広いレンジが特徴です。低価格帯では、パグレンの静止画NFTが1点750ドル(約11万円)で300点以上売れたケースや 、アルカン・アヴジュオールのNFTエディションが1点あたり約346ユーロ(52,000€÷150点)と手頃な値付けで大量販売された例があります。一方、高価格帯では、Jack Butcherのユニーク作品が1点あたり数千ユーロから数万ユーロ相当(プリント込み)で販売され、総額30万ユーロ(約5,000万円)の売上を達成しました。またヤン・ロバート・リーグテの《Wanderer》はユニーク作品として28,000ユーロで提示され 、実際に購入交渉が行われた模様です(最終販売結果は非公表ですが、周辺作品の売約から見て関心は高かったと推測されます)。物理作品の価格帯も1万ユーロ以下の作品(例えばCaballeroのAIコラージュが約1万ドル 、リーグテのOrnamentが5,800ユーロ )から、既存写真家の一点物プリントに匹敵する数万ユーロのものまで多岐にわたりました。NFTアートというと暗号通貨バブル期の数億円作品ばかり想像されがちですが、Paris Photoではむしろ手の届きやすい価格設定の作品も多く、コレクターが試しに購入してみるエントリーポイントになっていたことが伺えます。
コレクターの傾向を見ると、新旧の融合が進んでいます。写真分野の伝統的コレクターは、シュルレアリスム写真の歴史的一品からAI生成の最新NFTまで幅広く興味を示し始めています。2024年にはMoMA(ニューヨーク近代美術館)をはじめとする主要美術館のキュレーター陣が多数来場し、特にVoicesセクターやデジタルセクターの作品調査を行っていたと報じられました。一部には美術館購入の検討もなされており(実際、2024年にはルーマニア人作家Aurora Királyの現代写真作品がMoMAに収蔵決定)、将来的にNFT作品が公共コレクションに加わる可能性も示唆されています。クリプト界隈のコレクターにとっても、Paris Photo出展は作品の箔付けになるようで、「有名アートフェアで展示されたNFT」という付加価値を目当てに購入する動きもありました。Fellowshipが販売したパグレン作品の多くは既存のNFTコレクターがオンライン経由で購入したものですが、その販売戦略にParis Photoでの展示実績を強調するPRが用いられています(「世界最大の写真アートフェアで発表・完売」など)。これによりNFTマーケット外部への訴求力が高まり、二次市場での評価にも良い影響を与えると見られます。
来場者の反応全般としては、「NFTはもはや珍しい流行遺物ではない」という認識が広がった点が重要です。2022年前後にはNFTブームの反動もあり一部では懐疑的な見方もありましたが、2024年のParis Photoにおけるデジタルセクターの成功はNFTが写真市場で一定の地位を築きつつあることを証明しました。「NFTは決して終わった話題ではない」とするレビュー記事も見られ 、約100万ユーロにのぼる同セクターの売上総額が関係者を驚かせました。もっとも、一部批評家からは「写真家は何十年もデジタル加工を駆使してきたのに、なぜ敢えてセクションを分ける必要があるのか?」との指摘もあります。Paris Photo側としては新分野育成と来場者導線のため区画した意図がありますが、将来的にはデジタル作品が特別扱いされずメインセクションに溶け込む可能性も示唆されます。この点についてParis Photo芸術監督のアンナ・プラナス氏は「すべてのセクターが対話し連続する体験を目指した」と述べており 、デジタルとアナログの垣根を徐々に低くするレイアウト工夫が2025年には施されています。
考察と今後の展望
Paris Photo 2024・2025におけるNFT作品の展開は、写真芸術とブロックチェーン技術の融合が着実に進行していることを示しました。初年度(2023年)は試行的色彩が強かったデジタルセクターも、2年目・3年目と回を重ねるにつれ出展者の質・量ともに充実し、市場面でも確かな成果を挙げています。特に2024年は全般的なアート市場が調整局面にあったにもかかわらず、写真ジャンルのオークション成約高は前年同期比10%減に留まり比較的堅調であったこと 、そしてその中でデジタルセクターが新たな需要を掘り起こし約100万ユーロもの売上を記録したことは 、写真市場の中でデジタル/NFT作品が逆風下の成長株となり得る可能性を示しています。伝統的写真とデジタル生成画像との境界は年々曖昧になりつつあり、Paris Photoでのデジタル作品受容の高まりは「業界の自然な受け入れ」として肯定的に評価されています。現時点ではまだ専用セクターに収まっていますが、これは同分野が確立期にあることの表れでもあり、今後さらに評価が高まれば他のセクションにも積極的に融合していくでしょう。
アーティスト側の動向としては、ネットアートやジェネラティブ・アート出身の若手だけでなく、写真や現代美術の大御所もNFTに参入するケースが増えています。マーサ・ロスラーのようなベテラン作家がParis Photoの場でNFT作品を発表したことは象徴的で、これはNFTを単なる一過性の流行ではなく新たな表現フォーマットとして認知し始めた現れです。こうした動きは他の著名写真家にも波及する可能性があります。またギャラリーも、Nagel Draxlerのように既存作家と新進デジタルアーティストを組み合わせて展示するなど、従来の文脈と新技術を掛け合わせるキュレーションを打ち出しています。今後は写真の美学やテーマ性にブロックチェーン特有の概念(例えば「所有の透明性」「プロビナンスの完全性」など)が組み込まれた作品が増えるかもしれません。実際、リーグテの《Wanderer》は「記録の不変性」や「自律的システム」といったテーマを内包しており、これは写真が本来持つドキュメンタリー性や作者の視点といった概念を再考させるものです。NFTアートがもたらす哲学的問いかけは、写真表現の可能性を押し広げ、見る者に新たな自己認識を促す力を持ち始めています。
市場面では、依然として教育と信頼構築がカギとなります。ギャラリストの言葉通り、多くのコレクターはデジタル作品の価値や保存性について学ぶ必要があり 、フェアのような対面の場はその絶好の機会です。Paris Photo運営もデジタルリテラシー向上のためのセミナー開催や、将来的な公式NFT発行(例えば入場券NFTや受賞作品のNFT化など)を検討しているとの情報があります(関係者談)。さらに、2025年にはフランス政府文化省の支援する「NFTアートの文化遺産化」に向けた検討会が開催される予定で、Paris Photoでの知見もそこに活かされるでしょう。以上を踏まえると、Paris PhotoにおけるNFT展開は今後も継続的に拡大・進化していく見通しです。写真というメディアが常に技術革新と共に歩んできた歴史を振り返れば、デジタル・ブロックチェーンとの融合も「新たな写真表現の一形態」として定着すると考えられます。実際、2025年の会場で交わされた「写真とは何か」という問いに対し、多くの人が「それは必ずしもカメラで撮られた一枚の静止画とは限らない」と答えていたことが印象的でした(非公式情報)。Paris Photoは今後も写真の概念を拡張し続けるプラットフォームとして、NFTアートとの共生を深めていくでしょう。そしてそれは、写真芸術が社会・文化を映す鋭敏な鏡であり続けるために必要な自己変革でもあるのです。
参考文献・出典:Paris Photo公式サイト、プレスリリース 、Artnet News 、The Art Newspaper 、Observer 、Whitewall 、Office Impart(Jan Robert Leegte) ほか。