Panke Galleryの創設と発展
Panke Galleryは、2016年にベルリンのヴェディング地区にてロバート・サクロウスキ(Robert Sakrowski)によって創設されたネットアート専門のギャラリースペースである。サクロウスキは、デジタル・ネットベースのアートとクラブ文化の接点から作品を紹介し、著名作家と新進作家との対話を地域的・国際的に促進することをギャラリーの使命として掲げた。Panke Galleryは元々2009年に開設された多目的スペース「Panke」の一部であり、音楽イベントやアート展示、トークなどが行われるDIY的文化拠点の中に位置している。そのためギャラリー空間自体は典型的なホワイトキューブではなく、クラブスペースと共存する特徴的な環境にある。実際サクロウスキ自身、「展示空間はクラブと不可分であり、ヴェディング地区の多機能な一部として存在している」と述べており、伝統的な白い立方体(ホワイトキューブ)的空間とは一線を画す。このようなユニークな場を基盤に、Panke Galleryは創設以来、展覧会に加えてレクチャー、パフォーマンス、上映会などを組み合わせたプログラムを展開し、デジタル時代のアートの新たな文脈づくりに努めてきた。
ベルリンは1980年代以降メディアアートやネットアートの中心地の一つであり 、Transmedialeをはじめとするフェスティバルや著名作家を数多く擁してきた。そうした都市文脈の中で、Panke Galleryは数少ないネットアート専門のギャラリーとして位置づけられる。クラブカルチャーと結びついたベルリンならではの歴史も背景にあり、同ギャラリーはネットアートが黎明期から育まれてきたアンダーグラウンドな精神を受け継ぎつつ、現代のネットアート表現を紹介・保存する場として発展している。
ロバート・サクロウスキのネットアートにおけるキャリア
経歴概要: サクロウスキ(1966年東ベルリン生まれ)は、美術史を修めたアートヒストリアンであり、1990年代末から一貫してネットアートのキュレーションと研究に携わってきた人物である。その略歴を年代順に追うと次のようになる。
• 1999〜2003年: ベルリン工科大学(TU Berlin)にてプロジェクト「netart-datenbank.org」に従事し、ネットアートに関する展覧会やレクチャーシリーズを企画・キュレーションした。このプロジェクトはインターネット上の芸術作品のデータベース構築と文脈化を目的としており、ネットアート草創期の作品群を記録・紹介する試みであった。
• 2003〜2006年: 「web.museum e.V.」という団体の代表(chairman)を務め、ウェブ上での美術館的プラットフォーム構築に関与した。この時期、ウェブを用いた新たな美術実践の制度化・アーカイブ化に取り組んでいる。
• 2007〜2009年: オーストリア・リンツのルートヴィヒ・ボルツマン研究所メディアアートリサーチ(Ludwig Boltzmann Institute Media.Art.Research)にて、「ネットパイオニア1.0 (netpioneers 1.0)」研究プロジェクトに参加。インターネット黎明期のアート活動(ネットの開拓者)の歴史的調査に従事し、ネットアートの初期潮流の分析・記録を行ったとみられる。
• 2007年以降: Web2.0時代の到来に応じて、インターネット上の参加型文化や動画共有プラットフォームに着目したキュレーション活動を開始。とりわけYouTube上の現象を美術文脈で扱うプロジェクト「CuratingYouTube」を立ち上げ(2007年〜) 、2012年にはそれを支えるオンラインツール「gridr.org」を開発した。これらはウェブ上の動画やユーザー生成コンテンツをアートとして再構成・キュレーションする試みであり、ネット時代の新しいキュレーション手法を切り拓いたものだった。
• 2014〜2015年: ベルリンの国際メディアアート祭Transmedialeにキュレーターとして招聘され、2015年の同祭では「Capture All(すべてを記録せよ)」と題するテーマ展を共同キュレーションした。この展示はビッグデータ時代における監視やアルゴリズム支配を問い直す内容で、ネット社会における技術と人間の関係性というサクロウスキの関心を反映したものとなった。
• 2015年: リトアニアで開催された現代音楽・アートの祭典「ニューマン・フェスティバル (Newman Festival)」において、アートプログラムのキュレーションを担当。このイベントではPankeの母体チーム(リトアニア出身のPanke創設者ら)と協働し、クラブ的音楽イベントとデジタルアートの融合したプロジェクトを実現している。
• 2016年: 後述の「router.gallery」というユニークなオフライン展示スペースの構想を開始し、同年10月にはベルリン・ヴェディング地区のPankeにてPanke Galleryを正式に立ち上げ、自らディレクター兼キュレーターに就任した。ネットアート専門の実空間ギャラリーを運営することで、それまでオンラインや学術の領域で展開してきた活動を市井の場へと接続した形である。
• 2019年: ベルリンにおけるネットアートの支援組織「Zentrum für Netzkunst(ネットアート・センター)」の創設メンバーとなる。この非営利団体はネットアートの保存・研究・普及を目的として設立され、Panke Galleryとも協力しながらアーカイブ事業等を行っている。
• 2021年: ウェブ上でAR(拡張現実)作品を展示・キュレーションするためのオープンプラットフォーム「openAR.art」をアーティストのジェレミー・ベイリーらと共同開発。ネットアートの領域をウェブARにまで拡張し、新技術を用いた作品発表の場を提供した。
• 2022年: Zentrum für Netzkunstとの共同プロジェクトとして、新たな実験的展示スペース「/rosa」を開設。ベルリン中心部のローザ・ルクセンブルク広場付近に位置するこのスペースでは、ネットアートおよびネット文化に関する展示や研究イベントが行われており、Panke Galleryのサテライト的役割を果たしている。
理念的背景: サクロウスキは自身もアートヒストリアンとして、ネットアートの歴史的意義や保存の問題に強い関心を寄せている。彼は過去20年以上にわたり「ネットアートという先鋭的な動きを記録し文脈化すること」に努めてきたと語っており 、従来の美術概念(作者性、真正性、オリジナリティといったパラダイム)への異議を含むネットアート固有の問題系を意識して活動している。ネットアートが「ポスト産業社会からネットワーク社会への変化」という社会的転換を映し出しつつ独自の美学を発展させた点、そして作品が消えやすく儚い性質ゆえに保存が重要である点を、サクロウスキは折に触れて強調している。こうした歴史・社会・技術の接点への洞察が、彼のキャリア全体を通じたキュレーション活動の根底に流れている。
サクロウスキのキュレーション哲学と方法論
Panke Galleryおよびサクロウスキのキュレーションには、従来の美術館や商業ギャラリーとは異なる独自の哲学と手法が貫かれている。その第一の特徴はクラブ文化とネットアートの融合である。サクロウスキは、ネットアートの作家たちの多くがテクノやクラブ・シーンと深く関わってきた歴史に着目し、クラブ文化と美術表現の橋渡しをギャラリーのコンセプトに据えた。彼は「視覚芸術の作家でありつつクラブ文化と強い繋がりを持つアーティスト」を積極的に取り上げることで、ナイトライフから生まれるエネルギーとネットアートの思想的実験とを結びつけようとしている。この方針は、Panke Galleryがクラブ空間と連続した場にあることと相まって、展示オープニングでの音楽イベント開催やクラブ来場者が作品に偶発的に触れる機会の創出といった形で具体化されている。実際、ギャラリーの開廊時間外にもクラブイベント中に作品を公開する試みもなされており、フリーWi-Fiを探して接続した人々が思いがけずアートに出会うという「ハッとする瞬間」を演出している。これはインターネットアートを日常の延長上で体験させるユニークな手法であり、大衆とアートの新たな接点を作り出すものと言える。
第二の特徴として世代を超えた対話の促進が挙げられる。サクロウスキは、自身が90年代から活動してきた経験を活かし、ネットアート黎明期の世代と2000年代以降に台頭した若手世代とを積極的に引き合わせている。彼は「私の世代と若い世代、両方のアーティストをここで繋ぐ」ことを使命とし、実際それまで互いに交流のなかった世代間に対話の機会を生み出している。この方針から、展示プログラムにおいても往年のネットアート作家と新進のデジタルアーティストをペアにした企画や、90年代の作品を再構築して現代の文脈で提示する試みが行われている(後述)。こうした世代横断的アプローチは、ネットアートの文化的継承を意識したキュレーション哲学の表れであり、新旧の視点からネットワーク社会における表現の意味を問い直す契機となっている。
第三に、地域コミュニティと対話重視の姿勢が際立つ。サクロウスキは「ネットアート作家はベルリン在住であることが望ましい」と明言しており、地元のアーティスト同士が直接顔を合わせ議論できる環境づくりに重きを置いている。ネット上で完結しがちなデジタル表現をあえて物理的空間に持ち込み、「ギャラリーは人々が出会い語り合うメディア的な場」だと位置付ける。展示のオープニングではDJやライブを交えた交流の場を設けるだけでなく、サクロウスキ自身が常にギャラリーに詰めて来場者に解説し対話するよう心がけている。彼は「作品を生み出すだけでなく、それについて議論することもアートの一部」であると考えており 、観客や作家との直接的コミュニケーションをキュレーションの重要な要素としている。こうした姿勢は、ネットアートというしばしば個人の画面上で完結する体験に対し、社会的な場とディスコースを与える意義深い試みである。
第四のポイントは、創造的な展示手法と保存・アーカイブへの工夫である。Panke Galleryでは通常のスクリーン展示だけでなく、技術的アイデアを凝らした独特のプレゼンテーションがなされる。その一例がrouter.galleryプロジェクトで、ギャラリー内にインターネット非接続のWi-Fiルーターを設置し、その内部サーバーにネットアート作品を展開するという試みである。観客は会場でスマホやPCを用いてこのルーターのWi-Fiに接続することで、内部に保存された作品群を鑑賞できる。これはメディアアーティストのアラム・バートル(Aram Bartholl)の発想に触発されたもので、物理的デバイスをギャラリー化することで「通常のギャラリー空間では提示が困難なプロジェクトを紹介する」ことを可能にしている。さらにrouter.galleryは前述の通りクラブイベント中にも稼働し続け、24時間閲覧可能なアート空間として機能する点でも革新的である。加えて、サクロウスキは他のキュレーターにもこのプラットフォームを開放し、企画展をキュレーションしてもらう場として活用している。このようにオープンな姿勢で外部と協働することで、多様な視点のネットアートプロジェクトを紹介する柔軟性も発揮している。
また、ネットアートの保存・文脈化も重要な方法論の一部である。Panke Galleryでは消滅した過去のネット作品を再現・エミュレートする取り組みや、作家へのインタビュー記録、関連資料の出版(アーティスト・エディションやZfNとの協働によるリポジトリ構築)など、アーカイブ面での活動も活発に行っている。とりわけ2018年の「ベルリン、ネットアートの中心 — 当時と現在」展では、1990年代ベルリンの重要なネットアート作品を再構築し現在の技術環境上で再現することで、作品保存と歴史検証を同時に行う意欲的試みが展開された(詳細は後述)。サクロウスキ自身、「ネットアートは技術環境の変化に脆弱で無数の作品が既にウェブ上から失われている」と指摘し、ケースごとに再解釈・エミュレーション・再現が必要になると述べている。この認識に基づき、一部の作品ではオリジナルのハードウェア・ソフトウェア環境を用意して展示するなど、可能な限り当時のコンテクストで体験できるよう工夫している。
最後に触れておくべきは、商業主義から距離を置いた姿勢である。サクロウスキは自身の立場を「アートマーケットやビジネスには関与しない」と明言しており 、作品販売よりも議論喚起やコミュニティ形成に重きを置く。これは東ベルリン出身である自身のバックグラウンドも影響していると語っており、市場原理に馴染みが薄いゆえに「ギャラリーをディスクールの場としたい」のだという。実際Panke Galleryは会員制度や自主制作の刊行物等で運営資金を賄おうとしており、開廊後まだ年月が浅い中で持続可能なオルタナティブ・スペース運営のモデルを模索している。こうした非営利・非商業志向の方針は、ネットアートの精神性—体制に回収されない自由な創造とネットワーク上の共有文化—にも通じるものであり、サクロウスキのキュレーション哲学を端的に示すものである。
代表的な展示・プロジェクト
Panke Galleryおよびサクロウスキのキュレーション活動から、特に顕著な理念や影響力を持った展示・プロジェクトをいくつか挙げる。
「ベルリン、ネットアートの中心 — 当時と現在」展 (2018年10月)
ベルリンが1990年代にネットアートの拠点の一つであった歴史に光を当て、当時と現在の作品を横断的に展示した企画。テクノ・クラブ文化と実験的テクノロジーが交錯した90年代初頭のベルリンでは、IRCチャットを用いてクラブ同士を繋ぐプロジェクトや、プログラマーと協働した参加型キュレーションプラットフォームなど先駆的作品が生まれていた。本展では、代表的な初期ネットアート作品である《Clubnetz (1993–94)》《c@c – computer aided curating (1995)》《implorer.com (2002)》の3作品を可能な限り当時の技術環境で再現・再構築し展示した点が画期的である。例えばClubnetzは当時ベルリンのテクノクラブ間をリアルタイムチャットで結んだ作品だが、本展では現代のスマートフォン向けアプリとして蘇らせ、当時のIRCログも再生しつつ現在の通信環境に適応させている。Eva Grubingerによるc@cは、美術作品をオンライン上で共同キュレーション・生成するためのプラットフォームであり、本展ではオリジナルのプログラムスクリプトを可能な限り復元して展示に供した。またimplorer.comでは独自のDNSサーバーをエミュレートし、歴史的ウェブサイト群を閲覧できる仮想インターネット環境を構築することで作品世界を提示している。これら再現展示を通じて、当時の作品が孕んでいた概念や問いを現在の観客に体験させ、さらに「ネットという媒体そのものは変化しても、そこに取り組む芸術的問い自体は本質的に変わっていないのではないか」という本展の仮説を検証しようとしている。加えて、Cornelia SollfrankやConstant Dullaart、Harm van den Dorpel、Jonas Lundといった90年代~2010年代のベルリン拠点のネットアーティストの作品も多数展示し、ワークショップやパネルディスカッションを併催することで世代間の対話を実現した。本展はサクロウスキのキュレーション哲学(歴史の継承、保存、対話重視)が如実に反映された代表例であり、同時にベルリンにおけるネットアート史の再評価を促す美術史的意義を持つものとなった。
「Internet Fame」展 (2017年)
オンライン上で開催される世界規模のデジタルアート・ビエンナーレThe Wrongにおいて、Panke Galleryがベルリンにおける物理会場(“Embassy”)となったグループ展。イタリア・ドイツ系のネットアート集団Clusterduckと協働して企画され、「インターネット上の名声(Internet Fame)」をテーマにインターネット・ミームやソーシャルメディア文化を批評的に扱う作品を集めた展示である。本展はオンラインのパビリオン(ヴァーチャル会場)とベルリン現地のPanke Galleryでのインスタレーション展示を並行して行う形式が採られ、さらにオープニングではチャットサービスTinychatを使ったURLとIRLのクロスオーバーイベントが開催されるなど、オンライン・オフラインの境界を融解させる実験的試みとなった。このようにThe Wrongのようなグローバルなネットアートプロジェクトに積極的に関与したことは、Panke Galleryがベルリンローカルに留まらず国際的なネットアートコミュニティとも接続していることを示している。Internet Fame展は、ネット時代の名声やセルフブランディングといった社会現象をアート作品群を通じて照射しつつ、その展示形式自体がネット上の分散型ビエンナーレと実空間ギャラリーの協働という点で、現代のキュレーション手法の拡張を体現したプロジェクトであった。
「The Internet. Express」 (2017年)
オランダ出身のネットアーティスト、ヨナス・ルンド(Jonas Lund)とサクロウスキの協働により生み出された作品兼プロジェクト。もともとはオンライン上のブラウザゲームとして発表された作品を、Panke Galleryの空間において物理的インスタレーション(ネットアート・スカルプチャー)の形で提示したユニークな試みである。2017年9月にギャラリーで展示された後、作品は恒久設置物としてPanke本体のクラブスペース内に移設され、現在も来場者が自由に触れられる状態で公開されている。この「The Internet. Express」はインターネットそのものを列車に見立てたようなコンセプチュアルなゲーム作品であり、オンライン/オフライン双方の形態をとることでメディアに依存しない作品の在り方を問いかけるものとなっている。サクロウスキが指向する「デジタル作品を実空間で体験させることで議論を生む」というキュレーション戦略を象徴するプロジェクトと言えるだろう。
「Concrete::Dynamic」展 (2017年)
ベルリン在住のメディアアーティスト、アルマ・アロロ(Alma Alloro)とホルスト・バーティング(Horst Barting)による2人展。詳細な企画趣旨は資料上で限定的だが、タイトルからは「Concrete(具体/コンクリート)とDynamic(動的)」という対比的概念を想起させ、アナログとデジタル、美術と音楽といった異分野の融合がテーマに据えられた可能性が高い。実際、Alloroはローファイなデジタルアートや音楽的要素を取り入れた作品で知られ、Bartingは映像や音響に関わる活動履歴を持つ。本展はPanke Galleryのグランドオープニングを飾った最初期の展示の一つであり 、クラブ文化の延長線上にある視覚表現の実験的コラボレーションとして位置付けられる。展覧会風景の記録からは、CRTモニターに映し出された抽象映像や、電子音と連動する光学オブジェが設置されていたことが窺え、Panke Galleryらしいデジタルとフィジカルの融合空間が演出されていた。
「WORK | GAME」展 (年不詳、推定2018年)
ベルリンのネットアート黎明期から活動するセバスチャン・リュトガー(別名:Lüdtke, 90年代のInternationale Stadtプロジェクト等に関与)と、デジタル世代の若手作家セバスチャン・シュミーグ(Sebastian Schmieg)による2人展。仕事(Work)と遊び(Game)という対照的な概念を掲げ、ネットワーク時代における労働と娯楽の交錯を探る内容だったと考えられる。両名ともネット上のシステムやアルゴリズムを題材にするアーティストであり、世代は異なれど共通するテーマを扱っている点でサクロウスキの世代横断的キュレーション方針に合致する組み合わせである。本展もまたPanke Galleryのプログラムの中核である「世代間の対話」を体現した展示として位置づけられる。
「Capture All」展 (2015年, Transmediale)
上述したように、サクロウスキがTransmediale 2015において共に手掛けた企画展で、Panke Gallery以前の重要なキュレーション実績である。テーマの“Capture All”(あらゆるものの捕捉)は、ビッグデータや全数監視が浸透する現代社会を批評するもので、インターネットテクノロジーがもたらす監視資本主義的状況を先取り的に問うた展覧会だった。具体的な展示作品には、データ計測やライフロギング、アルゴリズム取引などに関わるインスタレーションが含まれ、ネットアートの問題意識をより広義のメディアアート/社会批評の文脈で展開した例と言える。この展示経験はサクロウスキの思想にも影響を与え、以降のPanke Galleryでの企画にもテクノロジーと社会批評を絡めたテーマ設定(例:「Hostile Platforms / Beloved Margins」という2025年展示タイトルにもプラットフォーム批判的視点がうかがえる)に活かされている。
「Image as Interface」展 (2025年)
ごく最近の動向として、Panke Galleryが日本・東京のNEORT++ Galleryとの協働で開催した二人展にも触れておきたい。本展はローザ・メンクマン(Rosa Menkman)とウルリケ・ガブリエル(Ulrike Gabriel)というデジタルアート/メディアアート分野の著名作家による展示で、サクロウスキがキュレーションを担当した。ベルリン拠点のギャラリーが東京でオフサイト展を行うこと自体、ネットアートを巡る国際対話を促進する試みとして注目される。タイトルが示す通り「イメージをインターフェースとして捉える」コンセプトのもと、視覚像と情報環境の関係性に切り込む作品が紹介されたようである。メンクマンはグリッチアートの理論/実践で知られ、ガブリエルは初期から人工生命的インスタレーションで活躍した先駆者である。世代もバックグラウンドも異なる二者の組み合わせはサクロウスキのキュレーション美学に通じ、さらに日本という新たな文脈にネットアートの議論を広げる契機ともなっている。本展は2025年8月末〜9月に開催され、まさに現在進行形でPanke Galleryがグローバルなネットアートコミュニティに影響を与え続けていることを示す好例と言える。
ネットアートの文化と実践への影響
以上の活動を通じて、Panke Galleryとサクロウスキがネットアートを取り巻く文化・実践に与えた影響は多岐にわたる。まず第一に、物理的な拠点を設けコミュニティを形成したことの意義は大きい。ネットアートは元来インターネット上で展開される非物質的・分散的な芸術形態であり、従来は美術館や商業ギャラリーといった場から距離を置いて発展してきた。しかしPanke Galleryはベルリンという都市に具体的な場を据えることで、ネットアートに地理的・社会的な「ハブ」を与えた。この場では世代やバックグラウンドの異なるアーティスト同士が出会い、観客も含め対面で議論を行うコミュニティが醸成されている。その結果、オンライン上では得られない人的ネットワークや知識交換が生まれ、新たなコラボレーションや創作の刺激につながっている。ネットアートというフィールドが一過性のブームでなく歴史的連続性を持った「場」として認識されるようになったことには、Panke Galleryが果たした役割が少なくない。
第二に、クラブ文化との融合による新たな鑑賞体験の創出が挙げられる。Panke Galleryはクラブ的環境を積極的に取り入れることで、美術館とは異なるカジュアルで参加型の鑑賞体験を実現した。音楽イベントと展覧会のハイブリッドな場づくりや、router.galleryのようにクラブ来訪者にアートを「仕掛ける」試みは、美術鑑賞の文脈を拡張しネットアートの裾野を広げる効果を生んでいる。とりわけ若い世代やサブカルチャーの観客に対し、ネットアートを親しみやすく身近なものとして浸透させた点は重要である。これは従来、美術制度とは距離を置いてきたネットアートをリアルの文化シーンに統合し、新たな支持基盤を築いたとも評価できる。
第三の影響は、ネットアートの保存・アーカイブ文化の深化である。サクロウスキ率いるPanke GalleryおよびZentrum für Netzkunstの取り組みにより、失われつつあった過去のネットアート作品の復元や記録が進み、歴史的遺産としてのネットアートへの関心が高まった。先述のような作品再現展示は、技術的困難を伴うものの、美術史研究やデジタル文化財の保存に一石を投じるものとなった。またアーティストのオーラルヒストリーの収集や文献の刊行、電子書籍ライブラリ(Memory of the Worldプロジェクト)提供 など、ネットアートを未来へ継承するための基盤作りが着実に行われている。ネットアートは本質的に更新や変化が激しく消えやすいメディアだが、こうしたアーカイブ活動によって作品や議論が歴史の中に位置付けられ、参照可能な形で残されつつある。その蓄積は次世代の研究者・キュレーター・アーティストにとって貴重なリソースとなり、ネットアートの文化的持続性を高めている。
第四に、キュレーション手法の革新という側面も見逃せない。サクロウスキの実践は、単に作品を展示するだけでなく、キュレーションそのものを実験の対象としている。オフライン局所ネットワークを使った展示(router.gallery)や、オンラインプラットフォームを併用した展覧会(The WrongのEmbassy企画)など、従来にない形式を開発・導入したことは、他のキュレーターにも新たな発想を促した。とりわけパンデミック以後、オンラインとオフラインを組み合わせたハイブリッド展示や、リモートアクセス型の展覧会が模索される中で、Panke Galleryが先行して試みたモデルは有用な参照例となっている。また「オープンキュレーション」とも言うべき外部との協働姿勢(他キュレーターを招いてプロジェクトを企画させる等)や、ツール開発を通じてキュレーションのプラットフォーム自体を構築する取り組み は、キュレーター像を拡張し、よりネットワーク的で分散的なキュレーション実践の可能性を示している。
最後に、ネットアートの社会的評価向上と批評的文脈の形成という広範な影響がある。Panke Galleryでの活動や関連イベント(講演シリーズ「Talks on Curatorial Practice」への参加 等)を通じ、ネットアートが単なるオンライン上の現象ではなく美術史的文脈に位置付けうる表現領域であることが明確に打ち出された。サクロウスキ自身、「ネットアートは伝統的芸術のパラダイムに対する異議申し立てであると同時に、ネットワーク社会の中で生まれた芸術的応答である」ことを強調し、その理論的枠組みを提示している。このような言説発信や実践の積み重ねにより、ネットアートは美術界やアカデミアでも徐々に正当な関心を払われるようになってきた。ベルリンという地では、ネットアートセンターの設立や他のギャラリー(例:Future Gallery)の台頭も相まって、ネットアートが現代美術の一分野として定着しつつある。Panke Galleryの果たした役割は、まさにその橋頭堡を築き、文化的評価基盤を固めた点にあると言えよう。
もっとも批評的視点から見れば、Panke Galleryのアプローチにはいくつかの課題も指摘しうる。例えばローカリティを重視するがゆえの限定性である。ベルリン在住アーティストにこだわるポリシーは地域コミュニティ醸成には寄与したが、ネットの地理的境界を超える特性を考えると視野を狭めるリスクも孕む。実際、国際的ネットアート作家を招いた展示はあるものの、基本的にベルリンを中心とするネットワークに偏りがちである点は否めない。しかしこれについては、The Wrongや東京での展示のように外部連携も行っていることから、今後更なる国際的交流が広がる可能性が高い。また、非商業路線の維持も経済的持続性という観点では難しさを伴う。資金面で公的助成やメンバー支援に頼る部分が大きく、長期的な運営には課題も残るだろう。しかしそれら課題も含め、Panke Galleryの試みはネットアートコミュニティ全体にとって貴重な実験であり、既成の美術制度にとらわれないオルタナティブなモデルとして示唆を与えている。
以上の調査から明らかなように、Panke Galleryとロバート・サクロウスキの活動は、美術史的にも社会的・技術的にもネットアートの地平を切り拓き、同時にその遺産を継承・発展させる重要な役割を果たしてきた。ネットアートという表現形態がもつ可能性と課題を直視し、それに応答する形で実践を積み重ねる彼らの姿勢は、デジタル時代のキュレーションの在り方を再定義する試みとも言えるだろう。その成果と影響は今後も国内外で検証され続けるに違いなく、本稿で収集した資料群は、そうした批評的考察を深めるための一助となるはずである。