Mathcastles と「World Computer」概念:作品分析と研究動向
Mathcastles(113 & xaltgeist)とEthereum上の「ランタイム・アート」
Mathcastlesは匿名開発者0x113d(通称113)とxaltgeistによるスタジオであり、Ethereumブロックチェーン上で新たな「ランタイム・アート」運動を創出することを目指しています。彼らの代表作Terraforms(2021年)は、その思想を端的に示すジェネラティブ・オンチェーン作品で、Ethereumの分散型仮想マシン(Ethereum Virtual Machine)自体をアートの媒体として活用しています。MathcastlesはEthereumを単なるデータベースや取引台帳ではなく、「常時稼働する世界のコンピュータ」として捉え、その計算能力や継続性を作品に組み込んでいるのが特徴です。例えば2022年には、ブラウザ上のグラフィクスライブラリであるThree.jsやp5.jsをEVM上に直接格納し、スマートコントラクト内で再利用可能な形で提供する実験を行いました。こうした試みにより、ブロックチェーンを制作基盤そのものとするアート(いわゆる「World Computer Art」や「ブロックチェーンネイティブ・アート」)の可能性が押し広げられています。以下では、113のプロジェクト(TerraformsおよびTerraform Explorerなど)について、研究者・批評家たちの分析を通して「World Computer(世界コンピュータ)」という理念との関連性を整理します。
Malte Rauschの分析 (2023/2024) – 「ステータス・クォーへの挑戦」
デジタルアート批評家のMalte Rauschは、Mathcastlesの作品群を詳細に検討し、その概念性と技術的実験性を評価しています。RauschはまずTerraformsを「現状への深い“拒絶”」として位置付けます。すなわち、NFTアートの従来の常識――「ブロックチェーンは完成品(画像データ)の保管場所にすぎない」とか「視覚的な美しさが作品価値のすべてである」といったドグマへの挑戦としてTerraformsを捉えるのです。Terraformsでは11,104点のASCIIアートによるランドアート的構造物(Hypercastle)がスマートコントラクトのコードから直接生成されますが、その「アート=コントラクト」という姿勢について、113自身も「The art is the contract and comes off the contract(アート作品とはすなわちコントラクトであり、作品はそのコードから生まれ出る)」と語っています。Rauschによれば、このプロジェクトはブロックチェーン上で動的にアートが走り続けることを示し、視覚表現だけでなく計算過程やデータ構造そのものを美学の中心に据えている点で画期的です。さらにRauschはMathcastles Zero Suite(2023年)と題した批評記事で、MathcastlesがEthereum仮想マシン上でゼロ知識証明などプロトコルそのものの可能性を追究していることに注目しています。例えば1点もの作品「Angelus」(2023年末公開)では、32×32ピクセルの未開示イメージに作品価格が暗号的に埋め込まれており、購入希望者はすべての画素値を計算して総和を求めなければ価格が判明しない仕掛けになっています。Rauschはこの作品を、Ethereum上で「アート作品自らが計算という行為を要求する」大胆なコンセプトアートと評価しています。実際Angelusは、ゼロ知識証明を用いて「見えないが確かに存在するアート」を実現したもので、暗号技術とコンセプチュアル・アートの融合として議論を呼びました。Rauschの一連の批評からは、113(Mathcastles)の作品群がEthereumという「World Computer」の論理的・計算的資源を徹底的に活用し、アートの範囲を拡張する実験と捉えられていることが分かります。Rausch自身、「MathcastlesはEVMの概念的可能性を探索している」と述べており 、その評価は技術と美学の融和に対する極めて先進的なものです。
ケビン・ブイストの考察 (2022) – 「地図が領土である」
批評家のケビン・ブイスト(Kevin Buist)は、Outland誌における記事「The Map Is the Territory」(2022年10月)でTerraformsの想像力と共同性に焦点を当てました。ブイストは「Terraformsは、最高のバーチャルワールドがシミュレーションではなく想像によって創造されることを思い出させてくれる」と述べています。タイトル「地図がそのまま領土である」が示す通り、Terraformsではコード(地図)と想像上の世界(領土)が不可分であり、プログラムそのものが仮想世界を構築する様を指摘しています。実際、Terraformsのスマートコントラクトには20階層から成るHypercastleの全構造(各階層の地形=ハイトマップや色彩パレット、鼓動するクロマの周期など)が暗号化されており、その抽象的な「地図」はコミュニティの手で視覚化や解釈が施されることで初めて具体的な世界像(territory)となると解釈できます。Mathcastlesはあえて完成図を与えず、「3D構造は非可視で確定的なビジュアルを持たない抽象的な骨組みに過ぎない」と113自身が述べるように 、コード上の設計図=地図だけを提示しました。残りの「肉付け」は収集家や開発者たちに委ねられ、実際に有志によってTerraform Explorer(El Ranye氏によるWeb可視化ツール)やHypercastle Explorer(Matto氏らによる3Dビューア、Unity連携SDK)といったアプリケーションが開発されています。ブイストはこのプロセスに着目し、「コードの背後にある仮想世界だけでなく、それを fleshout(具体化)する共同想像力こそ作品の一部である」と論じました(Outland記事より )。つまり、Ethereumという世界コンピュータ上に記述された地図(コード)がそのまま領土(参加者の想像上の世界)となり、分散的な参加によって作品が完成していくという文脈で、113の作品を評価しているのです。この視点は、World Computer上でのアートが鑑賞者を単なる受け手ではなく「住人」や「共同創造者」へと変える可能性を示唆しています。ブイストの論考からは、113の作品がEthereumという計算空間を「共有キャンバス」として活用し、コード・データと人間の想像力の相互作用によって成立する、新しい芸術モデルを提示していることが読み取れます。
ヘンリー・ヴァンダースパイの研究 (2024) – 計算理性と「永続するプログラム」
2024年にヘンリー・ヴァンダースパイ(Henry Vanderspuy)は、暗号技術時代の芸術を論じた修士論文において、Terraformsを事例に計算哲学とアート理論の接点を探っています。彼の論考では、従来のNFT discourse(議論)が技術的・美学的にナイーブであったのに対し、Terraformsはその複雑性と奥行きによって強烈な批判となっていると評価されます。TerraformsはEthereum Virtual Machine上に20階層から成る多次元の3D仮想構造をエンコードしており、その極めてミニマルなASCII表現と、対照的にコミュニティが生み出すリッチな視覚レンダリングのギャップが、NFTアート論への大きな問いを投げかけていると指摘します。ヴァンダースパイは、この作品が計算機科学における「カノニカル(離散的)モデルとトポロジカル(空間的連続)モデルの分断」を芸術として体現していると論じます。すなわち、固定されたコード(不変なプログラム)と、そこから動的に生成されブロックチェーン上に浮遊し続ける仮想世界との対比です。Terraformsでは「一見静的なコード」が「連続空間的な3D世界」を生み、Ethereumという基盤が動作し続ける限り数十年・数世紀にわたりその世界も持続し得ることを示しました。この点に、ヴァンダースパイは計算行為の持つ存在論的転回を見出しています。彼はAA Caviaらの理論を援用し、計算を単なるチューリングマシン的な記号操作ではなく「論理と物質の出会う場」(計算的理性)と捉えるべきだと主張します。Terraformsはまさに、不変のコード(論理)とブロックチェーン上で展開する物質的プロセス(物質)が融合し、新たな世界を形成する例だというのです。ヴァンダースパイの結論として、Terraformsのような「Ethereum上で連続稼働するプログラム的アート」は、暗号時代のアート discourse を批判から成熟へと進化させる鍵になるとされています。彼の研究は非常に学術的ですが、要約すれば113の作品はEthereum上で「論理(コード)が直接に世界を形作る」というWorld Computerの思想を体現しており、その哲学的含意まで含めて論じうる深度を備えている、という評価です。このようにヴァンダースパイは、113の作品を計算機哲学・メディア論の観点から高く位置付け、World Computer上の芸術の可能性を示唆しています。
Glitch Marfa展(2023)での論説 – 「計算を媒体とする芸術」の到達点
テキサスのGlitch Marfaギャラリーで開催された展覧会(2023年 Every 30 Days シリーズ)では、Terraformsに関する詳細な解説エッセイが発表されました。このテキストは筆者名は明示されていないものの、Outlandなどの批評を踏まえつつTerraformsの芸術的意義をまとめています。その論調によれば、Terraformsは「仮想世界の創造装置」としてコンスタントの未完のユートピア建築「ニュー・バビロン」に喩えられています。ニュー・バビロンがロボット技術による自律的変化する都市を夢見たように、Terraformsも「アートが固定物ではなく、ビジョナリーな構造と住人(参加者)の相互作用として成立する」ことを示しています。しかし決定的に異なるのは、Terraformsではその構想がブロックチェーン上で実現され、時間とともに変化・崩壊すらプログラムされている点です(Terraformsは数千年スケールで緩やかに崩壊するエントロピーが組み込まれていると言及されています )。このエッセイはEthereumを「許可不要で分散的な 世界コンピュータ」と明言し、Terraformsがそれを媒介に制作されたことの意義を強調しています。コードと計算それ自体が不可視の本質として横たわり、それを「利用する」のではなく芸術的に「用いる」ことに挑戦した作品だ、と高く評価しています。特に、「Terraformsは単なる『アートとテクノロジーの交差』云々の作品ではなく、スマートコントラクトをこれ以上ないほど野心的に“芸術的に利用”し、他の如何なる形でも代替不可能なものを創り出そうとする試みである」と断言するくだりは、この作品を「計算を媒体とする芸術」の一つの到達点として位置付けています。また、このテキスト内では113の姿勢として「コードと計算は手段ではなくそれ自体が目的(作品そのもの)である」と紹介されています。視覚的なアウトプットよりも、 underpin(下支え)する技術インフラこそが作品の本質だという考え方で、113自身の「視覚以外のところに作品の本質がある」という主張を代弁しています。以上のように、Glitch Marfaでの論説もまた、113の作品がWorld Computer=Ethereumを真にキャンバス/美術館/創造空間として用いた例であり、ネットワーク上で自律的・永続的に“生きる”アートを切り拓いたものだとまとめています。
ウィリアム・ピースターの考察 (2023) – 「Runtime Art」としてのTerraforms
暗号資産メディアBanklessのWilliam M. Peasterは、ニュースレター記事「Intro to Runtime Art」(2023年7月)において、Terraformsを代表例に“ランタイム・アート”の概念を解説しました。Peasterはランタイム・アートを、「アート作品がスマートコントラクトのレベルで動的に計算され続けるもの」と定義し、それは「Ethereumが稼働し続ける限り無期限に動作し、相互作用できるアート」であると述べています。これは完全オンチェーンかつダイナミックなアートであり、Ethereumを「常時稼働する計算機(常にオンのコンピュータ)」として利用することで初めて可能になる新領域だといいます。Terraformsはまさしくその嚆矢であり、「おそらく数百年後、数千年後にもEthereum上に残り続ける唯一の2022年以前のメタバース系プロジェクトになるかもしれない」と評価されています。Peasterは、Terraformsのユニークさはスマートコントラクト自体がHypercastleという仮想空間を直接アウトプットする設計にあり、オープンな相互運用性を持つ基盤レイヤーとして機能する点だと指摘しました。そして何より、共同創作者である113の言葉として「アート作品とはスマートコントラクトそのものに他ならず、作品はそのコードから生じる」というフレーズを引用し 、この考え方こそランタイム・アートの核心であると示唆しています。要するに、113はEthereumのスマートコントラクトに作品そのものを宿らせたのであり、絵や画像は従属的な生成物にすぎないというわけです。この視点では、Ethereumネットワーク(World Computer)の計算資源・永続性・決定論的振る舞いがそのままアートの素材となっています。PeasterはTerraforms以外にもMutant Garden SeederやChaos Roadsといった動的オンチェーン作品を例示しつつ、「ブロックチェーン技術によってのみ創造可能なものが確かに存在し、ランタイム・アートはその一つである」と結んでいます。彼のまとめる「Big Picture」によれば、ランタイム・アートはまだ黎明期ながらクリプト界の夢想家たちの創造力を掻き立てており、今後さらに多くの実験が現れるだろうとしています。このようにPeasterの分析はややジャーナリスティックですが、113のTerraformsがEthereumというネットワークをメディウムとして用いた新種のアートの典型であることを平易に説明しており、World Computerの芸術的活用を理解する上で有用な概念整理となっています。
「World Computer Sculpture Garden」と113のメタファー (2024)
2024年11月、Ethereumメインネット上に構築された世界初のスマートコントラクト美術展「World Computer Sculpture Garden」が開催されました。この展覧会はCuratorの0xFFFが企画したもので、7名のオンチェーン・アーティスト(113自身は出品者ではない)の作品を収集しつつ、展示空間そのものがスマートコントラクトとして実装されています。このタイトル「World Computer Sculpture Garden(世界コンピュータ彫刻庭園)」には、Mathcastlesの0x113dが提唱したメタファーが取り入れられています。すなわちEthereumというWorld Computerを、一箇所に集まった計算芸術作品の庭園に見立て、そこに植えられた作品群が時間とともに継続的に変化・成長するものとして捉える比喩です。この展覧会ではWeb上の閲覧サイトは単なるインターフェイスに過ぎず、展示に関する全ての情報(作品データ、配置、履歴等)はブロックチェーン上に記録され、Ethereumが稼働する限り永続します。まさに「Ethereum本体が美術館である」ことを実践した試みであり、そのコンセプトは「プロトコルアート」とも称されています。キュレーターの0xFFFは招待文の中で「ホワイトキューブ型の仮想ギャラリーを超えて、耐久で分散的な計算基盤そのものをキャンバスとせよ」と呼びかけており 、参加アーティストや観客に対しWorld Computerを美学的・詩的・哲学的探究の場として再考するよう促しました。この展覧会の背景には、113が提示した「Ethereum=計算彫刻の庭園」というビジョンがあり、コードそのものが芸術作品となりうるという信念が共有されています。実際、参加作家の一人であるRhea Myers(ブロックチェーンアートの先駆者)は「コードを媒材とするアート」の思想を早くから提唱してきましたが、World Computer Sculpture Gardenはそれをキュレーションと展示形式の次元で実現した例と言えます。MASSAGE誌のレポートは、この展示をデュシャン以来の「反視覚的伝統(コンセプチュアルアート)の延長線上」に位置づけ、観客は視覚イメージの受け手ではなく「能動的かつソフトウェア・リテラシーを持ったエージェント」として作品と対峙すると述べています。さらに本展はERC-721等の既存トークン標準を使わず独自のスマートコントラクトで作品と展示のルールを構築している点でも、従来のマーケット文脈を脱構築する意図が見られます。以上より、World Computer Sculpture Gardenは113の思想的影響下に生まれた実験といえ、「World Computer」を直接展覧会空間として用いることで、113が目指すブロックチェーン・ネイティブな表現形式を具現化したものと位置づけられます。113自身はこの展覧会に作品を出していないものの、「コード自体がアート」という理念を体現する作品(例えばPaul SeidlerらのTerra0プロジェクトなど)を通じて、Ethereumが文化的環境(cultural environment)として自律的にアートを宿す可能性が示されました。この試みは、Ethereumを「永遠に動き続ける美術館」や「カレンダー上のパフォーマンス」になぞらえており 、World Computer上でのキュレーション手法そのものが新たな芸術実践となりうることを示唆しています。
結論:113の位置づけとWorld Computerアートの展望
以上の文献分析から明らかなように、アーティスト113(0x113d)およびMathcastlesの作品群は、Ethereumに象徴される「World Computer」の概念を積極的に美術文脈へ取り込み、ブロックチェーンを表現媒体とするアートのフロンティアを切り拓いています。 研究者・批評家たちは口を揃えて、Terraformsをはじめとする113の作品が従来のデジタルアートやNFTの範疇に留まらない革新性を持つと評価しています。それは①技術面ではスマートコントラクト上で完結し永続する計算芸術であり(ランタイム・アート、プロトコル・アート)、②概念面では「コード=アート」「ネットワークと共に動き続ける作品」といった新たな美学を提示し、③社会面では分散的コミュニティ参加やオープンな協働によって作品が生成・解釈される枠組みを作った点です。113自身、「World Computer Art」という用語を提唱し、単にブロックチェーン上に保存されるだけでなくネットワーク上で能動的に稼働するアートを指し示しました。この潮流は、メディウムとしてのEthereumに内在する論理(計算性・永続性・分散性)を美の要素に変えるものであり、従来のメディアアートやネットアートとも一線を画します。実際、モダンアートの系譜に照らせば、Sol LeWittの概念芸術(「アイデアが機械として芸術を生む」)や、ジェネラティブアートの計算美の延長線上にありつつ、Ethereumがもたらす「所有と実行がネットワーク合意で維持される公共性」を取り込んだ点で独創的です。Ethereumは単なる技術インフラを超えて、アート作品が自律的に存在し価値を発揮し続ける場となりつつあります。113の作品は、まさにその可能性を初期に実証した先駆であり、World Computer時代のアートの在り方を示す基準点(benchmarks)として、今後の関連研究や創作に頻繁に参照されていくことでしょう。 私たちは、113が提示したような「コードが生み出す世界」に立ち会うことで、美術の定義や作品観がどのように拡張し得るのかを問い直す局面に立っています。これは同時に、ブロックチェーン技術が単なる金融・証明基盤から文化的創造基盤へと昇華しうることを示す証左でもあり、World Computerアートのさらなる発展が期待されます。
参考文献・出典(各文中で【番号†行】と表記したもの):
• Malte Rausch, 「Mathcastles Zero Suite」(Outland, 2023年7月)および「Computation Degree Zero」(Outland, 2024年1月)批評記事 他.
• Kevin Buist, “The Map Is the Territory” (Outland, 2022年10月) .
• Henry Vanderspuy, “How can computational reason enrich the discourse on the work of art in the age of immutable cryptography?” (修士論文, 2024年) 他.
• Glitch Marfa, Every 30 Days 展「Terraforms」エッセイ(2023年) 他.
• William M. Peaster, “Intro to Runtime Art” (Bankless Metaversal Newsletter, 2023年7月) 他.
• MASSAGE Magazine, “World Computer Sculpture Garden Meetup: Exhibition Space Built on a Distributed Network” (Jan 2025) 他.
• Natalie Stone, Guest Article (引用 in Blockonomi “Ethereum Redefines Digital Art: When the Network Becomes the Medium”, 2025年) .
• その他参考:Mint or Skip Newsletter “I will never buy this” (2024年1月) (Mathcastles「Angelus」についての解説), Le Random作家紹介ページ など.