Generativemasksについて
アーティスト・チームおよびプロジェクトの背景
Generativemasksのアーティストは高尾俊介(たかお しゅんすけ)である。1981年生まれの高尾は、神戸松蔭女子学院大学(現・甲南女子大学)でメディア表現を教える講師であり、Creative Coderとして活動している。2015年頃から毎日プログラミングによる表現実験を行う「dailycoding」を継続し、プログラミングと日常文化の融合を探究してきた。Generativemasksは、その長年の創作の集大成として企画された初のNFTアートプロジェクトであり、2021年8月のリリース当日に2時間で10,000点が完売する歴史的な成功を収めた。
プロジェクトの目的・コンセプト
Generativemasksは「ジェネラティブアート(Generative Art)を世界に広め、日本人クリエイターにスポットライトを当てる」ことを目的に掲げている。高尾が長年培ってきたビジュアルコーディング技術を用い、「何度見ても新たな表情を見せる仮面」というコンセプトの作品群を生み出した。各マスクは複数の幾何学模様や図形を組み合わせて生成されており、ページをリロードする度に配色が変化する仕組みとなっている。これは、購入者が常に新鮮な視覚体験を楽しめるインタラクティブな要素として評価されている。また、マスクのデザインは左右対称のパターンを基調としており、人間がシンメトリーな形状に顔やキャラクター性を見出す認知的特徴に着目して制作された。高尾はこのアルゴリズム開発に際し、低解像度のドットを対称に配置して生物のような形を作る実験(2019年3月頃)から着想を得ており、以後2D・3Dの図形や写真、文字など様々な素材で試行錯誤を重ねて独自の表現スタイルを確立した。完成したGenerativemasksのマスク群は、ネイティブアメリカンのトーテムポールや日本の妖怪を想起させる不気味さと魅力を併せ持つ雰囲気を狙ってデザインされた。さらに、本プロジェクトのNFTには一般的なコレクションで見られるレアリティ(希少度)のランク付けが存在せず、どの作品も一律に発行された。これによりコレクターは純粋に好みのデザインで選択できるようになっており、従来のNFT市場で話題となった「レア度による価格差」とは異なるアプローチとして注目された。
技術的な特徴
Generativemasksの生成アルゴリズムは、高尾自身が開発したオリジナルのプログラムによって動作している。JavaScriptの創作向けライブラリであるp5.jsを用いてコーディングされており、10000通りの形状とパターンからなるマスク画像を自動生成する仕組みである。各マスクの形状は固有のID(シリアル番号)とPerlin Noiseによる乱数シードによって決定され、同じパターンが二度と生成されないよう保証されている。一方で色彩に関しては28種類のパレットが用意されており、閲覧の度にそれらがランダムに適用されるため、同じマスクでも見る度に違う配色になる。ただし形状パターン自体は不変であるため、色が変わってもコレクションとして各マスクの個性(アイデンティティ)は保たれる設計となっている。このように形と色の分離による動的表現はGenerativemasksの大きな魅力となっており、コレクターからは「毎回新しい作品を得たような楽しみがある」と評価された。また、こうした技術的仕掛けとクオリティの高さから、Generativemasksはアート専門誌『美術手帖』にも取り上げられるなど、美術界からも注目されている。
チームとコミュニティ
プロジェクトの主体はTART株式会社(代表:高瀬俊彰)であり、技術面・コミュニティ面で協力したとされている。発売後はDiscordやTwitterを通じて熱心なコミュニティが形成され、Generativemasksの保有者(Mask Holders)やファンアート制作者が活発に交流した。特筆すべきは、高尾が収益の社会還元を明言した点である。高尾はGenerativemasksの販売で得た収益を全額ジェネラティブアート関連の団体へ寄付することを宣言し、実際にProcessing FoundationやProcessing Community Japan、OpenProcessing、NEORTなどへの寄付を行った。さらにその資金を活用して日本ジェネラティブアート財団を設立し、ジェネラティブアートの普及支援活動を開始した。このように、本プロジェクトは単なる作品販売に留まらず、アートコミュニティへの貢献と次世代クリエイター育成を目的の一つとして掲げている点で特徴的である。
市場への影響および二次流通の動向
Generativemasksの即時完売は、日本発のNFTプロジェクトとして前例のない出来事であり、NFT市場に強いインパクトを与えた。発売当日の二次市場では、フロア価格(最低販売価格)が公募価格の0.1 ETHを早速上回る水準で取引が始まり、コレクション全体の評価額が跳ね上がった。前述のように発売から数時間で二次流通を含め数千ETH規模の売買高に達し、売り手と買い手の熱気によってOpenSea上でランキング上位に食い込む盛況ぶりであった。この時点でGenerativemasksは「日本発の代表的NFTアート」として国内外のメディアに取り上げられ、特に日本のクリプトアートコミュニティにおいて、プログラミングやデジタルアートに関わる人々から賞賛の声が上がった。アルゴリズムによる自動生成アートがこれほどの商業的成功を収めることは稀であり、「日本のGenerative Artが世界に通用した」例として語られている。
二次市場での取引量と価格推移を見ると、完売後もしばらくは高い取引熱が続いた。プロジェクト発表から約2ヶ月後の2021年10月時点で、OpenSeaにおける累計取引量は2,800 ETHを突破した(当時のレートで約11億円超)。購入者アドレス数も3,000を超えており、ユニークオーナーが比較的多いことから、コレクションの分散性(オーナーの裾野の広さ)もうかがえる。DappRadarの調査によれば、2021年内にGenerativemasksは延べ12,000回以上の売買が行われたとされ、高い流動性を維持した。
初期のフロア価格は、完売直後に大きく上昇した後、NFT市場全体の動向に連動して上下したものの、それでも2021年末頃までは0.1 ETHの発行価格を上回る水準で推移し続けている(具体的なピーク価格は市場データによるが、一部取引では数ETH以上の高値が付いた作品もあったと報じられている)。その後、2022年に入るとNFTブームの沈静化に伴い、価格は落ち着きを見せ、流通量も次第に減少していった。それでも2022年5月には大手取引所コインチェックのNFTマーケット(β版)にGenerativemasksが上場され、日本円で売買できる公式流通経路が整備された。これは依然として本プロジェクトへの需要と関心が残っていたことを示している。
コミュニティとコレクターからの評価
Generativemasksは、単なる投機対象としてだけではなく、デジタルアート作品としても高く評価されている。購入者の中には「色が変わるマスク」をコラージュして楽しんだり、バナー画像に利用したりする動きも見られ、作品そのものを愛でる文化が醸成された。また、前述のとおり高尾氏が収益をコミュニティに還元する方針を明確にしたことで、プロジェクトに対する信頼感と支持も強まった。「アートの力でコミュニティを育てる」という理念は多くのコレクターに共有され、Generativemasks保有者たちは自発的にファンアートコンテストを開いたり、他のジェネラティブアーティストとのコラボレーションを提案するなど、活発な動きを見せた。プロジェクト開始から1周年となる2022年8月には、既存保有者全員に対して3Dモデルによる新作NFT「3D Generativemasks」がエアドロップ配布されるなど、コミュニティへの還元施策も実施されている。このような取り組みも功を奏し、Generativemasksは日本発のNFTアートプロジェクトの成功例としてしばしば引用される存在となった。市場の熱狂自体はピーク時から落ち着いたものの、総取引量約3,000 ETHという実績や多数のホルダー数は依然として健在であり、ジェネラティブNFTの歴史に残るプロジェクトとなっている。Generativemasksがもたらした影響は、単に一時的な売買利益に留まらず、日本のデジタルアートシーンの活性化とジェネラティブアートの価値再認識という形で、長期的なレガシー(遺産)を築いていると言えるだろう。
販売開始から完売までのタイムライン
2021年8月17日 11:00(JST) – Generativemasksの公式販売が開始された。発行数は10,000体で、ミント(発行)価格は0.1 ETHに設定された。
販売開始~約2時間後(同日13:00頃) – 完売。販売開始からわずか約2時間で10,000個のNFTがすべて売り切れ。発売直後から購買希望者が殺到し、需要が供給を大きく上回ったことを示している。SNS上でも瞬く間に話題が拡散し、Twitterでは購入報告や作品画像が次々と投稿されてプロジェクトはトレンド入りする盛り上がりを見せた。
2021年8月17日 夜 – 二次市場が活発化。完売後すぐにOpenSeaなど二次市場での取引が急増した。発売当日夜までにOpenSea上の取引高は約1,000 ETHに達し、24時間の取引量ランキングでCryptoPunksやArtBlocksを上回り、AxieInfinityに次ぐ第2位を記録。同日付のDappRadarランキングでも、Generativemasksは当日の取引量がAxie Infinityに次ぐ世界第2位を記録しており、その人気ぶりがデータにも表れている 。発売日だけで数百万ドル相当の売買が行われたことになり、国内外のNFTコミュニティから大きな注目を集めた。
直後の反響と評価
8月18日: OpenSeaから公式認証マークを取得
販売後の二次流通: 12,000以上の取引が記録される
コミュニティ形成: Discordなどのプラットフォームで数千人規模のコミュニティが形成される
高尾俊介氏は販売当日、13時から引っ越しの退去立ち合いが予定されており、完売するかどうかそわそわしながら状況を見守っていたと語っている。
プロジェクトのその後の展開
2021年以降の展開
美術手帖掲載: 2021年12月号の「NFTアート」特集にGenerativemasksが掲載
財団設立: 一般財団法人ジェネラティブアート振興財団の設立
寄付活動: 日本の税制に従った納税と寄付の実施、明細の公開
展示会と拡張コレクション
tinysketches Tokyo exhibition: 2022年5月13日〜6月12日
Coincheck NFT取扱い開始: 2022年5月26日
Tokyo Digital Antique Exhibition: 2022年10月29日〜11月13日
3D Generativemasks: 2022年8月にGenerativemasksの1周年を記念して保有者全員にAirdrop2
Coincheck NFTでの3D版取扱い: 2022年9月26日
Generativemasks Japan Edition: 高尾氏が日本の伝統的な紋様や色彩をリサーチし、ヴィジュアルアートとして発展させた200点限定のシリーズ
3D Printed Generativemasks: 2023年3月24日〜4月30日に販売された物理的な3Dプリント版、価格は0.5ETH
美術展示での活用
『超複製技術時代の芸術:NFTはアートの何を変えるのか?―分有、アウラ、超国家的権力―』展(2023年3月24日-5月21日、GYRE GALLERY)にて、3D Printed Generativemasksの展示が行われました8。この展示では、高尾氏が保有しているGenerativemasksを元に生成された3D Printed Generativemasksが10点限定で公開されました。
プロジェクトのロードマップと今後の展望
Generativemasksの公式サイトには、3つのフェーズから成るロードマップが示されている
フェーズ1:NFT販売と寄付
NFTの販売(2021年8月に完了)
収益のProcessingを中心としたクリエイティブコミュニティへの寄付
フェーズ2:メタバース進出
Decentralandで土地を購入し、ギャラリーやその他の施設を建設
イベントの企画
Decentraland内のアバターとして、マスクを着用できる機能の実装
フェーズ3:物理的作品への展開
Generativemasksのデジタルコピーをコレクターに提供
全作品のフォトブック作成
本物の彫刻を施した木彫りのマスク作成
社会的影響とコミュニティ形成
Generativemasksは単なるNFTプロジェクトを超えて、日本におけるジェネラティブアートとNFTの普及に大きく貢献しました。特に、以下の点で社会的な影響を与えています:
1 クリエイティブコーディングコミュニティの活性化: 収益の寄付によるエコシステムの支援
2 ジェネラティブアート振興財団の設立: 組織的かつ継続的なジェネラティブアートの普及活動
3 オープンなコミュニティ形成: Discordなどでコードや情報、アイデアをオープンに共有するコミュニティの構築
4 新しいアート表現の可能性: デジタルからフィジカルまで、多様な形態でのアート表現の実践