2025年度アルスエレクトロニカ受賞作品総覧と考察
概要: 2025年のアルスエレクトロニカ(Prix Ars Electronica 2025)では、世界98か国から3,987件もの応募が寄せられ、各部門のゴールデン・ニカ(Grand Prix)受賞者が選出された。本稿では、各部門(ニュー・アニメーション・アート部門、人工生命&インテリジェンス部門、デジタル・ミュージック&サウンド・アート部門、U19〈未来を創造しよう〉部門)における全受賞作品(ゴールデン・ニカ、優秀賞=Award of Distinction、栄誉賞=Honorary Mention)を網羅的に取り上げ、それぞれの 技術的革新性、社会的意義、芸術的表現、そして 評価理由(審査員のコメント含む)を分析する。また部門ごとの 審査傾向とテーマ的傾向、各部門間の比較、および 作家・出品者の傾向(年齢層、出身国、背景)について整理し、最後に2025年全体を通じて浮かび上がる芸術的・社会的・技術的動向を総括して、今後のメディアアートの趨勢への影響を展望する。
ニュー・アニメーション・アート部門 (New Animation Art)
部門概要と審査動向: ニュー・アニメーション・アート部門は今年新設されたカテゴリーであり、コンピュータアニメーションや映像表現の最先端を示す作品が集まった。応募は1,430件に上り、旧部門との比較で前年より23%増加した。審査員たちは「アニメーションを単なるジャンルではなく思考の実験室として扱う」姿勢を持つ作品に注目し、媒体や技法を問わず幅広い表現が評価された。今年は一つのゴールデン・ニカ、二つの優秀賞、十二の栄誉賞が選出されている。審査基準として、「媒体選択とコンセプトが不可分であるか」「映像・音・リズムが必然性を持つか」「細部まで高度な技巧が感じられるか」「ハードの陳腐化後も人間性に訴える普遍性を保つか」「感情的・社会的・政治的に破壊的視座を開くか」が重視された。今年のノミネート作から浮かび上がったテーマは多岐にわたる。例えば、電子廃棄物問題や資源収奪、アルゴリズムによる他者性、植民地主義への異議と蜂起、ミクロな時間尺度での国家暴力、ジェンダーとテクノロジーの生成、競争原理の転覆、そして意味や愛を求める永続的な渇望等である。要するに、アニメーションという枠組み自体が拡張され、VR日記、スペキュラティブなゲーム、ブラウザコラージュ、ロボティックな動態彫刻といったハイブリッドな作品群が登場した。審査団は異なる視点から活発に議論し、「最新技術の文法」と「感情的訴求力」と「文化的重量」を兼ね備えた上位3作品を選出したと述べている。一方で幅広い入賞作全体からは、物質性に自覚的で政治的覚醒を伴い想像力に満ちた方向性が示され、固定化したアニメ表現ではなく「知覚を運動に乗せる拡張的実践」としてのアニメーションが浮かび上がった。作家の傾向としては、受賞者の国籍はノルウェー、フランス、香港など多様であり、社会批評性の強いコンセプトを持つ新進気鋭の映像作家が目立つ。総じて若手から中堅の個人アーティストや小規模チームが主体で、大規模スタジオ作品ではなく独立系の芸術的アニメーションが高く評価された点が特徴である。
ゴールデン・ニカ: Requiem for an Exit – Thomas Kvam & Frode Oldereid(ノルウェー)
本作は鋼鉄製の外骨格に据え付けられた巨大な頭部ロボットが、一人語りの形で人類史の混沌と苦悩、そして人間の行為能力の限界について沈痛なメディテーションを行うインスタレーションである。頭部の表情はプロジェクションによって生々しく映し出され、声はAI生成の低い男声バリトンで発せられる。この「語る機械」は、観客に対して行動ではなく言葉で訴えかける異色の存在だ。その語りは預言でも懇願でもなく、「暴力の考古学」として、古代から現代に至る大量虐殺の系譜を淡々と紐解く。ネアンデルタール人絶滅から植民地支配下の虐殺、ホロコースト、そして今日なお可視化され生中継される戦争・迫害まで、人類が繰り返す破壊の歴史を列挙し、「進歩が救済を保証する」「知性が倫理を保証する」「テクノロジーが人間を贖う」といった神話を次々と解体する。作中、ロボットは預言者ではなく記録者として機能し、人類が直視することを拒んできた真実を保存・提示する。「声なき沈黙」が誰のものかを問いかけ、人間性を機械に投影する観客自身をも映し出す。技術面では産業用ロボティクスとCGアニメーション、大規模言語モデル(LLM)による脚本生成、ディープフェイク音声、油圧制御、プロジェクションマッピング、没入音響といった異なる領域の技術を高度に融合している。審査員は「この作品は我々の評価基準すべてに卓越していた。普段交わることのない諸分野(産業用ロボット、CGI、LLMによるスクリプト、ジェネレーティブ音声、油圧の動き、投影映像、サイトスペシフィック音響)を結合し、アニメーションのフロンティアを拡張した」と絶賛している。さらに技術上のあらゆる選択が作品テーマに不可欠であり、「油圧駆動でなければロボット頭部の疲弊感は出せず、映像による皮膚がなければその人間性を否認されてしまっただろう」とまで述べ、表現手法とメッセージが完全に一致した作品である点を評価した。
社会的意義: 本作は観客に歴史的暴力への自身の関与と責任を突きつける。「技術の進歩=倫理の進歩」という思い込みを打ち砕き、アルゴリズムに人間の倫理を委ねる危うさを示唆する。大量虐殺が例外的狂気ではなく人類社会に内在するシステム的現象であることを示し、観客に深い不安と内省を促す。その芸術表現は極限までミニマルで、巨大な頭部と声のみという演出により観る者の想像力を強烈に刺激する。顔の異様なリアルさや声の静謐さが相まって不気味の谷を越えた存在感を生み、記憶と暴力と修辞学をテーマにした哲学的体験を提供する。背景には、クヴァムとオルデレイドが1990年代から行ってきたロボットとイデオロギー・記憶の関係を探るシリーズ作品の蓄積があり、本作はそれらの到達点として位置づけられる。審査員評では「不気味な力と哲学的深みを備えたこの作品は、カテゴリー『ニュー・アニメーション・アート』のゴールデン・ニカに相応しい」と総括された。メディアアートの権威ある賞にふさわしく、アート・テクノロジー・社会の交差点で生まれた画期的作品であると評価されたのである。
https://gyazo.com/17d4cebf510bca81bd4cf017c65bfc34
優秀賞 (Awards of Distinction):
• 糸迷宮 (Ito Meikyū) – ボリス・ラベ(フランス)
フランス人アニメーション作家ボリス・ラベによるVRと手描きアニメーションの融合作品。精巧な2D手描き映像をVR空間という「空間的織機」に通すことで、アニメーション表現の言語を拡張した。手仕事の緻密さとVRの没入感を組み合わせ、形式的に大胆でありつつ感情にも訴える新次元の映像体験を示した点が評価された。観客はVR内で無限に展開する迷宮的空間を巡り、詩的で瞑想的な物語を追体験する。
技術革新性: 伝統的セル画風アニメと最新VR技術を統合し、視覚芸術としてのアニメーションの領域を押し広げている。
社会・芸術的意義: 現代における没入メディアと叙情的体験の両立を探り、デジタル技術が感性にもたらす影響を問いかける実験性がある。審査員は「VRが形式的に大胆でありながら情緒的な内省も可能にすることを証明した」と評価した。
https://gyazo.com/8991eeec50d59b381797d44ec3e8df48
Boris Labbé - ITO MEIKYU
• The Cast of the Invisible – 劉 Wai(ラウ・ワイ、香港)
香港出身のアーティスト、ラウ・ワイによるCGI映像作品。世界構築・パフォーマンス・自己批評の要素を巧みに織り込み、メタ物語としてまとめ上げた。華美なCG映像に留まらず、無限複製時代のアイデンティティに関する機知に富んだ不安な問いを提示する。レンダリングが終わった後も心に残る問題提起を含んでいる点が評価された。
技術面の独自性: ハイエンドなCG技術を駆使しつつ、その背後にあるコンセプト(アイデンティティの複製やメディア批評)を前面に出すことで、視覚的スペクタクルを超えた深みを持たせている。
社会性: ディープフェイク的な無限複製が個人のアイデンティティや現実認識に与える影響を風刺的に考察し、視聴者にデジタル時代の「自己とは何か」という問いを残す。審査コメントでは「CGIを単なるスペクタクルから脱却させ、無限複製時代のアイデンティティに対する機知と不安を伴う探求に昇華させた」と述べられている。
https://gyazo.com/656f7a1f76671a3165f3bd1b10229db7
栄誉賞 (Honorary Mentions): 以下の12作品が栄誉賞に選出され、それぞれ独創的なテーマと技法でアニメーション表現の可能性を示した。
• Abstract Language Model – アンドレアス・ルッツ(ドイツ)
テキスト処理アルゴリズムの技法を用いて生成した「潜在的文字の舞台」を提示する作品。アルファベットの形態を抽象アニメーション化し、言語の本質に視覚から迫る実験性が評価された。
https://gyazo.com/84460a7dfa18542d93382ac497cd8d63
• ARIA 夢姬 – 楊雨嫻(ユー・シェン・ヤン)、金健(ジン・クオン)(台湾)
現代アジア社会におけるステレオタイプやジェンダー役割を大胆に戯画化しつつ、それがAIの構築や描写に染み出すかを問うアニメーション映画。可愛らしい「AIアイドル」の表象を通じ、バイアスの再生産を風刺した。
https://gyazo.com/2809aaf7b2d95cd61f7836fce885d86d
• Bewegungsapparat(運動器官) – スヴェン・ヴィンズズス(ドイツ)
機械仕掛けのインスタレーションがひたすら回転運動を続ける様子を描き、人類社会が自身の破滅を招く運動を盲目的に維持する様を暗喩する作品。環境破壊や自壊的システムへの批判を含意する。
https://gyazo.com/38dc7cbfd463283bf113904ce97ae157
• Coda – ポール・ヴァランタン(ドイツ)
14分間の詩的映像作品。時間と存在についての瞑想を促し、鑑賞者の解釈に委ねる構成が特徴。「終局(コーダ)」をテーマに、現象理解への果てなき追求を迫る。
https://gyazo.com/d592fa74bad7868c129c3cb2043fcf4c
• CORE DUMP – アロナ・ローデ(イスラエル)
現代都市を舞台に、抽象と写実を交錯させたデジタルファンタジー。建築模型のような都市空間が崩壊していくビジュアルで社会的・政治的共鳴を生む挑発的作品。
https://gyazo.com/50cbada2e83303868b2faa413ad9b372
• Earths to Come – ローズ・ボンド(米国) 他
手描きアニメーションと没入音響を組み合わせたVR作品。複雑な感情と叙情的世界観をVRで表現し、感覚の新たな次元を切り拓いた。共作者に音楽家やプロデューサーを含むコラボ作品で、VRアートの感性領域を拡大。
https://gyazo.com/83a7e8f60a0fd77ca1a230d84dc2123f
• Los Caídos(落ちた者たち) – フアン・コベリ(コロンビア)
ビデオゲームの形式を借りつつ、脱植民地化の視点から歴史的記憶を再構築する作品。支配的な物語を揺るがし、新たな異議申し立ての歴史をデジタル空間で展開する。
https://gyazo.com/8a11b2b3105378eb8c81276db78ed68b
• NATURAL CONTACTS – ピーター・バー(米国) 他
ソフトウェア、彫刻、時間芸術の境界を融解させた作品。ユーザーはゆっくりとしたインタラクションを通じて生命・死・デジタル自然について黙想するよう誘われる。
https://gyazo.com/3ea06d5939b879bea89f74c28d5ddc68
• Oto’s Planet – グウェネル・フランソワ(フランス)
物語性、技術洗練、没入型ワールドビルディングが光るVR作品。架空惑星を舞台にユーザーに強い没入体験を提供し、VR物語の可能性を示す。
https://gyazo.com/404780e1cc1b6a584ec60ce2ab1b459e
• Sixty-seven Milliseconds – fleuryfontaine(フローリーフォンテーヌ、フランス)
フランス人デュオ(ギャルドリック・フルーリー&アントワーヌ・フォントーヌ)によるCGと実写映像スタイルの混合作品。19歳の若者が警官により眼を撃たれた一瞬(67ミリ秒)を再現し、時間を極限にまで引き伸ばして国家暴力の一瞬を凝視させる社会派作品。
https://gyazo.com/b9fe5d28df85bf7cfc5550a18c1648b7
• SUPPER – エリック・オー(米国)
抽象画的センスで映像と音を融合させ、物語を超えて鑑賞者を黙想空間へ導く映像作品。韓国系米国人アーティスト、エリック・オーによるシネマティックかつ非物語的なアート映像である。
https://gyazo.com/ebaed64b3e1a06c7c3b546565e75b45f
• World at Stake – Total Refusal(トータル・リフューザル、オーストリア)
(Susanna Flockほかによるオーストリアのアートコレクティブ)。ビデオゲーム内のスポーツとスペクタクルの論理を転覆させ、気候危機などのグローバル危機に対する無力感をテーマにした作品。eスポーツ風の映像で競争社会を風刺し、政治的メッセージを内包する。
https://gyazo.com/1d0f753627acf8b88b8f3129ba01b781
以上のように、ニュー・アニメーション・アート部門ではVR、ゲームエンジン、AI、手描き、CGI等あらゆる媒体・技術が駆使され、アニメーションという概念自体の拡張が図られた。作品群は社会批評性と媒材への内省を伴い、技術と思想が高次元で融合している点が共通している。出品者は欧米やアジア各国から多様で、若手・中堅の個人作家が中心であった。全体として、テクノロジーを批判的・詩的に用いる姿勢が強調されており、この傾向はメディアアート全般の新潮流ともいえるだろう。
人工生命&インテリジェンス部門 (Artificial Life & Intelligence)
部門概要と審査傾向: 人工生命&インテリジェンス部門では、人工生命(ALife)技術やAI技術を活用した作品、及びそれらに芸術的・社会的視座からアプローチした作品が対象となった。今年は910件の応募があり 、ゴールデン・ニカ1件、優秀賞2件、栄誉賞10件以上が選ばれた。審査員たちは、応募作品が問いかけるテーマとして「テクノロジー、身体、文化、政治の複雑な関係を芸術的手法でマッピングし、既成の『真実』を揺るがす」ものに注目したと述べている。議論の中では、人工生命やAIそれ自体を現象と捉えるよりも、それらを「概念上のポータル(新たな未来や過去を再解釈するための入口)」として扱う視点が共有された。多くの作品はデジタル時代の儚い時間性を可視化し、過去から着想を得て未知の未来を創造する傾向があった。また、身体・欲望・現実・歴史・未来といった問いに挑む作品には、「状況への埋め込み (situatedness)」が重要と評価された。すなわち、それぞれの作品が用いる技術や儀式、物質性、コミュニティに自覚的に根差し、自らの立ち位置を内省しているかが重視された。新技術をめぐる「中立性や超越性の幻想」を排し、あえて「トラブルとともに居続ける (stay with the trouble)」こと、あるいは既存プラットフォームや物語に新たなトラブルを持ち込むことが評価のポイントとなった。総じて今年の受賞作は、テクノロジーと身体、文化とコード、記憶と機械を織りなす綿密な関係性を描き出し、自動化システムが人々の生をどう形作り特定の存在様式や感情をコード化・消去・増幅しているかを問うものだった。それにより、「技術進歩は直線的で非身体的で避けられないものだ」という支配的な物語を覆し、複数の真実や時間性、観点を浮かび上がらせている。審査団はこれらの中から、批判的かつビジョナリーな視野を持つ作品群を選び、ゴールデン・ニカと優秀賞2作、および多くの栄誉賞を決定した。作家の傾向を見ると、受賞者はアルゼンチン、ポーランド、イギリス、台湾、トリニダード・トバゴ、日本など非常に国際的である。多くはアーティストであると同時に研究者や理論家としての顔も持ち、バイオアートや社会実践的アートのフィールドで活動する中堅世代が目立つ。ジェンダー面でも女性アーティストの活躍が顕著で、社会的マイノリティの視点やクィア視点など多様性の重視が作品テーマにも作家背景にも見られた。
ゴールデン・ニカ: Guanaquerx – パウラ・ガエタノ・アディ(アルゼンチン)
アルゼンチン出身・米国在住のアーティスト/理論家パウラ・ガエタノ・アディによる本作は、ロボット工学を詩的かつ集団的な解放行為として再創造した壮大なプロジェクトである。彼女は「もしアンデス山脈を最初に横断するロボットが、征服のためではなく解放のために作られたとしたら?」という仮説を立て 、19世紀に南米チリをスペイン植民地支配から解放した「アンデス横断」(1817年)をロボットで再現(re-enactment)した。ガエタノ・アディはグアナコ(ラクダ科リャマ属の動物)に似せた四脚ロボットを開発し、地元の職人・技術者・芸術家や58頭のラバ・ウマからなる「隊列」と共に、7日間をかけてアンデスを踏破させた。標高数千メートルに及ぶ過酷な峠道を、人と動物とロボットが協働して越えるという実践そのものが「ロボット解放」の寓意的パフォーマンスである。本作はAIやロボット技術を、シリコンバレー的な効率化・制御の物語から解き放ち、集合的で詩的で反乱的な行為へと位置付け直している。技術的には、自律歩行ロボット(完全な自律ではなく人や動物と協調して動く設計)を開発し、過去の解放闘争のルートを実際に踏破させるという大胆なフィールドワーク型のアートと言える。
技術革新性: ロボティクスを野外の長距離行軍に投入する試み自体が特異であり、またロボット制御に地元住民の知恵(伝統的な峠越えの知識)や動物の力を組み合わせている点がユニークである。最先端技術と先住民的知識体系(Cosmotechnicsと本人は呼ぶ )を融合させた点が新規性を持つ。
社会的意義: 本作のメッセージは極めて政治的かつ詩的である。かつてスペイン植民地主義に抗したアンデスの地で、ロボットが脱植民地的テクノロジーとして登場する様は、現代のテクノロジーに内在する抑圧的ロジックへの痛烈な批判と、「別様にあり得る未来」への希望を象徴する。審査員の評価も「この作品は現在の植民地主義的な絡み合いに傷口に指を置きつつ、それを越えていくものだ。知と共生と社会変革の新たな形を提示し、ロボット工学を解放の技術として構想する。その野心的なスコープとビジョンは並外れており、過去と詩的に関わり合いながら、多元的未来を創造しようとするものだ」と絶賛している。また「美しい映画的体験であると同時に、有意義なパフォーマティブ行為であり強力な文化的介入だ」とも述べ 、芸術作品でありながら社会運動的・思想的インパクトを持つ点に着目している。
芸術的表現: 本プロジェクトはパフォーマンス、映画、インスタレーションの要素を併せ持つ。ロボットと人と動物が長征する様子は映像作品として記録・上映されるとともに、そのロボット本体や関連資料が展示される。アートとしての寓意性が非常に高く、ロボットに現代の解放者というロマン的役割を担わせた点は想像力に富む。アンデスの壮大な風景の中を歩むロボットの姿は、一種のSF的光景でありながら同時に歴史の亡霊を甦らせる詩情がある。
評価理由: 審査員は「クリティカルな姿勢と先見性に富む本作は、単なるシネマ的体験に留まらず力強い文化的介入だ。我々のシステムの亀裂から新しい地平・関係性・生命の形(人工的であれ何であれ)が現れる可能性を示唆している」と評した。まさに今年のテーマ「PANIC」に呼応するような、既存システムへの異議申し立てと新たな連帯を模索する作品として最高賞に輝いた。
https://gyazo.com/f76dd68f60713787de1a8057f9e726fb
優秀賞 (Awards of Distinction):
• Anatomy of Non-Fact. Chapter 1: AI Hyperrealism – マルティナ・マルチニアク(ポーランド)
ポーランドのアーティスト、マルティナ・マルチニアクによる映像作品シリーズの第一章。きっかけは2023年にネット上で拡散した「バレンシアガ法王」のディープフェイク画像(白いダウンジャケット姿のローマ法王フランシスコ)である。このバイラル偽画像を起点に、画像ベースのディスインフォメーションが広がる仕組みとその視覚美学を独自に調査・分析し、作品化した。約18分のビデオには“バレンシアガ法王”自身がモノローグを語る体裁で、ファクト(事実)の概念とシンセティック画像がもたらす虚偽への懸念が表明される。AIモデルが写真をデータとして摂取する現状に対し、この架空の法王は「真実との関係性の再考」を呼びかける。作品全体はマルチニアク自身の独立した法医学的・技術的・文化的・歴史的リサーチに基づいて構成され、アート史からポップカルチャー、メディア理論まで膨大な参照を張り巡らせた複雑かつ多層的な分析となっている。鑑賞者は自身がテクノロジー媒体の「社会的権威」に絡め取られていることに気付かされ、画像と真実の百年に及ぶ関係性を再考するよう促される。
技術革新性: ディープフェイクというAI技術を素材としつつ、それを単に用いるのでなく解剖学的に分析対象化した点がユニークである。映像内ではフェイク生成過程や拡散経路が可視化され、観客はディープフェイクの内在論理を追体験できる。
社会的意義: 偽情報時代におけるメディアリテラシーの必要性を強く訴える作品であり、大衆がビジュアルに騙される構図を批評する。特にSNS上で「本物らしさ」がいかに生産・消費されるかを暴露する点で社会的啓発性がある。
芸術性: フェイク法王という虚構キャラクターに哲学的独白をさせる構成は極めて挑戦的かつ皮肉的で、映像作品としての完成度も高い。審査員評では「現代において極めてタイムリーなリサーチに深く根差し、真実の受容に潜む誤謬を抉り出す批判的実践」であると評価された。
https://gyazo.com/d9e85bc96a2d589b554edaf9ace3da1e
• XXX Machina – エリン・ロビンソン、アンソニー・フリズビー(イギリス)
英国のデュオによる没入型コンピュテーショナル・インスタレーション。本作はAI技術が官能的欲望やアイデンティティ、親密さをいかに不安定化するかを探究する。作家自身のポートレイトや自撮り画像を含むデータセットをAIポルノ生成プラットフォームからスクレイピングし、無限生成されるエロティック映像をリアルタイムに投影する。ディフュージョンモデルで生成されたビデオやスチル、3Dレンダリングは次々と自己フィードバックされ、不安定で異様なビジュアルの連鎖を形作る。一見すると典型的ポルノのようだが、身体は徐々にグリッチを起こし断片化し再結合し、リアルな身体参照から乖離した不気味な像へと変容する。この作品は「欲望する機械」として機能し、シミュレートされた他者が本物以上に溢れる世界で「憧憬(ロングング)はどうなるのか」と問いかける。AIポルノやディープフェイクに関する議論は普通「顔」に焦点が当たりがちだが、本作は統計的に算出された身体そのものに目を向ける。さらに作家のロビンソン自身が顔を提供することで、単に外部から批評するのでなく自らの欲望の内部から語る立場をとっている。その姿勢は1970年代のボディ・アートを想起させ、機械駆動のファンタジーに自身を投げ込む実践でもある。
技術革新性: 生成系AIを用いた映像インスタレーションとしては突出して実験的で、生成モデルをフィードバックさせ無限変容させるという仕組みがユニークである。
社会的意義: ポルノというセンシティブな領域を扱いながら、AI時代の欲望の在り処を鋭く批評している。大量の性的イメージ(往々にして搾取的に生み出されたもの)に基づくAIの欲望像を暴露し、テクノロジーと性の関係に警鐘を鳴らす。
芸術的表現: インスタレーション空間での体験は強烈で、無数の異形の身体イメージが連なる様はカオス的な美しさと不気味さを伴う。鑑賞者は自らのエロスとテクノロジーとの関係について嫌でも考えさせられるだろう。審査員は本作に長時間議論を費やしたと明かし、「我々に強いインパクトを与えた作品」であるとコメントしている。賛否を巻き起こす大胆さも含め、メディアアートの前衛として評価された。
https://gyazo.com/507b11e31162f10dcc066558c594c72a
栄誉賞 (Honorary Mentions): 今年の人工生命&インテリジェンス部門では、社会への批評性と技術活用の実験性を兼ね備えた数多くの作品が栄誉賞に選出された。以下主なものを挙げる。
• Artificial Archive: SCRYING INTIMACIES – ロデル・ワーナー(トリニダード・トバゴ)
カリブ海地域の19世紀写真史を題材に、AIで架空の写真アーカイブを生成するプロジェクト。歴史的写真記録から漏れ落ちた人々(アフリカ系・アジア系移民)の姿を、当時もし彼ら自身が写真技術にアクセスできていたらどう記録されたか、という問いのもとにAIが紡ぎ出す。つまり「存在し得たかもしれない」写真記録を提示することで、植民地主義による視覚的抹消に対抗する試みである。技術的にはテキストプロンプトを駆使して写真風イメージを生成しており、そのプロンプトも「彼ら自身が世紀にわたり積み重ねた労働の恩恵を受けたとしたら写真記録はどうなっていただろう?」といったユニークな問いから構成されている。歴史修正ではなく歴史の内奥に潜む可能性を可視化するという詩的なジェスチャーが評価された。
https://gyazo.com/157f6a53bc3985f62527ff551a82f31f
• Atlas of Queer Anatomy – コアン・イー・クー(古館光、台湾)
クィアな身体を祝福するために作られた批評的オブジェかつ学術的提案。伝統的な解剖学図譜のフォーマットを転覆・解放し、疾患関連の微生物も人間の身体部位と同等に図示するなどして、従来の人体図が排除してきたものを組み込む。これにより、人間中心主義的ヒエラルキーや二元的分類、病気に基づくスティグマを覆す試みとなっている。実際にワークショップ等も開催され、他者の身体や医療の物語について議論を深める教育的契機ともなった。審査員は「学際・越境的コラボ研究の強みを美しく示した」点に感銘を受けたと述べている。
https://gyazo.com/e3103ef9ef96f2ddf063684365df4164
• Cedar Exodus – イヤド・アブ・ガイダ(レバノン)、Em Joseph(米国)、ジュマナ・アッバス(アイルランド)、EcoRove(レバノン)
レバノン杉にまつわる神話(歴史)と現代の生態学的不安定(現実)を重ね合わせたプロジェクト。古代から伝わる「植物が聖なるもの」という神話を引き合いに出しつつ、現在の環境破壊(レバノン杉の危機)をビジュアル化した。人々と土地の運命がいかに連動し、絡み合っているかを示し、複合危機(polycrisis)の只中を生き抜くための洞察を提供する。
https://gyazo.com/432512940b07f7f3aec438f0732eca05
• CripShip: Disability Saves Society from BigTech – ジョセフ・ウィルク(イギリス)
障害者の視点から社会包摂の重要性を説くインタラクティブゲーム。プレイヤーはインクルーシブな未来を想像し創造するプロセスに参加する。「Crip(障害者)Ship(船)」は遊びを通じたアクティビズムであり、社会が誰にとってもより良くなることを体感させる。審査員は「インクルーシブな世界の方が良いことを実感させてくれる」と評価。
https://gyazo.com/59269aca564d2557124935615c2e7a58
• Dynamics of a Dog on a Leash – 藤堂高行(日本)
四足歩行ロボット(いわゆるロボット犬)を用いたインスタレーション。軍事用途からエンタメまでロボットが担う現在を踏まえ、我々人間がロボットに生命的なエージェンシーを投影する様を批評する。ロボット犬は細い鎖(倫理の鎖と暗喩される)で繋がれ制御されているが、その鎖は頼りなく、制御の限界が示唆される。ウクライナやパレスチナでの無人兵器使用から、人がロボットに感情移入する心理まで射程に含めた問題提起である。
https://gyazo.com/2c1ebfcb325c9dd79f1fefa3ca789475
• Fluid Anatomy – イオアナ・ブレム・モゼル(ルーマニア)
古いテクノロジー(例: オルゴールや初期電子機器)の部品を使って新たな生命的システムを構築した作品。過去の技術に目を向け、そのノスタルジーではなく代替の道を提示する。「より遅く柔らかく現実世界と繋がったテクノロジー」の可能性を示し、加速主義的テクノロジー観を問い直す。
https://gyazo.com/410f07911b2c329ef128f380ca3f0420
• Flying Cream – aniara rodado(アニアラ・ロダド、コロンビア)
トランスジェンダーや更年期以降の女性、ノンバイナリーといった身体が社会から不可視化されがちな状況に着目し、身体の喜びとケアを前景化するマテリアルなマニフェスト。原題「Flying Cream」は、閉経期女性における知識の抹消に抗し、「消えるなかれ」と体現する作品。
https://gyazo.com/77b10ea8406024b93cc3a38dcd62098f
• Plato’s Prisoners – コディ・ルーカス(デンマーク)
ラボで育成された脳オルガノイド(培養された小さな脳細胞の塊)に着想を得た作品。発展段階のオルガノイドが人間の認知初期に酷似する一方で倫理的保護がほぼ無い現状を指摘し、「どの時点で細胞生命に倫理的配慮を与えるべきか?」という緊急の問いを投げかける。プラトンの洞窟の囚人になぞらえ、人間の脳開発のメタファーを提示。
https://gyazo.com/5efdef67dd94aa4366db036bcfe4b6c7
• Fine-Tuning Human Sense 2.0 (Sensory Datascape Series) – Hoonida Kim(フーニダ・キム、韓国)
デジタルツールをインプラントのように用い、感覚を「拡張」ではなく微調整するという視点で人間知覚と技術の共進化を考察した作品。データに基づく知覚微調整の体験を通し、身体とテクノロジーの関係を繊細に問い直す。
https://gyazo.com/8420cc8d411068882a22da6bebf4776f
• The Post-Truth Museum – ノラ・アル=バドリ(ドイツ)
西洋の博物館における略奪品返還(レストitューション)問題をテーマに、ポストコロニアルな観点から「脱真実」の状況を批判する作品。西洋の博物館が作り出す権威的物語を、デジタル技術で介入し再構築する。
https://gyazo.com/cfd924893d5f750fbab915761508727a
• Tinder_gun_boys@Brussels__ – ロイス・ソレイユ(フランス)
オンラインデーティング文化と暴力の問題を接続した作品。男性の身体と暴力の独占的関係(ネクロ・パトリアーカルな権力体制)を鋭く暴露する内容。
https://gyazo.com/f13e3010ae2bc0d7207cde86d30df0ac
• YOU CAN’T HIDE ANYTHING / ARE YOU SOULLESS TOO? – ダニエル・ブラスウェイト=シャーリー(イギリス)
政治的風刺の効いた作品。民主主義の危うさや集団意思決定が解釈され凌駕される不均衡を反映し、現在の政治状況を映す。
https://gyazo.com/e74a3ea73cb5cdd6b5a3dcb129bd0231
このように、人工生命&インテリジェンス部門の作品群はAI・ロボット・人工生命を用いつつ、その社会的影響や内包する権力性を批判的に浮き彫りにするものが多かった。特に植民地主義、ジェンダー、身体、虚偽情報、倫理といったテーマが際立つ。技術的にもバイオアート、ディープフェイク映像、インスタレーション、ゲームなどフォーマットが多彩で、メディアアートの豊饒さを示している。作家の属性も国際色豊かで、女性や非西洋圏の作家も多く含まれ、多様な視点が反映された部門となった。審査講評にあるように、新技術をめぐる単純なユートピア/ディストピアを超え、「テクノロジーがもたらす葛藤や可能性そのものと向き合う態度」こそが今年評価された点であり、これは今後のメディアアートの方向性を占う上で示唆深い。
デジタル・ミュージック&サウンド・アート部門 (Digital Musics & Sound Art)
部門概要と審査傾向: デジタル・ミュージック&サウンド・アート部門は、Prix Ars Electronica創設以来の伝統あるカテゴリーであり 、今年も電子音響やサウンドインスタレーションの最先端を示す作品が集まった。応募総数は1,127件で、AIや機械学習の進展が音楽実践や日常生活に与える影響を強く反映した内容となった。審査員によれば、「これら新技術が現代・未来の生活をどう変えるか」「芸術家はそれら技術をどう活用できるか、あるいはどんな脅威があるか」「私たち自身の立場は?」といった問いが投げかけられ 、さらに気候変動や社会正義など他の喫緊の課題との関連も多くの作品で扱われた。今年の応募作品のテーマは政治・社会・環境状況への批評性が強く、形式もパフォーマンス、サウンド・スカルプチャー、AV作品、楽器制作、作曲、ラジオアート、サウンドインスタレーションなど非常に幅広かった。特に優れたサウンドインスタレーションが数多く見られ、最新技術の駆使と社会的テーマの内省的反映が両立している作品が多かったと評されている。審査では、(1) 最新テクノロジーの洗練された実装とアーティストの継続的実践の結合、(2) 技術使用や表現形式への内省、(3) 技術と芸術的意図の関係性、(4) 作品自体の技術的・テーマ的卓越性が吟味された。つまり、AI等の先端技術を単に導入するだけでなく、その使い方や提示方法に意識的であり作品コンセプトに照らして必然性があるか、逆に現在の社会問題をどのように美学的・概念的に消化しているか、といった点が評価の軸となった。応募全体を通し、人間とテクノロジーの関係の考察と社会的テーマの芸術作品への流入が増加している傾向が見られた。今年の受賞作も伝統と実験を結びつけたもの、デジタル記憶や劣化を扱うもの、人間の声や身体性を新たな形で拡張するもの、個別の鑑賞体験を重視するもの等、多様なアプローチが混在している。審査員は、選出作品群がテーマ・技法・鑑賞者エンゲージメントの面で豊かな多様性を示し、新たな芸術表現を模索している点を評価している。さらに受賞者の背景も様々(地域、年齢、ジェンダー、キャリア段階、文化社会的背景が多岐)であり、メディアアートにおける多様性と世界観の拡張そのものが重要と位置づけられた。例えば、今年はイラン出身・カナダ在住の作家、日本人作家、エジプトの作家などが含まれ、若手からベテランまで幅広い世代が受賞した。ジェンダー的にも女性サウンドアーティストやトランス/クィアの作家、集団制作など、音楽の領域でもインクルーシブな広がりが見られる。これは作品テーマの多様性と相まって「世界の包括的ビジョン構築への挑戦」であると審査員らは述べている。
ゴールデン・ニカ: Organism – ナヴィド・ナヴァブ(イラン/カナダ)、ガーネット・ウィリス(カナダ)
本作「Organism(オルガニズム)」は、100年以上前に製造されたカナダ製カザヴァンパイプオルガンと、ロボット制御された三重振り子とを組み合わせ、カオス力学によって生成される音響現象を探究するインスタレーション/パフォーマンスである。ナヴィド・ナヴァブとガーネット・ウィリスは、この古典的オルガンをエレクトロニクスと機械仕掛けで「準備(prepared)」し、オルガン内部の風を操るシステムから人為的な安定化要素を除去した。その結果、従来は抑制されていた乱流(タービュランス)が楽器内に解き放たれ、予期せぬ音色や倍音が出現する。さらに、オルガンにはロボットアームで駆動する3つの振り子が連結されており、振り子の非線形運動が送風の力学に直接影響を与える。三重振り子は決して繰り返さないカオティックな動きを続け、その重力ダンスがリアルタイムに感知されオルガン音へと変換される。そのため、演奏は作曲家の決定ではなく摩擦や揺らぎや共振から生じる半自律的な生成音響となる。来場者は響き渡る不安定で偶発的なサウンドに身を委ね、不確実性・偶然・生成の音響生態系を体験することになる。本作は二形態あり、ひとつはナヴァブ自身が手勢コントローラで振り子に介入し「演奏」するソロコンサート版 、もうひとつは振り子自体に任せきったインスタレーション版 である。いずれも古典楽器の制御を解放し、人間ではなくシステム自体が「演奏者」となる。技術的革新性: 本作はデジタル音響とアナログ機構の斬新な融合例である。古典的オルガンというアコースティック遺産と、センサー駆動の電子システム、物理振り子のカオス運動を組み合わせることで、これまでにない音響インタラクションの形態を実現している。特に、制御工学では通常排除される非線形性・不安定性をあえて作品の核に据えた点が独創的だ。「暴れ回る空気力学と音響乱流」に楽器そのものを委ねることで、機械と自然現象の協働を音として引き出している。社会的意義: この作品は音響芸術としてのメッセージだけでなく、背後に潜む歴史的・政治的文脈も評価に値する。パイプオルガンは教会と植民地主義の歴史に結びつき、時間や行動を構造化し現地の音文化を抑圧する「文化的同化の装置」でもあった。ナヴァブはこの楽器をメディア考古学的観点から再検討し、抑圧されてきた乱流=自然の野生性を解放することで、音の植民地主義に対するある種の解放を試みている。審査員も「植民地的遺産としてのオルガンをサブヴァージョン(転用)し、音の解放行為を行っている」と読み取り、この点を高く評価した。本作は単なる楽器改造ではなく、文明が自然の乱雑さを制御してきた歴史を反転させる音による詩的ジェスチャーなのだとも言える。芸術的表現: 音楽作品として、Organismは観客に「異なる聴取」を促す。通常ならノイズとみなされるカオスを受け入れ、物質そのものの知性(material intelligence)が語る声に耳を傾ける態度だ。安定した拍や旋律はなく、常に変化する持続音や突発的響きの中に身を置く体験は、従来の音楽概念を揺さぶる。審査員評では、作品の「哲学的・技術的精密さ」と「カオスへの開放性」が決定打だったとされる。乱調を雑音でなく生成的な共演者と見做す視点は、この作品のキーであり審査員の心を掴んだ。総じて、Organismは伝統と実験、制御と混沌、過去と未来を繋ぐ極めて評価の高い作品としてゴールデン・ニカに選出された。
https://gyazo.com/11b04cb34a48ffedc1b65bb3dacfde5c
優秀賞 (Awards of Distinction):
• BLA BLAVATAR vs JAAP BLONK – ジョナサン・チャイム・ロイス(米国/オランダ)
オランダを拠点とするアーティスト、ジョナサン・レウスが音響詩の巨匠ヤープ・ブロンクと協働したライブ・パフォーマンス作品。AIと人間の「声のデュエット」をユーモラスかつ批評的に描く。舞台ではブロンク本人が自身のAI音声クローン「ブラ・ブラヴァター(Bla Blavatar)」と対決するように詩を朗読する。各セッションでブロンクはアルゴリズム生成された「データセット詩(Dataset Poems)」を朗読し、その音声がリアルタイム録音される。録音は即座にAI音声モデルに取り込まれ、ブラヴァターのパフォーマンスにフィードバックされる。このように、人間とAIがデータセット作りと応答をリアルタイムで繰り返すメタ構造となっている。技術的にはレウス自身が開発したリアルタイムAI音声楽器「Tungnaá」が用いられ、オートレグレッシブなテキスト音声変換の技法を駆使している。だが本作の焦点は、その技術の「不気味なリアルさ」ではなく、声のデータ化に潜む労力と身体性である。ブロンクはAIに優しい発声スクリプトに沿った詩をパフォーマンスするが、それ自体に肉体的・創造的・精神的負荷がある。つまり声のコピーの裏に隠れた人間の努力を浮かび上がらせている。また、作品はAI生成音声が理想の声(例えば明瞭で訛りのない発音など)を固定化する傾向に対する挑戦でもある。ここではわざとでたらめな言語(ナンセンスな音の羅列)や常識外の発声を取り入れ、機械学習の想定を裏切る。技術革新性: 自作のリアルタイム音声合成楽器を使い、ライブ中にAIモデルを更新していくという試みは極めて先鋭的だ。社会的意義: 目に見えないAIの裏の人間労働(データセット作りなど)を舞台で可視化し、機械依存時代の創造性を問う。芸術性: パフォーマンスはアブサードなユーモアがありつつ、声の本質に迫る探求でもある。審査員は「自動化のゴールドラッシュを茶化しつつ、データ化の隠れた労働に目を向けさせる強力な例」と評価した。
https://gyazo.com/fa149c31eeb0fee4e73c92373a957fb1
• Mineral Amnesia – イオアナ・ブレム・モゼル(ルーマニア)
ルーマニアのメディアアーティスト、イオアナ・V・モゼルによるサウンド・インスタレーション。テーマはEPROM(イレーザブル可搬PROM)という初期の再プログラム可能メモリ素子の進化と崩壊である。EPROMは紫外線でデータ消去できるICで、透明な石英窓が付いている。作家は異なる世代のEPROMチップを収集し、自身の声を録音してそれらに書き込んだ。展示空間では、チップが人工光源に晒されて徐々に記憶を失ってゆく様子を体験できる。光が当たるとデータは断片化しノイズ化し、最終的には無音となる。これはデジタル記憶の儚さと忘却を可聴化した試みである。さらに、現代のテクノ資本主義が膨大なデジタルデータを生み出しつつ、それを旧式ハードウェアに閉じ込め地球上に有害廃棄物として放置している状況も批判している。鉱物(シリコン)の結晶に刻まれた記憶が光で消え「鉱物の健忘症」となる様は、私たちの文明が生み出す忘却のメタファーだ。技術革新性: 古いコンピュータ技術を使い、その物理的特性(光に反応してデータが消える)をサウンド作品化した点がユニーク。社会的意義: 膨張するデータ社会のもろさ、電子廃棄物問題などを詩的に提起し、人間の記録欲求と忘却の関係を問い直す。審査員は「作品のテーマ的関連性は極めて高く、その警鐘は緊急性を帯びている」と評し、真実が操作され人文価値が侵食される時代における社会の衰退を映すとコメントした。
https://gyazo.com/2c7833df3f9cf2b9fd7956b8b8a32761
栄誉賞 (Honorary Mentions): 今年のデジタル・ミュージック&サウンド・アート部門では、音と身体・環境・社会との関係を再考させる多様な作品が栄誉賞に選ばれた。主なものを紹介する。
• ANIMAL for body and sound – アッシュ・フューレ(米国)
アメリカの実験音楽家アッシュ・フューレによるパフォーマンス作品。出演者自身の身体動作と発声を通じ、原初的エネルギーを解放する音楽体験を作り出す。身体を直接「聴覚可視化」の装置にするような力強いパフォーマンスであり、AIモデルやアルゴリズムへの対比として人間の肉体性の存在感を示す声明でもある。
https://gyazo.com/6636605fc24e488ee7021c538858e0c5
• Before the Red – 趙一旋(チャオ・イーシュエン、中国)
自己訓練したAIシステムと現代音楽演奏、映像表現を組み合わせ、新たな芸術実践を探る作品。AIと人間演奏者の共創関係を模索し、オーディオビジュアルの新様式を提示した。
https://gyazo.com/74b4dda3d587281795f7933d7ee72082
• Bora: Bora – Zhao Zhou(ジャオ・ジョウ、オランダ)
周囲に常に流れる隠れたエネルギー(電磁波や振動)を、遊び心ある野外サウンドアート体験に昇華した作品。屋外でバリアなく自然を音で感じさせるインタラクティブ作品であり、誰でもアクセス可能な形で自然と音の官能性を提示した点が評価された。
https://gyazo.com/44fbff59dc799ffd737223df4fc4d12f
• From0 – Superbe(スュペルブ、ベルギー)
声の分解と再構築を行う音響作品。声というもっとも身体的な音を分解し、新たな可聴の地平を組み立てる。このプロセスにおいて制御の喪失をあえて受容し、そこから生まれる予期せぬ創発性を肯定している。
https://gyazo.com/a87c11af4e7ffc324f62f38e367b2434
• KINDASA – ヌラー・ファラハト(エジプト)
12世紀のエンジニア、イスマイル・アル=ジャザリの哲学から着想を得たパフォーマンス。リアルタイムの音響・映像処理に中世の自動機械の精神を蘇らせ、過去の知を現代技術で再解釈する。伝統と現代を結ぶ視点が光る。
https://gyazo.com/e1ebe9f5cc27162c699a8da62fe56585
• MONTE – ルチアーノ・ピッチッリ(アルゼンチン)
ブラジルとパラグアイ国境に広がるパラナー熱帯雨林(生物学的に重要だが危機に瀕する)の記憶とアイデンティティをテーマにしたサウンド・スカルプチャー。自然環境と記憶の結びつきを音で表現し、エコロジーと文化遺産への意識を喚起する。
https://gyazo.com/4dedaf4c589fd1251064c4370f7c91c4
• New Ruins – Abo Abo(アーボ・アーボ、イタリア)
ダニエレ・カルカッシとタニア・コルテス・ベセラによるAVパフォーマンス。新しいAI・機械学習技術がライブ電子音楽パフォーマンスにもたらす影響を実証してみせた。音と映像のリアルタイム生成にAIを積極活用し、即興演奏の地平を拡張した作品。
https://gyazo.com/f7a7a64753ad451577a630aeefe825dd
• ON AIR – ピーター・ファン・ハーフテン、マイケル・モンタナロ、ガーネット・ウィリス(いずれもカナダ)
シンプルなコンセプト(空間に吊したマイクのフィードバックを用いたサウンド・ヴィジュアル作品)を高度な技術で洗練させ、リズミカルで魅惑的な環境を創出する作品。映像と音が同期したミニマルな美で、観客に畏敬の念を抱かせる点が評価された。
https://gyazo.com/ecf5f22e6706b9dcfa9a11693c99107c
• OSMIUM: An electro-mechanical live performance ritual – OSMIUM(国際グループ)
電子機械的な儀式のようなライブパフォーマンスで、グループメンバーの相互作用と音響が生むエネルギーで観客を魅了する。
https://gyazo.com/4b791a64872334f0b09a7a36c7a9fbcd
• The Call – ホリー・ハーンドン & マット・ドライハースト(米国)
著名な電子音楽家ホリー・ハーンドンとマット・ドライハーストによる作品。文化的遺産と社会と新興技術の関係を批判的に照射した現代アート的作品。彼らの近年のテーマであるAI合唱団などの活動文脈に位置する。
https://gyazo.com/f663e374f79eaf3e4b578adeb3dfca94
• Transplanetary Frequencies Station – ガブリエラ・ムンギア(メキシコ)
エコロジー的・宇宙的な集団共鳴と希望の行為としての音プロジェクト。特定の受信者が存在しないまま新たなつながりを想像し、コミュニティ形成の芸術的形態を示す。
https://gyazo.com/4972d9c3c6bfac9170a83efadac33f1e
• UNDER BOOM – ルイス・ブラドック・クラーク(イギリス)
複雑な現象を情動的に翻訳する没入サウンド作品。環境音や構造物の音を通じ、観客に没入的かつ思索的な体験を提供する。
以上のように、デジタル・ミュージック&サウンド・アート部門では、伝統楽器の革新的再生からAIと人間のボイスパフォーマンス、データ消失の音響化まで、多岐にわたるテーマが示された。技術的にもAI音声合成、カオス力学、自作電子楽器、古典音響機構の再利用など創意あふれる作品が揃った。注目すべきは、どの作品も単なる技術デモに終わらず、社会や文化への問いかけを内包している点である。音楽的にはノイズや不協和音、環境音、身体音といった領域が拡張され、「音楽とは何か」「音とは何か」を問い直す実験性が強い。また、受賞者の地理的・文化的背景も多彩で、世界各地の問題意識が音を媒体に共有されている印象を受ける。この傾向はメディアアートが真にグローバルな対話の場となりつつあることを示唆しており、今後も音響芸術が社会批評と技術革新の両面で先導的役割を果たすことが期待される。
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U19〈未来を創造しよう〉部門 (u19–create your world)
ゴールデン・ニカ受賞のヤング・プロフェッショナル作品「Das Ziegenkäsemachen aus der Sicht der Ziege(ヤギの視点から見たヤギ乳チーズ作り)」は、19歳の若者2人が制作した実験的短編映画だ。日常に潜むデジタル依存を過激な視覚表現で風刺する。写真は劇中シーンの一つ。思わず眉をひそめるシュールな映像で、現代ネット文化の過剰と虚無を描き出す。
部門概要: U19部門(未来を創造しよう部門)は19歳以下の子ども・若者を対象とした部門であり、国内(オーストリア)の若年層から革新的なアイデアやビジョンを募集する。2025年は520件の応募があり 、14~19歳のヤング・プロフェッショナル(YP)カテゴリーと、年少者向けのU14/12/10各カテゴリーで多数の受賞者が輩出された。本部門は若い世代が直面する日常や未来への関心を反映した作品が多く、スマホやSNS、デジタル文化に関するテーマがとりわけ顕著だった。審査講評によれば、画面時間・メディア中毒・ドゥームスクローリング(悪いニュースばかり延々見てしまう現象)といった現代的現象が応募作品で支配的テーマだったという。大人から「いつもスマホばかり見ている」と非難されがちな世代だが、そのこと自体が若者に大きなストレスとなっており、新種の負担として多くの作品で扱われた。例えばネット文化に直接取り組む作品、いわゆる「Brainrot(頭が腐るような過剰情報摂取)」をテーマにユーモラスに社会を問う作品があった。またデジタル浸りによる孤立や現実空間の貧困(遊び場の欠如)に着目し、街に若者の居場所が無いからオンラインに行くしかないという問題提起もみられた。総じて、現代社会における情報過多・コミュニケーション過多の疲弊に対する批判や、それを乗り越える希望の探求がテーマとして頻出した。一方で民主主義や参加といった真面目なテーマに取り組む作品もあり、政治への関与や過激化への懸念など社会問題へのまなざしもある。さらに過激化による悲劇のシナリオ(スクールシューティング未遂の少年の心理劇)や、戦争の非人間化(戦争被害者が数字や機能に還元されることへの批判)を描く作品も出ている。しかし根底には、若者たちは世界の危機を直視しつつもそれに屈しない希望を持っており、対抗物語を創作するという姿勢が見られると審査員は述べる。例えばヒーロー物語への需要の高さ(ハリウッドの大量消費)を背景に、それを自分たちなりのユーモアで換骨奪胎する試みもあった。全体に、若者たちは現実の問題に目を向けつつも諦めておらず、ユニークな表現で現状を風刺し、新しい未来像を提示しようとしている印象である。作家傾向としては、応募者・受賞者のほとんどがオーストリア国内の学生であり、学校のチームや友人同士のグループ制作が多い。年齢層は小学校高学年から19歳まで幅広いが、ヤング・プロフェッショナル(14~19歳)部門は美術系高等学校や技術学校に通う10代後半が中心で、映像・ゲーム・アプリ開発などある程度専門的スキルを持つ傾向。一方ヤング・クリエイティブ(14歳以下)は学校でのワークショップ的作品や個人の自由研究的作品が選ばれている。男女比は比較的均等で、共同制作では男女混合チームも多い。背景的には、デジタルネイティブ世代らしくTikTokやYouTube、ミーム文化への深い造詣がうかがえる作品が見られ、また地元コミュニティや学校生活の問題意識も色濃い。要するに、未来を創造しよう部門は極めて「今」の若者の精神状態を映す鏡であり、大人社会に対する問いかけや反抗の叫びが込められているといえる。
ヤング・プロフェッショナル(14–19歳)部門:
ゴールデン・ニカ – Das Ziegenkäsemachen aus der Sicht der Ziege(ヤギの視点から見たヤギ乳チーズ作り) – アレクサ・ヨヴィッチ、ニコ・プフリューグラー(ともにオーストリア、ギルバート・グノス・プロダクション)
2025年のU19部門ヤング・プロフェッショナル最優秀作品に輝いた本作は、リンツのHBLA(高等美術デザイン学校)の学生二人が制作した実験映像である。タイトルからして奇抜な「ヤギ視点のチーズ作り」は、一見意味不明だが、デジタル環境に蔓延する過剰情報と空虚さを激烈なビジュアルで描き出し、芸術を「無思考で終わりなきメディア消費へのラディカルな悲鳴」と位置づけている。作品はスローテンポな映像とミーム的要素、ボディホラー要素と引用の洪水が入り混じり、TikTok世代の感性でポスト・ポストモダン的に再構成されている。例えば、主人公の腹には巨大な乳房(ヤギの乳房状の器官)が生え、それを奇妙な手が搾乳し続けるという悪夢的シーンや、トイレに座ったまま食事するシュールな場面(上掲写真)など、生理的不快感を伴うイメージが連発する。サウンドトラックではウィリアム・ギブスン『ニューロマンサー』や映画『フォレスト・ガンプ』の引用音声が唐突に投げ込まれ、文脈不明瞭なまま情報が雪崩れ込む。観客は提示される過激な視覚・音響情報の洪水について行けず混乱するが、まさにそれが狙いである。審査員は「解釈の余地を残す曖昧さとアナーキーな作風こそが我々のオンライン文化への不可欠な証言である」と評価した。作品は「媒介(メディウム)そのものへの解剖学的研究」であり、延々と続く儀式のような創作であると評されている。技術的革新性: 10代の学生作品ながら映像編集や特殊造形(乳房小道具の制作など)の完成度が高く、スローカメラと早回し、ミーム的テロップなどネット映像文法を自在に操っている点が注目された。特にSNS動画の断片的な美学と映画的手法を組み合わせるセンスは独創的である。社会的意義: 本作は「デジタル過剰摂取に対する反逆」と位置づけられる。スマホで流し見する動画の中に、戦争も陰謀論も子猫動画も広告も全て等価に並び立つ現状(Brainrot状態)を、嫌悪感すら覚える映像で誇張・風刺している。これは若い作家たちから大人社会への強烈な批判であり、「無思考で終わりなき消費は病であり、芸術は媚薬ではなく悲鳴であるべきだ」と宣言している。審査員の選評引用には「芸術は叫びだ。製品ではない」とすら書かれており、19歳の叫びがストレートに響く。芸術的表現: 作品は全体としてメタ視点を取りつつもストーリー自体は解体され、スロービデオとミーム美学、ボディホラーと引用の集中砲火で観客を圧倒する。その過剰さ自体が現代ネット文化の縮図だ。審査員は「メディアそのものをこれほど解体し再構成する映像は極めて現代的だ。TikTokを知り尽くしつつシネマとして成り立っている」と賛辞を送った。またヤギ乳搾りの不条理な反復は「意味を喰らい尽くしたシステムが無意味に動き続ける様」を象徴し、本作全体が無限に死んだ形の再生産に陥った映像文化へのカダヴァー・スタディ(死体解剖)になっていると評された。評価理由: この作品は審査員から「若者文化のアンビバレント(両義的)な表現を極限まで押し進めており、メディウムへの愛ゆえに解体・再構築している」と評価された。Brainrotという現象を自家中毒的に映像化した本作の切迫したビジュアル緊張感は群を抜いており、「メディア時代の意識の終末を描いた思考作業」であるとも評されている。こうした点から、本作品は2025年のヤング・プロフェッショナル最優秀賞に選ばれた。
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優秀賞 (Awards of Distinction) – Young Professionals:
• somes – Plattform für politische Transparenz(ゾメス – 政治の透明性プラットフォーム) – ティム・ヘルプスト、フロリアン・ナーギ、ルーカス・ツェーラー(オーストリア)
HTLホラブルンの学生3名によるオンラインプラットフォーム。オーストリアの議会活動や政府情報を誰でもアクセスしやすく提供し、政治への関心を高め市民対話を促進することを目的とする。議会での投票結果や議員個人の発言時間などを可視化し、将来的に欧州全域に拡張する構想もある。技術的革新性: 政治データを統合・整理し見やすく提示するUI/UX設計が秀逸で、AIチャットボットで議員に質問できる機能など先端技術も導入している。社会的意義: 若者による民主主義インフラへの貢献であり、情報格差を埋め政治不信やラディカル化の防波堤になる可能性が評価された。審査員も「差別化されたデータ提示に裏打ちされた透明性は、ユーザーの注意を正しい形で引き付け、特定方向への誘導を避けている」と責任ある設計を称賛した。要は、低敷居で政治参加を強化するツールとして緊急性・有用性が明白である。
https://gyazo.com/de4e53a192a7fa1b3fcd9385bc46a7ec
• Die moderne Hausfrau(現代の主婦) – ロザ・ゴットヴァルト、ルナ・ヘルストルホーファー、ルチア・コッター=トリメル、バーバラ・ライター(オーストリア)
4人の女子高生チームによるインタラクティブ・インスタレーション。木製のキャビネットを改造し3段の引き出しに時代別資料を仕込んだ展示で、女性の役割についての社会的語りを探る。第一の引き出しには古い広告やステレオタイプが収められ、第二には男女平等と解放の闘争の歴史が示される。そして第三の引き出しでは、近年SNSで流行する「トラッドワイフ」(伝統的主婦志向)の潮流が紹介され、フェミニズムの成果が疑問視される現状を浮かび上がらせる。技術的革新性: 物理的引き出しのインタラクションとマルチメディア資料を組み合わせ、教育的かつ直感的な展示を構成した。社会的意義: 根強いジェンダーロールを批判的に検証し、観客自身に「固定観念を疑え」と問いかける。審査員は「箱(ボックス)の中に我々が考えを箱詰めにする傾向を文字通り映し出した」と喩え、古い資料と現代資料の対比により達成された詩的・政治的表現を評価した。「問いかけるプロジェクトだ」との評通り、観客にも疑問を突き付ける作品である。
https://gyazo.com/3fa65d742800eb8aecc55bd00e48fe0c
栄誉賞 (Honorary Mentions) – Young Professionals: 14~19歳部門の栄誉賞には、音楽ゲームから社会課題まで幅広いジャンルの作品が選ばれた。代表例を紹介する。
• Beat Assault – ニーナ・ディーヴァルト、リナ・モットル、ルーカス・ヒンターエッガー、マリエラ・プランジッチ、レオナード・ディルンホーファー(オーストリア)
音楽とPvPゲームを融合させたリズム対戦ゲーム。調和の取れたグラフィックとデザインが印象的で、アイデアの良さとプロレベルの実装が称賛された。若いながら完成度の高いゲーム作品を作り上げた点が評価ポイント。
https://gyazo.com/bd3bb49acdfd4e6ef13d38a9072e5f6b
• Boards without Barriers – サミュエル・ブルンナー、ダヴィド・チェンセアン、ゲオルク・コツィアン、ミカル・シセル(オーストリア)
パーキンソン病や多発性硬化症などの人向けにバリアフリーなボードゲームを開発。遊びと社会参加のニーズ、そして特定対象の人々のエルゴノミクスへの共感を示した点が評価された。具体的なニーズに応えるプロダクトデザイン的側面が光る。
https://gyazo.com/664a60b03d6e51cbc5c0b235ddf1e772
• DETAIL IN LIFE – ゾフィー・クルツ(オーストリア)
自作の袖の広いシャツにオーストリア各地の建築や場所をプリントし、日常の小さな特別さに目を向け感謝するコンセプトのファッション作品。ささやかな生活のディテールを讃える発想と、衣服制作の技術が評価された。
https://gyazo.com/9bcc4f882b70c78a6dec226912fc0d95
• Humanoid – ベンヤミン・グルーバー(オーストリア)
障害者がジェスチャーや音声でデジタルコンテンツにアクセスしやすくするインターフェースアイデアを提案するテック・プロジェクト。アクセシビリティ向上への社会的関心と未来志向が評価された。
https://gyazo.com/80b052a1c4939e0730d25ef93d5946d4
• Lines We Draw – ジョイ・グラッサー、エリナ・カウフマン、アリカ・ヒンターマイヤー、マヤ・ナイドハルト(オーストリア)
相手の同意なくどこまで踏み込めるか?衝動的な行為は相手の記憶にどう残るか?個人の認識にもっと配慮すべきか?――といった人間関係の境界に関する問いを投げかけるプロジェクト。具体的なアウトプットは明記されていないが、その問いの深さが認められた。
https://gyazo.com/05a9a5a046ab4fa72683b4c370bf9fdb
• MagLift – Where Innovation Takes Flight – ダニエル・エツィケ、ベン・トルムラー、フィリップ・ヴァイセンバッハ、マックス・ゼロフニク(オーストリア)
遠隔地への医療物資輸送を可能にするマグネット浮上式輸送システムの概念を提案。悪路で運送困難な地域に着想を得た具体的問題解決型の作品であり、若者の社会貢献的イノベーションとして称賛された。
https://gyazo.com/60559a6e8b1891e6d86365d6df96306f
• Mal Treffen(再会しよう) – ハレイン実業高校 (BRG Hallein) の生徒チーム(オーストリア)
オンラインゲームで繋がる若者たちが実際に集まろうとするが、現実には都市に彼らの遊び場が無い――というショートフィルム。過剰なスクリーンタイムがもたらす孤立と、それを招く都市計画の問題点(若者より車に優しい街)を映し出す。直接大人を攻撃せず鏡を見せるような風刺が上手く、モデル的な学校プロジェクトと評価された。
https://gyazo.com/2a9b9e5706f4149b691588a723456b7c
• MEMES – Alles nur BRAINROT?(ミーム–全てただのブレインロットか?) – イヴァン・ペイジッチ、ルーカス・ショキッチ(オーストリア)
ミーム文化と若者の頭脳の劣化現象「Brainrot」をテーマにしたポッドキャスト。ユーモアたっぷりにメディアリテラシーについて語り、ミームはアートか愚行かという問いを投げかける。教育的でありながら説教臭さを避け、楽しませつつ学ばせる手腕が評価された。
https://gyazo.com/aabfd81faa73f2c76ab04d42e6808276
• Totennebel(死者の霧) – ガブリエル・ベルガー、ヴァレリアン・ホーベル(オーストリア)
ガスマスクで個性を失った兵士たち、機械的に鳴り響く機関銃、突如の爆発…と、第一次世界大戦的塹壕戦を暗示する無言のアニメーション。戦争の非人間化(人間が数や機能になる現象)を描き、個人の物語や視点が容赦なく塗り潰される様子を強烈に表現した。圧政的な雰囲気と無常が漂い、観る者に戦争の恐ろしさを想起させる。
https://gyazo.com/d3cfa998ff8b7f01df0940ba5dcd3152
• Wenn’s Sein Muss(必要ならば) – ハレイン実業高校 (BRG Hallein) の生徒チーム(オーストリア)
有毒な男らしさ(トキシック・マスキュリニティ)の無意味なエスカレーションを笑いに昇華した短編コメディ映画。大人社会の馬鹿馬鹿しさを暗に風刺するが、直接攻撃はせず上品なユーモアで観客の記憶に残る。これも学校プロジェクトの一環として賞賛された。
https://gyazo.com/bceafb4a141503645233522e980cbfdd
以上がヤング・プロフェッショナル部門の栄誉賞主要作品である。
ヤング・クリエイティブ(14歳以下)部門:
U19部門では、ヤング・クリエイティブと称して14歳以下の年少グループからも毎年作品が表彰される。今年はU14、U12、U10それぞれに賞と優秀賞、栄誉賞が与えられた(加えてU10以下の区分も存在)。ここでは各カテゴリのトップ受賞作品のみ簡潔に触れる。
• U14最優秀賞: B-Movie 「B-VENGERS」 – クラスターノイブルク特別支援学校の生徒8名
8人の特別支援学校生徒が、地元の青少年ワークと協力して制作したおバカな災害映画クリップ。Tagtoolアプリでキャラを描き、彼らにスーパーパワーや個性を与えてストーリーを作った。夏休み中のサンタクロースが天才少年に巨大モンスターにされ街を襲うのを、B-ベンジャーズが迎え撃つという破天荒ストーリー。アナーキーなユーモアと映像の明快さ、物語のテンポが光り、South Parkを彷彿とさせる粋な作品と評された。
https://gyazo.com/d619de784eb3341adaabb893e744dc37
• U12最優秀賞: WWS Power Cube – レオポルド・カストラー(12歳、オーストリア)
12歳の少年が考案・制作した携帯型発電キット。水(Water)、風(Wind)、太陽(Solar)の3つの持続可能エネルギー源を組み合わせ、遠隔地でも発電可能なポータブル装置を開発した。山小屋で小さなソーラーパネルしか無く悔しい思いをした実体験が出発点。3種のモジュールは一つでも動くが全稼働で最大効率となる。発明品としての完成度が高く、大人顔負けの着想と実装力が称賛された。
https://gyazo.com/8530de890a536cbdc602eb503fe4be5d
• U10最優秀賞: PA1NTING – NEA(ネア・ゲルシャク、10歳、ドイツ)
10歳の少女NEAによるAI活用ショートフィルム。自ら描いたアクリル画「魔法の森の空き地」に没入するイメージを、AIツール(Runway Gen-3など)で映像化した。現実の自分に酷似したAI生成キャラクターが森の中を動き、彼女の声も使われる。最後にNEA本人が目覚め絵を飾るシーンで締める。子どもらしい想像力と最先端ツールの活用が見事に融合し、子どもでもAIを創造的に使いこなせることを示した。2024年PrixでAI in Art賞を獲った作品から着想を得るなど勉強熱心な点も評価された。
https://gyazo.com/c4a048efb6e2c47d2546fc5fc4f48dbe
これら以外にも、U14, U12, U10各カテゴリで優秀賞と栄誉賞作品(例えばU14優秀賞には憎しみ無き未来を願うアニメや、裏庭サッカー禁止から始まる共同体の物語など 、U12優秀賞にはスマホ依存を戒めるギミック広告動画 や、子供たちがピザ箱で作ったグリーンシティ模型など 、U10優秀賞には自作スーパーヒーロー漫画動画など 、U10栄誉賞には食育・環境教育インスタレーションなど )が受賞しているが、詳細は割愛する。いずれも、子ども目線で身近な問題を捉えつつ、奇抜な発想やユーモア、社会への眼差しが感じられる力作揃いであった。
特別賞: 冨田勲特別賞 & デジタル人文賞
2025年は通常部門以外に、冨田勲特別賞(Isao Tomita Special Prize)とアルスエレクトロニカ賞デジタル人文賞(Ars Electronica Award for Digital Humanity)が授与されている。これらは各スポンサー等が関与する特別賞で、今年はそれぞれ日本人作家evalaとスペインのクリエイティブ集団が受賞した。
• 冨田勲特別賞: ebb tide – evala(日本)
電子音楽の先駆者・冨田勲の精神を称えて設立された賞で、デジタルミュージック&サウンドアート部門の応募作品から革新的音楽家に贈られる。2025年は日本のサウンドアーティストevalaが、日本人として初めて受賞した。受賞作《ebb tide》はevalaの代表的プロジェクト「See by Your Ears」シリーズ最新作で、特殊音響システムによる没入型3Dサウンドインスタレーションである。400平米の暗黒空間に入った観客は、徐々に目が慣れると中央に暗礁状の吸音素材構造物があるのに気づく。不規則な地形を手探りで進むと、四方八方からハイパーリアルかつ幻想的な音が湧き起こり、感覚境界が融解する。時に鋭い息のような音で身体全体が風鈴に潜り込むような感覚を得、時に無重力で岩礁に漂うような幻覚に襲われる。evalaは視覚中心の現代において聴覚没入がいかに変革的かを示し、「ゆっくりと現在に身を置くこと」の重要性を提示する。審査員は「聴く行為自体を新たな知覚体験に高めるこの作品は、音の芸術が持つ力を示す」と評価した。伝統的な「音楽」の定義を超えた新たな音響芸術への貢献として、冨田賞受賞は妥当と言える。evalaは過去にも同部門で栄誉賞等を受賞しており、長年追求してきた「耳で視る」音空間デザインが国際的に評価された形である。
https://gyazo.com/d7e50ecf042b386790819d63ff0fc6c4
アルスエレクトロニカ賞 デジタル人文賞:
• Synthetic Memories(合成記憶) – ドメスティック・データ・ストリーマーズ(スペイン)
オーストリア欧州・国際問題省が後援する賞で、デジタル技術による人文的価値創出を称える。2025年はバルセロナのクリエイティブグループDomestic Data Streamersが受賞した。彼らのプロジェクト《Synthetic Memories》はジェネレーティブAIを用いて個人の記憶を再構築・保存する社会実践型アートである。特殊なケース――トラウマや記憶障害などで映像記録が存在しない個人的思い出――に焦点を当て、ガイド付きインタビューで参加者から体験談を聞き出し、それをAIが視覚化する。生成画像は対話しながら洗練され、当事者の心象に近い「記憶のイメージ」が出来上がる。このプロセスは主観的記憶の掘り起こしと癒しに役立ち、紛争や離散を経験した人や認知症初期患者のアイデンティティ維持を助けるとされる。生成物は単に絵ではなく、参加者にとって喪失した一部の自己を取り戻す装置となる。実際にトロント大学やブリティッシュコロンビア大、アムステルダム大、南カリフォルニア大などと連携し、認知症患者支援の研究も進行中である。審査員は「AIを記憶を置き換えるためではなく、対話・癒し・世代間交流の契機として使う建設的事例だ」と評価し 、主観的記憶文化への総合的かつ倫理的アプローチを称賛した。デジタル人文賞に相応しく、人間の記憶文化をテクノロジーで支える良質なプロトタイプといえる。
https://gyazo.com/c4ab47550c45efbe1039cd168226105f
• AI Nüshu (AI女书) - Yuqian Sun (CN)
AI Nüshu は、中国湖南省の伝統的女性文字「女書(Nüshu)」の歴史的文脈を出発点とし、AI エージェントによって新たな「秘密言語システム」を生成するインタラクティブ・インスタレーション。孫宇倩を中心とするチームは、Nüshu‑中国語辞書と Nüshu コーパスを基に、あえて非識字の女性の視点を模倣する AI エージェントを訓練し、女性たちが抑圧的社会状況下で生み出した言語形成のプロセスをシミュレートする試みを行った。この作品は、計算言語学とフェミニズム的文化記憶を融合し、AI による非人間的言語の生成プロセスと、女性の声の喪失・再創造を相関させる実験である。
https://gyazo.com/156b3f5828dfdb87bd9a054460025828
2025年メディアアートの動向総括と今後への展望
2025年度アルスエレクトロニカの全受賞結果を通観すると、芸術・社会・技術の三位一体的な進化が明確に読み取れる。まず技術面では、生成AI(ジェネレーティブAI)や機械学習がほぼ全ての部門に浸透していた。アニメーションではディープフェイク題材やAI映像生成、音楽ではAI音声やAI作曲、インタラクティブ作品でもAIチャットやアルゴリズム活用が多く見られた。このように、AIはもはやメディアアートにおける新奇なガジェットではなく基盤技術となったと言える。ただし特徴的なのは、受賞作の多くがAI技術そのものを称賛するのではなく、AIの使い方や影響を批判的・詩的に問い直している点である。例えばディープフェイクによる虚偽情報拡散への警鐘を鳴らす映像作品、AIポルノに潜む問題を内在的に暴くインスタレーション、AI音声合成の労働負荷を露呈するパフォーマンスなど、テクノロジーを鵜呑みにせず解剖し再構築する姿勢が目立った。この傾向は、「技術進歩=無条件の善」ではなく「技術をどう社会に位置付けるか」がアーティスト自身の課題になっていることを示す。まさに2025年、メディアアートはテクノロジーと社会の関係性を批評するメタ段階に入ったと言えるだろう。
社会的テーマとしては、脱植民地化、社会的包摂、多様性、人権、環境といったキーワードが全体を貫いた。アルゼンチン人女性が植民地史への異議と未来への希望をロボットで描き、日本人音響作家が植民地的楽器を転用して音を解放し、10代少女がミーム過多社会への嫌悪を作品化するといった具合に、アートを通じた社会批判・社会参加が大きな潮流となっている。これはアルスエレクトロニカが掲げる「Art, Technology, Society」という理念を体現するものであり、メディアアートが単なる技術自慢や美的実験に留まらず、現実世界の問題にコミットする力を持ち始めていることを示す。特に今年は、周縁化された声(クィア、障害者、先住民、若者など)を拾い上げた作品が多く、その意味で非常にポリフォニック(多声音)の年だった。これらの作品は社会に問いを発し、対話や変革の一歩を促す力を帯びている。メディアアートが社会革新の実験室として機能している様子がうかがえ、この流れは今後さらに強まるだろう。
芸術的表現の面では、ジャンルの境界が一層崩壊し融合が進行した。アニメーション部門にはゲームやVRや彫刻的作品が入り込み、音楽部門にはパフォーマンスやインスタレーションが主流となり、AI部門には映像やゲーム、バイオアートが含まれた。つまり従来の「映像」「音楽」「インタラクティブ」といった区分がほとんど意味をなさないほど、作品はハイブリッド化している。おそらく作家自身も複数分野にまたがるスキルを持ち、コラボレーションも増えている。こうした総合芸術化はテクノロジーの進歩によって容易になった面もあるが、何よりアーティストが伝えたい内容に最適な媒体を自由に選ぶようになった結果と言える。今後のメディアアートはますますカテゴリー横断的になり、個別の部門という枠組み自体が再編される可能性もある。実際、アルスエレクトロニカも年によって部門を変えたり統合しており、2025年のカテゴリ構成(New Animation, ALife & AI, Digital Music, u19)は現状に合わせて調整されたものだ。今年の傾向を踏まえれば、例えばAI・人工生命系とインタラクティブ系のさらなる融合や、バイオアート・クライメイトアートの台頭などが考えられる。
最後に、2025年全体を通じて特筆すべきは、審査員たちが揃って言及した多様性と包括性である。受賞者の出身国98か国に及ぶ応募プールから反映されたのはもちろん、年齢・ジェンダー・経歴の幅広さも際立った。若い学生からキャリア何十年のベテランまでが同じ舞台で競い、女性やノンバイナリー、非欧米圏のアーティストが大いに活躍した。また、ユース部門の充実に見られるように次世代育成にも力が注がれ、10代の作品であっても革新的であれば正当に評価された。これらはメディアアートがより開かれたフィールドになりつつある証左だ。SNSやオンライン学習の普及により、若者や新興国のクリエイターでも高度な技術や情報にアクセスできるようになったことも背景にあるだろう。その結果、メディアアートの世界地図が広がり、文化的文脈の異なる作品同士が共鳴・比較され新たな視座を生んでいる。2025年のアルスエレクトロニカはまさにその縮図であり、芸術祭自体が「多声的な未来」を体現していた。
今後の趨勢
2025年の結果から、メディアアートの未来像としていくつかの展望が浮かぶ。第一に、AI時代の人間性が引き続き主要テーマとなるだろう。クリエイティブAIが一層高度化する中、作り手はAIと共創しつつもそれに呑み込まれない独自性や批評性を模索するはずだ。第二に、環境・生命との関係がより深く追求される。気候危機が深刻化する中、テクノロジーと生態系を繋ぐアートや、バイオテクノロジーを駆使した作品が増えるだろう(今年も植物や生物を扱う作品があった)。第三に、没入型体験の進化である。VR/ARやマルチモーダルインスタレーションを通じた「体験するアート」は年々洗練されており、テクノロジーが成熟するにつれ観客参加型・体験重視型の作品が主流になる可能性が高い。第四に、社会実装と実験の橋渡しが進む。例えばデジタル人文賞に見られるように、アートプロジェクトが学術研究や公共サービスと連携し、社会課題の解決策のプロトタイプとなる動きが出てきた。メディアアートが単なるギャラリー展示に留まらず、実社会で役立つインキュベーション的役割を担う展望もある。第五に、次世代クリエイターの台頭である。今年のU19勢の活躍は目覚ましく、10代から高度な表現が続々登場した。彼らデジタルネイティブ世代は既成概念に囚われない発想でメディアアートを塗り替えるだろう。これにより、表現手法や発信形態もさらに多様化・カジュアル化する可能性がある(例えばTikTok的短尺アートやポッドキャストアートなど)。
結論として、2025年のアルスエレクトロニカはメディアアートの成熟と変革の節目となった。テクノロジーと社会と芸術の融合度が一層高まり、作品は複雑な問題意識と美的イノベーションを両立させている。作家たちはテクノロジーによる人類の「苦境(Trouble)」とあえて共に生き 、その中から新たな文化やコミュニティの胎動を感じ取って作品化している。こうした姿勢は、危機の時代におけるアートの役割を再定義しており、それ自体が希望の源でもある。今後、メディアアートはより一層批評的精神と包摂性を武器に、来たるべき不確実な未来に対峙していくだろう。その最先端動向を示した2025年の成果は、メディアアートがアートのみならず社会をも変えていく原動力となり、未来の創造に寄与し続けるに違いない。
参考資料: 本稿で取り上げた作品情報・審査講評はすべてアルスエレクトロニカ公式サイト および関連プレスリリース 、受賞者インタビュー記事 等に基づく。また各作品の引用はPrix Ars Electronica 2025 Winnersページ やJury Statements 2025ページ から抜粋した。作品画像はアルスエレクトロニカ提供の公式写真を使用した。