都市空間におけるプロジェクションマッピングの実践事例 (2018–2025)
以下では、2018年以降に実施された、都市空間を舞台にしたコンセプチュアルかつ技術的に意欲的なプロジェクションマッピング/映像介入の事例を紹介します。都市や社会への批評的・文脈的なアプローチを特徴とし、参加型や場所固有性を備えた作品です。
「Projections in Lützerath (ルツェラートでのプロジェクション)」(2021–2022年、ドイツ・ルツェラート村)
アーティスト: ジョアニー・ルメルシエ (Joanie Lemercier) – フランス出身のビジュアルアーティストで、2006年頃から光と投影を用いたインスタレーション作品を制作してきました。アンチVJコレクティブの元メンバーとして国際的に活動し、近年では環境問題への取り組みで知られます。グローバルな商業アート市場よりもメディアアートや先鋭的プロジェクトの分野で評価されており、自身のテクノロジー技術を社会的メッセージに活用する姿勢が特徴です。
プロジェクト概要: Projections in Lützerathは、気候変動への抗議運動の文脈で行われたプロジェクション介入です。ルツェラートはドイツ西部にある小村で、近隣の石炭露天掘り鉱山拡張のため2023年初頭に立ち退き・撤去されました。2019年以降、環境保護活動家たちがこの村に居座り「ZAD(防衛ゾーン)」キャンプを築いて抵抗しており、ルメルシエは2021〜2022年にかけて現地を数度訪れて彼らを支援するための映像投影を行いました。このプロジェクトは特定の公式タイトルを持つ作品というより、抗議活動に寄り添った一連のゲリラ的映像介入の記録です。
技術・映像構成: ルメルシエは高輝度のプロジェクターやレーザー投影装置を用いて、夜間に村内外の様々な構造物へメッセージ性の強い映像を投影しました。たとえば、炭鉱を運営するエネルギー企業RWE社の石炭火力発電所(ノイラート発電所)の巨大な冷却塔に、反原発・反石炭運動の象徴である大きな「X」印を投影しています。また取り壊される運命にあった村内の家屋や農場の納屋の壁面には、「RWE = 石炭マフィア (coal mafia)」といった直接的な抗議のスローガンを映し出しました。炎を囲む活動家キャンプの上空に幾何学的な光を浮かび上がらせたり、370年樹齢の菩提樹をレーザー光で照らし出すなど、煙や木々といった自然要素も映像と組み合わせています。電源確保が難しい現地での投影のため、ポータブルバッテリーや自作の小型プロジェクション装置も駆使し、フレキシブルな実施が行われました(作家ブログより)。
コンセプト・都市との関係性: 本プロジェクトは気候変動に対する直接行動(ダイレクトアクション)の一環として、映像芸術を抗議の手段に転用した実践です。採掘によって消滅しつつある村という場で、失われる建物や樹木そのものをキャンバスにして、環境破壊への批判と喪失への哀悼を示しました。巨大企業への糾弾メッセージや、抗議運動の象徴(黄色い十字架)などを投影することで、都市的インフラ(発電所や重機)と活動家の仮設集落を舞台に、資本と環境の衝突という社会問題を可視化しています。特に冷却塔に映し出された黄色のクロスは、化石燃料採掘の拡大への反対運動を象徴するサインであり 、地域一帯の景観を巻き込んだ強いビジュアルメッセージとなりました。こうした映像介入は単なるプロジェクションマッピングの技術実験にとどまらず、都市とインフラ、自然環境の文脈に深く関与した批評的表現となっています。
https://gyazo.com/1457a012ab027c4e9cb98fe4f3763e55
「Projection Napping」(2020年、米国ニューヨーク)
アーティスト: Optical Animal(オプティカル・アニマル) – 2008年に結成されたニューヨーク拠点のデジタルアート・コレクティブです。JR SkolaとMax Novaの2名を中心に、映像・プロジェクション・新メディアを駆使した作品制作や実験的映画の制作を行っています。大手企業や美術館からの依頼も手掛けつつ、人間の経験や物語性を重視したインスタレーションを追求しており、本作Projection Nappingは彼らの代表的シリーズの一つです。
プロジェクト概要: Projection Nappingは、「プロジェクションマッピング (Projection Mapping)」という技術用語をもじったタイトルが示す通り、建物の表面に眠っている人々の姿を大規模に投影するシリーズ作品です。2016年に開始され、これまでニューヨーク、ベルリン、ローマなど複数の都市でサイトスペシフィックに展開されてきました。各都市の建築物の形状に合わせて、まるで人が建物の隅でうずくまって眠っているかのように映像が調整される点が特徴です。2020年10月にはニューヨークのタイムズスクエアで本作が上映され、パンデミック下の「眠らない街」に静寂の一瞬をもたらす試みとして注目されました。タイムズスクエアでは夜毎23時57分から3分間、複数の大型デジタルビルボードに本作の特別版が映し出されました(Midnight Momentプログラムの一環)。
技術・映像構成: 各上映地の建築に合わせて、異なる人物が眠る映像が精密にマッピングされています。たとえばタイムズスクエア版では、複数の電子看板の縦横比に合わせてニューヨーカーたちが熟睡または寝苦しそうにもぞもぞと体を動かす映像が配置されました。人物たちは映像枠の隅に体を丸めており、一見するとビルの窓辺や看板の端で本当に人が寝ているかのような錯覚を生みます。これらの映像ポートレートは実際に人々がベッドやソファで眠る様子を撮影したもので、映像同士がビルの構造に沿って連結されることで巨大な建築の一部のように見えるよう工夫されています。制作途中でニューヨークがロックダウンしたため撮影計画の変更を余儀なくされ、一部はリモートで映像収録を行うなど試行錯誤がありました。技術的には通常のプロジェクションマッピングと同様に、建物の輪郭に合わせて投影する位置合わせ(アラインメント)技術が使われていますが、本シリーズの場合は動く被写体(眠る人)の映像と建築を融合させる点がユニークです。
コンセプト・都市との関係性: コンセプトは「常に不眠不休」で喧噪を誇る大都市に、人間的で親密な静けさの瞬間を忍び込ませることにあります。公共の巨大画面にプライベートな眠りの姿をさらすことで、私的空間と公共空間の境界を問い直しています。「眠り」は全人類に共通する基本的欲求でありながら、都会では軽視されがちなものです。本作はビルのきらめきの中に休息する個人を映し出すことで、観衆に自らの休息や静寂の価値について考えさせる狙いがあります。また2020年のパンデミックという状況下では、不安や社会の変化の中での「静けさ」の意味が一層深まり、作品は普遍的な癒しと連帯のメッセージを帯びることになりました。都市空間に潜む「人間らしさ」や「隠れた瞬間」を暴き出す詩的な介入として、プロジェクションマッピングの新たな表現領域を開拓した例と言えます。
https://gyazo.com/d9e04e4fa369acd74c994b52828f0f94
「CONCEAL」(2019年、オーストラリア・メルボルン)
アーティスト: PluginHUMAN(プラグインヒューマン) – オーストラリアのメディアアート・デュオで、ベティ・サージャント (Betty Sargeant) 博士とジャスティン・ドワイヤー (Justin Dwyer) により結成されました。科学・テクノロジーとアートを交差させた作品を多く制作し、環境問題や人間とテクノロジーの関係性に関心を寄せています。投影マッピングやLEDインスタレーションを得意とし、国際的なメディアアート展にも参加しています。本作CONCEALは彼らの環境シリーズの一つで、2019年にメルボルンの公共空間で発表されました。
プロジェクト概要: CONCEALは、都市に存在する自然環境の「隠された構造」を映像化することをテーマにしたパブリックアート作品です。2019年10月から2020年2月にかけて、メルボルン市ポートフィリップ区の主催する「Luminous Festival」の一環として、セントキルダ地区フィッツロイ通り沿いのビル窓面に上映されました。街路に面したウィンドウをキャンバスに、都市が内包する生態系の微視的世界を映し出すサイトスペシフィックな映像インスタレーションとなっています。
技術・映像構成: 都市に息づく自然(例えば土壌中の微生物や植物組織)のイメージを、デジタル技術で拡大・可視化するために、顕微鏡写真やコンピュータ生成映像が用いられました。作家らはメルボルン周辺の主要な生態系から採取した土や水、生物試料を顕微鏡で撮影し、そのマイクロスケールの写真を元にジェネレーティブ(生成的)なアニメーション映像を制作しました。出来上がった映像は、有機的な模様や細胞構造が織りなす抽象映像となっており、デジタル処理によって常に変化し続けるループ映像です。プロジェクターによってこれを建物の窓や壁面に大画面投影し、通行人が夜間に鑑賞できるように展示しました。映像は一見するとカラフルな抽象模様ですが、実は都市の足元に広がる自然界のディテールを拡大したものであり、デジタル技術を介して肉眼では見えない世界を露わにしています。
コンセプト・都市との関係性: 作品タイトルCONCEAL(隠す)が示すように、本作のコンセプトは「普段目にすることのできない自然の隠れた層を暴き出す」ことにあります。都市環境ではしばしば忘れられがちな微細な生態系—たとえば土中の菌糸やプランクトン—に着目し、それらをアートとして拡大・強調することで、人々に自分たちの周囲の自然へ意識を向けさせます。都市の人工物(ビルの窓)に自然のパターンが浮かび上がる光景は、人工と自然の二項対立を越えた美しさと驚きを提供します。観客は足を止め、映像の中にうごめく生命の痕跡を眺めることで、都市と自然環境との関係について思索を促されます。これは単なる美観演出ではなく、環境への関心を喚起する批評的意図を持った作品です。実際、PluginHUMANは持続可能な素材やカーボンニュートラルな制作手法の開発にも取り組んでおり 、本作もまた環境へのメッセージを含んだアートとして位置付けられます。
https://youtu.be/134E2gU6QF0
Sviatovid – BARTKRESA Studio(2019年)
プロジェクト概要:米国を拠点とするプロジェクションアーティスト、Bart Kresa氏率いるBARTKRESA Studioによる作品で、2019年2月にオランダ・アムステルダムのAV展示会「ISE 2019」で初公開されました。その後ポーランド・ルブリンの文化施設に恒久設置された15フィート(約4.5m)高さの多面体の彫刻に、四方から映像を投影しています。この作品はBart Kresa氏の2014年の作品「Shogyo Mujo」の後継として企画され、9世紀のスラヴ神話の神像に着想を得ています。彫像の四面にそれぞれ異なる顔を持つデザインで、全知全能ではないが四方を見渡す神というコンセプトに基づき、360度方向に異なる映像が展開する点が特徴です。映像コンテンツはSviatovidの視点による旅を表現したインタラクティブなアニメーションのライブラリとなっており、鑑賞者は彫像を中心に取り囲むように体験します。
技術的詳細:投影にはパナソニック社のPT-RQ32K(3チップDLP方式・レーザー光源)4Kプロジェクター4台を使用し、合計120,000ルーメン・4面合計でTrue 4K解像度(4倍の4K相当)という非常に高精細・高輝度な投影を実現しています。4台のプロジェクターは彫像を取り囲むように配置され、投影映像同士のエッジブレンディングも行われています。像の複雑な多面体形状に正確に重ね合わせるために、彫刻自体もデジタル造形データを基に制作されており、映像の幾何補正(マッピング)は精密に調整されています。Bart Kresa Studioは自社アカデミーを設立しており、本作品の制作には研修生も参加しました。使用ソフトウェアは公表されていませんが、メディアサーバーなど高度な投影制御システムが用いられています。
表現意図とコンセプトの関係:360度全方向から投影できる環境により、鑑賞者は彫像の周囲どの位置からでも視認でき、「全方位から世界を見渡す神」の視点を共有する体験になります。映像はスラヴ神話のモチーフや抽象的なビジュアルで構成され、プロジェクションによって彫像自体が刻々と姿を変えることで、「神が見ているビジョン」を具現化する狙いがあります。技術革新により可能となった高輝度・高精細映像は、神話的な幻想性と迫力を演出する重要な要素であり、映像表現とコンセプトが高度に融合しています。
https://gyazo.com/57fdc07bdbf048283a8f928e2e976d63
POETIC AI – Ouchhh(2018年、パリ)
プロジェクト概要:「Poetic AI(ポエティック・AI)」は、トルコ・イスタンブールを拠点とするメディアアートスタジオOuchhh(オッチュ)によるデータ&AIアート作品で、2018年にフランス・パリのデジタルアートセンター「アトリエ・デ・リュミエール」で発表されました。同会場での6か月にわたる特別展示として公開され、延べ100万人以上の来場者を集めたと報じられています。Poetic AIは世界最大のAIアート展とも称され、「アルゴリズムが描く詩的な光の宇宙」をコンセプトに掲げています。展示空間(もとは鋳造所だった高さ10m超のホール)では、床から壁、天井まで360度を覆う巨大映像が常時上映され、来場者はその中を歩き回りながら鑑賞します。映像コンテンツは人工知能(AI)を用いて生成されており、20世紀を代表する科学者たちの理論書や論文2000万行以上に相当するテキストデータを機械学習させた結果、生み出されたビジュアルとテキストが素材となっています。具体的には、科学に関する大量の文章からAIが新たな詩的テキストを自動生成し、それを元に動的な光のパターンや宇宙的なイメージが投影映像として表現されています。その様子は「闇の中で踊るAI」あるいは「AIが見ている夢」とも形容され、来場者はデータが紡ぎ出す抽象的な物語を全身で体験する構成となっています。
技術的詳細:このインスタレーションには、アトリエ・デ・リュミエールの館内に設置された136台~146台に及ぶプロジェクターが使用されました (報道により数字に差異がありますが、約140台前後)。投影解像度は総計50Kピクセル(50,000ピクセル幅)にも達し、空間全域を高精細にカバーしています。使用機材はバロコ社やパナソニック社のWUXGAプロジェクターを複数組み合わせ、DLP方式で合計数百万ルーメンの光量を確保しています。映像は館内の床・壁・天井といった様々な面にマッピングされるため、プロジェクター間のエッジブレンディングや投影変形が精緻に行われています。上映コンテンツは全編が生成映像で構成され、Ouchhhのプログラマー/デザイナーが開発した独自のAIアルゴリズムにより制作されました。まず機械学習フェーズで大量のテキストデータから文章生成AI(リカレントニューラルネットワーク)を訓練し、そこから得たAI詩文や数理パターンを視覚化する形でモーショングラフィックスを生成しています。映像表現としては、星雲や銀河のような壮大な宇宙空間や、幾何学的なフラクタル模様、流体的な光のうねりなどが登場し、それらが観客の周囲360度で連続的に展開します。サウンド面も没入感を高めるため8チャンネル以上の立体音響が使われ、電子音楽とナレーション的な要素が組み合わされています。インタラクティブ性はありませんが、来場者の位置によって見える風景が変わるため各自が異なる体験をする構造になっています。展示運営にはBarco社のメディアサーバー「Modulo」が使用され、複数映像の同期・調整やスケジューリングが行われました。
技術革新点:Poetic AIはAIとプロジェクションマッピングの融合という点で先駆的です。まず、映像生成に本格的なディープラーニング技術を用い、大規模なデータセットから創造的表現を引き出した例として注目されました。2018年当時、AIによるリアルタイム映像生成は黎明期でしたが、本作品はオフラインとはいえAIがアウトプットしたテキスト・ビジュアルをそのまま巨大空間のアートに仕立てています。これは従来の人間アニメーターやデザイナーが一コマずつ制作する手法とは異なり、アルゴリズムが自律的に生み出す映像を観客に提示する新手法でした。技術的には、GPU計算による複雑な機械学習モデルをビジュアルに転用するプロセスを構築し、アート制作におけるAIクリエイティブの可能性を示した点が革新的です。また、146台ものプロジェクターを駆使した展示も世界最大級であり、マルチプロジェクター統合のスケールにおいて新記録となりました。これだけの台数を用いて天井から床まで隙間なく映像で覆うには高度な幾何補正技術とコンテンツ分割管理が必要で、運営側はそれらを高い精度で達成しました。さらに、本作品は技術革新と芸術性の両立も評価されます。冷たい計算に思われがちなAIに「Poetic(詩的)」という形容を与え、データから美と感動を引き出すというコンセプトを体現した点は、新しいメディアアートの地平を開くものです。こうした挑戦的手法はその後各地のデジタルアート展示(他のチームLab作品やAIアート展)にも影響を与え、AI時代のプロジェクション表現の方向性を示しました。
https://gyazo.com/995e335a420de6a1c7f8d22f310e3adb