波による色彩調和生成法の研究
概要
近年、音楽の調和理論になぞらえた新たな色彩調和の定量化手法が提案されている。本稿では、色を光の波として捉え、音波の協和音(コンソナンス)概念を色彩に応用する理論について概観する。Saboらは可視光の波長比に基づき調和的な色の組み合わせを構成する「波長によるカラーパレット構築法」を提案している。またCianciは「音楽的色彩調和 (Musical Color Harmony)」の枠組みを提案し、任意の調律系と色相環において音楽の周波数比から調和的な色相セットを導出する方法を示している。これらの理論は計算美学の観点から音と色の調和の類似性に着目したものであり、カラー選択ツールやビジュアルデザインへの応用も報告されている。本稿ではそれぞれの理論的背景と手法、具体的な応用例について詳述し、視覚における色彩美の定量的生成に向けた展望を論じる。
はじめに
配色の美しさ(色彩調和)は古くから美術やデザインの分野で研究されてきたが、その評価は主観的で定量化が難しい。一方、音楽における和音の美しさ(音響的調和)は物理的な周波数比によって協和・不協和が比較的明確に定義される。例えば西洋音楽理論では、振動数比が簡単な整数比である音の組み合わせ(完全五度=3:2、完全四度=4:3など)は協和音とされ、美しく安定した響きを持つと説明される。色と音の類比の試みはニュートンによる色相環と音階の対応付け(1704年)や、19–20世紀の色光楽器の発想など歴史的にも見られるが、その対応関係の解明は容易でない。しかし近年、光の波長を音波の周波数になぞらえ、音響的協和の原理を色彩配色に応用しようという理論的研究が現れている。本研究では、その代表例であるSaboらの「波によるカラーパレット構築法」と、Cianciによる「音楽的色彩調和」の枠組みを紹介し、理論的背景と応用について考察する。
背景と関連研究
伝統的な色彩調和論では、色相環上での色の配置や補色関係、トーンの類似などに基づく経験的法則が知られている。しかしこれらは視覚的・心理的経験に依存しており、物理的根拠付けが十分ではないと指摘されてきた。一方、音楽の調和は音波の物理的性質(周波数比や波形の重ね合わせ)に起因する現象として理解されている。音響学的には、協和音程では2つの音波の合成波形に周期的なパターン(定常的な干渉)が生じ、耳に心地よく感じられる。例えば基本周波数比3:2の音(完全五度)では、一方の波が2回振動する間に他方は3回振動し、両者の波形は一定間隔で同時にゼロ点に戻る(休止状態に同期する)ため安定した響きとなる。このような「波の周期的な同期」が協和の本質であるとする見解もある。
色彩の物理的表現である可視光も電磁波の一種であり、波長や振動数を持つ。しかし人間の視覚は音と異なり、複数の異なる波長の光が同時に目に入ってもそれぞれの波が直接相互干渉して新たな波形パターンを生むわけではない。むしろ、それらは網膜の三種類の錐体細胞による加法混色として一つの色刺激に統合される。したがって音楽の協和・不協和の物理的機構(周期的干渉パターン)が、そのまま色光の組み合わせの美しさに対応するわけではない。しかし色を表す波長同士の比率に着目することで、音と類似した数理的調和の基準を色彩調和にも適用できるのではないか、というのが近年の研究者たちの発想である。以下では、この発想に基づく2つのアプローチについて詳述する。
波長比によるカラーパレット構築法(Saboらの手法)
Saboらは音楽理論上の協和概念を色の波長に対応させ、波長比が簡単な整数比である色同士は調和しやすいとの仮説を提唱した。具体的には、ある基準となる光の波長に対し、その波長を簡単な比率(3:2や4:3など)で関係づけた波長を持つ光を選ぶことで、調和的な配色が得られるとする。この方法論を著者らは「Wave Method」と呼び、色彩学と音響学の橋渡しを試みている。
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図1: 基準波長450nm(青)に対し、1.5倍の675nm(赤)および4/3倍の600nm(橙)という波長関係を持つ色を組み合わせたカラーパレットの例。Saboらは、この青‐赤‐橙の組み合わせが基準の青に対して最も協和的(調和的)な色相の組み合わせの一例になると報告している。基準色を450nmの青とした場合、まず完全五度(3:2)に相当する1.5倍の波長を求めると675nmとなり、これは可視光の赤に相当する。次に完全四度(4:3)に相当する4/3倍の波長は600nmで橙色となる。こうして青(450nm)に対し赤(675nm)および橙(600nm)を加えた3色のパレットが得られ、この組み合わせが非常に調和度の高い配色になるという。著者らはさらに、基準色に対してより不協和な(複雑な比率の)波長差の色も順次加えていくことで、必要な数の色からなる調和的なパレットを構築できると述べている。例えば基準色に対し完全五度・四度(3:2, 4:3)を用いた後、長三度(5:4)や短三度(6:5)などの比率に対応する波長も候補に加えることで、より多色の配色を得るといった手順である。比率が単純であるほど調和度が高く、比率が複雑になるにつれて調和度が下がるものの色数は増えていくという音楽的アナロジーである。
Saboらはこの波長比による調和色選択の手法を、まずスペクトル単色光で実験し、その後一般の非スペクトル色(複数波長の混合による色)にも拡張している。非スペクトル色の場合は、その色を構成するスペクトル成分それぞれに対して同様の比率操作を行うことで調和色を導出することが可能である。さらに著者らは、この理論をデジタルなRGB色空間上で実現するアルゴリズムも提示している。具体的には、標準的なsRGB色空間における赤・緑・青のそれぞれに相当する光の代表波長を特定し(例:sRGBの青≈464nmなど)、それらを基準に上述の波長比計算を行って新たな色を得る手法である。得られた波長値が可視域に収まらない場合は、比率を変えて近似する(例えば青に対し1.5倍は不可視のため4/3倍を用いる等)工夫も行われている。このようにして算出された調和色は再びsRGB上のRGB値に変換され、実際のデジタル表示や画像合成に用いることができる。
Saboらの論文では、この手法に基づくカラー選択支援ツールも公開されていると報告されている。実際に著者らはウェブ上でWavePaletteというサイトを開設し、基準色を入力すると協和的な色を自動計算して提示するデモを提供している。このツールはウェブデザインやCGにおいて調和の取れた色彩設計を行う一助となることが期待される。著者らは本手法がウェブデザイン(CSSのsRGBプロファイル下)やグラフィックデザインなど様々な分野で応用可能であり、物理的裏付けに基づいた新たな配色理論として有用であると結論付けている。
音楽的色彩調和のフレームワーク(Cianciの手法)
Cianciによって提案された「Musical Color Harmony」は、音楽の和音における調和(協和)と不調和(不協和)の関係性を色相の集合に対応付ける汎用的な枠組みである。この研究では、まず音楽理論に基づき定義されたピッチ(音高)間の周波数比から出発し、それを所定の色相環上の角度関係にマッピングすることで色相の組み合わせを導出する。ポイントは、どの音律体系や色相環にも適用できるよう設計されている点である。たとえば12平均律や純正律など任意の音律で定義される音階・和音の周波数比を用い、それに対応する色相環上の角度比を算出することで、対応する色のセット(配色)を得ることができる。この際、色の明度や彩度といった要素は考慮から外し、色相(Hue)だけに注目して調和的な関係を定義している。著者はこの考え方を「色相調和 (Color Hue Harmony)」と呼び、音楽の調和理論を純粋に色相の選択問題に射影することで色彩調和を定量的に扱おうとするものである。
Cianciのフレームワークでは具体的な手順として、まず色相環上に音階(例えば十二音階)の音に対応する区分を設定する。簡単のためにRGBの三原色を120度間隔に配置した色相環(赤=0°, 緑=120°, 青=240°の円環)を用いることもできる。次に、選んだ音律における基音(キー)をある基準色相に割り当てる。Cianciの論文では「キー・オブ・レッド」として基音を赤色に対応させる例が示されている。そこから音階上の各音(度数)に対し、その音と基音との周波数比を計算し、それを色相環上の角度比に変換して色相を求める。例えば純正律の長音階(イオニアン・スケール)で基音ドに対するソ(完全五度)は周波数比3:2であるが、これを色相環上では基準色相からある角度Δθに対応させる。具体的には周波数比rに対しΔθ = 360°×log2(r)といった対数スケール換算を行うことで、周波数倍音関係を角度の加法関係にマッピングする。純正長音階の例で言えば、ドを赤(0°)とするとレ(9/8)は約+60°付近、ミ(5/4)は約+115°付近、ファ(4/3)は+150°付近、ソ(3/2)は+210°付近…というように、それぞれ固有の色相角が得られる (具体な角度値は音律により異なるが、おおまかに長音階の7色は赤を基準に黄〜緑〜青〜紫〜赤紫と一巡するセットになる)。著者はこのようにして得られた色相スケールを図示し、例えばイオニアン・モード(長調)の7色セットを導出している。さらにこの色相スケール上で、音楽における和音構成のルール(コードの構成音の選び方)を適用することで、色相の組み合わせ(色和音とでも言うべきもの)を作ることも可能である。Cianciは長調の色相セットから長三和音(ド・ミ・ソに対応)に相当する3色を抜き出すなど、「色相の和音 (Color Hue Chords)」の例も提示している。
以上のように、Cianciのアプローチは極めて一般的なフレームワークであり、音楽理論上のどのような調和概念(スケールや和音)にも対応しうる柔軟性を備えている。その目的は単に音と色を恣意的に結び付けることではなく、「音楽の持つ普遍的な調和パターンを色彩デザインに活かす」点にある。著者自身、「色彩の調和は主観的で人によって異なるが、音楽の調和(協和・不協和)は数学的に定義され普遍的な傾向がある」という問題意識を述べている。そして音と色の対応関係を適切に構築すれば、色彩調和にも何らかの客観的指標や普遍性を見出せる可能性があると示唆している。この研究は映像ディスプレイシステム向けに開発された経緯があり 、実際に調律した色相を用いた映像作品(音楽に同期して色が変化するビジュアル)も制作されている。著者の報告によれば、こうした調和原理に基づく色彩設定を行うことで映像と音響の一体感が高まり、新たな感性体験を創出できるという。現在、この論文の詳細実装は公開待ちであるが 、提唱された理論枠組み自体はLeonardo誌(2025年)にて発表され、追加資料や動画もオンラインで提供されている。
応用例と評価
上述した2つのアプローチはいずれも計算機による色彩パレット生成への応用が可能であり、実際にプロトタイプツールや作品により有効性が示されている。SaboらのWavePaletteツールでは、ユーザが選んだ任意の色に対し理論に基づく調和色が自動的に提示される。例えばウェブデザインにおいてブランドカラーに対し協和的なアクセントカラーを求める場合、本ツールで基準色を設定するだけで即座に音楽理論由来の配色案が得られる。これは従来の色相環上の補色・類似色といった経験則とは異なり、物理的な根拠に基づく新たなカラースキームデザインを可能にする。一方、Cianciの手法は主に音楽と連動したマルチメディア表現に応用されている。著者は調和的な「色相和音」を実際の映像アートに取り入れ、音楽のコード進行に合わせて画面の配色が変化するような試みを公開している。例えば映像中で音楽が長調の主和音(I(トニック)コード)から属和音(Vコード)に転調するとき、対応する色相セットもそれに応じてシフトし、視覚と聴覚の調和感が保たれるといった演出が可能になる。これは視覚と聴覚の同期による相乗効果を狙った計算創作の一例であり、音楽ライブ演出やVR空間デザインなどへの応用も期待されている。
もっとも、これらの手法によって生成された配色が「美しい」と感じられるかは最終的に人間の主観に委ねられる部分も大きい。Saboらの青‐赤‐橙の例では確かに補色関係(青と橙)を含む安定した配色となっているが 、波長比の単純さと色彩の美的調和がどの程度一致するかについては、さらなる実証研究が必要である。またCianciの色相和音は音楽理論的には興味深いものの、提示された色相セットが従来の色彩調和論でいう「調和配色」と一致するかは検証が必要である。例えば前述の純正長音階に基づく7色セットは赤から紫までの広範な色相を含むため、人によってはカラフルすぎて調和しないと感じる可能性もある。実際、Cianci自身も「色彩調和の感じ方は人それぞれ」であると指摘しつつ、音楽的手法が客観的基盤を与える点に意義があると述べている。したがって今後は、これら生成手法による配色を被験者実験などで評価し、その心理的調和度との関連を調べることが重要となる。
考察
波を用いた色彩調和生成法は、音楽と色彩という異なる感覚領域を結ぶ学際的な試みである。その意義は、長年主観に頼ってきた色彩美の問題に物理・数学的アプローチを導入した点にある。Saboらの手法は単色光の波長という物理量に直接アプローチし、シンプルな整数比という原理で美を定義した点で斬新である。一方、Cianciの手法は音楽理論という文化的体系を色彩に翻訳するもので、音楽と美術の融合的な芸術表現にも通じる概念を提供している。両者に共通するのは、RGB値を三角関数的に周期変化させることで色相を決定するという計算手法である。すなわち、色相環上で一定の角度ステップ(周期)ごとに色を配置していく様は、まさに正弦波状の周期パターンに従って色が変化することを意味する。このようなアプローチにより、コンピュータグラフィックスの分野では滑らかで調和的なグラデーションやパレット生成が容易になりつつある。音楽の和声理論になぞらえた数学的操作によって色彩を制御する発想は、計算美学に新たな地平を開くものと期待される。
しかし同時に、注意すべき点も存在する。物理的には音と光はともに波であるものの、人間の感覚器官における信号処理は大きく異なるため、音での「波の協調」が視覚美に直結する保証はない。視覚的な心地よさには明度・彩度や面積比、文化的な色彩連想など多様な要因が影響する。Cianciの手法でも明度・彩度は範囲外とされているように 、現時点では色相の関係性に焦点を絞った理論的提案に留まっている。今後、これらの理論を発展させるには、心理実験による検証や、人間の持つ色聴(共感覚)的な反応の分析などが必要であろう。また、音楽で美とされるパターンが必ずしも視覚で美とは限らない点を踏まえ、色彩固有の調和原理との整合性も議論すべきである。例えば伝統的な補色配色やトーン調和の理論と、波長比に基づく配色の類似点・相違点を体系的に比較することで、より包括的な色彩調和理論への発展が見込まれる。
結論
本研究では、波(音波・光波)の関係性から色彩調和を説明しようとする近年の理論について概観した。Saboらによる波長比を用いたカラーパレット構築法は、音楽の協和音程にならい物理的に調和的な配色を生成する新手法であり、実装可能なアルゴリズムとツールによって計算機応用が提案されている。Cianciの音楽的色彩調和フレームワークは、任意の音律と色相環を関連付ける汎用性を持ち、視覚と聴覚の融合的表現を可能にする理論として注目される。両手法はいずれも、音楽の持つ数理的調和概念を色彩デザインに移植することで、従来にない客観的かつ体系的な配色理論を構築しようとする試みである。これは計算美学・感性情報学の分野において、美の数理的解明と創出に向けた重要なステップと位置付けられる。今後は、人間の審美評価を交えた実証や理論間の統合を進めることで、さらに洗練された色彩調和モデルが発展するだろう。最終的には、音と色という異種の感性領域を横断する形で、美の原理を包括的に理解する一助となることが期待される。
1. Sabo, I. I.; Lagoda, H. R. (2017). The Wave Method of Building Color Palette and its Application in Computer Graphics(arXiv)
Abs: https://arxiv.org/abs/1709.04752
PDF: https://arxiv.org/pdf/1709.04752
2. WavePalette(Saboらによる手法の公式サイト・解説)
About: https://wavepalette.com/about
3. Cianci, Philip J. (2025). Musical Color Harmony: Application of the Principles of Musical Harmony to Produce Color Hue Sets(Leonardo, MIT Press, 58(2):187–193)
Article: https://direct.mit.edu/leon/article/58/2/187/124522/Musical-Color-Harmony-Application-of-the
PDF: https://direct.mit.edu/leon/article-pdf/58/2/187/2473129/leon_a_02606.pdf
4. Cianci, Philip J.(補足資料・動画案内)
https://www.philipcianci.com/