東アジアにおけるNFT基盤アートの展開
韓国:NFTがもたらしたデジタルアートの新潮流
韓国では2021年以降、NFTがデジタルアート市場に新たな波を起こし、多くのアーティストが参入した。韓国初のNFTアート競売では、現代美術家のマリ・キム(Mari Kim)の作品「Missing and Found」(2021年、10秒のデジタルアニメーション)が起点となり、開始価格5,000万ウォンから競り上がり最終的に288ETH(約6億ウォン)で落札された。これは従来の作品価格を大きく上回り、韓国の美術史上「歴史的事件」と評されている。NFTによってアート作品の唯一性と所有証明が担保されることが、デジタル作品に新たな価値を与え、市場を活性化させたのである。韓国文化では若年層を中心に仮想通貨・NFTへの関心が高く、当時金融当局者が「無価値」と批判した際には、その発言自体を録音した音声がNFT化され1ETHで取引されるという風刺的事件も起こった。このようにNFTは単なる販売手段に留まらず、社会批評の手段としても用いられ始めている。
韓国で著名なNFTアーティストと代表作を、以下に列挙する。
https://gyazo.com/dac2edd96d24f6327a1d66e5fedffbc5
DeeKay Kwon
Life and Death, Destiny, Let’s Walk (NFT animation series)
• DeeKay Kwon(ディーケイ・クォン) – 韓国出身のアニメーション作家。軽快なループアニメ「Let’s Walk」シリーズなど、見る者を笑顔にするユーモラスな作品で国際的に人気を博す。NFT作品《Life and Death》は310ETH(約100万ドル)、《Destiny》は225ETHで落札され、2022年10月には「Let’s Walk」最終作をサザビーズで214,200ドルで競売するなど高額取引が相次いだ。2年間で総収入1,200万ドル以上を稼ぎ出し、世界で最も成功したNFTアニメ作家の一人となっている。作品は陽気なキャラクターの動きと音楽で人生の喜怒哀楽を表現し、NFTを通じて大衆にアート体験を広げた例である。
https://gyazo.com/b22f2f2a0c6cb603c3e3281f4e25b4b5
CSLIM
The World (5,000 generative AI landscape NFTs)
• CSLIM(シー・スリム) – 韓国のジェネラティブアーティスト。AIに8万点の東アジア山水画を学習させ、5000点の風景画NFTから成るコレクション「The World」を制作した。量子力学と仏教的世界観を重ね合わせたこのプロジェクトでは、AIが生成する墨絵風の山水画をNFTとしてCrypto.comで販売し、伝統芸術と先端技術の融合を実現している。アルゴリズムで変化する多数のバリエーションを通じ、東洋美術の要素をブロックチェーン上に結実させた点が評価された。
https://gyazo.com/8d5381a3ca24d5d3396f02c119895822
Noonssup Collective (Bongsu Park, Ga Ram Kim et al.)
Observing the Human (NFT media art project)
• Noonssup(ヌンスプ) – パク・ボンス(Bongsu Park)とキム・ガラム(Ga Ram Kim)が主導する韓国のアートコレクティブ。2022年ロンドンで開催された「Observing the Human」展では、キム・セジン、ノ・ギフン、ダニエル・シン・リーら計5名の韓国人作家が参加し、人間の知覚や観察行為をテーマにNFT作品を発表した。各作品はNFTトークンにより鑑賞権が付与されるインタラクティブ性を持ち、メディアアートとNFTの融合を探究している。デジタル映像やインスタレーションにNFTを組み込むことで、観客参加型の新しい作品鑑賞モデルを提案した。
https://www.londonartfair.co.uk/fine-art-nft-exhibition-observing-the-human/
以上のように、韓国ではジェネラティブアートからアニメーション、コンセプチュアルアートまで幅広い領域でNFTが活用されている。NFTの導入によりデジタルアートの市場価値が飛躍し、また作品の思想性や社会批評性がブロックチェーン上に刻まれることで、アートの在り方にも変化が生まれている。
中国・香港・マカオ:規制下でも拡大するNFTアート
中国本土では仮想通貨取引が規制される中でも、「デジタル収蔵品(数字藏品)」の名でNFTに類似した技術が発展している。中国におけるクリプトアートのパイオニアとしては、劉佳英(Liu Jiaying、別名CryptoZR)や宋婷(Song Ting)らが挙げられる。CryptoZRは中央美院修了直後の2019年にブロックチェーン作品《1000EYE》を制作し、宋婷は同年北京・今日美術館で中国初のブロックチェーンアート展を開催した。こうした黎明期から活動する技術志向の作家たちは、「NFT以前」からデジタルアートとブロックチェーンの融合を試みており、2021年夏の宋婷キュレーション展には中国人作家55名が参加するまでに至った。中国人ジェネラティブ・アーティストのファン・イーウェン(范怡文)はRevaの名で活動し、アルゴリズムとNFTを駆使した作品を発表している。彼女の《Flowing Nautilus》シリーズ(2020年)ではコードの乱数から無限の螺旋イメージを生成し、ブロックチェーン上で販売した。Revaは「自作コードとブロックチェーンなくして成立しない作品」と強調し、Beepleらの静的デジタル作品とは一線を画す姿勢を示している。このようにアルゴリズム芸術とNFTを結びつけることで、中国の新世代アーティストは既存アート界の外から頭角を現しつつある。
https://gyazo.com/c1304e1c80aa4c85f333c420802bc60f
CryptoZR (Liu Jiaying)
1000EYE (blockchain art project)
https://gyazo.com/5fec0685b80e818efd33775259be3a75
Song Ting
Peony Dream
https://gyazo.com/bc01cce68b4a4607a064c84cf3e3df23
Reva (Fan Yiwen)
Flowing Nautilus (generative NFT series)
中国本土の著名現代美術家によるNFT参入も注目に値する。例えば、享楽的に笑う自己肖像画で世界的に知られる岳敏君は、2023年に初のNFTコレクション「Boundless(無辺)」を発表した。これは彼の代表的な「笑う男」像をモチーフにした999点のPFP(プロフィール画像)作品群で、発売と同時に2時間で完売し100万ドルの売上を記録した。岳敏君自身も「旗艦級のクリプト市場低迷期にこれほど売れるとは思わなかった」と述べ、Web3への参入に周囲が懐疑的だったことを明かしている。同コレクションでは肌の色や頭の装飾が自動生成で変化し、ジェネラティブNFT的手法で伝統絵画モチーフに新たな展開を与えている点も特徴的である。
https://gyazo.com/3b4c52bcf29e0022fe8cd9e71b5c90ec
Yue Minjun
Boundless (999 PFP generative NFTs)
一方、香港やマカオなど中国特別行政区では、より自由な環境下でNFTアートが開花している。香港では商業施設K11主催の「Metavision」展(2021年)に世界的NFTアーティストが集結し、地元からはフェリックス・イップ(Felix Ip)が参加した。彼はコミックやアニメ出身のビジュアルアーティストで、香港の記憶やマンガ的要素を融合した《Hong Kong Machines》シリーズ(錆びついたロボット造形)をNFT化し人気を博している。Chris Cheung Hon Him(クリス・チャン)は香港の新媒体アーティストで、EasternとWesternの哲学を融合した音響・生成芸術で知られる。彼は放射能データを用いた視覚音響作品《RadianceScape》をはじめ多くのインスタレーションを手掛け、近年はNFTプラットフォーム「Future Tense」を創設して没入型XRアートとNFTの共創実験を行っている。彼の《Orbstellar》では観客が3Dの天体オブジェクトを探索・生成し、その場でNFTを共同制作するインタラクティブ体験が提供され、メディアアートにNFTを組み込んだ先進例といえる。また香港ではKongkee(コンキー)こと江記も注目される。彼は香港のレジェンド的コミック作家で、パンダマン等の作品で知られた後、サイバーパンク風の懐古的未来像を描く映像作品へ転向した。彼の映像インスタレーション《Flower in the Mirror》(2021年、M+美術館コミッション)もNFTアートコレクションに選定されており 、ローカル文化とデジタル技術の融合例として評価できる。
https://gyazo.com/f62a1b3fd14ce78cef7b2e7d0b1fc183
Felix Ip
Hong Kong Machines
https://gyazo.com/e10458a6b15ef08e2be1152fecab9205
Chris Cheung Hon Him
RadianceScape, Orbstellar (NFT + XR media art)
https://gyazo.com/b305f508c0cae581077bb4651acdc920
Kongkee (Kongkee)
Flower in the Mirror (NFT video installation)
マカオでは2022年5月、メタバース産業協会(MIAM)が初のNFT展「Dream Space: New Wave in the Metaverse」を開催し、37点のNFTアートを公開した。ここにはCryptoPunksやBAYCといった著名NFTコレクションのほか、中国本土から宋婷(Song Ting)、地元マカオから美術教授アルバロ・バルボーザ(Álvaro Barbosa)らが参加した。また同展では37.6ETH(約17万ドル)で取引されたAndreas Ivanの作品《Smoochies-LETHAL》も披露され、マカオでも国際水準のNFTアートが紹介された。マカオの伝統芸術界もNFTに関心を示し、例えば蔡國強がマカオの展示でAIとNFTを用い火薬アートを再現する試みを行うなど(SCMP, 2023年)新技術への取り組みがみられる。
https://gyazo.com/d8cf6a94bbd649afbb7379a07c611812
Andreas Ivan
Smoochies-LETHAL
中国圏におけるNFTアートのコンセプチュアルな活用も見逃せない。2022年上海のCOVID-19ロックダウン下では、市民が検閲を逃れるために抗議映像「四月之声(Voices of April)」をNFT化してIPFS上に永久保存する動きがあった。実際、匿名ユーザがこの6分間の検閲動画をOpenSea上でNFTとして鋳造し「これでこの動画は永遠に存在する」と宣言した事例は、NFTが表現の自由と記憶の担保に用いられた象徴である。さらに上海在住のマレーシア人デザイナーSimon Fongは、ロックダウン生活を皮肉る毛沢東風プロパガンダ様式のイラストシリーズ《Popaganda》をNFT化し、9点を約0.1ETHで販売した。PCR検査の風刺画や配給への不満を描いたそれらの作品は「ロックダウンが上海を後退させている」という市民の声を代弁し、NFTが政治的プロテストの手段となりうることを示した。
https://gyazo.com/8df603637d9185b9c53283927ceb341e
Simon Fong
Popaganda (satirical lockdown NFTs)
総じて、中国大陸から香港・マカオにかけてNFTアートは制度的制約を受けつつも多様に展開している。ハイテク志向のジェネラティブアートから、著名画家による参入、さらに社会的メッセージの発信手段まで、NFTはこの地域のアーティストに新たな表現と市場開拓の機会を提供している。
台湾:ジェネラティブアートの躍進とNFTによる社会連帯
台湾でもNFTを通じたデジタルアートの活況が見られる。代表例が吳哲宇(Wu Che-Yu)である。ニューヨークを拠点とする27歳のジェネラティブ・アーティストで、2020年に自身のNFT作品が何者かに盗用され50ETH(約9.8万ドル)で売却されてしまうという出来事で一躍知られるようになった。しかしこの「バイラル事件」を機に彼の正規作品も注目を集め、現在では新作NFTが毎回2万ドル以上で売買されるようになったという。2022年5月には台北101で初の個展「Chaos Lab」を開催し、没入型インスタレーションとNFTを組み合わせた展示を行った。コンピュータプログラムで生成した波打つビーチや夢の島のようなシーンを投影し、自身の留学時代の孤独感や葛藤をピクセルや音で表現する作品群は、観衆にデジタル世界での心象風景を体験させた。このように吳哲宇はアルゴリズム芸術の情緒的側面をNFTで提示し、テクノロジーを通じた自己表現の可能性を示している。
https://gyazo.com/adc9103a9bef0b7565665ae8d2d4e5df
Wu Che-Yu
Chaos Lab (NFT immersive installation)
台湾ではアートと社会貢献を結ぶNFTプロジェクトも進展している。注目すべきは2022年に林怡妏(Lin Yi-Wen)、王連城(Lien-Cheng Wang)、王宗仁(Aluan Wang)、林勁堯(Lin Jinyao)、吳哲宇(Wu Che-Yu)、Newyellow(黄新)ら5名の台湾人アーティストが協働した「Project Percentage」である。これは台湾の代表的な百名山を象徴する1万点のジェネラティブNFTを発行し、その売上を公共基金に寄付するという社会革新実験であり、NFT購入者たちはDAO(自律分散型組織)を結成して寄付先を決定する仕組みが導入された。このプロジェクトはArs Electronica 2022でも展示され、NFTを寄付の証明書(Proof of Donation)と位置づけている。すなわちコレクターは唯一無二の風景画NFTを得ると同時に社会貢献の一端を担うことになり、NFTが社会的価値創出に活用された好例といえる。
https://gyazo.com/80e21ab6ee58655cf181fb47fb174242
Project Percentage (Lin Yi-Wen, Lien-Cheng Wang, Aluan Wang, Lin Jinyao, Wu Che-Yu, Newyellow)
10,000 Generative Mountain NFTs (Proof of Donation)
加えて台湾では、政府系機関TAICCA(台湾文化内容策進院)がNFTとAIを用いた新進芸術家の育成に力を入れており、Tezosなど海外ブロックチェーン企業とも連携している。台湾のデジタルアーティストたちは国際マーケットでも頭角を現しつつあり、例えば呉紹綸(Isaac Wu)はGenerative Taipeiイベントで都市データを用いたリアルタイム生成NFTを発表するなど、インタラクティブ・アートとNFTの接合を試みている。総じて台湾では、技術者肌の作家がNFTを媒介に世界へ活躍の場を広げると同時に、NFTがアートによる社会連帯や文化外交の手段としても期待されている。
タイ:伝統とデジタルの融合 – 大規模NFT展の開催
タイではNFTアートが爆発的な盛り上がりを見せ、国を挙げてのイベントも開催されている。2022年3月にはバンコクの大型複合施設ICONSIAMで「Thailand Digital Arts Festival 2022 (TDAF 2022)」が開かれ、130名以上のタイ人アーティストによる1,300点超のデジタルアート作品が展示・販売された。参加作家にはタイの国家芸術家(National Artist)であるプリーチャー・タオトーンやパンヤー・ウィジンタナサーンといった巨匠から、新進気鋭のChalermpol Junrayab、Traipuck Suphawattanaらまで含まれ、物故巨匠トワン・ダッチャニー(Thawan Duchanee)の作品を擁するバーンダム美術館も協力するなど、伝統美術とNFTの架け橋となる国家的イベントとなった。これに合わせてタイ国内企業(カシコン銀行系のCoralプラットフォームなど)がNFT販売基盤を提供し、バンコク市内の無数のデジタル看板でも作品が放映された。文化省副大臣は「デジタルアートとテクノロジーが融合し、タイ文化を世界に発信する歴史的一章だ」と述べており、国家的にもNFTが文化輸出の新手段として期待されている。
個々のアーティストをみると、タイ初期から活動するNFT作家としてKiatanan Iamchan(キアタナン・イアムチャン)が際立つ。彼は「Line Censor」の名で知られるコンテンポラリー作家で、伝統的なタイ絵画の繊細な線描と現代社会の風刺を融合させた独自スタイルを確立している。NFTプラットフォームでは早くからFoundationやOpenSeaを活用し、彼のオリジナル作品をデジタル化して販売してきた。特にSuperRareで開催された国際NFT展にタイ人として初参加し、タイ現代絵画を「価値あるデジタル作品」に転換した先駆者と評価されている。彼の作品《LINEPUNK》シリーズはピクセルアート調のキャラクターで資本主義を風刺したコレクションで、国内外のコレクターに支持されている。またナタノン・カニジョー(Nathanon Khanijow)やパウィサ・ミースリーノン(Pavisa Meesrenon)といった若手もPrestige誌で「注目NFTアーティスト」に挙げられ、各々がタイの日常風景やポップカルチャーをモチーフに独自のNFT作品を展開する。加えてバンコクのパーティ集団「Dudesweet」は音楽・ファッションと連動したNFTアートをリリースし、BAYC(Bored Ape Yacht Club)コレクションのキャラクターを身体に入れるタトゥーイベントを開催するなど、サブカルチャー的文脈でもNFTが盛り上がりを見せている。
https://gyazo.com/3bdd188b90407ef69b733a536ae02e7f
Kiatanan Iamchan
LINEPUNK (NFT series)
https://gyazo.com/fd22444233d5166eeed99dddd318ea59
Nathanon Khanijow
https://gyazo.com/cb32936c1d457bee54b91b00f8fbbf67
Pavisa Meesrenon
Akha-inspired Digital Textiles
タイの新媒体アートとの融合も進んでいる。複合現実スタジオのデザイナーであるKanapat Tはレトロフューチャー的3DアートをNFTで販売し、Tus (Tu!)と名乗るイラストレーターはNFTブームを機に自身のスタイルを確立させたと語る。彼らの作品はアニメや漫画から影響を受けつつ、NFT市場でコレクターとの直接交流を経て進化している。総じてタイでは、伝統芸術からポップアート、アンダーグラウンドカルチャーまで幅広い層がNFTを表現と収益化のプラットフォームとして活用し始めており、その文化的包摂力に特徴がある。
シンガポール:NFTアジアのハブと新媒体の実験場
シンガポールは東南アジアにおけるNFTアートの中核拠点となっている。2021年に結成された「NFT Asia」はシンガポールを拠点とするアーティスト主導の集団で、アジア系クリエイター同士の情報交換・作品発表の機会を創出している。共同創設者の一人であるシャボンヌ・ウォン(Shavonne Wong)はシンガポール人写真家で、Forbes 30 Under 30にも選出された新進アーティストだ。彼女はVogue Singapore誌の2021年9月号で、世界初のNFTファッション誌カバー作品の制作に参加したことで知られる。同号ではデジタルアーティスト2組が遠隔協業し、日の出をテーマにした6点の動画作品をコード生成で制作、NFTカバーとして発行した。この試みはファッション媒体とNFTアートの融合として画期的であり、ウォン自身「若い世代にとって現実とメタバースは地続きであり、NFTは自然な進化だ」と指摘している。ウォンはまた3DCGモデルのNFT作品シリーズも発表し、アートサイエンス・ミュージアムやヴェネチア・ビエンナーレ併設企画展などで作品展示を行っており、シンガポールのデジタルアートを国際舞台に押し上げている。
https://gyazo.com/8bb803a512c0dd770d74fdab4fe4744f
Shavonne Wong
NFT Fashion Covers (Vogue Singapore 2021), various 3D model NFTs
シンガポールの現代美術作家の中でも、楊習恩(Yeo Shih Yun)は伝統とテクノロジーの融合という点で際立つ存在だ。彼女は墨を使った抽象画で名高く、シンガポール美術館から委嘱を受けるなど受賞歴もあるが、2022年にはNFT作品をArt Basel Hong Kongで展示した。楊は伝統的な水墨の筆致をデジタル装置で自動生成する実験を重ねており、そのNFTアートは中国墨絵の再解釈として評価された。彼女自身「NFTがアートの正当性を高め、多くのクリエイターに力を与えている」とコメントし、NFTがクリエイティブコミュニティにもたらす恩恵を強調している。またシンガポール人アーティストの庄可愛(Arabelle Zhuang)はGAN(敵対的生成ネットワーク)で生成したイメージをNFTに落とし込む実験を行い、新しいAI×NFTアートの形を提示した。メディアアーティストのJo HoとKapilan Naiduによるユニットjo+kapiは、ARやVR技術を駆使したインスタレーション作品を制作しつつNFTプラットフォームでも作品販売を行っている。このようにシンガポールは、NFTを核に据えたアジア圏アーティストのネットワーク形成や、新技術との融合実験が盛んな地域である。
https://gyazo.com/9e721b993fd9ba9b4f26732bca7e6af9
Yeo Shih Yun
Ethereal Glory, Mind Ink Painting Machine (robotic generative ink NFTs)
https://gyazo.com/777e4f34a12978741ebab3bb3f79ab66
Arabelle Zhuang
Skinfolk Kinfolk
https://gyazo.com/8f0ca3b3bdd928f30a199b20a715ae3c
jo+kapi
また、シンガポールの美術館やギャラリーもNFTに積極的だ。Marina Bay Sandsのアートサイエンス・ミュージアムでは「NFTとAIが変える芸術世界」展が開催され、国内外のNFT作品と対話型インスタレーションが展示された。さらに伝統的画廊もPaceやSotheby’sと提携してNFT販売部門(Pace Versoなど)を立ち上げ、地元アーティストのNFT進出を支援している。これらの動きは、シンガポールがアジアのNFTアート市場のハブとなりつつあることを示していよう。
モンゴル:デジタル化する遊牧文化とNFT
モンゴルでは2021年頃からNFTアートが注目され始め、国内独自のプラットフォーム「Mongol NFT」が設立されるなど動きが活発化している。大きな話題となったのが、2021年にナンサルマ(N. Sergelen)ら4名の画家が共同制作した超大型絵画《One Day of the World》のNFTオークションである。この作品はモンゴル伝統様式を用いた世界地図絵巻で、文化創造月間の一環としてNFT化され紹介されたところ、350百万トゥグルグ(約12万ドル)で落札された。これはモンゴル初の大規模NFT取引となり、美術界に衝撃を与えた。国内ニュース通信社MONTSAMEは「モンゴルでもついに絵画作品がブロックチェーン上で売買される時代に入った」と伝え、文化関係者の関心を集めた。
モンゴルの伝統絵画であるモンゴルズラグ(Mongol Zurag)もNFTとの接点を持ち始めている。この様式は13世紀に端を発し、平面的で鮮やかな色彩と緻密な描写が特徴の絵画スタイルである。現代モンゴルズラグの旗手であるウリントヤ・ダグワサンブ(Uuriintuya Dagvasambuu)は、ニューヨークのSapar Contemporary Galleryで2021年に個展「Moods in the Metaverse」を開催した。彼女の作品は伝統的モチーフとシュルレアリスム的想像力を融合し、パンデミック下の社会やデジタル時代の二重生活をテーマに描いている。特に同展タイトルが示す通り、メタバース(虚擬世界)やNFTなど急速なデジタル化による意識変容が重要なモチーフとなっている。ギャラリーの解説によれば、ウリントヤは「3D、VR、5G、Zoom、NFTといった未知の概念が周囲に氾濫する中で、人々の精神に生じる幻想を作品に映し出そうとしている」という。このようにモンゴルの伝統画家が最新テクノロジーを題材に取り込む動きは、デジタル時代における遊牧民族の文化アイデンティティを探る試みとも言える。
https://gyazo.com/aa9a59700bf1d59e0ebec87e48f4cb9c
N. Sergelen et al.
One Day of the World (large collaborative painting NFT)
https://gyazo.com/ce8f7a1377277388f3adb26894a6f065
Uuriintuya Dagvasambuu
Moods in the Metaverse (Mongol Zurag-inspired exhibition)
結論:NFTと東アジア美術の新たな地平
日本を除く東アジア圏におけるNFT基盤のジェネラティブアート、メディアアート、コンセプトアートの展開を概観してきた。各国・地域ごとに事情は異なるものの、総じてNFTはデジタル時代における芸術表現と流通を革新しつつある。韓国や中国のようにテクノロジー先行型の創作土壌を持つ国では、AI生成やインタラクティブ技術と組み合わせた実験的作品が数多く生まれ、市場からも高い評価を得ている。香港・台湾・シンガポールといった文化的ハブでは、NFTが国際的コラボレーションやアジア圏アーティストの連帯を促進し、新興・著名を問わず多様なクリエイターが参加するオープンなコミュニティが形成されている。タイやモンゴルでは伝統芸術の分野でNFTが導入されはじめ、国家レベルで文化財のデジタル化・発信に組み込まれる動きも見られる。さらに各地域で、NFTは政治的・社会的メッセージの媒介にもなりうることが証明された(上海ロックダウン抗議の事例や韓国の風刺NFTなど)。こうした潮流は、美術作品の制作・鑑賞・収集の構造そのものに変革を及ぼしつつあり、東アジアのアーティストたちは批評的観点を持ってNFTという新技術と向き合い始めている。今後、技術の成熟とともにこれらの国際的実験が互いに影響を与え合い、東アジア発のNFTアートが世界のアートシーンにおいて一層存在感を増すであろう。各国の多様な試みに学術的注視を続けることで、NFTと芸術の未来像がより明確に浮かび上がってくるに違いない。