北米・欧州におけるブロックチェーン基盤プラットフォーム協同組合の制度的・技術的分析
序論
インターネットを介したプラットフォーム経済が発展する中で、労働者や利用者自らが所有・運営するプラットフォーム協同組合(platform cooperative)への関心が高まっている。プラットフォーム協同組合とは、労働者やユーザーなど当事者が共同出資し民主的に運営するデジタルプラットフォーム型企業であり、ウーバーやエアビーアンドビーのような従来のベンチャー資本型プラットフォームに対する倫理的かつ公正な代替モデルと位置付けられる。北米や欧州ではこの動きが活発であり、写真共有サイトのStocksyやフードデリバリーのCoopCycleといった事例が登場してきた。近年、この協同組合モデルにブロックチェーン技術を導入する試みも現れ、透明性の高い所有権管理や利益分配の自動化、信頼性向上、スマートガバナンス実現への期待が寄せられている。
本研究では、北米および欧州を中心に展開するブロックチェーン基盤のプラットフォーム協同組合について、制度的・技術的観点から包括的に検討する。序論に続き、まずプラットフォーム協同組合の定義と従来型モデルを概観し、ブロックチェーン導入の背景と目的を理論的枠組みとして整理する。次に、dOrg、DisCO、Opolis、La’Zoozといった代表的事例の技術構成とガバナンス手法を分析し、DAO(分散型自律組織)としての協同組合的実践を評価する。さらに、ブロックチェーンと協同組合法制(米国のLCA法やワイオミング州のDAO法、欧州の協同組合法など)との接合可能性を論じ、スマートコントラクトの表現力不足やバグ、オラクル依存性といった技術的課題、および契約性や責任主体、ガバナンス参加とトークン設計に関わる法的課題を検討する。加えて、1人1票原則とトークンガバナンスの整合性、収益配分、プラットフォーム内データの共同管理といった制度設計上の論点を整理する。最後に、こうした協同組合型DAOの政策的・経済的意義と今後の展望について述べ、レギュレーション動向や自治体支援、コモンズ的価値創出の可能性を考察する。
理論的枠組み:プラットフォーム協同組合とブロックチェーン
プラットフォーム協同組合の定義と従来型モデル: プラットフォーム協同組合は、デジタルプラットフォームを用いた二面市場(マッチングプラットフォーム)において、出資者である労働者やユーザーが共同で所有し民主的に運営する事業体である。営利投資家に支配される既存のプラットフォーム企業とは異なり、協同組合ではサービス提供者や利用者が主要なステークホルダーとして意思決定権と収益分配権を持つ。例えば、カナダ発のStocksy Unitedはフォトストックのプラットフォーム協同組合であり、高品質な写真・映像コンテンツを提供しつつ、2015年には売上790万ドルを達成して構成員に20万ドルの配当を支払った。またフランスを拠点とするCoopCycleは、自転車宅配サービスの協同組合連合であり、独自のオープンソース・ソフトウェアを用いて地域ごとの労働者協同組合が参加する連盟を形成している。CoopCycleはソフトウェア利用許諾に「コピーフェア」ライセンスを採用し、営利企業による利用を禁じて労働者協同組合だけがプラットフォームを使用できるようにすることで、デジタル技術を協同組合の手に取り戻す戦略を取っている。このように従来型のプラットフォーム協同組合は、労働の公正な対価や民主的ガバナンスを実現する試みとして登場しているが、初期資本調達の困難さや既存大手プラットフォームとの競合など、多くの課題にも直面してきた。
ブロックチェーン導入の背景と目的: プラットフォーム協同組合の思想が広がる中で、ブロックチェーン技術への注目が高まったのは、協同組合の価値観と技術的特性の親和性が指摘されたためである。ブロックチェーンは分散型台帳として取引や投票記録の改ざん困難な保存を可能にし、中央管理者不在でも信頼性を担保する。この特性は、協同組合が求める所有権の透明性や信頼性と合致する。例えば、ブロックチェーン上にメンバーの出資比率や取引を記録すれば、誰がどれだけの持分を持つかが公に検証可能となり、不透明な運営を防げる。また分配の自動化も大きな利点である。スマートコントラクト(ブロックチェーン上で自動実行される契約プログラム)を用いれば、協同組合内での利益配分や報酬支払いを事前に定めたルール通り自動実行できる。例えば、売上や利益に応じた配当金をスマートコントラクトが計算し各メンバーのウォレットに直接送金する、といった仕組みが可能になる。これは従来、人手で行っていた分配処理を効率化すると同時に、分配ルールの公正さへの信頼を高める効果がある。さらにスマートガバナンス(高度化したデジタル統治)の観点では、ブロックチェーン上で意思決定プロセス自体を実装できる点が注目される。協同組合では本来、一人一票の投票や総会での議論を通じた民主的決定が原則だが、地理的に分散した多数メンバーの積極的参加を得るには物理的・時間的制約がある。ブロックチェーンベースの投票システムを導入すれば、メンバーはインターネット接続さえあれば遠隔地からでも安全に投票に参加でき、しかも投票結果やプロセスが不変記録として残るため不正の心配が少ない。これは協同組合の信頼性向上(組合員が運営に安心して参加できる環境)に資する。 実際、ブロックチェーン技術を活用すれば「従来は総会の定足数確保も難しかった大規模協同組合でも、オンラインで容易に投票を実施し民主的意思決定を下せるようになる」と指摘されている。総じて、ブロックチェーンの分散性・透明性・自動実行性は協同組合のデジタル化とグローバルな拡張において有望視され、実験的な導入事例が各地で現れ始めた。次章では、こうしたブロックチェーン基盤のプラットフォーム協同組合の具体例を分析する。
事例分析:ブロックチェーン基盤のプラットフォーム協同組合
本節では、ブロックチェーン技術を組み込み協同組合的運営を掲げる代表的プラットフォームの事例として、dOrg、DisCO、Opolis、La’Zoozの4つを取り上げ、その技術構成とガバナンス手法を比較検討する。これらはそれぞれ異なる分野・アプローチから協同組合原則とDAO的技術を融合しようとする試みであり、北米および欧州を中心に注目を集めている。
dOrg:ブロックチェーン開発者協同組合
dOrgは米国拠点のブロックチェーン開発者集団で、プラットフォーム協同組合とDAOを統合した先駆的事例である。エンジニアやデザイナーが共同でプロジェクトを請け負う労働協同組合として運営され、その特徴はオンチェーン上のDAOとオフチェーンの法的法人格を連動させた点にある。dOrgはイーサリアム上に自律運営するDAO(スマートコントラクトによる組織)を構築した後、2019年に米バーモント州のブロックチェーン有限責任会社(BBLLC)法を利用して「dOrg LLC」という法人格を取得した。これは米国初の合法的に認められたDAOとして報じられ、企業運営の権限をブロックチェーン上のコード(スマートコントラクト)に委ねる旨を定款に明記した点が画期的である。具体的には、dOrg LLCの定款で「業務提携や作業割当、新規メンバー受入れ、投票権配分といった一切の運営上の決定は、DAOの意思決定エンジン(スマートコントラクト)によってのみ行われる」と定められており、従来の会社契約上の権限をコードにゆだねている。これにより、dOrgのメンバーはイーサリアム上で提案の発議・投票を行い、可決された内容がそのまま法人の公式決定として効力を持つ。例えば、新しいプロジェクト契約の締結や報酬分配もスマートコントラクト上の投票で決定され、その結果に従って自動的に契約書や支払いが実行される仕組みである。dOrgはこの運営形態により、メンバー各自が対等な立場でガバナンスに参加しつつ、法人格による法的保護(有限責任や契約当事者能力)も享受している。これは協同組合とDAOのハイブリッド型とも言えるモデルであり、以後、他のDAOが法的地位を獲得する先例ともなった。
DisCO:分散型協同組合組織
DisCO(Distributed Cooperative Organization)は、スペインのGuerrilla Media Collectiveらが提唱する協同組合型DAOモデルであり、フェミニスト経済学やP2Pコモンズ思想を取り入れた異色の事例である。DisCOは一種のフレームワークであり、「単に技術やプロトコル任せにしない、人間的ケアと価値の主権を重視したDAO」として設計されている。具体的には、メンバーの貢献を有償労働(生計のための仕事)と無償・ケア労働(コミュニティ維持や公益のための仕事)に分類し、それぞれに対して異なる種類のクレジット(ポイント)を付与する仕組みを持つ。例えば、プロジェクト収入に直結するコーディング作業には「生計クレジット(Livelihood Credits)」を、組織運営や学習支援など収益に現れにくい活動には「ラブクレジット(Love Credits)」を付与し、後者にも一定割合の報酬や評価がなされるよう調整する。このように見えにくいケアワークを重視し、ケアワーク優先・コード後回し(“Care Work First, Code Later”)の原則を掲げている点で、利益最優先になりがちな通常のDAOとは一線を画す。技術面では、DisCOは必ずしもすべてをブロックチェーン上で自動化しておらず、一部の記録管理や信用評価に分散台帳技術を活用しつつも、人間の判断やオフチェーンでの合意形成を積極的に組み込んでいる。例えば、月次の配当分配ではメンバー間の対話による調整プロセス(DisCOクラシファイア)を経てポイントに応じた報酬を決定し、それをスマートコントラクトで支払う、といったハイブリッド運用が推奨されている。ガバナンスは協同組合原則(民主的参加、一人一票)を基本としつつも、上記のクレジット制度により貢献度に基づく影響力も反映する独自の多層的仕組みを採用する。近年、DisCOモデルはスペインの既存協同組合との連携も模索しており、技術実装よりむしろ社会運動・教育的側面で各国の協同組合に影響を与え始めている。すなわちDisCOは、「テクノロジー偏重ではない人間中心の協同組合型DAO」という理念的実験であり、協同組合運動にWeb3の要素を取り入れる別アプローチとして評価されている。
Opolis:雇用主型デジタル協同組合
Opolisは米国コロラド州を拠点とするデジタル雇用協同組合であり、フリーランサーや個人事業主向けに給与・福利厚生サービスを提供するプラットフォームである。Opolisは法的には組合員(独立労働者)によって所有される協同組合モデルを採りつつ、その基盤技術にブロックチェーンとトークンエコノミーを導入している点が特徴的である。各メンバーはOpolisを利用して、自身の所得管理や医療保険・年金プランへの加入など、通常は企業雇用者が提供するサービスを享受できる。その見返りに組合員はプラットフォームに参加費を支払い、さらに$WORKトークンと呼ばれる独自暗号資産を報酬として受け取る仕組みがある。$WORKトークンはOpolis協同組合内でのガバナンス権および収益分配権を表象するものであり、組合員は給与処理の利用やコミュニティ活動への貢献に応じて$WORKを獲得する。トークン保有量に応じて年次配当(剰余金配分)を受け取ることができ、例えば全トークンの1%を保有するメンバーは利益分配の1%を受け取る、といった具合である。また$WORKトークン保持者には重要事項に対する投票権も付与され、協同組合の方針決定に参加できる。このようにOpolisは、協同組合の所有権をブロックチェーン上のトークンという形で表現し流通させている点で先駆的である。もっとも、Opolisのトークンは単なる暗号資産ではなく実質的な組合持分として扱われ、参加者は必ず実務利用者であることから、外部の投機家が大量取得して影響力を行使するといった事態は起きにくい設計となっている(参加時に身元確認と一定のコミットメントが必要)。技術的にはEthereumブロックチェーンを用いつつ、ユーザーには従来型のWeb2インターフェースで利便性を確保するブリッジ的戦略を取っている。Opolisは米国協同組合法(後述のLCA法)に則り法人口座を開設しているため、メンバーはW-2発行による税務処理や団体保険の加入が可能であり、ブロックチェーン技術による利点(透明な配当・投票)と従来型インフラの利点(法的整合性・福祉サービス)を両立している点で注目される。これはプラットフォーム協同組合のWeb3化が実ビジネスとして機能している好例と言える。
La’Zooz:分散型ライドシェアの試み
La’Zooz(ラズーズ)はブロックチェーン技術を用いて中央管理者のないライドシェア・アプリを実現しようとした初期の実験プロジェクトであり、いわば「分散型Uber」の概念実証として知られる。2014年頃にイスラエルの開発者を中心に構想され、ビットコインで使われるブロックチェーン技術を応用してコミュニティ所有の配車ネットワークを構築することを目指した。La’Zooz最大の特徴は、ネットワーク内通貨としてZoozトークンを導入し、その発行に「移動の証明(Proof of Movement)」というユニークなアルゴリズムを採用した点である。これは、参加ドライバーがアプリを起動して実際に走行することで一定距離あたりZoozトークンがマイニング(発行)される仕組みで、ネットワーク初期における運転手の参加インセンティブとなった。利用者はサービス開始後、自ら保有するZoozトークンでライドシェアの支払いを行う構想であり、トークンによってプラットフォームの価値がコミュニティ全体に分配されることを狙っていた。すなわち、早期参加者(開発者・ドライバー・招待者など)にトークンを配布し、サービスが普及すればそのトークンが実利をもたらすため先行貢献への報酬となり、同時にトークン保有者が増えることで誰か特定の所有者に依存しない非中央集権型組織(オーナー不在のライドシェア)を実現しようとしたのである。技術的には各ユーザーのスマホがP2Pネットワークのノードとなり、ブロックチェーン台帳上で取引(乗車履歴や支払い)を記録する構想であった。La’Zoozは一時期注目を集めたものの、実際の配車サービスとして成立する前にプロジェクトは停滞し、その後表立った活動は見られない。しかし、中央サーバや企業主体を持たず「コミューン(共同体)的なUber」を目指したアイデアは先駆的であり、分散型自律組織の可能性と課題を示したケースとなった。特に、利用者・提供者へのトークン分配によって初期ネットワーク効果のジレンマ(参加者が少ないとサービス価値が出ない問題)を解決しようとした点や、組織そのものに明確な所有者が存在しないDAO的モデルをライドシェアに適用した点は、後続の分散型プラットフォームに影響を与えている。
以上の4事例はいずれもブロックチェーン技術と協同組合的ガバナンスを組み合わせているが、そのアプローチは多様である。dOrgやOpolisは既存の法制度も活用しつつブロックチェーン上での意思決定と権利流通を図るハイブリッド型であり、DisCOは技術よりも原則・価値志向を優先した社会運動型と言える。一方、La’Zoozは法的枠組みを持たない純然たる実験的DAO型で、技術面のハードルもあって持続には至らなかった。これらを踏まえ、次節ではブロックチェーン基盤プラットフォーム協同組合に横断的に内在する制度的・技術的課題を整理し、今後の展望を考察する。
制度的考察:DAO協同組合の法制度とガバナンス上の課題
DAOと協同組合原則の交錯
ブロックチェーン基盤の協同組合はしばしばDAO(分散型自律組織)の一形態とみなされる。DAOとはスマートコントラクトにより組織運営ルールを自動化し、トークンによる資金・投票管理を行う組織体で、中央の経営者不在でもコミュニティ主導で動くことを志向する。この理念は協同組合の民主的・分散的運営と響き合う面があり、実際「DAOは協同組合に似ており、協同組合は社会主義的理念に通じるのでは」といった議論がテック業界とコミュニティ組織側の双方で起こった。一方で、現実のDAO運営は必ずしも協同組合原則と一致しない場合も多い。最大の相違点として、協同組合では一人一票の平等投票が原則だが、典型的なDAOではトークン保有量に応じた投票権(1トークン1票)が用いられることが多い。協同組合では出資額に関わらずメンバー平等に意思決定権を持つため「資本ならぬ人間が投票する」形だが 、DAOでは技術的に実装容易なトークン投票に流れがちで、結果として多くのトークンを購入または取得した者が組織支配力を持つ資本重み投票になりやすい。これは協同組合の平等原則と潜在的に衝突する。例えばある研究では、DeFi系のDAOでは投票用トークンの大部分を上位数%の参加者が保有し、事実上少数の大口が決定権を握っていると報告された。このようにDAOは技術的には分権化されていても、ガバナンスの実態はトークンクラシー(tokenocracy)と呼ばれる寡頭制に陥る懸念がある。一方、協同組合コミュニティからは「DAOは参加規模の拡大やリアルタイム投票といった新たなガバナンス革新の実験場でもある」と評価する声もある。実際、オンチェーン投票の導入により地理的制約なく多数のメンバー参加が可能になり、投票記録も透明に残るため、従来の協同組合が抱えていたガバナンス参加率の低さや意思決定の煩雑さを改善する余地がある。ニューヨークの労働者ライドシェア協同組合(The Drivers’ Cooperative)の技術責任者は「数万・数十万規模の労働者と顧客を抱えるプラットフォームを民主運営するには既存枠組みでは困難であり、DAO的手法が規模の経営民主化を可能にするかもしれない」と述べている。総じて、DAOと協同組合は「分散型共同体の経営」という共通点を持ちながら、一人一票vsトークン票という根本で相違があり、いかにその整合性を取るかが重要な論点となる。これについては後述の制度設計上の論点でも詳述する。
ブロックチェーンと協同組合法制の接続可能性
米国における法制度: ブロックチェーン基盤の協同組合を制度的に位置づける上で鍵となるのが、各国・各地域の法律がDAOやトークンをどう扱うかである。米国では連邦レベルで統一的な協同組合法は無く、州法に委ねられている。近年注目されるのが一部州で採用されたLCA(Limited Cooperative Association)法である。LCA法は2007年制定のモデル法(ULCAA)に基づき、コロラド州やワイオミング州など複数州で導入された新しい協同組合形態で、従来の協同組合に投資受け入れメンバー制度を組み込んだハイブリッド形態を許容している。具体的には、組合員(利用者や労働者)とは別に「投資家メンバー」を設けて議決権や配当を与えることが可能で、外部資本からの出資を受け入れやすくする代わりに、組合原則とのバランスを取る仕組みである。コロラド州はこのLCA法制の先進性から「協同組合法のデラウェア」の異名を取り、近年プラットフォーム協同組合の創設が相次ぐ土壌となっている。Opolisもコロラド州法に基づく協同組合法人として組成されており、トークンを発行しつつ法的実体を確保する形で運営されているとみられる。また上述したdOrgはバーモント州のBBLLC(ブロックチェーン基盤LLC)規定を活用しており、こちらはLLC法の改正によってDAOを会社契約の一部として認めた仕組みである。さらに2021年にはワイオミング州が全米初めてDAOを正式な有限責任会社(DAO LLC)として登記可能にする法律を施行し、American CryptoFed DAOが初の認可DAO法人となった。このように米国では州レベルでDAOやブロックチェーン協同組合を取り込む法整備が進みつつある。ただし法的地位が明確になる一方で、「投資家メンバーの導入(=資本家に配慮)は協同組合理念の形骸化を招く恐れがある」という批判もある。実際、外部資本の導入は協同組合の独立性を損ない得るため、協同組合業界内にはLCAを「協同組合を装った企業に陥るトロイの木馬」と警戒する声もある。従って、ブロックチェーン協同組合が法制度上定着するには、投資との折り合いや共同所有の哲学を損なわない規範作りが課題となる。
欧州における法制度: 欧州でも協同組合の法的枠組みは国ごとに異なるが、EUレベルでは欧州協同組合(SCE: Societas Cooperativa Europaea)制度が存在し、越境協同組合の設立が可能である。ただし現状、ブロックチェーンやDAOに特化した協同組合法は整備されていない。各国では既存の協同組合法人(例:英国のコミュニティ・ベネフィット・ソサエティ、フランスのSCICなど)を下敷きに、プラットフォーム協同組合が設立されている例がある。例えばフランスのCoopCycleは非営利団体を母体としつつ、参加各都市で協同組合法人を設立する連合モデルを取っている。欧州連合も暗号資産規制(MiCA規則など)を進めているが、DAOガバナンス自体への直接的規律はまだ策定されていない。もっとも、EUや英国では法務当局や研究者によるDAOの法的位置づけ検討が始まっている。イギリス法務委員会は2022年にDAOに関する調査報告書を公表し、DAOの法的扱い(法人格付与の是非や既存法との適合)について議論を促している。欧州におけるブロックチェーン協同組合の法的課題としては、「トークンが金融商品(証券)と見なされ規制対象になる可能性」「スマートコントラクト上の合意が契約として法的強制力を持つのか不確実」「責任主体が不明確な場合、参加メンバー個々が無限定責任を負うリスク」等が挙げられる。特に後者については、法律上法人格を持たないDAOは、法律上は単なる組合もしくは匿名組合と見做され、そこに関与する者が民事上の組合責任(無限責任)を問われかねないとの指摘がある。このため欧州でも、DAOに適法な法人格を与えるか、既存法人(協同組合法人など)への組み込みを認める動きが重要となるだろう。現状では、各プロジェクトが所在国の協同組合法に準拠しつつ独自トークンを運用しているに留まるが、将来的にはCOALA(分散型自治組織のためのモデル法を提唱する国際団体)による各国調整なども期待される。
技術的課題:スマートコントラクトの限界とオラクル問題
ブロックチェーン基盤協同組合が直面する技術的課題として、まずスマートコントラクトの表現力とバグ問題が挙げられる。スマートコントラクトは合意内容をプログラムコードに落とし込み自動執行するが、法律的・社会的な契約条項すべてをコード化することは容易でない。プログラミング言語には記述できる論理に限界があり、人間社会の契約に内在する曖昧さや例外事項を完全には網羅できないからである。実際、スマートコントラクト開発者向けのパターン集でも「スマートコントラクトのプログラミング言語は全ての契約条項や規制遵守条件を表現できるとは限らない」という点が弱点として指摘されている。この表現力不足ゆえに、コードに書かれなかった想定外の事態が起きた場合に柔軟な対応ができず、バグや抜け穴を突かれる恐れがある。また、一度ブロックチェーン上にデプロイ(展開)されたコントラクトは改変が困難であり、後から発見された不具合を修正するにも全メンバーの合意を取って新しいコードに資産を移す必要があるなど、ガバナンス上・技術上のハードルが高い。著名な例として2016年のEthereum上の「The DAO」事件では、コードの脆弱性を突かれて数千万ドル相当の資金が流出し、結局ハードフォークという手段で救済せざるを得なくなった。この事件は「コードに書かれた通りがルール」であるDAOにおいて、バグもまたルールになり得るという教訓を残した。協同組合的DAOにおいても、万一スマートコントラクトに誤りがあれば組合員の資産や権利が意図せず損なわれるリスクがあるため、コード監査や冗長的な安全策が不可欠である。
次にオラクル問題も技術的課題である。ブロックチェーン上のスマートコントラクトは、自身ではチェーン外の現実世界のデータを直接取得できない。例えば、協同組合型ライドシェアで運転手の走行距離に応じた報酬を自動支払する場合、その走行距離データを誰かがブロックチェーンに入力しなければならない。このように外部情報をブロックチェーンに取り込む仕組みをオラクルと呼ぶが、オラクル自体が信頼できなければブロックチェーン全体の信頼性も揺らぐ。すなわち、「ゴミを入れればゴミが出てくる(Garbage In, Garbage Out)」の原則通り、入力される現実データが歪められれば自動実行結果も不正確になる。協同組合プラットフォームでは、労働時間や売上高、利用者評価といった様々なオフチェーンデータを扱うため、いかに信頼できるオラクル機構を構築するかが課題となる。中央集権的な管理者を置かない以上、分散型オラクルネットワーク(例:多数の独立したノードが報告値の合意をとる仕組み)等で対応する必要があるが、その導入には追加コストや複雑さが伴う。また、そもそもブロックチェーン上で全てを処理しきれないスケーラビリティの問題もある。多数のユーザーが頻繁に利用するプラットフォーム(例えば配車サービスや音楽ストリーミング)の全取引をパブリックチェーン上で決済すると、処理速度や手数料の面で実用に耐えない可能性がある。実際、イーサリアムなど主要ブロックチェーンは高い分散性とセキュリティを保つ代償に、1秒間あたりの取引処理能力が限定的で手数料も変動する。これに対し、レイヤー2ソリューションや他の高速ブロックチェーンの活用など技術開発が進んでいるが、協同組合がそれらを採用するには技術的専門性が求められる。以上のように、ブロックチェーン基盤協同組合にはコード化の難しさと安全性、現実データとのインターフェース、性能拡張といった技術課題が存在する。これらは協同組合自体の信頼性・効率性に直結するため、解決へ向けた技術的支援や研究が不可欠である。
法的課題:契約性・責任主体・トークン設計
ブロックチェーン協同組合の法的課題としては、既に法制度の項で触れたもの以外に、契約や責任およびトークン設計に関わる論点がある。まずスマートコントラクトの契約性である。スマートコントラクト上で自動執行されるルールや投票結果は、法律上ただちに契約や決議として認められるとは限らない。例えば、協同組合DAO内で投票により決定した規約変更があったとしても、オフチェーンの法的手続きを経なければ第三者に対抗できない場合がありうる。また匿名・仮名で参加可能なDAOにおいて、合意の相手方や意思表示者を特定することが困難なため、法律上の契約成立要件や責任追及が不明確になりかねない。加えて責任主体の問題も深刻だ。前述のように、法人格なきDAOは法的には組合等と見做され、メンバーが無限責任を問われ得る。仮に協同組合DAOで予期せぬ損害(例:契約不履行や情報漏洩事故等)が発生した場合、誰がどの程度責任を負うのかはあらかじめ決めておかないと混乱が生じる。dOrgのように法人格を取得していれば有限責任を享受できるが、そのためには登録手続きと一定のガバナンス集中(登記上の代表者等)が必要となり、完全な自律分散とは矛盾するジレンマもある。さらにガバナンス参加とトークン設計に関する課題も重要だ。協同組合では本来、一人一票制により出資額や利用高に関係なく対等な意思決定権を保障する。しかしトークンを用いる場合、譲渡可能なトークンがそのまま投票券になると、富裕層や初期参加者が大量のトークンを占有して議決権を独占する危険がある。これに対処するため、トークン設計上の工夫(例:ソウルバウンドトークンによる譲渡不可な個人認証や、保有上限の設定、長期保有者への発言権強化、クアドラティック投票の導入など)が考えられているが、いずれも一長一短がある。またトークンが証券規制に抵触する問題もある。協同組合トークンが配当請求権や残余財産請求権を伴う場合、証券として各国の金融商品取引法の規制下に置かれる可能性があり、適切な開示や登録を怠れば違法と判断されかねない。もっとも米国では協同組合の会員持分は証券ではなく「例外的な内部出資」として扱われる場合もあり、法解釈が分かれるところである。最後に、プラットフォーム内データの共同管理も法的論点である。協同組合では組合員が自組織のデータや知的財産を共同で管理し、その利用方法を決めることが望ましい。ブロックチェーン活用により取引データ等は共有化できるが、一方で個人情報保護やプライバシーの問題が浮上する。欧州ではGDPRなど厳格な個人データ規制があり、ブロックチェーンの不可変性と「忘れられる権利」の衝突といった課題も指摘されている。従って、協同組合DAOが扱うデータの種類に応じて、透明性とプライバシーのバランスを取った設計(必要に応じ暗号化や許可型チェーンの採用)が求められる。
以上のように、ブロックチェーン基盤プラットフォーム協同組合は、技術面と同様に法・制度面でも未解決の課題を抱える。特にガバナンスについては、協同組合の理念(民主制・平等・連帯)とDAOツール(トークン・スマートコントラクト)をどう調和させるかが最大のテーマであり、各プロジェクトが試行錯誤を続けている状況にある。次に、これらの取り組みが持つ政策的・経済的意義と将来展望について論じる。
政策的・経済的意義と今後の展望
政策的意義(レギュレーションと支援策): プラットフォーム協同組合、およびそれをブロックチェーンで実現しようとするDAO協同組合は、従来のプラットフォーム経済がもたらした労働搾取や独占に対抗し得るオルタナティブとして政策的注目を集めている。例えばスペイン・バルセロナ市は早くから協同組合的プラットフォームへの支援を打ち出し、2016年には市主導でプラットフォーム協同組合のためのアクセラレータ「La Comunificadora」を設置し、資金支援や研修を行った。ニューヨーク市でも2016年、市議会議員ブラッド・ランダーの報告書がギグエコノミー労働者の保護策の一環としてプラットフォーム協同組合推進を提言し 、実際に市から資金を得て立ち上がった労働者協同組合型プラットフォーム(例:配車サービスのDrivers Cooperativeや家事サービス仲介のUp&Goなど)が登場している。米国連邦政府レベルでも、2016年に農務省の機関誌が「プラットフォーム協同組合は農村で伝統的に発達してきた協同組合精神のデジタル版である」と紹介記事を掲載し、プラットフォーム協同組合の意義を肯定的に伝えた。このような政策的後押しは協同組合モデル全般の復権につながるものであり、ブロックチェーン技術の活用にも追い風となっている。また法制度面では前述のように、米コロラド州をはじめ協同組合フレンドリーな法環境の整備が進んでおり、コロラドはその柔軟な協同組合法制(UCLAA)によってスタートアップの誘致にも成功している。他方で、規制当局による暗号資産規制強化の動きは注意を要する。米証券取引委員会(SEC)は一部のトークン発行に対し未登録証券として制裁を科すなどしており 、協同組合DAOが参加証トークンを発行する場合にも慎重な法的適合性チェックが必要になる。もっとも協同組合型トークンは営利ICOとは目的も性質も異なるため、各国規制当局に対しその社会的有用性を訴え、適切な扱い(場合によっては証券規制からの適用除外など)を求めることも検討に値する。自治体支援に関しては、バルセロナやNYC以外でも、例えば米バークレー市が労働者協同組合向け低利融資基金を設けデジタルプラットフォーム事業も支援対象に含めるなど 、各地で公的資金援助やインキュベーション施策が試みられている。こうした政策支援が広がれば、協同組合DAOの社会実装は一層進むだろう。
経済的意義(コモンズ的価値創出): ブロックチェーン基盤プラットフォーム協同組合の経済的意義は、大きく二つの面で語ることができる。一つはプラットフォーム経済の包摂性向上である。UberやAirbnbに代表される従来プラットフォームは効率的サービスを生んだ反面、利益が一部の株主に集中し労働者報酬の低下や地域社会への負荷(低賃金労働や住宅賃貸市場の逼迫)を招いたとの批判がある。協同組合モデルでは、利益が労働者・生産者に分配され公正な報酬や労働条件が維持されやすい。また利用者もサービス設計に参加できるため、プラットフォームの意思決定が公共の利益と整合しやすい。ブロックチェーン導入により、分配や運営ルールが透明化・自動化されれば、そうした公正性への信頼感は一層高まるだろう。二つ目はコモンズ(共有資源)の創出である。多くの協同組合DAOはオープンソースソフトウェアやオープンデータを重視し、そのプラットフォーム自体を公共財産的に扱う傾向がある。例えばCoopCycleはソフトウェアをコピーレフト型で公開しつつ協同組合にのみ利用を許すライセンスとすることで、技術を共有資源としつつ協同組合セクターの発展に寄与するモデルを示した。他にも、分散型プラットフォームが蓄積したデータ(例:農業協同組合における生産流通データ等)を組合員や研究者に開放し、新たな知見やサービス創出につなげる試みも考えられる。ブロックチェーンにより真正性が保証されたデータは、公共政策立案や地域計画にも資する可能性があり、協同組合DAOは単なるビジネス以上に社会的インフラとして機能しうる。その意味で、協同組合DAOは新たなデジタルコモンズを形成し、資本主義的プラットフォームとは異なる価値循環圏を作り出す潜在力を持つ。
今後の展望: ブロックチェーン基盤プラットフォーム協同組合は、まだ発展途上の分野であり、多くの実験と学習を経て成熟していくと考えられる。技術面では、より安全で扱いやすいスマートコントラクト開発ツールの登場や、デジタルIDによる一人一アカウント保証手段の普及、レイヤー2によるスケーラビリティ向上などが今後の普及を後押しするだろう。社会面では、協同組合と暗号コミュニティ双方の対話と協働が重要となる。近年は両者の交流も進み、例えば米国ではWeb3開発者コミュニティが協同組合の歴史から学び、逆に協同組合セクターがDAO的手法を実験する動きが出てきている。これは相互に有益であり、「テクノロジーと組織形態のハイブリッド」が新しい可能性を拓くと期待される。もっとも、暗号資産バブルの反動などからブロックチェーン技術への過剰な期待は鳴りを潜めつつあり、むしろ着実な価値創出が求められる局面でもある。協同組合DAOが実社会で成果を示すことができれば、一般からの信頼と参加も得やすくなるだろう。そのためには、小規模な成功事例を積み重ねることが重要である。地域密着型の協同組合がまず自助的にブロックチェーンを導入し、それを行政や既存金融機関が支援・補完する形で実装する、といったアプローチも有効かもしれない。政策的には、各国政府が協同組合DAOに対し明確な法的地位と適切な規制サンドボックスを提供することが望まれる。例えば「協同組合DAOに関するモデル法」の策定や、限定的な免許制度などにより、参加者が安心して事業展開できる環境を作ることができよう。経済的には、協同組合DAOが提供するサービスの社会価値(地域雇用の創出、データコモンズの形成など)に鑑み、公的助成や優遇税制を検討する余地もある。
結論
本稿では、北米・欧州におけるブロックチェーン基盤のプラットフォーム協同組合について、その理念から具体例、制度・技術的課題、政策的意義まで包括的に検討した。プラットフォーム協同組合はデジタル経済における所有とガバナンスの在り方に一石を投じるものであり、ブロックチェーン技術はその透明性・自動化能力によって協同組合モデルを強化しうる可能性を示している。dOrgやOpolisに見るように、DAOの枠組みと協同組合原則を融合し実ビジネスを展開する例も現れており、新しい社会インフラの形態として注目される。一方で、スマートコントラクトの限界やトークンガバナンスの課題、法的未整備による不確実性など、乗り越えるべきハードルも多い。協同組合DAOが持続可能なモデルとなるには、技術コミュニティ・法律家・協同組合運動家・政策当局といった多様な関係者が協力し、コードと法律、オンラインとオフラインの橋渡しを丁寧に構築していく必要があるだろう。「インターネットの次の所有形態」としてのプラットフォーム協同組合にブロックチェーンを組み合わせる試みは、まだ始まったばかりである。しかし、その潜在的な社会的利益(労働者のエンパワーメント、公正な価値分配、コモンズの創造)は大きく、今後も実践と研究を通じた知見の蓄積が望まれる。協同組合の百数十年の歴史と、ブロックチェーンをはじめとする最新テクノロジーが交差する地点に生まれたこの革新的モデルは、適切な制度設計とコミュニティの努力次第で、より民主的で持続可能なデジタル経済の構築に寄与するだろう。各国の法整備と支持基盤の拡大に伴い、プラットフォーム協同組合DAOはニッチな存在から主流の選択肢へと成長し、将来的にはUberやAirbnbに匹敵する規模で労働者・利用者が自己支配する「協同の経済圏」を実現する可能性を秘めている。その実現に向け、今後の展開を注意深く追い、かつ積極的に参加・支援していくことが求められている。
脚注(参考文献)
• Scholz, Trebor. Platform Cooperativism: Challenging the Corporate Sharing Economy. Rosa Luxemburg Stiftung, 2016.
• Schneider, Nathan, ed. Ours to Hack and to Own. OR Books, 2017.
• フェアバーン, ブレット.『協同組合の精神とネットワーク経済』、2018年(日本協同組合学会誌所収)。
• Poux, Philémon. “What Are Blockchain-Based Platform Cooperatives?” Platform Cooperativism Consortium Blog, May 12, 2022 .
• Biggs, John. “dOrg Founders Have Created the First Limited Liability DAO.” CoinDesk, Jun 11, 2019 .
• Troncoso, Stacco et al. “DisCO Manifesto: Distributed Cooperativism.” DisCO Cooperative, 2021.
• Opolis. “The Cooperative Model & $WORK Token Revolution.” Opolis.co Blog, Jun 11, 2023 .
• Schneider, Nathan. “La’Zooz: The Decentralized, Crypto-Alternative to Uber.” Shareable, Jan 26, 2015 .
• Robey, Austin. “What Co-ops and DAOs Can Learn From Each Other.” FWB, Jan 13, 2022 .
• “Decentralized autonomous organization.” Wikipedia, last modified Oct 25, 2023 .
• その他、各プラットフォーム協同組合公式サイト、関連法令・レポート等。