ブロックチェーンとNFTがもたらす代替現実ゲームの新展開
序論
代替現実ゲーム (ARG: Alternate Reality Ga
hme) は、プレイヤーが現実世界と仮想世界を横断しながら謎解きや物語体験に参加するゲームであり、協働によってストーリーを進める点に特徴がある。近年、このARGの分野にブロックチェーン技術とNFT(非代替性トークン)が導入され、ゲームデザインや運営手法に新たな展開が見られる。ブロックチェーン上のスマートコントラクトやトークン(NFTや暗号資産)を活用することで、ゲーム内アイテムの真正な所有権や経済的価値、分散型のガバナンスが可能となり、プレイヤーは単なる受け手ではなく協働的な創造者・出資者として物語世界に関与できるようになった。本研究では、ブロックチェーンおよびNFT技術を活用したARGの先行事例を包括的に検討し、その構造、技術的特徴、プレイヤー参与構造、物語体験、ガバナンス、エコノミクスの側面を詳細に分析する。さらに、NFT・DAO(自律分散型組織)・スマートコントラクトといった技術導入によってARGの設計・運営がどのように変容したか、参加者の没入感・所有権意識・報酬構造にどのような影響を与えたかを論じる。加えて、このようなテクノロジー駆動のARGが投機性と物語体験のバランスにおいて直面する課題、およびプレイヤーコミュニティや分散型ガバナンスとの関係性について考察する。最後に、これらの知見を踏まえ、ブロックチェーンARGのアート、社会運動、都市空間といった文脈への応用可能性についても検討を加える。
理論枠組み
本研究の分析にあたっては、ARGに関する先行知見とWeb3ゲーム(ブロックチェーンゲーム)の理論的観点を統合する。従来、ARGは閉じられたゲーム空間ではなく現実世界そのものを舞台とし、プレイヤー同士の協力やコミュニティ形成を促す体験である。参加者は現実の情報媒体(ウェブサイト、SNS、看板等)に散りばめられた手がかりを発見・共有し、パズルを解き物語を進展させる。その意味でARGは「架空と現実の境界を曖昧にし、参加者の没入を深める手法」であり、プレイヤーは自らが物語世界の一部となる没入型体験を得る。
ブロックチェーン技術の導入によって、この没入体験と参加構造にさらなる変化が生じている。Web3時代のゲームでは「共創 (co-creation)とコミュニティ参加の分散化」が重要なテーマとなっている。NFTはデジタル資産への真正な所有権をプレイヤーに付与し、ゲーム開発者のみならずユーザーもゲーム内容の創造に寄与できる土壌を作り出した。スマートコントラクトによりゲーム内のアイテムやキャラクターの生成・取引・進化が自動化・透明化され、ゲーム運営側が全てを管理せずともコミュニティ主導でコンテンツを拡張できる環境が整う。またDAOを用いれば、ゲーム世界のルール変更やストーリーの方向性についてトークン保有者による投票で決定することも可能となり、従来のトップダウン型デザインからボトムアップ型・共同統治型のデザインへ移行しつつある。
さらに、ブロックチェーンARGでは経済システムの実装も特筆すべき点である。ゲーム内通貨やアイテムをトークン化することで、現実の経済価値と直結した報酬構造を設計できる。プレイヤーはプレイを通じて暗号資産やNFTアイテムを獲得し、それを自由に取引できるため、ゲーム内行為が直接的に経済的価値を生み出し得る。一方で、このことは投機的行動と物語への没入の両立という課題を伴う。ゲームの面白さより資産価値の上昇に関心を持つ参加者が増えれば、物語体験が二の次となる恐れがある。従って、金融的インセンティブと創造的・協働的インセンティブのバランスを如何に取るかが、ブロックチェーンARG設計上の重要な論点となる。
以上の理論的背景を踏まえ、本稿では具体的事例の分析を通じて、ブロックチェーン技術がARGにもたらした利点と課題を浮き彫りにする。分析対象としては、主に欧米圏で近年実施された以下のプロジェクトを取り上げる:Pakの「Lost Poets」, NFTトレーディングカードゲームの「Parallel」, アーティストSam Sprattによる「The Monument Game」, Dom Hofmann発のコミュニティ主導プロジェクト「Loot」と関連トークンAGLD, そしてブロックチェーンRPG「Neon District」である。それぞれについて構造・技術・物語・エコノミクス等を分析した上で、総合的な考察を行う。
事例分析
Lost Poets(Pak, 2021年)
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デジタルアーティストPakによる「Lost Poets」は、NFTアートコレクションでありながらパズルや物語要素を含んだ多段階展開のプロジェクトである。Pak自身は本作を「ストラテジーゲーム」であると称しつつ、その詳細なルールや最終的な賞品は参加者に明かされないまま開始された。Act Iとして2021年9月に65,536枚の「Pages」と呼ばれるNFTが販売され、約7,000万ドルにのぼる売上を記録した。これら「ページ」NFTはプロジェクト参加のチケットであり、以降のアクションの鍵となる。続くAct IIでは、購入者は所持するページNFTを用いてAI生成による肖像画NFTである「詩人 (Poets)」を請求できた。合計1,024体の特別な「オリジンPoet」が用意され、これは通常の詩人NFTよりも特権的な機能を持ち、ランダムに参加者へ配布された。
現在進行中のAct IIIでは、参加者は自分のPoet NFTそれぞれに自由な名前を命名し、さらに追加のページNFTを焼却(ブロックチェーン上から削除)することで得られる「単語」を組み合わせ、詩的な一節をそのPoetのメタデータに刻むことが可能となった。各NFTへ与えられた名前と言葉はトークンの希少性にも影響する仕組みであり、コミュニティ内では古典文学由来の名前から暗号業界の人物名まで多彩な命名や、自作の詩文の刻印が行われた。実際、多くの参加者が既成の文章ではなく自ら考案した詩をPoetに添え、Pakの提示したコンセプトに自らの文芸的創造を融合させている。こうしてプレイヤー自らNFT上にキャラクター設定や物語断片を創造することで、参加者は単なるコレクターではなく作品世界の共同作者となっている。Pakのチームは「この文明の発見者たちがそれを形作るだろう (the ‘discoverers of this civilization will shape it’)」と述べ、コミュニティのホルダー集団こそが作品の文化的物語を定義するのだと強調した。
Lost Poetsの技術的特徴として特筆されるのは、NFTのライフサイクルとゲーム性の組み込みである。スマートコントラクトによって予定された複数の幕(Act)が順次進行し、NFTの性質が変容していく仕組みが実装された。例えば、Act IIでページが肖像NFTに変化し、Act IIIで名前や詩の入力によりメタデータが更新されるといった具合に、作品は時間と参加行為によって動的に姿を変える。さらにプロジェクト終盤にはAct IV(“Twist”)および最終章Epilogueが予定され、開始から365日後にはNFTを燃やしてPakの独自トークンである$ASHを受け取る機能が解禁される計画であった。実際、本作の通貨的要素として$ASHトークンが導入されており、Pakの他作品を焼却することで入手できるこのトークンは、本プロジェクト内でも最終的な交換価値を持つものとされた。すなわち参加者は物語世界に没入する中で、NFTを焼却するか保持するかといった経済的判断も迫られる。「永遠から (Ab aeterno)」と銘打たれた本プロジェクトは、ブロックチェーン上に刻まれる不変性と、NFTを焼却して得る「灰 (ASH)」という無常の概念とを絡めることで、価値と永続性に関するメタ的なテーマを投げかけている。
Lost Poetsは、ブロックチェーンARGの特徴を端的に示す事例と言える。それは物語体験・創作活動と投機的要素の混交である。Pakの作品世界では、NFT売買やトークン交換といった経済行為そのものが作品への参与と切り離せなくなっている。批評家の分析によれば、「Pakのアートは鑑賞や作品生成の主要因として金銭的取引に依拠している 」。実際、Lost Poetsへの参加には少なくとも数百ドル相当のNFT取得が必要であり、この高額な参加コスト自体が作品体験の一部を成している。宝くじ的なスリルや市場での希少性への期待感が、参加者の熱狂を駆動する原動力となっており、その熱狂がまた作品世界を形作っている。このように金融的インセンティブと芸術的・物語的インセンティブの融合は、ブロックチェーンARGを特徴付ける両刃の剣であり、Lost Poetsはその成功例といえる。参加者は自ら創作したPoetを愛好する一方で、最終章で訪れるかもしれない報酬(例えば希少NFTの獲得やトークン利得)にも胸を躍らせている。
Parallel(Parallel Studios, 2021年〜)
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「Parallel」はSF世界をテーマにしたトレーディングカードゲーム(TCG)型のブロックチェーンゲームであり、NFT技術によってカード資産の所有権をプレイヤーに開放した先進的事例である。Parallelの物語設定では、人類が異なる環境下で進化した5つの派閥(パラレル:Augencore, Earthen, Kathari, Marcolian, The Shroud)が登場し、それぞれ独自の能力・戦略を持つ。プレイヤーは特定派閥のカードでデッキを構築し対戦するが、各カードはEthereumブロックチェーン上のNFT(ERC-1155トークン)として発行されており、真の所有権が保障されている。伝統的なデジタルゲームではカード等の資産は運営企業の管理下にありプレイヤー間取引も制限されることが多いが、Parallelでは全てのカードNFTがプレイヤー間で自由に売買可能であり、ブロックチェーン上で真正性や希少性が保証されている。この「ゲーム内資産に対する真の所有権」はNFT技術にもとづくブロックチェーンゲーム全般の利点であり、Parallelはその大規模な実証例となっている。実際、2023年初頭までに複数回のカードパック販売が行われ、累計で数千万ドル規模の資金調達と盛んな二次取引市場を生み出している(2022年に5000万ドルの資金調達と評価額5億ドル超を達成 )。これはプレイヤー=コレクターがカードの将来価値やゲーム内外でのユーティリティを見込んで積極的に投資・収集した結果であり、コミュニティ主導の経済圏が形成されつつあることを示す。
Parallelのゲーム構造・技術的特徴を詳述すると、まずゲームプレイと連動したトークン経済が挙げられる。Parallelでは$PRIMEトークンと呼ばれる独自の暗号資産が導入されており、これはゲーム内通貨・報酬・コミュニティガバナンスの役割を担う。プレイヤーは対戦に勝利することでPRIMEを獲得し、これを用いて新たなカードやアイテム、サービスを購入できる。興味深い点に、PRIMEは単なる「稼いで使って終わり」のトークンではなく、使用されたトークンがゲーム内の特定の資金プールや分配契約に再投入される循環型経済を採用していることである。例えば、ゲーム内で消費されたPRIMEの一部は、勝利報酬プールや開発者基金、特定NFT保有者への配分(「Sink分配」)などに再循環し、トークンの持続的な需要と価値維持を図っている。このような精緻なトークンエコノミー設計は、ブロックチェーンゲームならではの実験的要素であり、ゲーム内経済をプレイヤーコミュニティと共有・分散化する試みといえる。
また、PRIMEトークンはコミュニティガバナンスにも活用されている。その象徴的な出来事が、2023年3月1日に行われたPRIMEの「アンロック」を巡るコミュニティ投票である。当初、PRIMEは外部取引不可のゲーム内ポイントとして発行されたが、コミュニティの議論と投票により、市場で自由に取引可能な通常のERC-20トークンへと性質を変更することが決定された。この過程は、ゲーム開発側とプレイヤーが協働で経済システムの方向性を定めた例であり、DAO的な意思決定がゲーム運営に組み込まれつつあることを示す。Parallelでは他にも、新カード拡張の内容や報酬配分方法に関してコミュニティ投票が行われる可能性が示唆されており、プレイヤーが単なるユーザーではなくゲーム世界の共同統治者となる道が開かれている。
物語体験の面では、Parallelはトランスメディア的な展開とコミュニティによる考察を誘発する設計がみられる。公式に設定されたSFストーリー(地球を巡る各派閥の争奪戦)に沿って、カード毎に豊富な設定やアートワークが提示されており、加えてデジタルコミックの発行や将来的な拡張ストーリー「Planetfall」の展望も示されている。プレイヤーコミュニティではカードに隠された手がかりや世界観の謎について議論が交わされ、カードコレクション行為がそのまま物語世界への深い没入と探索へと繋がっている。さらに技術的試みとして、Parallelチームは物理カードとARグラスを用いてオンライン対戦するという、現実と仮想を接続したプレイも将来的アイデアとして掲げている。これはPokemon GO的な拡張現実体験とブロックチェーン資産を統合するもので、都市空間でのARG的プレイへの応用可能性を示唆する。Parallelの場合、現時点では物語そのものは開発チームが提供しているが、上述のように経済・運営面でコミュニティ参加が深く組み込まれており、商業ゲームにブロックチェーン要素を融合させたハイブリッド型ARGと位置付けられる。プレイヤーはゲーム対戦を楽しみつつ、資産収集やコミュニティ活動を通じて現実の経済的利得や意思決定にも関与するため、多層的な参加体験が実現されている。これは従来のARGがもっぱら物語解読や謎解きの協力であったのに対し、物語+競技+経済の三位一体の協働体験へと発展した形と言える。
The Monument Game(Sam Spratt, 2023年)
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「The Monument Game」は、米国のデジタルアーティストSam Sprattが自身のNFTアートプロジェクト「Luci」シリーズの一環として実施した参加型アート競技である。伝統的なARGというよりも、美術作品を巡る物語創作ゲームに近い形式だが、NFTとコミュニティ参加を活用した独自の試みとして注目される。Sprattは2023年8月、本プロジェクトのために新作となる1点物のデジタル絵画「IX. The Monument Game」を制作し、その世界観にまつわる物語をコミュニティと共創する競技イベントを開催した。具体的には、まず256枚限定の「プレイヤー (Player)」NFTチケットが販売され、これは「The Monument Game」に参加する権利を示すものである。チケットは発売と同時に即完売し、約695 ETH(当時約110万ドル)の売上を記録した(なおこの売上は作家にとっての収益であり、さらに絵画本体も別途420.69 ETHで落札されている )。チケット所有者となった256名は、ゲーム期間中(4日間)において、自ら絵画を観察して得たインスピレーションや物語を「観察記 (observation)」として文章化し、それを対応するNFTに書き込んで提出することが求められた。いわば参加者それぞれが絵画に対する解釈や物語断片を寄稿し、作品に“デジタルのニス”を塗るように集合知的レイヤーを重ねていくことが意図された実験的アートと言える。
The Monument Gameのユニークな点は、ゲーム要素と芸術鑑賞・創作を融合させている点である。提出された各「観察記」はブロックチェーン上でNFT化され、参加者はそれを自由に閲覧・売買できる専用二次市場も用意された。しかし、本ゲームでは提出後もNFTを保持し続けることが求められた点が肝要である。Sprattは「作品に自分の一部を捧げ、このアートを通じて人生の一端を共有した参加者」に報いたいと語り、もし提出後にその観察記NFTを第三者へ転売した場合、優勝資格(および副賞である高価な「Skull of Luci」NFT)を放棄したものと見なすと明言した。つまり短期的な投機利益を求めて投稿NFTを売り払うのではなく、自らの物語を作品に結びつけたまま最後まで責任を持って参加することが勝利の条件とされたのである。このルール設定により、参加者は経済的動機と創作的動機の間で選択を迫られるが、結果的には「勝利」という物語上の名誉と希少NFTという報酬とが結び付けられ、双方のインセンティブが調和する設計となった。実際、本ゲームでは50名の「Luciの髑髏」保有者から成る審査評議会が編成され、彼らが投稿された観察記を精読して創造性・独自性の高い作品を選抜する仕組みが採られた。一定の選考プロセス(投票二回と評議)が行われた後、最終的に最優秀と認められた観察記の投稿者3名が優勝となり、新たに制作された3点のSkull of Luci NFTが授与された。このように、芸術作品を介した物語の共創コンペティションが成立しており、作品の価値もまた参加者たちの語りによって増幅・共有されるというユニークなモデルが実現された。Spratt自身、「収集という行為は単なる取引ではなく実際に人々の間に絆を生み、強め得る」という信念を述べており、本プロジェクトではコミュニティによる“観察”のレイヤーが作品の一部となることが追求された。The Monument Gameは、一人の作家が作品世界を統制するのではなく、コレクターや参加者との対話の中で作品が進化しうること、そしてアートとゲームと経済活動の交錯領域で新たな体験価値が創出できることを示した事例である。ARG的観点から見れば、現実世界で名画を鑑賞し議論する体験をデジタル空間に置き換えつつ、NFTというツールで参与の深度と持続性を高めたものと位置づけられよう。特に「転売すると勝利資格を失う」という設計は、ARG本来のコミットメント(物語への深い関与)を経済的インセンティブと調整する上で示唆に富むアイデアであり、他のブロックチェーンARGにとっても参考となるだろう。
Loot (for Adventurers) と Adventure Gold (AGLD)(Dom Hofmann他, 2021年)
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「Loot (for Adventurers)」は、2021年8月にDom Hofmann(Vine共同創設者)によって突如リリースされたNFTプロジェクトであり、「ゲームの骨組みだけを提示し、中身はコミュニティが自由に創造する」ことをコンセプトとした実験的取り組みである。Lootは8000個のNFT「バッグ」を発行したが、その中身は冒険者の装備一式を表すテキスト(8行の英単語)だけで、画像やステータス等は一切含まれていない。この極端にミニマルな設計は、「公式の物語もゲームシステムも用意されていない箱」をプレイヤーに配り、そこに価値や意味を見出す作業をコミュニティに委ねるという大胆なアプローチであった。事実、公式サイトには「自由にLootを想像上の世界で活用してよい (Feel free to use Loot in any way you want)」との旨が記され、プログラムも完全オープンソースで公開された。イーサリアムの創始者Vitalik ButerinもLootを「ゲームの土台」と評し、あとはコミュニティが次に何をするか決めるのだと指摘している。
結果として、LootはNFT史上でも稀に見る爆発的な二次創作とコミュニティ拡大を引き起こした。リリースから1ヶ月で、世界中の有志開発者・クリエイターによって100以上の派生プロジェクトやツールが誕生し 、アート作品、テキストストーリー、BGM、ファンメイドのゲームやキャラクター集、ギルド組織など、実に様々な形でLootの内容が膨らまされた。例えば、NFTに描かれた装備テキストに基づきそのビジュアルを想像して描くプロジェクトや、Loot世界の地図・ダンジョンを生成するプロジェクト、各アイテムの希少性を分析するツール、共通のアイテムを持つ保有者同士で組織されたギルド(例:「神話級の剣」を持つ人々のギルド)等が次々に現れた。コミュニティ内では自発的に「Lootの起源となる物語」を執筆する動きもあり、「Genesis Project」と称するグループがスマートコントラクト内に隠された要素(全アイテムを16のカテゴリに分類する仕組みがコード上に存在したこと)を手がかりに、Loot世界の創世神話とゲーム的ルールを構築する試みも行った。このようにLootは、開発者が世界観やストーリーを規定しない底抜けの砂場としてコミュニティに提供され、参加者たちが協働して物語宇宙を埋めていくという、ボトムアップ型のARG的展開を見せた。
Lootの経済・ガバナンス面も注目に値する。まず、NFT配布は無料(手数料のガス代のみ)で行われたが、早期に取引価格が高騰し、一時は最安のバッグでも数万ドル、レアものは数十万ドルの値が付いた。こうした中、コミュニティ有志のWill Papper氏はLoot保有者向けに「Adventure Gold (AGLD)」というERC-20トークンを発行・エアドロップし、Lootの世界に独自通貨かつガバナンストークンを提供した。AGLDは各Loot NFTにつき10,000トークンが無料配布され、保有者は即座にこれを入手できた。このトークンは当初からLootの物語創造に関する投票に使われ、早速「Chapter 1」のストーリー投票が実施された。つまり、コミュニティはAGLDの保有量に応じた決定権を持ち、Loot世界の章立ての第一歩をみんなで決めたのである。さらにAGLDトークンはマーケットで取引可能だったため、一時は時価総額数億ドル規模にまで膨れ上がり(配布直後に1トークン約7ドルに達し、Loot1点あたり7万ドル相当の“追加報酬”となった計算)、Loot熱を加速させる要因ともなった。もっとも、後述のようにその価格は程なく下落・安定化し、現在ではLootエコシステムの開発資金や新たな試み(独自チェーン「Adventure Layer」構想等 )に活用すべく、コミュニティ主導のAGLD DAOが組織されている。加えてLootでは、市場取引手数料をコミュニティ資金に充てる取り組みもなされた。Lootの非公式マーケット「Loot Exchange」運営チームは売買手数料からなる基金を管理する「Royalty DAO」を立ち上げ、コミュニティ投票によってOpenSea等全マーケットに5%の二次販売ロイヤリティを導入することを決定した。その収益はDAO金庫に蓄積され、最初の提案として2021年12月に過去のLoot派生プロジェクト貢献者に計25 ETHを助成することが満場一致で可決されている。このLoot Royalty DAOの金庫は当時144 ETH(約50万ドル)を有しており 、コミュニティの手でエコシステムの公益に再投資され始めた例といえる。以上のようにLootは、トップダウンの開発者主導ではなくコミュニティ主体で成長する自律分散型ゲーム世界の雛形を示した。参加者はNFTやトークンという経済的利害も携えながら、同時に物語の創造者・評価者・支援者として関わり、DAOという枠組みで世界の維持管理にも携わるという、極めて総合的な参与体験が生まれている。
とはいえ、Lootは課題も浮き彫りにした。初期の熱狂の後、2022年にかけてNFT価格や参加者熱量は沈静化し、多くの人々が去ったとも指摘される。実際、リリース半年後時点で、Lootの価値は「コミュニティが構築を続けられるか否かに依存する」と論じられ、少数の熱心な開発者が活動を続ける一方で大半は他へ関心を移したとも報告されていた。この点はボトムアップ型ARGの持続可能性に関わる。すなわち、開発者が用意した公式クエストが無い分、コミュニティ自身の自発的創造力が停滞するとプロジェクト全体が止まってしまうというリスクである。また、Loot参加者の動機には純粋な物語創作意欲だけでなく投機的利益追求も混在していた。価格暴騰期には迅速に売却して利益確定を図る人も多く、コミュニティ構築の観点ではマイナスもあったと推察される。加えて、LootやAGLDのように誰でも参加・売買できるオープンな環境では、クジラ(大口保有者)が投票を支配したり相場操縦したりする懸念もつきまとう。しかしその一方で、参加ハードルの低さと創造の自由がなければ初期の爆発的盛り上がりもなかったのは確かである。Lootは極端な実験ゆえに浮き沈みも経験したが、それでもコミュニティの残した創造物群や、NFTプロジェクトの新たなモデルを提示した意義は計り知れない。今後、Loot的な手法を洗練し、適度な開発者サポートとコミュニティ自律を両立させることで、より持続的な分散型ARGの構築が期待される。
Neon District(Blockade Games, 2019年〜)
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「Neon District」は、ブロックチェーンゲーム黎明期から開発が進められてきたサイバーパンクRPGであり、従来型ゲームデザインにNFTや暗号経済を組み込んだ事例である。プレイヤーは近未来都市「ユニティ」を舞台に、反体制レジスタンスの一員としてストーリーミッションやPvPバトルを戦い抜く。ゲーム内ではキャラクターや装備品、消耗品(「ジュース」や部品)など多数のアイテムが登場し、それらの多くがブロックチェーン上のNFTとして発行されている。Neon Districtは「無料プレイとプレイして稼ぐ (Free-to-play, Play-to-earn)」を掲げており、暗号資産やNFTに不慣れなユーザーでもアカウント作成してすぐ遊べる設計である一方、ゲームを進める中で自然にNFTアイテムを入手・利用できるよう工夫されている。例えば、新規ユーザーは暗号ウォレット不要で始められるが、プレイ中に得たレア装備等をマーケットで取引したくなった場合に初めてウォレット連携すればよい、という形でオンボーディングされる。こうしてブロックチェーンの学習コストを下げつつNFT経済圏に参加させるアプローチは、今後ARGを一般層に拡大する上でも参考になる。実際、Neon DistrictはスケーラビリティのためメインネットではなくPolygon(旧称Matic)ネットワークを活用し、ゲーム内マーケットでの取引はガス代不要かつ即時に行えるようにしてユーザビリティを高めている。そのおかげで2021年時点で日次アクティブユーザ3000超を集めるなど一定の成功を収めたと報じられている。
Neon DistrictのARG的特徴としては、ゲーム世界内外での謎解き要素やコミュニティ参加施策が挙げられる。開発元のBlockade Gamesは元々「Crypto Puzzle」(暗号パズル)の分野で知られており、CEOのMarguerite deCourcelle(通称coin_artist)は絵画に秘密の鍵を隠した謎解きイベント(2015年「The Legend of Satoshi Nakamoto」絵画に5 BTC相当の秘密鍵を埋め込むなど)で名を馳せた人物である。Neon Districtのリリース前後にも、コミュニティ向けにいくつかのARG的パズルキャンペーン(「Pineapple Arcade」という一連のオンライン謎解き等)が実施され、正解者に報酬NFTが配布される試みがなされた。こうしたメタゲーム的なパズル体験を通じて、熱心なファンはゲーム世界観への理解を深めたりレアアイテムを先行入手したりすることができ、コミュニティの結束が高められた。また、Neon Districtがユニークなのはゲーム内組織と現実の分散型組織を重ね合わせた実験を行った点である。前述のcoin_artistは自らのオンライン人格をNFT化し、「COIN」という名のソーシャルトークンを発行して、自身のファンコミュニティ「Coin’s E‑Den(コインのエデン)」を結成した。このCOINトークンはNFTの分割所有プラットフォームで株式のように発行され、保有量に応じてコミュニティ内での発言力やアクセス権が与えられるものだった。興味深いことに、このCoin’s E-DenはNeon Districtゲーム内で初のシンジケート(派閥)として位置付けられた。ゲーム内では複数の勢力が争う設定だが、その一つとして開発者本人を模した派閥が存在し、ファンコミュニティメンバー(COIN保有者)はゲーム内でも特別な権限やコンテンツへのアクセスを得られるという仕掛けである。例えば、保有するCOINの量に応じてゲーム内での情報アクセスや意思決定イベントへの参加権が付与され、さらにプレイやコミュニティ活動を通じてCOINを獲得できる仕組みが検討された。これは、現実世界のDAOとゲーム内架空組織をリンクさせた先駆的事例と言える。プレイヤーは単にストーリー上の派閥に属するだけでなく、実際にトークンを用いてその派閥(コミュニティ)の運営や意思決定に関与できるため、物語への没入と現実の参加感が融合している。もっとも、この試みは高度に実験的であり限定的な参加者のみを対象としたため、ゲーム全体への影響は小規模に留まった。しかしながら、Neon Districtは従来型RPGにブロックチェーン要素を付加したゲームデザインとして、そして周辺で展開した暗号パズルやソーシャルトークンの実験を含め、ARGの技術的可能性を広げた意欲的事例であると評価できる。
考察
以上の事例分析から、ブロックチェーン技術の導入がARGにもたらした変化とその利点・課題が浮かび上がる。まず全般的な傾向として、プレイヤーの役割変容が指摘できる。従来ARGの参加者は与えられた謎を解く協力者であったが、ブロックチェーンARGにおいては共同制作者・共同運営者としての色彩が濃くなっている。Lost PoetsではNFT保有者が詩文を刻み物語世界を補完し、Lootではユーザー発の二次創作が公式設定すら代替する勢いで広がった。ParallelやNeon Districtでは、経済システムやアップデート方針にコミュニティが投票で関与する場面が現れている。これらはブロックチェーンが資産の所有権とツール(トークン、投票機能)をプレイヤーに委ねたことで可能になった変化であり、Web3ゲームの理念である「ユーザー主権型エコシステム」の体現と言えよう。プレイヤーはもはや一過性の謎解き要員ではなく、物語世界のステークホルダーとして長期的に関与し、自ら世界を形作ることへの責任と喜びを享受するようになっている。こうした共同創造型のアプローチは、ARGの没入感を飛躍的に高める効果がある。自分が名付けたNFTキャラクターや、自分たちで決めたストーリー展開は、参加者にとって他人が用意した謎より遥かに愛着と現実感を伴うものとなる。コミュニティ内でその体験が共有されることで、物語体験は単なる追体験ではなく共通の創造体験へと深化する。これはARGの目指す「現実とフィクションの境界融解」を新たな形で実現している。
次に所有権と経済圏の要素である。NFTによるデジタル所有権は、プレイヤーにゲーム内資産のリアルな価値をもたらした。ParallelではカードNFTが実際に資産として売買され、Neon Districtでも装備品がマーケットで流通した。Lootに至っては、テキストデータですら市場で高額取引された。このようにARGの手がかりや物語断片がNFT化されると、ゲーム上の発見や創造そのものが経済的価値を帯びる。Satoshi’s TreasureのようにARGの解答そのものに賞金が付く例(1百万ドル相当のBTCを謎解きの最終報酬とした2019年のグローバル宝探し )も先駆的に存在したが、ブロックチェーンARGでは報酬が一点に留まらず全過程に分散する点が特徴的だ。すなわち、謎を解く鍵(NFTやトークン)も売買可能であり、物語世界に存在するオブジェクト全般が価値化される。これはプレイヤーに新たな動機付けを与え、より多様な参加者を引き寄せる効果がある。一方で、投機性と物語性のバランスという課題も生じる。経済的価値が前景化しすぎると、本来の物語体験が手段化する恐れがある。例えば、Lootプロジェクトでは盛り上がりの一方で「誰もゲーム自体を作らず価格だけ先行する」現象も見られたし 、Lost Poetsでは高額な参加費用ゆえに一部から「富裕層の遊び」との批判もあった。The Monument Gameのように転売を制限して創作意欲を促すデザインや、Parallelのようにプレイしなければ収益化が進まない仕組み(勝利して初めてトークンが得られる)など、各プロジェクトは工夫を凝らしているが、依然「物語への没入」対「金銭的インセンティブ」のジレンマは存在する。本質的には、ARGの魅力である共同体験・物語体験に経済的報酬が付加されることで、短期的な利得を求める参加と長期的な物語参加とが交錯する構図である。解決には、コミュニティ内での文化醸成(例:作品世界への愛着を重視する風土)や、トークン設計上での工夫(例:長期保持や創作貢献に報いる仕組み)などが求められるだろう。
ガバナンスの課題も指摘される。DAOによる民主的運営は理想的に見えるが、実際には参加率や専門知識の偏在、そして投票権の集中といった問題が起こり得る。Lootの投票ではトークン保有量に応じた権利行使となったため、大口ホルダーの意見が通りやすい側面もあった。一方、The Monument Gameのように作家が評議会メンバーを指名して品質管理を図るケースもあり、完全な分散ではなく部分的に審査や調整役を設けるハイブリッド型も見られる。要は、物語の一貫性や創作物の質を担保しつつコミュニティの自発性も尊重するバランスが重要である。これはARG全般の「物語制御 vs プレイヤー自由度」の問題の延長線上にあるが、ブロックチェーンによって利害が絡むことでより複雑化している。今後のプロジェクトでは、クリエイター・プレイヤー・保有者それぞれの役割を明確化し、適切なガバナンス層(評議会、委員会、投票システム等)を設計することが肝要となろう。
最後に、ブロックチェーンARGの応用可能性について触れる。事例からも窺えるように、この分野はアート、ゲーム、金融、ソーシャルメディアなど複数領域の交差点に位置する。アート文脈では、PakやSprattのように観衆参加型の作品制作が一つの方向性となった。社会運動の分野でも、NFT/ブロックチェーンARGの手法は利用可能だ。例えば報道の自由を訴える「Censored」プロジェクトでは、参加者が検閲されたメッセージをNFT化して声を上げるという試みが行われた。これはゲームではないが、参加型物語としてブロックチェーンを社会的メッセージの共有に使った例である。同様に、ARG的手法で環境問題への関心を喚起し、達成した行動をトークンで示す「Proof of Climate Action」的な試みも考えられる。都市空間への応用としては、位置情報とARを組み合わせたブロックチェーンARGが挙げられる。前述のParallelのARカードゲーム構想や、Yuliverseのように「ポケモンGOのWeb3版」を標榜し現実の街歩きとトークン獲得を結びつけたプロジェクトも登場している。都市のランドマークにNFTを隠して回収させるデジタル宝探しや、リアルイベント連動のDAOガバナンスゲームなど、可能性は広がっている。重要なのは、ブロックチェーンARGが現実世界の行動や創作をブロックチェーン上の記録と価値に接続する媒介となり得る点である。これにより、美術館での展覧会に参加した記念にPOAP(参加証明NFT)を配布したり、デモ活動の参加者にユニークNFTバッジを発行したりと、現実のあらゆる体験がゲーム化・物語化され、かつ所有・交換可能な「資産」として残せるようになる。ARGが本来持つ現実への介入力に、ブロックチェーンの永続性と市場性が加わることで、新しい文化運動やビジネスモデルも創出されつつあると言えよう。
結論
本研究では、ブロックチェーンおよびNFT技術を活用した代替現実ゲーム(ARG)の先行事例を分析し、その構造や特徴、参加者体験の変化について詳述した。分析から明らかなように、Web3技術の導入によってARGはより共同創造的で経済と結び付いた媒体へと進化している。プレイヤーはNFTを通じて物語世界の一部を所有・編集し、トークンを通じてゲーム運営に関与し、経済的価値と物語的価値が交錯する複合的な体験に参加する。 こうした構造変化はARGの没入感・所有欲求を大いに刺激し、新規参加者層の獲得やコミュニティの活性化に寄与する。一方で、投機的参加やガバナンスの難しさなど、新たな課題も生み出している。特に物語体験の質を維持しつつ金融インセンティブを設計すること、そしてコミュニティの自律性と秩序を両立させるガバナンス機構の構築は、今後のプロジェクトにとって重要なテーマである。
しかし総じて見れば、ブロックチェーンARGはゲーム・物語・経済の融合領域における極めて有望なフロンティアである。Lost PoetsやLootが示したように、人々は所有者として物語に関わることでこれまでにない創造性と情熱を発揮する。ParallelやNeon Districtが例証したように、参加者同士が利益を共有し協働で世界を育てる仕組みはゲーム体験を社会的なものへ拡張する。The Monument Gameが証明したように、巧みなデザインによって投機と物語の調和も追求できる。今後、技術基盤が成熟し一般ユーザーへの敷居がさらに下がれば、ブロックチェーンARGはエンターテインメントのみならず教育、文化芸術、社会啓発まで多様な分野で応用されるだろう。プレイヤーが物語の共同創造者となり、現実世界の行為とデジタル資産が結び付き、コミュニティが自律的に運営されていく――そのような未来のゲーム像は、ブロックチェーンARGという実験場から既に芽吹き始めていると言える。今後の発展に際しては、投機熱だけに踊らされない持続的コミュニティ作りと、物語への敬意を保った設計思想が鍵となろう。従来のARGが培ってきた「人間の協働による物語創出」の文化に、ブロックチェーンの力を適切に融合させることで、21世紀型の新たな物語体験が一層豊かに花開くと期待できる。
参考文献(一部)
• Marraccini, A.V. Betting on Babel. Outland (2021)
• Protocol as Poetry: Case Study on Pak’s Protocol Arts. arXiv (2023)
• Omobonike, M. Parallel NFTs: The Future of Augmented Reality Games. Medium (2021)
• Parallel - IQ.wiki
• Medved, M. Inside Sam Spratt’s Cult of Luci and The Monument Game. NFT Now (2023)
• The derivatives of Loot (for Adventurers). NonFungible.com (2021)
• The Loot project, a shift of paradigm in the NFT space?. NonFungible.com (2021)
• Hoogendoorn, R. Neon District Boss Turns Herself into NFT. Medium (2020)
• Coindesk. ‘Satoshi’s Treasure’ Is a Global Puzzle With a $1 Million Bitcoin Prize. (2019)
• Right Click Save. Web3 and the Game of Creation (2023)