デジタル経済におけるプラットフォーム・コーポラティズムの誕生・発展
序論
近年、UberやAirbnbに代表されるプラットフォーム企業が台頭し、労働やサービス提供のあり方が大きく変容した。しかし、それら「シェアリングエコノミー」企業の多くは共有や協働を謳いながら、実態は従来型の資本主義的利益追求モデルに他ならないという批判が高まっている。労働者は独立契約者と位置付けられ、最低賃金以下の出来高払いに追い込まれたり、アルゴリズムによる一方的な管理下で働かされる例も少なくない。しかも個人の自家用車や自宅といった私的資源、さらには個人データまでが貨幣化され、市場原理に組み込まれている。このような状況への対抗策として、プラットフォーム協同組合(Platform Cooperativism)と呼ばれる新たなムーブメントが2010年代半ばに登場した。本稿では、協同組合運動の歴史的背景からこの動きの誕生と発展を辿り、理論的基盤と主要概念を整理する。さらに、世界各国の事例や政策的支援の動向を概観し、デジタル経済における所有・労働・ガバナンスの再定義としての社会的意義について考察する。
協同組合運動の歴史とデジタル経済への移行
協同組合は19世紀半ばの産業革命期に労働者や消費者の自助組織として誕生し、1844年のロッチデール先駆者協同組合にその原型が見られる。その後、協同組合原則(自主・民主的運営、経済的参加、教育・訓練、協同組合間協同、地域社会への関与など)が確立され、協同組合運動は世界的に広がった。20世紀を通じて農業、金融、製造、小売りなど幅広い産業で協同組合が発展し、現在では全世界で数百万の協同組合が約3億人を雇用するとも言われる(国際協同組合同盟: ICA 推計)。例えばスペインのモンドラゴン協同組合企業連合は1956年創設以来、従業員7万人超を擁する世界最大級の協同組合ネットワークへ成長している。また同連合では経営者であっても組合員最低賃金の5倍以上の給与は受け取らないとされ、巨大資本企業に典型的な極端な所得格差が抑制されている (参考:米国小売大手ウォルマートではCEO報酬が従業員中央値の1000倍以上とも報じられる )。
こうした協同組合の理念と実績は、21世紀のデジタル経済において新たな意味を持って甦った。2000年代後半からインターネット上で仲介されるプラットフォーム労働(ギグエコノミー)が急拡大し、仕事の仕方が大きく変わる一方で、労働法規制の抜け穴を突いた不安定就労や低報酬が深刻化した。グローバル金融危機後の不況期に台頭したシェアリングエコノミーは当初、「テクノロジーによる自律分散型の協働経済」のように喧伝されたが、その実態は巨大IT企業がインフラを独占し、中間搾取によって利益を上げるものであった。たとえば各国で急成長したライドシェアやデリバリーのプラットフォームでは、企業は自ら資産や人材を抱えず、個人の車両・労働力を用いてマッチングすることで急速なスケール拡大を実現した。その裏では、プラットフォーム側が一方的に報酬体系を変更して配達員の取り分を引き下げたり、アルゴリズム仕様を変更して利用者・労働者に不利益を強いるといった問題が各地で生じている。ユーザーやワーカーはプラットフォーム企業の意思決定に関与できず、サービスを使い続けるには提示された新条件を受け入れるしかないのが現状である。このようにプラットフォーム資本主義とも呼ばれる状況に対し、労働者たちは各国で抵抗を試みている。一つはプラットフォーム労働者が労働組合を組織し、企業側に労働環境の改善や報酬是正を交渉する動きであり、日本でもUberEats配達員が労組を結成した例がある。しかし交渉による改善には企業側の協力が不可欠であり、労組を通じた是正には限界も指摘される。もう一つのアプローチが、次節で述べるプラットフォーム協同組合というオルタナティブ(代替)モデルの構築である。
シェアリングエコノミーの構造的問題とプラットフォーム協同組合の位置づけ
シェアリングエコノミーの問題点を構造的に捉えると、それは資本と労働の分離と一極集中型の収益構造に行き着く。プラットフォーム企業は膨大なユーザーデータとアルゴリズムを武器に市場を支配し、リスクやコストは労働提供者個人に転嫁される。労働者は形式上「独立」しているため最低賃金や社会保険など法的保護を受けにくく、企業は法規制を巧みに回避して事業を拡大する。さらに、従来は市場の外にあった私的リソース(マイカーや自宅、空き時間)が商品化され、日常生活の領域まで収奪のプロセスが浸透している。Trebor Scholzはこれを「利益のために社会的交流へ収奪プロセスを埋め込む」新たな資本主義と批判している。またプラットフォーム企業のビジネスモデル自体、既存の労働法や業法を無視してまず既成事実を作り、ユーザー基盤の力で規制を骨抜きにするという「違法性を中核としたモデル」だと指摘される。実際UberやAirbnbは各地で既存法に抵触しつつ事業を拡大し、後追いでロビー活動により法改正や規制緩和を図ってきた。
こうした構造的問題に対し、「シェアされるべきなのは利益ではないか」という根源的な問いから生まれたのがプラットフォーム協同組合の概念である。ニューヨーク新社会研究大学のTrebor Scholz教授は2014年頃からプラットフォーム協同組合主義を提唱し、2015年11月にはジャーナリストのNathan Schneiderらとともに第1回プラットフォーム協同組合会議をニューヨークで開催した。この会議は世界中の活動家・研究者が集う契機となり、商業的ギグエコノミーへの批判と代替モデル構想のハブとなった。Scholzは2016年、ローザ・ルクセンブルク財団の報告書『Platform Cooperativism: Challenging the Corporate Sharing Economy(プラットフォーム協同組合主義―シェアリングエコノミー企業への挑戦)』を発表し、その中でプラットフォーム協同組合の基本戦略を次の3点に整理している :
1. 「クローンせよ」 – UberやAirbnb等のプラットフォームが持つ技術的中核を模倣し活用すること(利便性やマッチング技術自体は否定しない)。
2. 「団結せよ」 – プラットフォームの所有と運営を労働者やユーザーの連帯に基づき共同で行うこと(協同組合型の所有・経営)。
3. 「再定義せよ」 – イノベーションや効率性の価値基準を見直し、利益の最大化ではなくすべての関係者にとっての公平な利益と社会的価値の創出を目指すこと。
要するに、技術面では既存プラットフォームの長所を取り入れつつ、の仕組みを協同組合型に置換しようという試みである。このアプローチにより、プラットフォーム協同組合は「より人間的な職場=労働者に実利をもたらすモデル」を目指すとされる。実際、Scholzは「プラットフォーム協同組合主義こそ真のシェアリングを活性化し、市場そのものを否定せずにより公正な経済の処方箋となりうる」と述べている。
プラットフォーム協同組合の理論的背景には、従来の協同組合運動の原則に加え、デジタル時代の新しいコモンズ論やピア共同体の思想も影響している。たとえば米国法学者ヨチャイ・ベンクラーの指摘した「ネットワーク化されたピア生産」(非市場型で分散協調的な価値創出)や、P2P財団のミシェル・バウエンズが唱える「コモンズ指向の協同組合(Open Cooperativism)」の思想は、プラットフォーム協同組合の理念と親和性が高い。こうした先行理論も取り込みつつ、Scholzらはプラットフォーム協同組合の原則を具体化している。Scholzが提案したプラットフォーム協同組合運営の10原則には、共同所有、適正な賃金と所得保障、透明性とデータポータビリティ(利用者が自分のデータを持ち運び制御できること)、貢献の評価と承認、法的保護フレームワーク、そして社会保障のポータビリティ(福利厚生の持ち運び)等が含まれる。これらは端的に言えば、協同組合原則(民主的ガバナンス、経済的参与、公正)をデジタルプラットフォームに適用したものである。実際、国際協同組合同盟(ICA)と国際生産者協同組合団体(CICOPA)は2025年ILO総会に向けた声明の中で「プラットフォーム協同組合はデジタル経済の課題への強力な回答であり、労働者や利用者が民主的に所有・運営することで価値を公正に分配する。従来型プラットフォームが株主利益を優先するのに対し、プラットフォーム協同組合は社会正義や労働者の権利、持続可能な消費、コミュニティ支援といった倫理的コミットメントを重視する」と表明している。このように、理論的にはプラットフォーム協同組合は資本主義プラットフォームの所有・収益構造を根本から転換し、テクノロジーを人々の手に取り戻す試みと位置付けられる。
世界各国における実践事例
プラットフォーム協同組合の理念は2010年代後半から世界各地で具体的な事業として現れ始め、サービス分野や地域の多様性に富んだ事例が報告されている。現在では世界34か国で500以上ものプロジェクトがデジタル・プラットフォームに協同組合型の所有モデルを取り入れている。これらは労働者協同組合、データ協同組合、マルチステークホルダー協同組合、生産者協同組合など形態も様々である。以下、代表的な実践例をいくつか紹介する。
• CoopCycle(クープサイクル) – フランスを発祥とする自転車デリバリー業のプラットフォーム協同組合で、ヨーロッパ各地の自転車宅配労働者たちが立ち上げた連合体である。営利プラットフォームによる過酷な労働に対抗し、2017年頃から有志が宅配アプリのソフトウェアを開発、ボランティア団体として運営を開始した。特徴は、そのソフトウェアのライセンスを営利目的での利用に制限をかける代わりに、協同組合にのみ無償提供するという「Coopy Left」ライセンスを採用した点である。現在CoopCycleは欧州を中心に約70の地域協同組合をメンバーとする連盟組織へ発展しており、各地の協同組合が民主的に参加する評議会を通じてプラットフォーム全体の方針が決定される。サーバー維持費など必要経費の分担も協同組合間の話し合いで決められ、各加盟協同組合は自律的運営を保ちつつも共同のインフラを共有している。この連帯により、どの加盟組合においても一般的なプラットフォームより良好な労働条件(報酬水準や雇用保障)が確保されている。CoopCycleは連合型モデルによってネットワーク効果を拡大し、巨大プラットフォームへの対抗軸を築こうとしている点で注目される。現在は欧州以外にもアルゼンチンなど南米にも展開が始まっており、一部では政府助成を受けた実証事業として導入されるケースも出ている。
• Stocksy United(ストクシー) – 2013年にカナダで設立されたストックフォト(写真素材)販売プラットフォームの協同組合。写真作家と運営スタッフが出資・参加する生産者協同組合であり、営利目的の大手ストックフォト企業が写真家に不利なロイヤリティ改定を重ねてきた業界に一石を投じる存在として誕生した。創業者の一人であるBruce Livingstone(元iStockphoto創業者)は、「アーティストが自ら所有し透明性のあるビジネス」を掲げ、共同創業者らと総額120万ドルの私的ローンを投入してStocksyを立ち上げた。ベンチャーキャピタルに頼らず自己資本で創業したことで外部株主の干渉を受けずに済み、事業は初年度から黒字化、2015年までに創業者ローンを完済すると同時に組合員(写真家メンバー)へ初の配当20万ドルを支払うまでになった。Stocksyの特徴は、世界中の優れた写真のみをキュレーションして販売する高付加価値路線と、収益をメンバーと公平に分かち合う配当システムにある。売上に応じた配当金が毎年写真家メンバーに支払われており、その総額は累計160万ドルにも達する。運営は組合員による年次総会や継続的なオンライン討議によって民主的に行われ、株式は1口=1ドルの等価で発行されるため議決権も平等である。経営上必要な専門性と民主的意思決定のバランスにも配慮しつつ、創業以来一貫して「コミュニティを信頼し透明性に投資する経営モデル」を実践している点が評価されている。Stocksyはプラットフォーム協同組合の成功例として各国から注目を集めており、近年では他業種の協同組合化を志す起業家への助言も行っている。
• Up&Go(アップアンドゴー) – アメリカ・ニューヨーク市で2017年にサービス開始したハウスクリーニング(家事代行)プラットフォームで、低賃金に苦しんでいた移民系の女性家事労働者たちが自ら立ち上げた協同組合型プラットフォームである。ニューヨークでは従来から家事サービスの労働者協同組合(例:Si Se Puede! Cooperativeなど)が活動していたが、集客や予約管理で大手仲介サービスに遅れを取っていた。そこでコミュニティ団体の支援のもと複数の協同組合が連合し、共同のオンライン予約サイト「Up&Go」を開発した。開発資金にはニューヨークの貧困対策に取り組む非営利財団ロビンフッド財団や、英バークレイズ銀行の社会事業助成金など複数の助成金が充てられた。プラットフォームは参加協同組合(当初3団体、現在は拡大)の共同所有であり、サービス利用者が支払う料金の95%が実際に作業を行う協同組合側に渡り、残る5%のみをプラットフォーム維持費に充てるという収益配分モデルを採用している。この労働者取り分95%という比率は既存のどの家事代行プラットフォームよりも高く、公正なモデルとして強調されている。Up&Go参加協同組合のメンバーはプラットフォームの主要な意思決定に投票権を持ち、利益配分にも関与する。サービス開始後、参加協同組合の家事労働者の時給は平均10ドル台から25ドル以上へと向上し、福利厚生の拡充も実現していると報告されている。Up&Goは市民団体や金融機関との連携によって生まれた成功例であり、「労働者にとってより公平で安心できるギグワークのモデルケース」として米国内外で紹介されている。現在はニューヨーク以外の都市(フィラデルフィア等)への展開も模索されている。
上記の他にも、世界には多彩なプラットフォーム協同組合が存在する。例えば、ニューヨーク市では約2万人のタクシー/ライドシェア運転手が加入するThe Drivers Cooperative(ドライバーズ・コオペラティブ)が2021年に設立され、運転手自身が出資・運営する配車アプリを提供している。また、音楽ストリーミング分野ではアイルランド発のResonateがアーティスト・レーベル・リスナー共同所有のプラットフォームを掲げ、株式クラウドファンディングで資金調達を行いながらサービスを開発している。このように、交通、配達、クリエイティブ産業、介護、人材マッチングに至るまで様々な業種で協同組合型プラットフォームが試行されており、現在も新たなプロジェクトが世界中で生まれている。
政策的支援と国際機関・自治体の取り組み
プラットフォーム協同組合の広がりを受けて、国際機関や各国政府・自治体もその可能性に注目し始めている。国際労働機関(ILO)はプラットフォーム労働に関する報告書の中で協同組合など連帯経済(Social and Solidarity Economy)の果たす役割に言及し、デジタルプラットフォームを共同で所有・管理する動きを有望な選択肢として位置付けている。また前述の通りICAやCICOPAといった国際協同組合組織もILO会議に共同声明を提出し、プラットフォーム協同組合が「労働者に適切な法的保護と権利付与を行い、従来型プラットフォームの弊害(不安定雇用や搾取)を克服する公正な代替モデル」であると強調した。さらに欧州連合(EU)ではソーシャルエコノミー(社会的経済)政策の一環としてプラットフォーム協同組合への支援が議論されている。実際、欧州の幾つかの都市では公共政策として協同組合型プラットフォームを育成する試みが進んでいる。例えばバルセロナやアムステルダムでは、都市独自の配車・観光プラットフォームを協同組合モデルで立ち上げ、大手企業の独占に対抗しようとするプロジェクトが始まっている。スペイン・バルセロナ市は2016年に「プラットフォーム協同組合を促進する市議会宣言」を採択し、地元の協同組合と連携した配車アプリや住居シェアリングの実証実験を支援した。また韓国・ソウル市では公営の民泊サイト「Munibnb」の構想が立ち上がり、Airbnbに代わる公共プラットフォームとして利益を公共サービス財源に充てる計画が報じられた。一方、プラットフォーム協同組合発祥の地であるニューヨーク市も興味深い動きを見せている。同市では2015年に世界初のプラットフォーム協同組合会議が開催されて以来、Up&GoやDrivers Cooperativeなど実践例が生まれ、行政も労働者協同組合への支援プログラム(NYC Worker Cooperative Business Development Initiative)を通じて間接的にこうした動きを後押ししてきた経緯がある。ニューヨーク市はとりわけ移民や低所得労働者のエンパワーメント策として協同組合企業の育成を重視しており、その延長線上でプラットフォーム協同組合にも注目が集まった。以上のように、国際機関や自治体レベルでプラットフォーム協同組合をデジタル経済の公正化策として評価・支援する機運が高まっている。もっとも具体的な制度整備や財政支援は始まったばかりで、今後各国で法的枠組みの整備や資金供給策の構築が課題となる(後述)。
プラットフォーム協同組合の課題と技術的展望
プラットフォーム協同組合は有望なモデルといえども、現実に普及・定着させる上では多くの課題に直面する。主な制度的課題として以下が挙げられる。
• 資金調達の困難: 急成長を目指す通常のスタートアップ企業とは異なり、協同組合は外部資本への高配当や支配権譲渡を約束できないため、大口の投資資金を集めにくい。実際、ベンチャー投資家の多くは協同組合に対し「リスクは同等でも見返り(リターン)が少ない」 と消極的で、創業者が出資を募ろうとしても条件面で折り合わないケースが多い。UberやAirbnbが巨額のVC資金を背景に赤字拡大戦略で市場独占を図ったのに対し、協同組合は安易に赤字拡大できず自力成長を求められる。この資本アクセスの差は、特に技術開発やマーケティングにおいて協同組合を不利にする要因である。もっとも、この問題に対応して信用協同組合(協同組合系銀行)や地域金融からの融資、政府補助金、さらには地域住民からのクラウドファンディング等、従来型とは異なる資金源を模索する動きも出てきている。例えば音楽配信プラットフォームのResonateは協同組合向けクラウド株式投資(Equity Crowdfunding)を活用し、ユーザーの出資参加を募ることで運転資金を確保した。今後、協同組合に適した投資スキームの拡充が重要となろう。
• スケールと競争: ネットワーク効果による「勝者総取り」の傾向が強いデジタル市場では、新興協同組合プラットフォームが臨界規模に達する前に資本力のある競合に阻まれるリスクが高い。Uberなどは莫大な広告宣伝費や価格補助で市場を先取りしユーザー囲い込みを図ってきた。協同組合が同じ土俵でこれに対抗するのは容易ではない。特に利用者基盤の小さい立ち上げ期には、十分な仕事案件を提供できず労働者の参加が進まないジレンマもある。しかし一方で、Facebookに対するMySpaceのようにデジタル業界では既存巨人も不変ではないことも歴史が示している。協同組合がニッチな需要から着実に支持を広げる戦略や、既存の地域協同組合ネットワークを活用して利用者コミュニティを組織化する戦略によって一定の規模を達成し、競争力を発揮している例も存在する(CoopCycleやUp&Goはその好例である)。今後は協同組合間の連携によるプラットフォームの相互接続(インターオペラビリティ)やフェデレーション戦略によって、分散した小規模プラットフォームが連合して規模の経済を生み出す動きも期待される。
• 法制度上の制約: 協同組合の法人形態やガバナンスに関する法整備が国によって整っていないことも普及の妨げとなる。特にオンラインプラットフォームは国境を越えて活動する場合が多いが、協同組合はしばしば各国(各州)の法的認可手続きが煩雑で、多国展開時に追加コストや法的不確実性を伴う。また既存の協同組合法では想定されていないマルチステークホルダー型(労働者と利用者の双方が出資・議決権を持つ)の組織構造をとる場合、適合する法人形態がないケースもある。この点、多くの州で協同組合制度が発達している米国では2000年代後半より「限定協同組合協会(LCA)」という新しい法人格が導入され始め、外部投資受け入れや様々な利害関係者の参加を柔軟に認める枠組みが出てきている。例えばコロラド州ではブロックチェーン業界の分散型自律組織(DAO)がこのLCAを利用し、協同組合DAOとして法人口格を得る動きも見られる。こうした新制度の活用や法改正の働きかけによって、プラットフォーム協同組合が直面する法的制約を乗り越える試みが進行中である。
一方、テクノロジーの進歩はプラットフォーム協同組合に新たな展望ももたらしている。その一つがブロックチェーン技術とDAO(分散型自律組織)の活用である。ブロックチェーン上のスマートコントラクトを用いることで、組合員間の信頼や分配ルールをプログラムで保証し、グローバル規模のオンライン共同意思決定を実現できる可能性がある。例えば、デザイナーや開発者から成る協同組合「IndieDAO」はブロックチェーン上に投票システムを構築し、提案から投票・執行までをオンチェーンで行っている。このようにDAOを採用すれば、協同組合の原則である「1人1票」の民主制をグローバルな匿名参加者にも適用でき、しかも投票履歴や財務を透明化できるという利点がある。他方で、DAOトークンによる投票では保有量に応じた議決権配分など資本主義的要素が入り込みやすく、協同組合原則との整合性を保つ工夫が必要との指摘もある。それでも協同組合型DAOという形態は今後増えていくと予想され、法律家の中には「Web3技術と協同組合原則の結合こそ、ビッグテックに対抗しうる革新的モデル」と評価する声もある。また技術面では他にも、協同組合向けの管理ツールやリーガルテックの整備が進みつつある。たとえば米国では協同組合のための標準定款やガバナンス規程をオンラインで提供するサービス、組合員間の電子投票や利益配分を自動化するソフトウェアなどが登場しており、従来煩雑だった協同組合運営を効率化するサポートが増えている。総じて、テクノロジーは資本集中をもたらす諸刃の剣であったが、その力を協同組合原則で包み直すことで逆に分散・自律的な経済組織を拡大する手段ともなり得る。プラットフォーム協同組合はまさにその可能性を切り拓こうとしている。
所有・労働・ガバナンスの再定義:理論的・社会的意義
プラットフォーム協同組合が提起する最大の意義は、デジタル経済における所有・労働・ガバナンスの再定義である。それは単に新しいビジネスモデルの一形態に留まらず、経済活動のあり方を根源から見直す社会的実験とも言える。
所有の再定義について言えば、従来のプラットフォーム企業では資本(株主)が支配的地位を占め、利用者や労働者はサービスを利用・提供するだけで経営への発言権や利潤へのアクセスを持たなかった。これに対し協同組合モデルでは、「利用する者が所有する」原則が貫かれる。国際協同組合同盟によれば協同組合とは「共通の経済的・社会的・文化的ニーズを持つ人々が自主的に結集し、共同で所有し民主的に管理する事業体」である。すなわちプラットフォーム協同組合では、プラットフォームで働く労働者やサービスのユーザーこそが出資者=メンバー所有者(member-owner)となる。その結果、生み出された価値(利益)は投資家ではなくメンバーに帰属し、事業の方針もメンバー自身が決定していく。このステークホルダー主権型の所有構造は、富と権力の分配構造を変革しうるものだ。協同組合では出資額にかかわらず一人一票の議決権が基本となるため、資本の大小ではなく人間の平等に基づく統治が実現する。また利益配分も、単なる資本配当ではなく利用高配分(パトロネージュ)などメンバーの貢献度に応じた公正な分配が行われる。例えば前述のStocksyでは、利益剰余の50%を出資配当に、50%を各写真家の年間売上割合に応じた追加ロイヤリティ配当に充てる仕組みで、トップクリエイターほど報酬が増えると同時に全メンバーが事業成功の果実を享受できるよう設計されている。プラットフォーム協同組合はこのように所有と配分のルールを変えることで、経済活動をより公平で持続可能な方向へ導く可能性を示している。
労働の再定義という観点では、プラットフォーム協同組合は労働者を「コスト」ではなく「主体」として位置付け直す。従来のギグワークは使い捨て的・匿名的な関係性の下で行われ、労働者はアルゴリズム管理に従属し交渉力を欠いていた。これに対し協同組合では労働者が経営主体であるため、自ら労働条件を決定し交渉する権限を持つ。プラットフォーム協同組合はそのビジネスモデル上、労働者にとって魅力ある職場でなければ成り立たない。したがって多くの事例で労働者の収入向上や福利厚生の充実が重視される(Up&Goでは労働者取り分95%、Stocksyではメンバーへの高率配当など)。Eurofoundの分析によれば、プラットフォーム協同組合は労働者中心的(worker-centric)であり、適正な労働条件の確保や社会保障アクセスの保障、仕事のやりがい向上に資する取り組みを行っている。結果として、従来は疎外されがちだったプラットフォーム労働に尊厳(dignity)と安定をもたらし、労働と生活の両立やコミュニティへの貢献を可能にしている。さらに、協同組合では労働者が自らデータやプライバシーの管理にも関与できる。例えばある技術系協同組合では「どのデータを収集し、どう活用するかをメンバー自身が決める」ことを原則としており、場合によってはユーザーが自分のデータ販売に同意し収益還元を受ける仕組みも考えられる。このようにプラットフォーム協同組合は労働者を単なる労働力商品から意思決定者・利害共有者へと変え、労働そのものの意味を書き換えつつある。
ガバナンスの再定義も重要なポイントである。巨大プラットフォーム企業では、経営方針からアルゴリズム変更に至るまでトップダウンで決定され、ユーザーや労働者は一切関与できないケースがほとんどだった。そのためプラットフォーム上の取引ルールや評価システムが不透明で恣意的になりやすく、しばしば労働者に不利益を強いる原因となっていた。協同組合モデルでは、プラットフォームの規約やアルゴリズムの変更も含め民主的な意思決定プロセスが組み込まれる。具体的には、組合員総会や選出された理事会によって重要事項が討議・決定され、少なくとも情報開示と説明責任が果たされる。アルゴリズムの透明性やデータポータビリティを原則とする例も多く、協同組合員は自分たちの働く場のルール形成に発言権を持つ。これは単に公平なだけでなく、現場の知見を経営に反映させるという実効性の面でも利点がある。例えばStocksyでは写真家メンバーから経営陣へのフィードバックや提案が日常的に行われ、商品の品質向上や長期的なビジョン策定に役立っていると報告される。また協同組合のガバナンスは地域社会とも親和性が高い。株主利益ではなく組合員や地域の利益を重視するため、事業運営が地域ニーズに根差し、利益の地域内循環をもたらす。プラットフォーム協同組合はしばしば環境配慮や持続可能性、コミュニティ支援といった公共的目標も掲げており 、営利企業では後回しにされがちな価値を組織原則に織り込んでいる。以上のように、プラットフォーム協同組合は組織ガバナンスの面で集合的自治と透明性を追求し、プラットフォームを利用者・労働者自身の手に取り戻す試みと言える。
このような所有・労働・ガバナンスの再定義がもたらす社会的意義は大きい。第一に、協同組合モデルの普及はデジタル経済における所得格差是正とエンパワーメントにつながる可能性がある。プラットフォーム協同組合では利益が一部の資本家ではなく労働者やユーザーに分配されるため、富の分配構造がより平等になる。特にギグワーカーの多くは従来低賃金・不安定労働に甘んじていた層であり、彼らが所有者となり利益を得ることで生活水準や地域経済への波及効果も期待できる。第二に、労働者が意思決定に関わることで労働の質が高まり、仕事への誇りやモチベーションが向上する。協同組合では離職率が低く生産性が高いという調査結果もあり、安定したコミュニティの形成にも寄与するとされる。第三に、協同組合的ガバナンスは利用者にとってもアカウンタビリティの向上を意味する。サービス利用規約の変更や個人情報の扱いについて、ユーザー代表が発言できる仕組みがあれば、ブラックボックス化したアルゴリズムによる被害やプラットフォーム企業の独善を抑止できる。これはデジタル権利の観点からも重要である。さらに長期的には、プラットフォーム協同組合の累積が資本主義的経済のアンバランスを是正し、より民主的で持続可能なデジタル経済エコシステムの構築に寄与しうる。実際、ICAはプラットフォーム協同組合の広がりが「包摂的で公正なプラットフォーム経済」を育むと評価している。またJason Wienerら論者は、Web3技術と協同組合モデルの結合がビッグテックによる独占支配に風穴を開け、誰もが利益を享受できる新たな経済システムへの転換点になると指摘する。こうしたビジョンが実現するかは未知数だが、少なくともプラットフォーム協同組合運動は現状のデジタル経済が抱える問題(所得不平等、労働の不安定性、データ独占など)に対し具体的なオルタナティブを提示した点で大きな意義を持つ。
結論
プラットフォーム協同組合は、19世紀以来培われてきた協同組合原則と21世紀のデジタル技術を融合させることで、生まれつつある新しい経済モデルである。そこでは共同所有と民主的ガバナンスによって利益と権限が広く共有され、労働とサービス提供の在り方が人間中心へと組み替えられている。まだ萌芽的な段階とはいえ、世界各地の実践はこのモデルの可能性と課題を浮き彫りにしてきた。資金調達やスケーリングなど乗り越えるべきハードルは多いものの、協同組合間の連帯や技術革新によってそれらへの対処策も見え始めている。なにより、プラットフォーム協同組合が示すビジョンは、デジタル経済において利益の配分と意思決定の構造を公正で持続可能な形に作り変えるという壮大な挑戦である。その背景には「テクノロジーの恩恵を資本ではなく人々の手に取り戻す」という思想があり、それは単なる理想論に留まらず各地の具体的プロジェクトとして動き出している。今後、このムーブメントがより広範な支持を得て、必要な制度改革や社会的支援を獲得できるかが重要になるだろう。プラットフォーム協同組合の行方は、デジタル時代における経済民主主義の実現可能性を占う試金石であり、その成功と失敗から得られる知見は今後の社会経済システム設計に大きな示唆を与えるに違いない。私たちがテクノロジーと経済の関係を問い直し、「協同による共有」という原点に立ち返るとき、プラットフォーム協同組合は持続可能で包摂的な未来への一つの道筋を示しているのである。
参考文献(一部):
• Scholz, Trebor. Platform Cooperativism: Challenging the Corporate Sharing Economy. Rosa Luxemburg Stiftung, NYC (2016) 他.
• Scholz, Trebor and Nathan Schneider (eds.). Ours to Hack and to Own. OR Books (2017).
• 江口晋太朗「広がるプラットフォーム協同組合、その背景にある雇用と労働の関係」『コモングッドをもとめて』28号 (2024) 他.
• ICA & CICOPA Joint Statement on Decent Work in the Platform Economy (2025) .
• Grassroots Economic Organizing, “Innovative Funding Models for Worker-Owned Platform Co-ops” (2018) 他.
• Eurofound, “Platform cooperatives ensure caring in the sharing economy” (Blog, 31 Mar 2022) .
• Wiener, Jason. “Cooperatives: the fulfilment of big tech’s empty promises” (Blog, 2023) 他.
• Platform Cooperativism Consortium (PCC) 公式サイト .
• その他、各種プラットフォーム協同組合の公式サイト・報道資料(CoopCycle, Stocksy, Up&Go etc.) 他.