デジタルアートと戦争表象の交差点としての《Random War》
エグゼクティブサマリー
チャールズ・スーリとジェイムズ・シェーファーによる《Random War》(1967)は、初期コンピュータ・アートの代表作であるだけでなく、戦争を「偶然」「計算」「データ化」という三つの視点から捉え直した、きわめて早い時期の戦争表象でもある。公式作品解説、1968年の《Cybernetic Serendipity》掲載文、後年の展覧会図録を総合すると、本作は玩具の兵士一体をデータ化し、乱数生成によって400人の兵士の配置・階級・死傷・行方不明・勲章授与までを自動決定することで、戦争における生死の恣意性と、計算機が戦場をシミュレートしうる時代の到来を同時に示した作品である。しかもそれは、ベトナム戦争下のアメリカ社会の分断、そして「コンピュータは救済か、非人間化の装置か」という同時代の技術観の揺れの中で制作された。
結論を先に述べれば、《Random War》の重要性は、単に「戦争を題材にした初期デジタル作品」であることにはない。むしろ、軍事シミュレーションと同型の計算手続を芸術へ転用し、その冷酷な論理を、実名のリストや勲章欄によって逆説的に人間の傷と不条理へ反転させた点にある。1968年には《Cybernetic Serendipity》で「コンセプチュアル・アートであり、コンピュータゲームを予示した」と受け止められ、2006年の再制作、2011年のリアルタイム/ネットワーク版への再媒介化、2026年の追悼展へと受容が継続していることも、その問題設定が現在なお失効していないことを示している。
指定作品《Random War》の詳細分析
《Random War》は1967年の作品であり、ZKMの収蔵データベースも同年を明記する。スペインのLABoralの作品ページは、さらに「1967年8月24日」と日付を特定している。作者表記はチャールズ・スーリとジェイムズ・シェーファーの連名であり、1968年の《Cybernetic Serendipity》掲載文でも “Idea and programme” として両名が並記されている。
技術的には、本作は手描きの玩具兵士を基本要素としてデータ化し、乱数生成器によって兵士の分布と位置を決定する生成芸術である。1968年の掲載文によれば、赤軍と黒軍の二軍が設定され、各兵士には実在の人物名が与えられ、階級も乱数によって付与された。さらにプログラムは遠近法も自動制御し、30×100インチの戦場画像と、死者数・負傷者数・区画ごとの死傷者・アルファベット順の死傷者および生存者一覧を出力した。ZKMは使用機材を IBM 7094 とドラム・プロッタと記し、スーリ/シェーファーの1968年論文再録は、一般的制作手順として、線分による原画作成、カードへのデジタイズ、数学的アルゴリズムの実装、そして CalComp 563 プロッタへの出力を説明している。スーリの略歴資料では、1964年以降に IBM 7094 と FORTRAN、IBM 1130 によるプロッタ制御が用いられていたことも確認できるため、《Random War》もその IBM/FORTRAN 系の制作環境に属したとみてよい。もっとも、個別機種表記は資料間で “drum plotter” と “CalComp 563 plotter” の粒度差があるため、本レポートでは「IBM 7094 と CalComp系ドラム・プロッタ」と整理する。
表現手法の中心は、乱数による配置そのものを戦争の主題化へ転換する点にある。公式解説では、玩具兵士のドローイングがデータセットとして使われ、各兵士が名前と階級を与えられたうえで、死、負傷、行方不明、生存、そして勲章の有無へ自動的に振り分けられるとされる。後年の図録解説は、400人の兵士と書誌的なリストが一体となった画面を「シミュレーションの結果」と呼び、擬似乱数によって決まる数学的処理と、戦場で経験される運命の偶然性とを正面衝突させた作品として読む。
視覚的特徴は明快である。図録解説によれば、白い地の上に赤と黒に符号化された同型の兵士たちが散在し、ときに孤立して直立し、ときに崩れ落ちた集塊を形成する。上部には二軍それぞれのシリアル番号と人名の一覧が走り、そのリストが死者、負傷者、行方不明者、生存者、英雄、勲章受章者を示す。したがって本作は、単なる「戦闘図」ではなく、「戦場」と「データベース」が同一画面に共存する構造をもつ。フルサイズ画像でも、下方の兵士群の不規則な分布と、上部テキスト欄の冷たい整列とが強い対照をなしている。
作者の意図については、一次資料に近い複数の証言が一致している。1968年掲載文は、《Random War》が「想像上の戦争」でありながら、変数を増やせば情報・地形・兵器・兵士の身体条件まで取り込み、現実の戦闘をコンピュータ上でシミュレートしうると述べる。他方、後年の図録解説は、スーリがアルデンヌ攻勢を生き延びた退役軍人であり、《Random War》で数学的擬似乱数と人間経験の偶然性を対置したと読む。またスーリの芸術観として、「人間の精神性に奉仕するためにコンピュータ技術を使うこと」が課題である、という自己規定も同図録に引かれている。要するに《Random War》は、計算機を戦争計算の装置として礼賛した作品ではなく、その計算可能性の冷酷さを、むしろ可視化するために用いた作品である。
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簡易キャプションとしては、前者が「赤黒二軍の兵士群と死傷・勲章リストを同一画面に組み込んだ完成版イメージ」、後者が「プロッタ紙上の試作断片/プロトタイプ」である。
歴史的・政治的文脈
本作の制作時点で、アメリカはベトナム戦争の最中にあり、スーリの公式解説はそのことを明示している。すなわち、東南アジアで戦争が続く一方で、国内では反戦感情が社会を分断し、同時にテクノロジーは郊外の家庭文化の中で救済の象徴として受け止められる一方、混乱・脱人格化・人間劣化をもたらす「悪魔的な力」とも見なされていた。しかも美術界には、「コンピュータで芸術を作ること自体が悪である」という態度もあったと記される。こうした技術受容の両義性こそ、《Random War》が成立した最重要の背景である。
加えて、本作はスーリ自身の戦争体験と切り離せない。LABoral は、彼が第二次世界大戦でヨーロッパ戦線に従軍し、運命と偶然が支配する戦争の狂気と不条理を目撃したと説明する。図録はさらに、彼がベルギーのアルデンヌ攻勢における危険な志願任務を生き延びた人物であったと記す。したがって《Random War》は、1960年代のベトナム戦争をそのまま表象するというより、第二次大戦の兵士経験が、ベトナム期の計算機時代に再記述された作品と理解すべきである。
1968年に《Random War》が出品された《Cybernetic Serendipity》の文脈も重要である。公式サイトによれば、この展覧会はロンドンICAで開催された、コンピュータと芸術の関係に捧げられた最初期の国際的企画の一つであり、アーティスト、数学者、技術者、作曲家、詩人が同席した。同展カタログの同じ紙面には、日本の Computer Technique Group from Japan のアルゴリズム変換作品群や、ボーイング社による U.S. Air Force のパイロット・データを用いた《Human Figure》も掲載されている。そこでは、芸術的生成と軍事・航空工学的モデリングが同じ「コンピュータ画像」の地平で隣接していた。ゆえに《Random War》は、軍事シミュレーションと芸術的批評が未分化に交差していた1960年代後半のメディア環境を、最も鋭く反映した作品である。
理論的枠組み
《Random War》を体系的に読むためには、少なくとも四つの理論軸が必要である。
第一は、アルゴリズム的偶然性の軸である。図録は、本作を「擬似乱数による数学」と「人間が運命として経験する偶然性」との衝突として読む。ここで乱数は、作者性の放棄ではなく、統制不能なものを可視化するための形式である。スーリ/シェーファーの論文も、コンピュータを芸術家が多数の変数を扱い、従来より広い可能性空間を探査するための新しい媒介と位置づけている。つまり《Random War》における「ランダム」は、機械的無作為性であると同時に、戦争における生死の不均等な配分を象徴する審級でもある。
第二は、シミュレーションの軸である。1968年のテキストは本作を終始「想像上の戦争」と呼びつつ、地形、兵器数、兵士の身体条件、敵情判断などの変数を追加すれば、実戦前に戦闘結果を予測しうると述べる。この発想は、戦争が「見るもの」から「事前計算されるもの」へ移行する局面を端的に示している。したがって《Random War》は、戦争を描いた画像である以上に、「戦争が計算可能なシステムとして再編されること」そのものを主題化した作品である。
第三は、記名と記憶の軸である。公式サイトと図録は、本作で実在の人物名—大学関係者やロナルド・レーガン、ジェラルド・フォードなど—が兵士として入力され、死傷・行方不明・生存・勲章へ振り分けられたことを記す。名前の導入によって、兵士は抽象的な記号ではなく、参照可能な社会的人物となる。そのため《Random War》の画面上部のリストは、単なる付帯情報ではない。戦争の匿名化を拒み、戦場を「名簿」としても経験させる装置なのである。図録が本作をマヤ・リンの《Vietnam Veterans Memorial》と対置するのも、この名前の政治性ゆえである。
第四は、コンセプチュアル・アート/ゲーム前史の軸である。公式ページは、1968年の《Studio International》が《Random War》を「コンセプチュアル・アート」であり、「コンピュータゲームを予示した」と評したことを伝える。また2011年のアーティスト・ステートメントでは、スーリ自身が《Random War》(1967) の当初のヴィジョンを「リアルタイムな仮想イベント」として人々に経験させることだったと述べている。静止画としての《Random War》は、したがって本来から、ゲーム、シミュレーション、インタラクティブ・アートへと開いていたと言える。
以上を総合すると、《Random War》は、メディア論的にはシミュレーション批評、戦争研究的には生死のアルゴリズム化、アート史的には言語と画像の統合による概念芸術、記憶研究的には名簿化による個別化の作品である。四つの軸が一枚の画面で重なっていることこそが、本作を初期デジタルアートの中でも特殊な位置へ押し上げている。
比較分析
初期コンピュータ・アートには、《Random War》ほど直接的に戦争を扱う作品が必ずしも多くない。そのため以下の比較表では、戦争表象に直接関わる作品だけでなく、同時代の計算機画像文化において《Random War》を取り巻いた隣接事例も含めて、方法・主題・政治性の差異を見える化する。
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作品名 作家 年 技術 主題 共通点・相違点 出典
Random War Charles Csuri, James Shaffer 1967 IBM 7094、ドラム・プロッタ、リトグラフ/シルクスクリーン/プロッタ出力 戦争、死傷、偶然、記名 乱数と名簿を戦争批評へ転用する基準作品である。 citeturn1view3turn18view1turn1view0
Running Cola Is Africa Computer Technique Group from Japan 1967/68 FORTRAN IV、IBM 7090、Calcomp 563 plotter アルゴリズム変換、記号の変形 同じ《Cybernetic Serendipity》圏に属し、日本の初期計算機美術を代表する。共通点はルールベース変形であり、相違点は戦争・名簿・死傷の問題が不在なことである。 citeturn5view0
Human Figure Boeing Computer Graphics 1967/68頃 IBM 7094、Gerber plotter、U.S. Air Force のパイロット・データ 軍事的人体モデリング、コックピット視認性 《Random War》と同時代に、軍事/航空工学の身体可視化が芸術展示空間へ流入していたことを示す。共通点は計算機による戦争関連可視化、相違点は批評性ではなく運用合理性が中心である。 citeturn5view0
Random Color Distribution Charles Csuri 1967 乱数生成、手描き像の数学的変換 顔貌表象、ランダム分布 同じ1967年のスーリ作品で、乱数と手描き入力の接続を示す。共通点は偶然性の操作、相違点は戦争の政治的寓意が前景化しない点である。 citeturn18view1
Random War Charles A. Csuri 2011 リアルタイム/仮想イベント、映像的再媒介化、ネットワーク・データ 仮想戦争、参加者データの再配置 1967年作の問題設定をソーシャル・メディア環境へ更新した事例である。共通点は実名・階級・死傷の再配置、相違点は静止画からリアルタイムのイベントへ変化した点にある。 citeturn1view5turn19search19turn12search5
この比較から見えてくるのは、《Random War》の独自性が二重であるという点である。一方では、日本やアメリカの同時代作品と同様に、数学的変換、プロッタ出力、手描き入力のデジタイズという初期計算機芸術の共通語彙を共有している。他方で、その共通語彙を戦争の死傷・名簿・勲章・予測へ直結させた作品は、少なくとも今回確認できた一次資料群の中では《Random War》が突出している。
影響と受容および倫理的論点
受容史の上でまず重要なのは、《Random War》が1968年の《Cybernetic Serendipity》に出品され、その時点ですでに初期コンピュータ・アートの象徴的作品として位置づけられていたことである。公式ページは同作を20世紀で最も重要な作品の一つとまで評する言説を掲載し、《Studio International》による「コンセプチュアル・アートであり、コンピュータゲームを予示した」という記述も再録する。今日、ZKM と Buffalo AKG のコレクション情報からも、本作が単なる技術史資料ではなく、美術館コレクションの対象として再評価されていることがわかる。
展示史は、同時に保存史でもある。2006年の《Beyond Boundaries》図録は、《Random War》が展覧会直前に発見された大判ネガから再制作されたこと、オリジナルの電子版シリーズは現存せず、1968年に展示された白色プラスチック上のシルクスクリーン版の所在も不明で、現存するのは小断片のみであると記す。ここからは、初期デジタルアートの保存が、ソフトウェアだけでなく、出力媒体、ネガ、再版、断片といった複数の物質層にまたがることが読み取れる。
その後の再媒介化も本作の影響を物語る。2011年のISEA資料では、《Random War》(2011) が、1967年のヴィジョンだった「リアルタイムな仮想イベント」を実現するものとして提示された。キュレーターのランフランコ・アチェティは、ザグレブ現代美術館のメディア・ファサード上で本作を映像化し、Facebook データを用いて仮想戦争を再構成したと説明している。さらにオハイオ州立大学の2026年追悼展は、《Random War》を「戦争の無差別な影響を際立たせるために乱数生成器を用いた」作品として紹介している。初期のプロッタ作品が、ネットワーク化、巨大スクリーン化、教育展示化を経て読み継がれているのである。
教育的利用の観点から見ると、《Random War》は、デジタルアート史、戦争表象論、メディア考古学、アーカイブ/保存論を横断して教えやすい作品である。理由は、本作が一枚の画像の中に、アルゴリズム、乱数、データ名簿、軍事シミュレーション、実名の倫理、展示保存の問題を同時に含むからである。しかも、図録や公式展示紹介は、戦争の経験を抽象化するだけでなく、名前によって再個別化する構造を明示しているため、単なる「コンピュータ芸術の始祖」としてではなく、「計算と暴力の関係を問う教材」として機能する。
倫理的論点は少なくとも三つある。第一に、ゲーム化の問題である。公式ページ自身が本作を「今日の戦略ベースのビデオゲームのようだ」と説明する以上、《Random War》は戦争をゲーム化する危険をはらむ。しかし同時に、具体名のリストと死傷分類によって、そのゲーム化を容易に快楽へ回収させない。第二に、軍民両用技術の問題である。スーリが用いた IBM 7094 は、別作品解説によれば NASA や初期ミサイル防衛にも用いられた計算機であり、《Random War》のカタログ文も戦闘予測への応用可能性をあえて書き込んでいる。第三に、ネットワーク時代のデータ倫理である。2011/2012年版では Facebook 友人データが死傷・勲章へ組み替えられ、戦争の無差別性が現代的ソーシャル・グラフの上で再演される。その鋭さは、同時に個人データの同意と可視化の問題を伴う。
図表・視覚資料
以下のタイムラインは、《Random War》をスーリの戦争経験、初期コンピュータ利用、再制作、再媒介化、追悼展示の流れの中に置き直したものである。内容は、オハイオ州立大関連図録、公式サイト、ISEA、Buffalo AKG、追悼展紹介に基づく。
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timeline
title Random War をめぐる主要年表
1943-1946 : スーリが軍務に就く
1964 : IBM 7094 と FORTRAN を用いた制作環境が始動
1967 : 《Random War》制作
1968 : ICA ロンドン「Cybernetic Serendipity」に出品
2006 : 大判ネガから再制作
2011 : 《Random War》(2011) がザグレブで再媒介化
2023 : Buffalo AKG がポートフォリオ版を収蔵
2026 : オハイオ州立大学の追悼展で再提示
以下の関係図は、《Random War》が単一の戦争画ではなく、戦争経験、乱数生成、名簿化、シミュレーション、展示史、ネットワーク再媒介化を束ねるハブであることを示す。
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graph TD
B --> A
C --> A
D --> A
E --> A
F --> A
G --> A
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A --> J
A --> K
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参考情報源
本レポートの中核となった一次資料・公式資料は、チャールズ・スーリ公式サイトの《Random War》作品ページ、1968年《Cybernetic Serendipity》掲載文、スーリ/シェーファーの “Art, computers and mathematics” 再録PDF、Otterbein University 図録『Charles A. Csuri: Beyond Boundaries, 1963–present』、および ISEA 2011 のアーティスト・ステートメントである。これらは、制作年、制作手順、機材、主題意識、展示史、再媒介化の記述において、本レポートの最優先資料である。
補助的に、ZKM、LABoral、Buffalo AKG、オハイオ州立大学追悼展紹介、Ohio Supercomputer Center の追悼記事を利用した。これらは、収蔵情報、材質・寸法、再版・再制作の履歴、教育的文脈、スーリの制度的評価を補強するために参照した。
なお制約として、直接的な「戦争表象」と「デジタルアート」を同時に満たす日本の比較事例については、今回取得した高信頼資料の範囲では十分な一次資料裏付けを拡張できなかった。そのため比較表は、戦争そのものを扱う作品に加え、同時代の計算機画像文化に属する隣接事例を含めて構成した。また出力機材の記述は資料ごとに粒度差があるため、本稿では無理に単一機種へ断定せず、IBM 7094 と CalComp系ドラム・プロッタという範囲で整理した。