第1.0章 教育におけるIT利用環境の変化と著作権法改正案
第196回国会における文部科学省提出法律案「著作権法の一部を改正する法律案」が2018年2月23日、閣議決定のうえ、衆議院に提出、受理された。ITによる新たな著作物の利用形態に対応するため、著作権者の許諾を受ける必要がある行為の範囲を見直して、IT産業の発達、教育方法のIT化、より広範な障害者の情報アクセス支援、美術館等におけるアーカイブの利活用に係る著作物の利用の円滑化を図るものである〈注1〉。 著作権法は、著作物の保護〈注2〉と利用という背反する社会的要請を両立することによって文化の発展に寄与することを目的(著作権法第1条)とする仕組みである。本改正は、著作権を制限する著作権法第2章第3節第5款の規定に手を加えることによって著作物の保護と利用のバランスを調整し、ITの進化と急速な普及に対応することを目的とする。著作権の法的性質を部分的に「許諾権」から「報酬請求権」へとシフトすることにより、今般のIT環境において権利者の利益の確保と利用者の利便性の両立を図ろうとする点が注目される。著作権法の法目的に照らし、この改正案が未来の日本社会において真に著作物の保護と利用とを適正に調整して文化の発展に寄与するか、検討を要する〈注3〉。
文部科学省から同時に提出された「学校教育法等の一部を改正する法律案」は、平成32年度(2020年度)から実施される新学習指導要領を踏まえた「主体的・対話的で深い学び」の視点からの授業改善や、障害等により教科書を使用して学習することが困難な児童生徒の学習上の支援のため、必要に応じて「デジタル教科書」を通常の紙の教科書に代えて使用(併用)できるよう措置を講ずるものだ〈注4〉。著作権法の改正案と合わせて、望まれていた教育現場のデジタル化、ネットワーク化に対応することを目的としている。 とはいえ、この著作権法改正以前の現行法〈注5〉においても、教育現場のIT利用に支障があったわけではない。むしろITの利用によってますます進化を続ける各種の教育手法に対して、著作権法が後ろ盾になっているといってもいい。32条によって認められる公正な慣行に則った引用による「利用」、35条で教育現場に認められる「複製」およびサテライト教室などに対して同時になされる「公衆送信」、36条が認める試験問題としての「複製」や「公衆送信」、37条および37条の2による視覚障害者、聴覚障害者のための「複製」や「利用」、38条によって認められる完全無償の「上演」、「演奏」、「上映」、「口述」、それらの利用における43条による「翻案」等。さらに美術の著作物に関する45条、46条、47条、ITを用いた「複製」等に関する47条の3から47条の9といった規定も教育手法の多様化に資するものである。毎年、新たなIT環境を取り入れて大学における教育を実践している筆者自身も常にそのような著作権法の恩恵を受けている。
本稿は、2017年度における法学教育に「Scrapbox」を使ったアクティブ・ラーニングの実践およびその用法と特性を記したあと、著作権法の観点から、Scrapboxを例としたITの授業利用についてその法律構成を明らかにすることにより、改正法案によって予想される変化を展望し、法案の妥当性を検討する。
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2) 「著作権の保護」はその目的に対する手段のひとつにすぎない。その点で「指定管理団体は、授業目的公衆送信補償金の総額のうち、授業目的公衆送信による著作物等の利用状況、授業目的公衆送信補償金の分配に係る事務に要する費用その他の事情を勘案して政令で定めるところにより算出した額に相当する額を、著作権及び著作隣接権の保護に関する事業並びに著作物の創作の振興及び普及に資する事業のために支出しなければならない。」と定める改正法案第104条の15の文言には違和感を覚える。
3) 改正案について城所岩生教授は「後追いの対症療法的対応に終始する文化庁」が「関係者から収集したニーズを出発点にしているため、現時点で把握されていないニーズには対応できないが、こうした対症療法的対応では急速に進展するデジタル化・ネットワーク化に追いつけないことはこの8年の歴史が証明している」と指摘している。城所岩生「またも失速した日本版フェアユース」アゴラ, 2018年3月28日 5) 本稿の執筆時、2018年2月現在。以下同じ。