言語能力の理論は何を説明するのか —デザイン説明からの応答—
Author : 鈴木 陽登
Journal : 修論につき省略
paper URL : 修論につき省略
preprint URL : 修論につき省略
Date : Apr 1, 2026
Abstract
本論では、現代の生成言語学の主流であるミニマリスト・プログラムにおいて「説明」 と呼ばれるものが何を説明するのかを論じる。 生成言語学では現代にいたるまで、話者の抽象的な言語知識である言語能力(competence)と、実際の言語使用である言語運用(performance)を区別したうえで、言語能力 についての理論やモデルを構築することが中心的な目的とされてきた。しかし、文処理研 究などの分野では言語能力の理論において措定される概念や操作が人間の実際の言語処理 のメカニズムとして備わっていることの実証的な証拠を欠いているという批判が繰り返し なされてきた。そこで、もし言語能力の理論が実際の言語処理メカニズムを明らかにする ものではないならば、それは一体何を説明するのかという問いが生じる。 この問題に対し、本論はミニマリスト・プログラムにおける説明が、生物学の哲学にお いて定式化されたデザイン説明と呼ばれる説明様式の一種であると主張することで応答す る。デザイン説明とは、ある生物が実際にもつ形質が、生息環境などの特定の背景条件の 下で、代替的な形質よりも生存可能性(viability)の観点からなぜ優れているのかを示す 説明様式である。 本論はこの枠組みをミニマリスト・プログラムに適用し、そこにおける説明が、言語と いうシステムがヒトの脳/心において維持可能であるために満たさなければならない制約 を示すものとして解釈する。具体的には、ミニマリスト・プログラムは、インターフェー ス条件や経済性原理という背景条件のもとで、言語が実際にもつ諸性質が、言語の維持可 能性 (使用可能性・習得可能性・進化可能性) をいかに高めるかを、計算効率性の原理や 自然法則といった第三要因に基づいて説明する。このことを論じるにあたり、本論は、ミ ニマリスト・プログラムにおける移動の局所性や併合の二項性に対する説明をケーススタ ディとして取り上げ、これらがデザイン説明として再構成可能であることを示す。 本論の提案により、言語能力と言語運用の乖離という問題に対し、両者に関する理論を 説明様式の異なる相補的な関係として整理することができる。また、ミニマリスト・プロ グラムにおける説明の妥当性の評価基準を、想定された背景条件のもとで言語がもつ実際 の性質が維持可能性を高めることを示せるかどうかという観点から明確にすることがで きる。
Termの整理
・言語能力(Competence):理想的な話者-聴者がもつ言語についての知識 (cf. 言語運用)。I-Language, 言語機能(language faculty)などとニュアンスは同じ。
・デザイン説明(Design Explanation, DE):ある生物がもつ実際の形質が、特定の背景条件のもとで、代替となる他の形質よりも生存可能性にとって有用である(その生物の自己維持、成長、発達、生殖の可能性を高める)理由を示す説明様式
1. どんなもの?
MPは「言語能力と言語運用の乖離」や「人間の心理的メカニズムとしての実在的証拠を欠く」という点で批判されてきた
それでは、MPは何を説明する理論なのか?
MP が説明するのは、たとえば言語が計算可能であり、習得可能であり、進化的にも成立しうるために、言語がなぜそのような性質を持たなければならないのか(他の性質ではなぜ言語が維持不可能なのか)の理由である。
MP の説明対象は、言語が実際にもつ諸性質と、言語が置かれた背景条件との間に成立する機能的依存関係(性質 A のほうが性質B よりも言語の維持可能性を高める、という関係)であると理解される。
本稿は以下の含意を持つ
長年の課題であった言語能力の理論と言語運用の理論の間の乖離に対し、両者を説明様式の異なる相補的な理論として捉え直す視点を提供する
MPがメカニズムそのものを記述するのではなく、そのメカニズムが満たすべきデザイン上の制約を記述するもの
DEとしての言語能力の理論は、言語運用のメカニズムがそもそもなぜ今あるようになっているのかという問いに対する回答を与えるものとして、言語運用の理論を補完する役割を果たす
MPにおける説明の妥当性を評価するための新たな基準を示唆する。
DEとしてのMPの成否は、記述された文法システムが実際に脳内でどのように実装されているかによって直接的に判定されるものではない。
MPの妥当性は、想定された背景条件の下で、言語が持つ当該の特性が実際に言語の維持可能性を高めているか否かという観点から検証する事ができる。
2. 先行研究と比べてどこがすごい?
生成言語学は、言語研究の対象を理想化された話者-聴者が持つ言語能力に限定し、実際の発話や理解に関わるノイズとなる要因を含む言語運用から抽象化するという戦略を採用してきた。
言語能力の理論は、言語運用の理論からある程度独立に構築可能であると考えられた
言語能力の理論は言語知識の構造を特徴づけるものであり、その知識がリアルタイムの処理においてどのように使用されるかは、原理的には別個の問題である。
言語能力の理論と言語運用の理論の関係
能力仮説:「言語使用に関するまともなモデルが、その基本的部分として、話者-聴者の言語知識を表す生成文法を組み込んでいるであろう」
言語能力の理論が記述する文法の体系は、言語運用の基盤を構成する必須の要素として位置付けられる。
このあとも、いくつかこれらの理論を関連づけようとする試みはあったものの、現在のMPに至っても溝は深い
Marrの3レベル
情報処理システムを3つのレベルの記述で説明を与えなければならず、かつ各レベルは原理的に一致しない形で統合する必要がある。
計算理論(Computational theory)
計算の目的は何か、なぜそれが適切なのか、実行可能な方法は何か
表現とアルゴリズム (representation and algorithm)
計算理論はどのようにして実現可能か。入出力のための情報表現と、処理を達成する手順(アルゴリズム)は何か
実装 (implementation)
表現とアルゴリズムはどのようにして(物理的に)実現されているか
それぞれ上から、「言語能力」「言語運用」「神経言語学」に対応?
Marrの計算理論のレベルが提供する説明とは?大きく2つ
1. 因果的・メカニズム的説明
現象がどのように起こるのかを、その現象を実現・算出するメカニズムを提示することで説明する
メカニズムの定義(Glennan & Illari 2018):「ある現象のメカニズムは、その動作と相互作用が組織されることで現象の原因となる実体で構成される」
例:消化
構成要素(口、食道、胃....) およびその相互作用からなる。単なる総和以上のものが消化という現象である
2. 非因果的・制約ベースの説明
計算論的説明の中には非因果的な説明が含まれると主張するもの
例:効率的符号化
外界からの刺激がどのように神経活動としてエンコードされるかについて扱う
V1ニューロンの方向選択性がGabor関数によって近似できるのはなぜか?
V1ニューロンには「信号の時間と周波数のデコード能力の間のトレードオフ関係」が成立しているが、Gabor関数はこのような「信号の時間と周波数のデコード能力の間のトレードオフ関係」を効率よく近似する!
Ross(2015)もまた、説明にはメカニズムだけでなく制約の基づくものがあると論じている
新規性:
認知科学における説明の多元主義とミニマリスト・プログラム
認知科学や脳科学の実践において、説明が単一の様式に還元されるのではなく、複数のことなる説明様式が並立する多元的なものである可能性を示唆(Brun, 2025)
MPにおける説明実践はどの様式に分類されるのか
→本論の主張は、MPにおける説明の実践は、非因果的・誓約べ^すの説明の様式と強い親和性を持つ、というもの
明確な定式化として、Woutersのデザイン説明の概念を導入する
3. 技術や手法のキモはどこ?
デザイン説明:「なぜ特定の生物が(代替となる形質Aではなく)特定の形質Bを持つのか」という問いに対し、その生物がもつ実際の形質Bが、それとは異なる形質Aよりも(その生物が置かれている環境下での生存可能性(viability)の観点から)優れている理由を示すことによって答える説明
例:「なぜ魚類は肺ではなくエラで呼吸するのか?」
水中では肺呼吸は気体交換の効率が低く、魚類の活動に必要な酸素が得られないため、エラを持つことが要求される
デザイン説明の構造
1. その生物が置かれている背景条件(内的な条件も含む)を特定する
2. 1にて特定された条件の下で、その生物が実際にもつ形質が、対照となる代替的な形質よりも生物の生存可能性にとって有用であると主張する
3. 2における機能的依存関係がなぜ成立するのかを(物理学や化学などの不変的一般則に基づき)説明する
デザイン説明の特徴
(i) DEは(架空の存在との)対照を必要とする
(ii) DEは、ある生物個体の形質とその背景条件との間の共時的な関係を扱う
(iii) DEは因果的説明ではない
DEが特定する機能的依存関係は、因果関係の主要な基準を満たさない
例:Woodwardの介入主義
XとYの間に因果関係が成立するには、Xに介入した時に、それに伴ってYも変化するという関係が成立していなければならない。
機能的依存関係はこのような因果の条件を満たさない
魚を陸にあげても、エラ呼吸という形質が肺呼吸に変化するわけではない。
4. どうやって有効だと検証した?
生成言語学は1950年代の創始以来、何度か大規模な理論の改訂を経験
本論にて重要なのは、1990年代の「原理とパラメータ(P&P)」から「ミニマリスト・プログラム(MP)」への移行
原理とパラメータ(P&P)
これまで変形文法で多数の規則によって扱われていた統語現象を、言語に普遍的な原理の集合と、個別言語ごとに異なるパラメータを用いて説明することを試みる。
例1:変形文法における句構造規則は、個別言語および構造ごとに設定された規則の集合であったが、P&Pはこれらの規則をXバー式型(X-bar schema)として統一し、あらゆる言語、統語範疇に普遍的な構造関係を規定する句構造システムを確立した
例2:受動態変形、否定変形、疑問文形成といった個別の変形規則は、「任意の句を任意の位置に移動させよ」(Move anything anywhere)という α-移動 と呼ばれる単一の操作に一般化された。
しかし、α-移動の高い生成力は、必然的に過剰生成の問題を引き起こす。これに対処するため、P&Pは日文法的な派生を制約するために、多数の生得的な原理やフィルター(格フィルター、束縛原理など)を導入した。
例3:個別言語で観察される統語的変異(SVO, SOV語順など)は、言語ごとに異なる値を取るパラメータによって説明。例えば、動詞が目的語に先行するか否かに関わる主要部パラメータ(head parameter)や、主語の省略を許容するか否かに関わる空主語パラメータ(null subject parameter)など
この様なP&Pのアプローチは、規則と原理の一般性を向上させた一方、アドホックな原理やパラメータの導入によって理論全体が複雑化する傾向が見られた。
この問題に対処するため、MPは1990年代半ば以降、理論を可能な限り単純化し、概念的に必然的に要請される要素のみを理論に取り入れる方針を採用した。
MPの基本的見解:「自然言語は冗長な要素を一切含まず、ある種の完璧性を示す」という強いミニマリストのテーゼ(Strong Minimalist Thesis. SMT) に基づく。
SMTの基本的な主張は、言語が(狭義に定義された)統語部門の外部から外部から課される様々な条件を最適に満たすシステムであるという点にある。
統語部門に課される条件は大きく分けて二種類。
①インターフェース条件:統語は音声と意味との対応関係を与える必要があるため、統語部門は、言語の外部にある次の二つの運用システムと接点を持つ。
1. 概念-志向システム:意味や論理構造を司るもの
2. 知覚-運動システム:音声の生成と知覚を担当する
統合部門は、これらの運用システムに情報を与えることによって、ある文を発話したり、その情報に基づいて思考や推論をしたりすることを可能にする。
そのためには、統語部門の出力が運用システムによって解釈可能でなければならない。これは「可読性条件」と呼ばれ、インターフェース条件の構成要素である。
②経済性原理:統語部門は、インターフェース条件を満たすために必要な最小限の計算資源のみを用いるべきである。
MPはP&Pアプローチで仮定されていたほぼ全てのパラメータや原理を棄却する。そして究極的には、統語部門の構成要素を、統語構造の構築に不可欠な単一の操作である併合(Merge)にまで還元することを目指している。
併合:2つの統語的対象X, Yを入力とし、それらの要素からなる新しい集合を形成する操作。MPにおいては、これを再帰的に適用することによって、より複雑な階層構造を持つ文が構築されると考えている。
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現在、併合には「外的併合」と「内的併合」の2種類がある。
外的併合:辞書から選ばれた2つの独立した語彙項目を組み合わせて集合を形成する操作。
内的併合:すでに構築された集合内のある要素をコピーして、別の位置に組み合わせる操作。
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4.2 ケーススタディ
MPにおける説明のケーススタディとして、自然言語の移動の局所性と併合操作の二項性について説明
4.2.1 なぜ移動は局所的なのか
自然言語には移動(movement)という現象がある。例えば、疑問文において疑問詞が文頭に現れる現象。
(4a). You bought the book.
(4b). What did you buy __ ?
whatは動詞buyの目的語だが文頭に移動している。
要素の移動は一定の制約に従う
(5a). What do you think {that John bought __}?
(5b). *What do you wonder {where John bought __}?
(5b)は埋め込み節の従属節境界を超えて文頭に移動している一方、疑問詞が別の疑問視を越えようとする(5b)は非文的。
移動には「局所性(locality)」がみられる。そのような環境を島(island)として一般化(Ross, 1967)。島の制約。
移動操作(Move)は併合(merge)と独立した操作ではなく、併合に還元される操作として位置付けられている。
具体的には、移動は併合の一種である内的併合として見なされている。
例(4b)
疑問詞 what に対して、最初に動詞 buy の目的語位置に外的併合が適用され、その後、what は文頭の位置に内的併合が適用されると考えられる。その後S-M システムにおいて音声化する際に、構造上低い位置にある what(これをコピーという)は削除され (6a)、結果としてあたかも what が移動したかのような派生が生まれる(6b)。
(6a). {what, {did, {you, {buy, what}}}}
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MPでは(5a)と(5b)の文法性の違いはどのように説明されるか。
MPの下位理論であるフェイズ理論(Phase Theory)によれば、統語部門による派生はフェイズと呼ばれる特定の単位の統語構造ごとに行われる。
統語部門は外部の認知システムに対し、ある文の構造全体に関する情報を一度に提供するとは考えられていない。
ある一定のサブ構造(フェイズ)が完成するたびにその一部(フェイズ補部)を外部システムに小出しに転送する(transfer)。
意味的に命題と対応するような統語構造が、フェイズになる単位として提案されている
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例:
(7) John thinks {that Mary bought the book}. がどのようにして(6a). {what, {did, {you, {buy, what}}}} に派生されるか
that 節の内部(Mary bought the book)は、それ単体で命題としてまとまりのある意味を持ち、フェイズを形成
このフェイズが併合によって構築されると、そのフェイズの補部(the book)が外部システムに送り出されると考えられている。
フェイズ不可侵条件(Phase Impenetrability Condition: PIC)
併合によってあるフェイズが完成し、その補部が外部システムに送り出された後は、フェーズの先端(指定部および付加部)以外の要素は、統語操作の作業空間(ワークスペース)から消えることになり(不活性化)、特にフェイズの補部はその後も併合の対象とはならない。
そのため、長距離の移動(=内的併合)を行う要素は、各フェイズの先端に当たる指定部位置を経由地として段階的に内的併合を繰り返す必要がある。
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フェイズ理論による、(5a) と (5b) の文法性の違いの説明
(5) a. What do you think {that John bought }?
(5a) の派生: What do you think {that John bought }?
(5a) では、疑問詞 what は最初に埋め込み節の動詞 bought の目的語位置に外的併合された後、埋め込み CP の指定部位置に内的併合され、さらに主節 CP の指定部位置へと段階的に内的併合が適用される。
各段階でフェイズの先端を経由することで、長距離の移動は2 回の移動に分解することができ、PIC に違反することなく内的併合が可能になる。
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(5) b. *What do you wonder {where John bought }?
(5b) の派生: *What do you wonder {where Jonh bought }?
(5b) では、埋め込み節の指定部位置(フェイズの先端)が既に疑問詞 where によって占められている。そのため、what は内的併合のために先端を経由することができず、フェイズの補部領域から直接主節へ内的併合されなければならない。
これは PIC に違反するため、非文法的な文となる。
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そもそもなぜ派生はフェイズ単位で行われる必要があるのだろうか。
① フェイズ単位で段階的に構造を構築し、その都度外部のシステムへ送り出す方式を採用すれば、送り出された部分は統語操作のワークスペース(作業空間)から消去され、以降の操作からアクセス不可能になる(PIC)
操作の対象となる領域をフェイズ単位に限定することで、計算効率の最適化が達成される
② ある統語構造における要素間の線形順序は、フェイズごとに確立される
③ 統語部門がフェイズごとに構造を送り出すことは、C-I システムがそれらの構造を意味的にひとまとまりの対象として処理することを可能にする
5. 議論はある?
6. 次に読むべき論文は?
メモ
・認知科学者:人間のメカニズムの解明
・AI研究者:機能の実現
・哲学者:そもそもどのような機能が成り立っているか?
形式的能力、機能的能力とは何か