時間はいのちである
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時間はいのちである -- 6の1担任 渡部豊彦
◆私たちは何年生きていても、どんなに忙しくしていても、もし心に感じなかったら、その時間はないのと同じことになるだろう。心に感じる時間とは、その間に何かがあって、自分が生きていることを実感することのできる時間のこと。「時を心に刻む」のは、心にのこる充実した時間をもてるように心がけていくこと。
◆私たちの人生において、そういう時間はそんなにしょっちゅうはないし、またそれほど長くつづくわけでもない。だが、その人の人生において、わずかな一瞬でも三分でも、自分の心にのこる充実した時間を持てる人は、それまでとはちがう人生を送ることができるようになるだろう。
◆三十分よりも長い三分があり、三分よりも短い三時間がある。それが私たちの人生だと思う。出会いとして心にのこる出来事は、時間にしてほんの数秒の出来事であるのに、それがどうかすると一生を左右することにもなりかねない。その場合は、わずか数秒が何十年よりも長いということになる。
◆出戸小で暮らした時間の中で、そういう「心に感じる時間」が持て、「時を心に刻む」ことができたか。…………………………。でも、それはもう過ぎてしまったこと。
◆これからの天中での暮らしの中で、三年間よりも長い三分の時を心に刻み、それを繰り返し積み重ねすすんでほしい。
◆時間はいのちである。