情報爆発-初期近代ヨーロッパの情報管理術
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初期近代の学者たちは情報を保護することにとりわけ熱心であった。
情報を備蓄し、写本や印刷物のかたちで他の人々と共有し、
裕福な王侯やパトロンに大規模な図書館を造るよう勧めることによ って、情報が失われないようにしたのである。
初期近代における情報管理法の最も重要な源泉は中世にあった。
初期近代のヨーロッパで産出されたレファレンス用書籍のほとんどは、
一三世紀のあいだかそれ以前に発展した書類や工夫にもとづいているのである。
これには以下のものが含まれる。
アルファベット順に配列された詞華集や辞典。
体系的に配列された摘要録や百科事典。
目次。聖書の用語索引とアルファベット順の索引。
巻や章の番号(たとえば聖書におけるように)
もしくは他の下位区分 による正確な引用の場所の特定。
頁レイアウトに関する参照しやすくするための工夫としては、
欄外見出し、
番号付きのセクションに分けること、
大きさや色を変えて文字を書くこと、
書き込みをするための欄外余白。
葉番号や頁番号ですら、
後期中世の手稿本に見ることができる。
中世の手本や源泉を、手稿本と印刷本をともに仕事の材料とした初期近代の編纂者たちが、
どのように変化させ新たな方法で用いるようになったかは後により詳しく論じるが、
近代の所産と考えられている情報管理技術のいかに多くが中世に由来しているかを、まずわれわれは理解する必要がある。
大量の書物
多すぎる書物という認識は印刷術の発明以前から存在
木版印刷の発明以後も何世紀ものあいだ、それが多すぎる書物の原因であるとはみなされていなかった。
一三世紀半
情報過負荷の認識と解決法についての主要な材料は出揃っていた。
学者の中の選りすぐりの者たちは、アリストテレスとそのアラビア語の注釈者たちを受容する以前から
だが受容後はさらにいっそう、聖書、教父、古典古代、アラビア語、スコラ学の見解と注釈からなる、
巨大でたえまなく増大していくコーパスを利用する方法を切り開いていた。
一三世紀半ばまでに考案された新しい方法が、
古典古代から受け継がれた要約と抜粋の技術と合わさって、
情報管理の中心をなす効果的で洗練された一揃のツールとなった。
初期近代や近現代にいた るまで続く。
文書管理のための新たなツールの考案
アルファベット順の索引
体系的な分類法
本文の論理的な分割
分割された諸部分に誘導する視覚的な手がかり
後期中世
紙の使用に促進されて写本の生産が増加
自分用にあるいは他の人々の用途のた めにテクストを抜粋し要約する人々が増えてくる
編纂物——とくに詞華集や百科事典的な摘要録――の数も増え続けていった。
ノート
初期近代において大規模なノートの収集物が形成
理由
ノート作成に対する新しい考え方の存在
ルネサンス期以降、ノートは一時的な道具というよりは、長期的な道具 相当な時間と努力を投資する価値のあるもの
再利用のための保存
他者との共有
ノートの収集物
情報をたとえ当座の目的には無用のものであっても集めておく
蓄積を旨とするアプローチでは、有機的構造や検索機能にもより大きな注意を向ける必要
個々のノートが具体的に何の目的で使われるかは当初は定まっていなかったし、 集積の規模も記憶で処理できる量を超えていた
蠟板など仮のメモを書き付ける書字板と異なる
ルネサンス期における大量のノートの保管蓄積を可能にした
一三世紀半ばのイタリアから一四世紀後期のドイツにいたる製紙業(最初の紙の使用より遅れて始まった)の広がり
高価な羊皮紙を使うほどではないような書き物の生産と保存を急増
私信
外交書簡
公正証書
政府の文書
商いの記録
学生のノート
研究書類
紙と羊皮紙
出版物の流通環境による地域差で割合は異 なるものの、一五世紀半ばまでは両方とも使われた。
印刷術の広がりが
印刷機に供給するための紙の生産 量を爆発的に増やした。
紙の供給が増える (当然ながらそのことによって価格も下がった)
羊皮紙は衰退。
ノートの保管蓄積を容易にする新しいテクノロ ジーとして紙が使用可能になったからということだけでは、 ノート作成という新しい習慣を説明することはできない。
ノートの保管蓄積
初期近代ヨーロッパにおける収集と蓄積という、より大きな文化現象の一部をなすもの。
手稿、印刷を問わずテクストの編纂物を生み出しただけでなく、
植物、鉱物からメダル類や絵画、「珍品curiosities)」にいたる、自然物および人工物のコレクション
場所、物、著者についての情報
既知、未知を問わず記録し保存し管理
テクスト編纂の場合
編纂者たちを動機
古代の学問の喪失の再認識、将来を見据えた対処
印刷術が、郵便システムの改良と相まって、情報の流通を通じて、
国際的な文芸共和国の共益のために働くという意識を学者のあいだに高めた
見出し語とカードによる知的生産
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見出し語に付けられる紙片の数は無制限だと誇った。
片側に見出し語、別の側に対応するフックが付けられた金属板は、クロゼ ットの幅いっぱいに並べられ、
そのため扉を開くとすべての見出し語が一度に目に入った。
このクロゼットは三〇〇〇 見出し語と、
追加の見出し語のためにさらに三〇〇のスロッ トを備えていた。
もっとも、後者の追加分が見出し語のアルファベット順の配列を崩すであろうことは、
プラッツィウスは認めていないのだが。
クリストフ・マイネルが説明したよ うに、
このクロゼットは、
ノート用の永続的メディアとして使用される紙片のために系統的な仕組みを提供する点で独特なものだった。
しかし、プラッツィウスのこの道具への熱中は、ばらばらの紙を使い、
一枚につき一件の所見ないしは事実のみを記録することで、
簡単に順序を変えられるようにしたヨアヒム・ユンギウスにより
実践され(そして教えられ) たノート作成の方法によって、準備されたものであった。
カード
ノート作成の方法によって、準備されたもの
(標準化されたサイズの、より硬い紙でできた)紙片やノートカードの使用の歴史
小型の持ち運び可能なメディアは、近代の情報管理の多くの分野で重要
一九世紀のあいだに合衆国で、製本された多数の巻からカー ドへと移行。
それ以前は、カードは、トランプやビジネスに使われる名刺のように、印刷して使うために製造されて いた。
図書館目録
ノート作成に使われたカード製品の始まり
トランプの裏側
一九世紀初期までは白紙で、書き物に便利に使われていたのである
モンテスキュー(一六八九〜一七五五年)は、ときおりトランプにノートを取っていた
編纂における紙片の利用
編纂の基本的な手順
中世の編纂
典拠となる原本から引用箇所を選ぶ
その一節を主題別見出しのもとに割り振る
後で検索できるように蓄積
主として、見出しかアルファベット一文字の下に空白部分を残し、だんだんと素材を付け足していく
初期近代の編纂
いくつかの新しい技術
紙片の利用
印刷本から切り貼り
出版物や手紙の中で紙片の利用のことがはっきりと語られていた り、物理的証拠が存在したりする
デュ・カンジュ(一六一〇一八八年) 〔献学者秘書 編纂者)
中世ラテン語辞典を作成
「小さな紙片」や「綴じられていない全紙半切り」
ルネサンス 期から個人文書のコレクションがますます多く保存されるようになった
作業原稿や下書きに紙片が用いられた 例が残されている。
編纂書の印刷本を作るために用いられた
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初期近代の検索装置
検索としての、検索樹形
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初期近代の書物の多くは領域横断的か、学問分野の分類提案的だった。
中立の立場から、 共通の利益のため、幅広い関心を満たす目的で、
同時にまた時代を超えて共同して執筆する複数の寄稿者によって編纂される
コモンプレイスブック
蔵書目録、文献目録、販売目録に加えて、
一七世紀中葉から発達した文献目録の目録や蔵書(目録)の一覧
図書市場の拡大とともに急速な発展
情報管理と参照ツールの発展
多くは、近代の百科事典の基本的な形式が一八世紀に確立したことからもたらされた。
一八七〇年から一九一○年にかけての数十年間に、ビジネスやオフィスの情報管理技術において発展
情報を画一的で管理された方法で処理する理想
事務理技術
複写や垂直ファイリング法
メモといった新しいジャンルの書き物
Miyabi.icon日報なども
参照ツールの革新は、
先立つ時代の文を広範に利用する研究分野
出版物の継続的に蓄積が促進
検索機能がアルファベット順の索引に取って代わった。
チェインバーズやディドロが推奨したように、一つのトピックから別のトピックへと移動 する最善の方法
印刷版の標準であった複数の著者による共作は、
wiki フォーマットにおいては、いまや、読者からのフィード バックと寄稿の可能性を含む。 化学
研究者たちが 六〇年前に遡っても、すぐ役に立つ情報を見出す」ことができる分野
ほとんどの学問分野で広く用いられているツールは、しばしばこの分野で最初に開発された 。
抄録誌(一七世紀と一八世紀の先例に由来)
二次文献と一次文献のための三次資料として 役立つガイドブック
『無機化学ハンドブック (Handbuch der anor- ganischen Chemie)』のような)、
雑誌記事の累積索引
引用の索引化
一九五〇年代に理系分野で始まった
当初から科学 に限らず社会学的、歴史学的な趣旨のために商品化。
今日も専門領域ごとに細分化
研究者の業績を自動的に 数値化して評価するh指数もそれに当たる。 一二〇〇万枚もの索引カードに情報が蓄えられ、
職員はカードをもとに郵便での問い合わせに答えることになっていた。
Miyabi.icon
情報を万国十進分類法で分類することを目指し、
データ収集・管理の歴史において重要なマイルストーン
1934年には、大量の相互接続された文書を検索できる「電気望遠鏡のネットワーク」を構想。
このシステムは、当時の技術的な制約のため物理的なカードと電報に依存していましたが、
研究者間のコミュニケーションを可能にし、仮想コミュニティを育成することを目的としていました。
1929年には、建築家ル・コルビュジエに、スイスのジュネーブにムンダネウムのプロジェクトを設計依頼。 このプロジェクトは実現ししなかった
情報を分類し、蓄え、取り出すための機械装置 「メメックス」を構想した。
今日、インターネットは、彼のヴィジョンが実現されたものと考える意見が多い。
もっとも、今日の ヴァネヴァー・プッシュについての頻繁な言及は、
インター ネットの起源を実際に説明しているというよりは、
インター ネットの系譜を事後的に創り出していることのほうが多いのであるが。
〜だが、既定の見出しでは なく、それぞれの利用者が個人的に設定した、項目間の連想的な結び付きの道筋を辿って情報を探し出すというブッシュ のヴィジョンは、インターネット検索によってより効果的に実現された。
ブッシュのヴィジョンの具体的
ルフ・ショーが一九四九年に製作した「ラピッドセレクター」
利用者が入力した照会コ ードとマイクロフィルム上の主題コードの一致を光センサーに読み取らせる
マイクロフィルム上に文書を 自動的に呼び出す装置である。
戦後、機密種別から外された 膨大な量の文書を選り分けるためにラピッド・セレクターを 利用しようと試みたあげく、ショーはそれが失敗であったと考えた
書物こそが「情報を蓄え見つけ出すための、今なお最も効率的な道具」
技術には限界がある。私の分野の仕事では、
文脈への理解に特徴づけられた、研究題目への個人の習熟や注意深い判断のかわりとなるようなツールは存在しない。
人間の注意力はわれわれがもつ最も貴重な財産の一つであり、
それを求めてたくさんの能力が、創意溢れるソフトウェアやハー ドウェア装置の一群と競っている。
情報の保存が他の媒体に委ねられてきたにせよ、
人間の記憶力は、何に、いつ、どの ように留意すべきかを想起するうえで、今なお決定的な役割を果たしている。
同様に、責任あるかたちで知識を創出するために、
情報を選別し、評価し、統合するうえで判断力が要 となることに変わりはない。
誤導する情報や偏った情報に甘んじたり、
インターネット検索で出てきた断片的情報に、
その文脈を考慮しないで頼ったりする機会がこれほどはびこっている時代はない。
初期近代のレファレンス書の賢い利用者
典拠となる著者や検索装置がすこぶる定番化していたので、それに慣れていればよかった。
インターネットに通じた利用者
通販サイトからプログにいたるまで、
政府機関の頁から巧妙な信用詐欺にいたるまで、検索結果リスト上に果てしなく増え続ける素材を見定めねばならない。
データのほとんどを電子メディア上に蓄える方向
新しいメディアに定期的にアップデートされないもの
伝達の連鎖から抹消していくという危険
ソフトウェアもハードウェアも、人の一生のうちですら何度も時代遅れになる