その他副産物・経過置き場
最近作ったgif
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https://wired.jp/article/series-philosophy-of-technology-16/
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https://wired.jp/article/sz-what-its-like-to-brainstorm-with-a-bot/
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《A-Volve》クリスタ・ソムラー&ロラン・ミニョノー
http://ntticc.or.jp/ja/archive/works/a-volve/
ATRの温故知新シンポジウムで登壇されていたので、そこで彼らの作品を知った。
これは,自由に形を描いて作り出した人工生物を生息させるための水槽です.人工生物は現実と仮想の環境に適応しながら,互いに影響を及ぼし合い,その形が環境にふさわしいと長く生き続けます.また,生物同士は,子どもを産むこともあれば,強いものが弱いものを食べてしまうこともあります.また,水槽に手を入れることで一方を守ったり,違う動きをするように誘導することもできます.
自然環境は,観察の対象として眺められるだけではなく,観察者自身からも影響を与えられ,変化をしていくものです.これは仮想の環境において,その相互作用をシミュレートしている作品です.形をうまくデザインすると,動きが機敏でかつ筋肉の強い生物になり,さらに水圧や他の生物の動きとの関係によって適応性が試されます.固有の形を決定している「遺伝子」情報は,出産をするときに2匹以上の生物との間で交換され,子に引き継がれます.作者は,こうした人工生命(Artificial Life)を使った視覚表現の試みを,クルト・シュヴィッタース,ロバート・ラウシェンバーグ,フルクサスらに代表されるような20世紀の芸術における「プロセス」を重視する傾向の延長に位置づけています.この作品は1994年にICCとATR人間情報通信研究所の客員研究員トマス・レイ博士の協力によって制作されました.
めっちゃ面白い。
何に面白いと思ったんだろう…
実際になんでもない存在を生き物として、役割を与えて、実際に交配したり捕食/被捕食の関係があったりと生々しさがあるところが面白かったのかも?「自然」への興味が如実に、素直に作品そのものに表現されてるのがいいなと思ったのかも。
私も自分の興味がストレートに伝わる作品ができればいいなと思っているけれど、私の興味が掴めないのよねん…(1008)
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言語化しないことによって作業が進む可能性に今気づいた。多分手づくりのアジールのどっかの記述と教育の庭かなんかとかいうポッドキャストのScott Allenさん回に影響受けたか?
https://open.spotify.com/episode/63rGPwVEn01mQn6zE60tkP?si=32135e044cd44c35
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AI 2027読んだけど、ああいう論文もあるんだな。
UIが面白い。めっちゃ長いけど…論文ってこんなもんなのか…
それとも音声で聞いてたからそう感じたのか…
結局減速するかこのまま行くか選択する時が近々訪れるんだけども、そのまま加速してったらなんかAGIに支配されて人類終わるシナリオだったわ。なんかSFゲーみたいだった。
そのまま行ってもめっちゃいいわけでもないエンディングだった気がするけど(長くて疲れちゃってちゃんと読んでない)
生み出したこの技術はどこに向かってるのかわからないというのが恐ろしいよね。でも制御したところで、本当の価値に気づくことから遠ざかっているような気がするし。人として何を活かせて発展させるべきなのかの取捨選択をするべきだと考えているし、そのための試行錯誤や実験が必要だと思う。
そういう意味で芸術文脈でのAIは必然というか、哲学と抱き合わせで見つめていけるいい手段だと思うな。
自分が考える発展があまりにスケールの小さい進展や発見でも、それが後世にとって何かになればいいなという思いで大学院の研究をしたいとか考えているのかもしれないなあ。
別に危機感を感じてるわけじゃないんだよね。だっていつかみんな滅ぶし、地球だって永遠じゃないし、人間は野蛮だし。
でも、創造することとか、工夫して捻ったりいろんな角度で考えて生きることを楽しくすることはとても豊かだと思うし、今のところ人間だからできていることだし。
それでいいから、いいところを活かすAIとの在り方、先への進み方を心地いいテンポで私は考えたい。
それが今の社会で誰からも必要とされずとも…。(0927)
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私の未完成な作品(適当に公表しといたけどダサくて引っ込めたやつとか)をちゃんと見ていてくれて、「ああいうカオスさが良い」と言ってくださった方がいて、ちょっとハッとした。
綺麗にしなきゃと思って自然と良い子ちゃんしてたかも。定期的に硬くなっちゃう。良くねー。
気づかせていただいて、感謝。ナガセナさん。
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阪急乗ってて、前の人のスマホの画面が車窓に映ってて、つい見てしまったんだけど
スロットやってた。
めちゃめちゃやってた。すげーー虚無な感じでひたすらボタンを押してた。
でもパチンコとかの演出ってすごい人間の心理に作用するようにできてるって言うじゃん。
多分スロットもそうで、
めちゃめちゃ動いてるものがピタッと止まる時とかすごい気持ちいいじゃん、
なんかそういうの制作に応用できないかな。
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創作のヒント:
GPTとシンセサイザーの発想がどちらもダイヤル式なところから、似ているなと感じたのでChatGPTに聞いてみたところ…
https://chatgpt.com/s/t_6853bf362a6c8191b3f1fb525924995d
なんか湧きそう!!
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wiredのメンバーシップ入るべきでは?
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クオリア
→個体の中で主観的に立ち現れる感覚意識体系
(未来をつくる言葉ーわかりあえなさをつなぐために:ドミニク・チェンp.24)
⇒oupe ecにクオリアが出来上がったら面白い。でも本当に必要な要素かは検討
https://wired.jp/article/vol53-the-qualia-in-space/
豊田 そういった環境に宿るAIに身体性は要ると思いますか? さらに言えば、身体性が固定されていなければならないでしょうか? つまり、ある部屋のAIがほかの部屋に移ってもAIとしてちゃんと機能してぼくらとコミュニケーションできるのか、ということです。『攻殻機動隊』の少佐のように完全にネットに溶けてしまえば身体性はないですよね。ぼくはああいったエージェントがアイデンティティをもちうるとは正直思えなくて。
金井 身体性というと、物理的な身体という観点もありますが、一方でアクションができることが大事だと思うんですね。ただ観察してすべてを認識するだけではなくて、その空間の中にいる人に働きかける。音を鳴らすとか空調をかけるとか、それしかできなくても、インタラクションがあるという意味では抽象化された身体性だと言えます。こうしたインタラクションがないと、現実をうまく認識できないんです。AIの機能を上げていくなかでも、新しい知識を得るためにアクションが必要だという要素があります。だから、自分からどんどん学んでいくような目的をAIに与えると、ある種の自発性といったものが勝手に生まれてくる可能性はあると思います。
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https://ferne-web.com/article/talk-baku-1/
たとえば、機械と人間の違いって再帰構造の有無だと思っていて。原動機においては、代謝するエンジンという鋼でできた存在と代謝されるもの、エネルギー源としてのガソリンが完全に分離していますよね。だけど人間とか生き物って、食ったものを燃やすことによってその食うという動作を行うわけです。糖分は燃やされ、タンパク質やアミノ酸は身体そのものの一部になる。逆に何も食わない飢餓状態だと自分自身の筋肉とかタンパク質を燃やして自分自身を動かし続けたりする。
そこには代謝するものと代謝されるものの区別が厳密にはなくて、散逸構造としての生命というものがある。食うものと食われるもの、主体と客体がないまぜになった状態で、自分自身のエネルギー源として自分自身を自己消化し続ける。意識もそうですよね。僕らは何かについて考えると同時に、考える自分という存在についても考えている。そこには本質的に再帰という構造が含まれているんだみたいなことを、『ゲーデル、エッシャー、バッハ』のダグラス・R・ホフスタッターは言っているわけです。
プログラマーが再帰という構造によって何かを記述することが好きなのって、再帰というものが秘めている生命性というか、複雑さというものに直感的に惹かれる部分があるんじゃないかと思っています。人工知能の分野でも、知性の模倣をするためには、自己再帰性というものがその実装に使われるプログラミング言語に備わっていなくちゃいけないんだという考え方があったような気がしていて。
往年の人工知能研究で使われていたLispという言語があります。普通はプログラミング言語によって処理できるのって、エクセルの関数を見てもわかる通り、数値や文字列のようなデータだったりするんですが、Lispにはマクロという、プログラムの操作の対象をプログラム自身に向けることができる面白い機能があるんです。そういったある種の再帰性をもったシステムじゃないと、人間の知性みたいな複雑なものというのは構築することができないんだというドグマがある時期の人工知能研究にはあったんじゃないかって想像しています。
(橋本麦)
→今読んでる(ちょっと古いけど)「情報と生命 : 脳・コンピュータ・宇宙」
https://scrapbox.io/files/6850344fa4991f96209ec907.png
という本があって、ここで初めて、自分がoupe ecに抱いてる「情報なのに生命を感じる」現象について迫れた気がした。
上記の橋本さんの人間と機械の違い(私は生き物と機械の違いに感じたけれど)が再帰構造の有無であると言っていたこととリンクするなと思いました。まあ、後編のインタビューでGPTの登場でその神話が崩れたって言ってたけど。
/glisp/Glisp Help
触ってみたい。面白そう。
(橋本麦)
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6/12にクロステックの石川啄也先生のゼミに潜ってきたが、ゼミそのものの形がVCDとは違って興味深かった。
まず学科的な性質だろうが、彼らのアプローチはデザイン<アート、哲学的模索であるように感じた。
もちろん、プロセスにはデザイン的な思考があって(一応情報デザイン学科の世代)ヒトの営みを大事にする感じとかはとてもデザイン分野らしい印象だったが、反面制作過程は非常に自由で幅広く、検証に向かう科学的な姿勢と、表現的なアート感があった。
グリッドのグの字のない進行をする少人数ゼミで、驚くべきことに私が参加した日には3人もの一年生が参加していた。
(まあそれは石川先生が今年で居なくなるかどうかが不確定で、先生目当てにクロスに入ってきた子達は「今しかねえ」状態でやってくるわけだが。)
数卓合体した机の上には有線イヤホンが繋がれた録音機材にAI文字起こし、机に広げられた堅揚げポテト(ブラックペッパー)。
1回生に対してはお悩み相談に乗り、4回生に関しては経過報告という流れだった。
同学年他学科の成果発表を聞く機会はなかなかない。半ばスパイのような気持ちで参加していたが、ここは自学科と同じように各々詰まっていたり、制作したがうまくいかなかったり。また、その場で体験型テストをしていた子もいた。
ただうちのゼミと違うところは、1:3(先生が1)で責任を持って見ている点だと思う。
もちろん我々の学科のゼミにはそれはそれで良いところがあるが、
/shokai/毎回記憶がリセットされるメディア
のような感じで、毎度変わる責任者に対して説明しなければならないことが、よく作用することもあるだろうが、時間が限られているのが災いして、浅い成果発表になっていくような気もしている。
まあ、自分が持っていくものも明瞭じゃないから、この形式で今この感じなのは仕方ないとも思う。(coreを見直す)
超域を一人の人間に求めるか、それぞれのエキスパートで分担して担うかの違いなのかもしれない。
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qubibiさんのブログ初めて読んだけどおもろ。
https://www.cbc-net.com/blog/qubibi/2013/04/24/fill-spectorのこと/
2013の時点でリアルタイム生成とかの技術って確立してたんだなあ。何も知らないや。
自分AI使って制作してるけど、仕組みの理解をすっ飛ばしてChatGPTにプログラム組んでもらってるから、本当に情けないというか、効率の悪いやり方をしているなと思う。最近になってようやくYoutube漁るようになったけど、
https://youtu.be/y7NQiNER6r4?si=Qcr1KFPD2eX7ZkO3
こう言うところからスタートだなと思う。解説わかりやすすぎ。
https://careerhack.en-japan.com/report/detail/307
qubibiさんは多摩美出てwebの仕事をずっとしてのだと聞く。やっぱこうやって手を動かしつつ感覚に従っていったら今の地点に行き着いたんだろうなあ。デザインとプログラミング。自分もそちら寄りなんだろうか。
ブログ関連でいくとimoutoidのブログ
http://blog.livedoor.jp/imoutoid/archives/cat_50000384.html
も面白い。どんだけ賢い高校生だったんだろうと思うし、とんでもないクリエイターだなと改めて思う。
当時のブログ文化にそこまで入り込んでいた訳ではないけれど(2ちゃんねるも)
http://www.fareastrecording.com/mt/biography.html
寺田創一さんのブログを読んでいたときに(どの記事か忘れたけど)、若き日のきくおさんであろう人物の書き込みがあって胸が熱くなったことも思い出した。
https://scrapbox.io/files/683befcc825e06da3fb2586b.png
↑京都来てて感動して行ったよね。マジで年齢感じない若い人だった。超・超いい人。
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小学生でニコニコ動画やフラッシュ、ブラウザゲー、初音ミクに出会ってから、そこそこインターネットの人間だったが、プログラミングをしたいと思ったことはなかった。タイピングが周りと比べて少し早かったくらいで、別段友人のように自作PCに興味があってマザーボードがうんたらとかCPUGPUがうんたらとかいう話に何も魅力を感じてじなかった。
ただ、MMDは触ってみたいなと思ってたし、vitaのproject DIVAシリーズとかで動画のエディットの機能があって、きくおの「テクノロジーに夢乗せて」のMV作ってみたり、そういうのはやってたなと思い出した。
そもそもproject DIVAのMVを見るのが好きだった。モデルはアーケードとかps3(ドリーミーシアター)の方のACミクが好き。
https://hatsune39.com/初音ミク/初音ミクの3dcgモデル/
もうマジで
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マジでこのモデルが好きすぎる。円盤を買って何度眺めたことかわからないけれど、このリアルなのにキャラクターで現実とバーチャルが曖昧になる佇まいがたまらない。
ここにいるけどここにいるはずのない造形がたまらない!!
そして、大感謝祭の頃のミクは挙動が絶妙におかしくても最高にそこが可愛い。髪の毛の物理が変だったり、口パクがずれててももう愛でしかない。
この熱をいつか、どうにか昇華したいと思ってる。ずっと想ってる。
タイムスリップしてみてみたいなと思うのは、queenのライブ(モントリオールかハマースミスかレインボーシアターのやつ)とミクの日大感謝祭。