最近影響を受けているもの('25夏休み)
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↑最新の証明写真↑
この夏休みはとにかく入試に向けての資料作成を延々としていた。マジで何文字書いたかわからない。
なんとか提出はしたので、10/4の試験と14の結果発表を待つのみ。
受かれ〜!!!
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PFの裏表だけ載せておく…20ページ作った。
<本>
・自然なきエコロジー
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批評文としてお手本のような本だとナガセナさんに言われた。
実際読みにくくて叶わなかったので、あと数年後にまた相見えよう!
ティモシー・モートンの原文はきっと愉快でユーモラスな皮肉がたっぷりなのでしょう。
環境とはなんぞとか、アンビエント詩とか、なんかモヤっとする「エコロジー」に対しての解剖とか
絶対興味あるところではあるんだろうけど、
全く私の文系レベルが足りておらず前提知識がちんぷんかんなのでバーイ!
・目標という幻想
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・IMONを創る
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中途半端に読んだ。IMONだとかIMONIMONだとか、面白い言葉で表現するなあと思った。
普通に芋煮会というものに参加してみたいというのが直近の願望。https://scrapbox.io/files/68d7f40398bde98ec3f15072.png
普通に多分オモコロの影響。ストチャーさんの芋煮がとても美味しそうだった。里芋が食べたい…。
最近近所の酒屋(某ケントボーイズ)が段々スーパーのようになってきており、野菜や果物、菓子パンなんかを置くようになったので、いずれは肉や牛乳なんかも置いてくれはしないだろうか。(多分むり)
冷凍食品とかだったらいけそうだけど。
おっと、IMONの話に戻るぜ。
正直返却してしまった上全く読み込んでいない。
でも全体の内容として、すごく前の雑誌の定期掲載だったのに、現代のAI時代に起こるであろうモヤモヤをユニークに先取りしていがらし氏なりにベストを考えた予知本のような感じだった。
技術的なこともしっかり織り込まれながら(2chとかが流行るよりずっと前のコンピュータ環境ね)、そういうのの傍で「俺はこうやって面白く状況を分解して生きていくといいと思う」をイラストと共に組み上げた一冊。
そのうち読み返すと肩の力が抜けそうでいい。
思考が自由(いがらし氏がそうなのか、時代がそうだったのか)な文面を見て何かを取り戻したい時とかに。
・薬菜飯店
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筒井康隆のナンセンス小説。友人にタイトルの話「薬菜飯店」をオススメされたので読んでみた。
その一話に関してはめちゃくちゃ面白かった。ジョジョの「イタリア料理を食べに行こう」の話の原型なのでは?という話だった。まあ、店にいるのはトニオさんではなくて胡散臭い中国人料理人と青娘という中華娘なんだけどね。
食べれば食べるほど健康になって、食べれば食べるほど体の中から悪いものが出てくる。体液や老廃物がグロテスクに吹き出す飛び散る溢れ出す。しかもフィナーレには膣内射精。まさに、「出すもの出してスッキリした」感じのお話だった。
他にも色々ナンセンスでスプラッターな物語がこの文庫本には詰まっていた。特に「イチゴの日」と「偽魔王」が衝撃的だった。もうほんと、悪趣味、暴力、胸糞であった。娯楽的な臓物汚物血の匂いという感じで、私は頭がピリピリした。
比較してバタイユの眼球譚が脳裏によぎり、脳への刺激は同一に、不快感の質は違うなと思い、それについて少し考えた。
どちらも野蛮なのに変わりはないのだが、バタイユは幾許か装飾的で哲学的な要素を孕んでいる。一方で筒井康隆の方は、そんな背景一切なしで、とにかく快楽的な尊厳破壊、破壊、破壊!
どちらも読み返したくない感じではあるが、筒井の方は特に刺激の比重が高くて、笑いながら嬲りいたぶり拷問する感じで、バタイユは悪魔的所業で愉悦の解剖、反応を見ての拷問のような感じがする。
排泄という部分では、谷崎潤一郎が頭によぎって比較してみたが、性質は全く違った。そもそも谷崎の刺激的な表現は耽美が前提にあって、バタイユのそれよりも奥ゆかしく、ほの明るい控えめなえぐ味であるような気がした。少将滋幹の母を読んだ時に、想い人か何かの排泄物をおまるから取ってきて食す様子が丁寧に恍惚的に描かれていた記憶があるのだが、それと比較すると「浄と不浄」を前提にドラマティックに描く谷崎に対して筒井、バタイユはより身体的な接続を意識的に描いているのかもしれない。だからより直接的だし、インパクトも大きい。
この文庫本には「サラダ記念日」のオマージュで「カラダ記念日」というものが入っているのだが、それに俵万智がしっかりあとがきで反応していて、その上大絶賛なのが面白い。両者のことをよく知らないのだが、交わるんだなと思った。
・手づくりのアジール
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読みかけて積読してたけど、必要になったので読み返していた。東吉野に去年の冬に行って、ルチャリブロに寄った時、U25の人は一冊持っていっていいという超太っ腹企画をされていたので、私はこれをいただいてきた。
「闘うために逃げるのだ!」と十筆でサインを書いていただいて、なんとなくその言葉は私の脳の片隅に刺激をもたらしたまま閉じられて部屋の片隅に積まれていたけれど。
対談形式で進んでいく本で、主に現代社会と土着文化のバランスの取り方、生き方についてさまざまな角度、行き先で話をしている。
やっぱり私は「地方」の余白や土着的文化の価値を自分でも納得してみたいし、民俗的価値を再評価したい。
大学に入って柳田國男を知って、小泉八雲、網野善彦、折口信夫なんかを横目で見てきたけれど、入り込むことはなかった。
でも、なんとなく惹かれるものはどこかにあって、Youtubeや他の人の論文なんかでぼんやり思いを馳せてきた。
日本人が好きとか、この地方が好きとかはないけれど、かつての日本にあった文化風習が戦前戦後、明治維新前後でどう変化して今に至っていて、何が生きづらさを生んでいるのかという点には高校生の時から(正確に言えば留学をした後から)ずっと気になっていたんだろう。
でも自分の立ち位置にずっと悩んでいて、別に一生エスノグラフィー的なことをやっていたい訳でもなし、精霊だとか神仏なんかの高尚なものにばかり触れたい訳でもなし。妖怪が好きな訳でも因習や後ろ暗い話が好きな訳でもない。だから自分は向いていないような気もしていたけれど、作品を作る人間としてならば関われるかなとようやく思った。(そこまでの確信に至ってはいないけれどね)
調べ得たことを解釈して言葉なき感覚としてこの世に産み残すことを介して過去と未来を繋げる役割を担えないものか。
やってみないと、わからないと思った。
<覚え書き>
・三輪先生
・黒田村
・友達の家族
・向き合うこと、本気でぶつかること
・最後の大文字
・屋上
・青春
・広告業界の先輩
・アンドロイドオペラ
・OK能藤齋藤久しぶりの会合
・怒りのワークショップ
・Design East
<その他>
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ロゴタイプがウィスパー感無さすぎて購入した。かわいい。
味は、ささやか。
中炭酸、まろやかなジンジャーエール(ジンジャー感無し)という感じ。