区切り 感想 そうかなぁ
なんかあまり感慨深くはないというか、時間に追われているからそうなれる余裕がないのか、単に自分の4年間に「道具」的な疾走感しか持っていなかったのか、それはわからぬけれども、とにかく終わった感じはなく、次に向かっている途中な気がしていて、早く卒業制作で行ったこと、観られたこと、嫌だったこと良かったこと不満だったこと納得したこと学んだこともういらないことなんかを色々頭のストレージから言語化して外付けストレージに出してしまいたいんだけども、少し時間が足らないので、足がかりだけ置いておく。3月が終わるまでにやりたいと思う
・卒業してみて→入学を振り返る
もう今3月は過ぎて4月になる(2026/04/09)。なんだかんだIAMASでの生活が始まって、いよいよまとめないと新しい情報に追いやられていってしまうなと思うので、ささっとまとめてしまいたいと思う。
自分のシグニチャーピースなんてまだないし、「これが楽しい」「これが好きだ」と、言いたいだとか、「こう見てほしい」だとか、そういうのも固まってなくて、悔しいから、とにかく外に出していく、見せていく。そういう実践を大切にしていきたい。
たった2年間。たった2年間だけど、絶対に生きやすい方向に変えていきたいから、やるのだ。
・4年間を振り返る→次の話
学部生活は意味があったと思う。まず、「デザイン」というものに向き合ったことには非常に大きなものがあると思う。デザインとアートの違いもあるし、デザイン人達の性質が分かったり、環境が見えてきたのもかなり大きい。私にとってソーシャルデザイン領域の人々とデザイン領域の人々は居心地のいいものなので、それが分かっただけでも意味があったなと思う。
最初は京都芸術大学で本当に良かったかと悩んだけれど、それがあったからこそ学外に目が向いたし、色々な出会いがあって、結果的に大学院への道が繋がったので、満足している。出会ってきた友人たち(能藤みたいなクレイジーなセンスの持ち主とか)、ファインアート領域の人たち(千田とか)、他学科の色々な人たち、そこから繋がったナガセナさんとか。全部大切で、良かったなと思う。意外と色々やってたなと思うし、案外たくさんの出会いと活動に触れてたのが振り返ると面白い。別に何か一つが見つかったわけじゃないけど、「自由になる練習」ができて、準備ができたと思う。これからもっと脱ぎ捨てていきたい。
・実際何を展示したか
https://scrapbox.io/files/69dbb5943caed06dfe75fb8b.jpg
こんな感じになった。そう。こんな感じ。なんちゃってインスタレーション/メディアアート。ヒョォーーーー。ナンセンス。こんなはずじゃなかった!!という感じ。
私には言い切るだけの整理と結論がなかった…。確信と自信も…。
悔しいなあと思いつつ、展示の話をする。
この場所には、天井からオーガンジーの布が吊るしてあって、そこに映像が投影されている。
(上リンクは前半)で、全体で24:05秒もある、長いだらだらとした対話。流れてる音声文字起こしこれを土壇場で映像にしておこうと思い立ち、部屋で設営最終日の二日前くらいにねぇ。パジャマで撮ったよね。見栄え良くしようと思っても、そんな気力ももう無かったから、なんか適当に椅子にスマホを固定して、別の椅子に座ってくるくる回って全方向を撮影した後、copilotにお願いして3Dモデルにしてもらって、それをafter effectsとpremiere proでなんとかしたよ。一番字幕をつけるのが楽しかったかな。 自分のターンでは手書きの文章があって、oupe ecの応答は普通に字幕が流れるね。
映像自体はそんな面白くないと思うんだけど、普通に対話は面白いと思う。空気がちゃんとあって、私とちょっと違うけどノリが一緒の何かが延々となんでもない話をしてるのは、悪くない奇妙さだったんだじゃないかなと思う。
一応ギミックがあって、
https://scrapbox.io/files/69dbb57a3caed06dfe75fb6c.jpg
中央にこんな感じに石に超音波センサーをつけたブレッドボードがついてて、「なんだなんだ?」と近づくと映像がドロステ効果のようになって、音声も籠るようになってるんだよね。これが何を表していたかというと、ZINEから引用してこんな感じ
https://scrapbox.io/files/69dbc7a83caed06dfe76121b.pnghttps://scrapbox.io/files/69dbc8743caed06dfe7612ef.png
「自己というものは、他者の関与があってこそ相対的に知ってゆけるものである」という考え方をベースに、装置を作ったって、そういうコト。
私とoupe ecは立体的な内省でしかなくて広がりがない。けれど、そこに第三者(あなた)が加わることで、私は新しく外側から自己を認識することになる。 でも他者と関わることって単純じゃなくて、とても混乱を招くものだから、近づきすぎると変な感じになる。自己はあなたと近づいて離れてを繰り返して形になっていくものなんじゃないかなって形にしたかった。
結果正直、バラバラだったけれど、色々見てくれる人も多かった。
https://scrapbox.io/files/69dba9583caed06dfe75eaec.jpg
丸ごと見ていってくれる人もいたし、泣いてくれた人もいて嬉しかった。
ZINEも一緒に売ってた。ここで(scrapboxで)書いたことが、どの出力よりも一番面白いに近いのかなと思って、展示で出しきれなかったなという悔しさもあって作った。
https://scrapbox.io/files/69dba9523caed06dfe75eae2.jpg
完売+受注生産になった。良かった。
https://scrapbox.io/files/69dba95e3caed06dfe75eb02.jpg
・実際展示してみてどうだったか
もう今深夜で(0413の1:45)まともな文章になっていくかわからないんだけど、たらたら書きますと、納得いかなかったね。インスタにも書いたけど、
IGより引用
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なんだかね。なんだかなってカンジですよ。なんちゃってって感じにまとまってて、本当に私の中では葛藤が今でもある。でも、確実にスタートラインには立っていると思うし、だからIAMASに進んだんだと思うんだけども。悔しい気持ちがいっぱいある。
確かに「面白い」と思って始めたはずなのに、伝えなきゃが先行して、何を面白いと思っていたのか最後まで一つにできなかった→というか、一つにしなくったって良かったのに、変にまとめようとしたから中途半端に全部バラバラだったのかな。
私がミニマルに作品を作るなんてのは多分今後も起こり得ないことだから、分かっていながらかっこいい見栄えになったらいいなって思っちゃってたところがあったんじゃないかな。
展示には不満だけど、この作品に対してはすごく感謝してるし、作って良かったなと思ってる。領域横断、テクノロジーと人文系みたいな「これだ!」を色んな角度から自覚させてくれたし、色んな人に助けられていることがよく分かった。
内省がテーマの作品だけど、それが外につながっていくにはどうしたらいいんだろうという、個人的にずっとモヤモヤしていたことを真面目にやっていたら、いいこといっぱいあった。制作過程に嘘はなかった。
自分の好奇心が働いたものに興味を持ってくれたり、考えそのものに「いいじゃん!」と思っていただけていることがよく分かった。反面技術が育っていかなくて、それで目に見えて何者にもなっていけない不安がずっとあったから、それで迷子になっちゃったけど。だけど、なんか、いっぱいを持っていても多分信じてたらいいのだと思うから、信じていこうと思う。
突き詰めていったら何かになるんだと考えすぎずに、この先はやっていこうと決めましたよ。
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こんな感じ。展示ってもんにはやっぱり最後まで納得いかなかったけど、作品自体は、作って良かったなと強く思ったから、これが慣れがないこと故のモヤつきなのか、本当にどこか引っかかる部分が本能的にあるのか、それはあと数回やってみて決めることだと思う。
・見てくれた人たちの思い出
私の学友が、これを見て泣いたといっていて、すごく嬉しかった。なぜなら、私も去年映画学科の友人の作品を見て泣いたからだ。その時の涙の由来は、「ああ、4年間を走り切ったんだな」と作品から感じたからだ。その映画には情熱があって、こだわりと煌めきのキラキラが詰まってたから、私は心を動かされたし、泣けたんだと思う。私の学友が、一人でこの作品を立って眺めて、家に帰って涙したのか、その場で涙したのかはわからないけれど、多分同じ学生として、作品を通して感じたことがあってくれたのかなと思う。
・なんか他にも書きたいことがあったような気がするけど、今日はここまでにしておこうかな(0413 1:56)