文学のエコロジー
エコロジー
山本貴光
我々は
世界内存在
であるが故に、世界の
未既定性
に翻弄されて、というかそれそのものが存在であるとしたのが
問いが世界を作り出す
における
田村正資
文学作品を
プログラムコード
として読むという、ゲーム作家山本貴光ならではの本。
社会物理学
や
AIを使った行動経済学実験
やそれを使ったゲーム、それがもたらしうる美、そしてVRやAR空間への文学的なるものの移動を考えている僕にとっては重要な本の一つ。
ゲームクリエーター
夏目漱石
の文学論(
F +f
)を引きながら、
エルンスト・ヘッケル
のエコロジーの定義を引用し、人間が作り出す人工物としての
個体化
された「文学」がどのような
環世界
のもと「生きて」いるのかを探究する試みである。
シミュレーション
として現れている文学を、
分析美学
空間の認知はある程度認知科学で扱われているけれど、
ミュラー・リヤー錯視
の例にもみられるように、そのゲシュタルトはある程度文化的に構築されるものだ。
時間の歴史
や
脳と時間
などで扱われた、人間と時間の関係に影響を与える物語の役割について、
H.G.ウェルズ
のタイムマシンの発明
柄谷行人
が
近代日本文学の起源
で述べたように、心=内面の
悟性
領域への移行のためのインフラの拡張装置として存在する文学がどういうふうに機能しているのか。そんなことを
非認知能力
の民主化による教育格差解決策のようなことを、UTLABの面接の問題にも書いたのだけれど、
アンガス・フレッチャー
のような神経科学的な解決策を考えておる研究者、[]
Yondemy
のように読書の
ゲーミフィケーション
を考えている企業、AIによる民主主義で非認知能力の「能力」の部分をいったん転倒させてみようとする
安野たかひろ
や
オードリータン
、