可視化法学
法学
法律は一般人にわかりにくいだけではなく、専門家さえも到底記憶できる類のものではないというのは今や常識となっている。これは法律のわかりやすさというのが民主制の根本になっていることを考えると愁うべき事態だとも言える。
だからこそ、これを一般人に届けようとする試みは立派な研究分野の一つになると思う。サイエンス・コミュニケーションを超えて、哲学コミュニケーション、哲学カフェのような取り組みは必要とされているけれど、うまく方法論は確立されているだろうか。メディアの独占状態は回避できているだろうか。
法というのは制度=ツリーだ。特に、日本のように制定法中心主義により、統制的理念に基づいて運用された時、それはがんじがらめで、抜け目のないものでなければならない。そして、それは当然文体にも反映される。指示語は何を表現しているかを明確にするために排除され、「若しくは」の目まぐるしい再帰によって一文はとてつもなく長くなる。(村上春樹による「あるいは」の多用が現代社会の檻に対応しているのだ、なんて適当なことを書いてもあながち間違いではないのではないかと一瞬誤認してしまいそうだー)それは途方もない編集力を必要とする作業だ。
法が「檻」として、柔軟性なく機能してしまっていることをとりあえずは議論の舞台から取り去っておくにしても、その「檻」が見えないようでは危険だというのを理解するのに、何もカフカを読む必要はないだろう。
インターネットにおけるハイパーテクスト性し、自然言語処理によって近接した単語同士を近接した場所に配置することによって図形的に法律を見えやすくしようとしているのが今の所の取り組みだ。だが、これでは乱雑で使おうにも使えない。いや、僕は小学生ぐらいの頃、こういう謎の道具をこねくり回して遊ぶのは嫌いではなかったのだけれど、それでも一瞬ハマった遊び道具としての微かな記憶を残して、無意味なものとして飽きられるだろう。
僕が思うに、少し図が抽象的すぎるのではないか。もうちょっと、檻が文学的な編集だったり、花が添えてあったり、ジャングル的な体裁だったならば、Googleマップでカフェを探すみたいに、あるいは狩猟採集民が住む森の中で食べられる植物と食べられない植物を見分けるみたいにして、法律を扱えるようになるんじゃないか。確か、記憶の宮殿ってこういう感じの手法だった、というか記憶力がかつてほど重要な地位を占めなくなった現代の中に亡命することができるんじゃないかと勝手に妄想する日々である。
https://www.lawvis.info/
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可視化法学の仕組み
可視化法学は次のように作った。
法律の条文を手に入れる
法律間の参照を抜き出す
コンピュータを使って可視化する
1.法律の条文を手に入れる
法律の分析を行うためには、その元になる法律の条文を手に入れる必要がある。電子版のCDROMを売っているのでそれを使っても良いと思うが、高額だったり絶版だったりと入手が困難なことも多いのでネットにある法律情報から条文を手に入れることにする。
総務省の提供している法令データ提供システムから情報を取得する。
https://elaws.e-gov.go.jp/
2.法律間の参照を抜き出す
今回の可視化は、法律に含まれる他の法律への参照をリンクのようにつなげることで行なっている。例えば、救急救命士法には刑法への参照が含まれる。
3.コンピュータを使って可視化する
Gephiというソフトを使って、法律間の可視化を行う。色々な法律から参照される法律はその参照数に応じて円のサイズを大きくしている。例えば刑法は、刑事分野で450個もの法令から参照されている。その為、刑法は大きな円になっている。また、「胡一凡」という開発者の名前がついたレイアウトアルゴリズムを用いてグラフを作っている。結果として似た法令は近い場所に集まるようになっている。例えば刑事分野では、売春防止法と少年法、更生保護法、更生保護事業法は近い場所にあり、刑事分野では厚生や福祉に近いジャンルであることが分かる。