アフターダーク
村上春樹の小説で、フランス映画=ゴタールのような語りを試した実験的作品。その鳥瞰的語りは神の視点とも言えるような超越論的な視座を与える。それは彼がカント的と評されるような自閉症的な文章を書くこととも関連しあっているのだろうか。この語りかたは精霊的UIなのじゃないかと、今たまたまさっき編集していたリンクと重なって、意識されてきたのだけれど。
ドゥルーズがシネマで、ユヴァル・ノア・ハラリがNexusで、ハイデガーが技術への問いで、各々の論者が「私たち」という共同主観性=集立の一部として、細胞として働くように、、、全体主義的な営力に包摂されていくことへの懸念を表明したのだが、それをリアリズム的に可視化したという点で本作は革新的なのではないだろうか。(一人称複数の哲学)
「横浜駅は生き物」
工事中状態が永続する建物に対する不平への応答として、Twitterでこのような発言が話題になったことがあるらしい。実際にこれを元にしたSFも書かれたようだ。
””ヒッピー、アメリカ西海岸と重ねた批評
https://note.com/yanotoshihiro/n/nc226abfc1ab4
千葉雅也はオーバーヒートで、TwitterとLineとメールの三角を行ったり来たりし続ける描写をしたけれど、この先取りとしても評価できるか。