いい(よい)/良い/善い
どれも判断でしかないので、この状態を肯定させるわけではないだろう
↑何を言っているのこれ?18日前の自分意味わかんねえよ
1ji.iconが他人の言葉を見た時に無限にしんどくなることが多いので、勝手に価値を捉える補助の軸として設けている3つの性質
端的に言えば、礼節/嗜好/倫理で使用される「よい、良い、善い」というもの
判断や価値、応答として頻出の単語であるくせに音が同じなのが本気でややこしい
その点で「いいね」は本当にヤバい
いい
よい
第三者、あるいは第二者との距離の間で交わされる応答
応答としてあるため、刹那的な効果だとも思う
割り切りの上で「否定はしていない」という状態
「いい」と「よい」にも異なる尺度は有りそうだが……
良い
エピソードが含まれていると思われる
それをなぜ良いと思ったかを訪ねた際、個人のトピックが効けるような感じ
好みに重なるかどうか
善い
ここがかなり明確に分けるべきだとも思う
あえて難しい言葉を使っている云々を言い出されるともうやめてくれと強い言葉で返してしまうかもしれない
背景に道徳、共通の理念がある
道徳と言ってしまうとまるで規則のようだが、限られたコミュニティが指す規範である可能性もあるだろう
ただこれは1ji.iconの思うこととして、善さと良さは当事者の中ですら相対することがあると思う
たとえば「理屈や根拠もなく他人をとがめること」は「善さ」の中ではマイナスの判断をされがちかもしれないが、個人としては何か許せない感情、情動がそれを上回る瞬間「良さ」の中でプラスになると思われる
これは本当にヤバくて、それが「よい」という同じ音の中で行われる葛藤であるのもマジでヤバい
また、善性に対するプラスの加担は自分がそれを思っていなくても扱うことが可能なのもヤバい
「街のごみを拾う」など、善行として見られやすい行動への「善い」という評価は自分が当事者でなくても下すことが可能だ。なんなら「よい、良い」という基準も別に無視できると思う
「よい」あるいは「良い」と思っていなくても「善い」と評することは可能ということ