【殺陣の知識09】殺陣は演技ということ
 久しぶりに殺陣についての情報を追加します.
今回は「殺陣は演技だ」ということを説明したいです.
殺陣といえば,
殺陣師がつけた振り付けどおりにアクションの手順をこなしていく
と感じがちですが,それは違います.
殺陣師の振り付けは確かに,次々と動きの手順をつけていきます.
そして最後の決めのポーズまで一連の動きを考えるのが殺陣師の仕事です.
これはダンスと同じと感じるかもしれません.
多くのダンスは「リズム」が前提です.
※リズムが前提でないダンスももちろんあります
もちろん殺陣にも「リズム」「テンポ」はあり,それは大切です.
大切ではありますが,それ以前に大切なのは,
刀の一振り,受け,動きには「意味」「意図」がある
これを理解することです.
殺陣は,ダンスではなく演技(芝居)なのです.
殺陣の一振りは「セリフ一つ」と同じです.
なぜそうなるのか,説明します.
◎たった1つのアクションについて考える
一番シンプルな振りがあります.
「A(絡み):山形 →B( 芯):避ける」
これ以上シンプルなのはありません(^^).
(1)まず,以下を考えてください.
1. そもそもAさんはなぜ切りかかったのか. ← 理由は?目的は?
例:憎い仇を見つけたから,金を積まれて殺しを頼まれた,等々
2. その時のAは切りたいか切りたくないか? ← 心情は?
例:金のために仕方がなく,人殺しがしたくて仕方がない,等々
3. 避けたBさんはびっくりした?覚悟していた? ← 心情は?
例:相手を知らないので驚いた,薄々気づいていたので警戒していた,等々
(2)さらに,以下を考えてみてください.
4. そもそもAとBの関係は?
5. 切合いに至る状況は? ← どちらが先にやろうと考えたか?
5. Aの性格は?社会的立場は?生活状況は?
6. Bの性格は?社会的立場は?生活状況は?
(3)最後に,次を考えてください.
7. 山形を切り下ろすという判断を,Aはどの瞬間にしたか?
8. 山形を避けるという判断を,Bはどの瞬間にしたか?
いかがでしょう?1.~8.まで,自由に考えてもらえばいいのです.
1.~8.まで,ものすごくいろんな可能性=ストーリーがあると思いませんか.
なにが言いたいかと言うとつまり,
一つの手順にはなにがしかの「心理状況・目的・判断」があり,その結果「行動」に及ぶ
ということです.
殺陣の振り付けの動作ひとつひとつは全て,この連続です.
Aの心理状況・目的・判断・行動(攻撃/防御/回避等々)
→ Bの心理状況・目的・判断・行動
→ Aの心理状況・目的・判断・行動
→ ……続く……
攻撃する方も受ける方も,形勢や勢いがあり,心理状況に影響します.それが変化すれば次の判断・行動が変化していきます.
それはまさに「物語」です.
そして最後がどう終わるのかも,またストーリーの一つですね.
いろいろ考えていただいたでしょうか.まとめると,戦闘シーンとは,
戦いの前に「状況・理由」があり,それが「行動」を生んでいる
相手がどう出るかは「常に分からない」のが前提
自分も相手もどう出るかを探り,相手の出方によってどんどん変化する
それはまさに対話であり,一連の殺陣は物語である
ということです.
ただ振り付けられた手順をなぞるのではない,ということがおわかりいただけたでしょうか.
次は,気持ちを作って振ってみようというコーナーです(^^).
◎Aさんの気持ちを作る
そもそも,なぜ切り合うのかわからない,切ろうという気持ちがないのに,何気なく刀を振るなど,普通はあり得ません.
※もしあるとすればそれは完全な狂人か,神の域に達した殺し屋ですね.
← それはまたそれで一つの演技ですが(^^).
上の手順の場合,Aさんを演じる人は,次の3つを考える必要があります.
a. Bさんを切る理由,状況
b. それによって生じる心情・感情
c. どんな切り方をするかをいつ判断するか
この3つを自分で作って,それから刀を振ってみてください.
ただ単に刀を振るのが目的ではなく,思いや気持ちがそこに乗ると,その結果として,振る角度やスピード,体の格好が変わります.
例を示します.
a.状況:金のために殺しを請け負った.家に女房と子供が待っている.しかし殺しはしたことがない.
b.心情:「お前に恨みはないが女房子供のために死んでくれ,なむさん!」
c.判断: 本当は斬りたくないし斬られたくない.刀を抜いてからどうしようか迷う.上段に構えてからもさらに迷う.どうすればいいのかわからないので,とりあえず袈裟に切ろうとする.
→ 結果:散々迷ってから,思い切って振るが,腰が引けてオーバーアクション,肩に力が入り,振りは鈍くなる.相手は容易に太刀筋を見切ることができる.
◎Bさんの気持ちも作ってみる
では,同じ作業をBさん役の人にもしてもらいましょう.
a. なぜ切りに来られるのか.たとえば,
1. わざと先に刀を抜かせようとしたのか?
2. まったく予想もせず切りに来られてびっくりするのか?
b. これによって,心や体の反応はまったく違いますね.
1. なら「しめしめ,まんまと刀を抜いたな」だし,
2. なら「え うそ!誰?なんで俺が斬られるの?うそでしょ?」ですね.
c. どんな対応をするか,いつ判断する?
1.なら,相手が刀を抜いた瞬間に「いつでもこい」という態勢を取り,余裕を持って避ける.すぐ次にすばやい反撃ができる.
2.だと,相手が迷っている間に,こちらも迷う.刀が振り出されてから「うわ!ほんとに斬ってきた!」とあわてて避ける.反撃もままならない
もちろん,AさんもBさんも,前提として剣の腕前がどれほどか,によって,また反応や心理は変わってきます.
もしその殺陣に台本があるなら,しっかりその前後のストーリーを読み込んで,AさんとBさんの人物像を作り上げておくのが,本当の意味で殺陣を成功させる王道だと言えます.
アクションショーや殺陣ショーのように,殺陣を見せるだけのものはなかなか人物設定できにくいですが,なんとなく振るのはやはり違うと思います.
※ショーの振り付け師は,ある程度の人物設定や状況設定になるような小芝居などをいれてから始めるなど,見る側にもわかるような工夫があると,より面白いショーになるのではないかと思っています.
※私自身はショーに出演も演出も経験が殆どありませんから,偉そうなことは言えませんが,演劇の経験からすれば,やはりショーとはいえ,ストーリーをみせてほしいなと思う次第です.はい.
◎速い動きはどうなの?
「るろうに剣心」のような目にも止まらない高速な殺陣があります.
映画のメイキングを見ると,やっている本人は必死で覚え,何ヶ月もかけて稽古し,撮影本番でも何度も何度も撮り直していますね.
そこに「状況や心情や判断」が存在するのか?そんなヒマあるわけないんじゃないか.
たしかにひとつずつ「次に相手はこう来るだろう,いやこうかもしれない」とか考えている場合じゃなく,次々に攻撃がやってきます.
自分も,相手に付け入るスキを与えないすごい反撃をします.
これをどう考えるのか?
私はそれでも「判断・行動」のループは存在すると思います.
ただしそれはスピードがあがるにつれ「反射的な反応」になります.
これはスポーツに置き換えるとよく分かると思います.
野球:ライナー性の打球を内野手が捌きファーストに投げる
テニス:180km/hサーブに飛びついて相手のいない場所に返す
こういう場面では「体が勝手に動く」という状態です.
ですから高速な場合は殺陣でも「勝手に動く体」になって動く必要があります.
この時,「判断・行動」のループはどうかというと,
複数の動きや判断のパッケージになっている
と考えると良いと思います.
高速ではあっても,あくまでも「相手の反応に対して反応する」という順番は変わらないわけです.
しかし人間には「フィードフォワード」――つまり「予測動作」が可能です.
a,b,cと来れば次はdかeしかこない
例:右からの山形が来たら次は左からの攻撃
というパターンが体に染み込んでいれば,dかeに対する受けなり避けなりをすればよいのです.このフィードフォワードのおかげで,わずかですが判断の瞬間を前にもっていくことができ,受けや次の攻撃に余裕が生まれます.
それで,大切なのは,こういう状況づくりを緻密にやった上で,殺陣を成立させることです.それができれば,とてもとてもリアルな「演技」を見せることができる,ということです.
◎実際の武道,映画の超高速アクション,舞台では?
実は武道では究極に素早く動くためには脱力が必要で,多くの場合は体幹を非常にうまく使って必要な身体の一部だけを超高速に働かせます.
そのため,素人目にはあまり頑張って動いているように見えないという,ちょっと不思議な現象が起きます.
※例えば大工さんが楽々とカンナをかけているのを想像してください.大きな花鰹のようなカンナ屑がシュルルルと出てくるのは見ていて楽しいですが,素人では無理ですよね(^^).
高度に熟練した技を受けた人は,「自分が何をされたのか,何が起きたのかわからないまま」,技の餌食になります.
「気づいたら地面に倒れていた」「気づいたら吹き飛ばされていた」「突然の激痛にうずくまるしかない」という状態になります.
いわゆるアクションの世界,つまり芝居としての殺陣で,そういう技を出す人もアリっちゃありですが,そういう人ばかりだと面白みも迫力もなくなります.一撃必殺だけの羅列は面白くないですよね!
ですので,映画でのアクションは見栄えがいいように刀を振ります.その結果,スピード感がどうしてもそがれる場合は,早回しを使ったりします.
しかし,生の舞台でのアクションは早回しやワイヤーアクションができません.ですので特殊効果やカメラワークで迫力を倍増させる「るろうに剣心」の殺陣シーンを舞台に再現することはほぼ不可能です.
舞台では舞台での見せる工夫をするしかありません.
結果としては,舞台上であまりに高速な殺陣よりは,照明効果などを工夫した,「美しくて速く見える」殺陣を追求するのが本道になるんではないかなぁ~と思います.
以上,「殺陣は演技」というお話でした.
▲▲ 【殺陣のお稽古帳 目次】
2022/9/5