舞台稽古メモ(02):舞台は広くて遠い非常識な空間
◀◀ 舞台稽古メモ(01):役者とは?
◆「こんにちわ」は届かない
 役者は,舞台の上の立つことで,観客になにかを伝える.何を伝えるのか.……それは今は少し置いて……
どうやって伝えるのか?
について考えてみたい.どうやって伝えるのか?例えば……
ミュージカルならば,歌と踊りとお芝居.
暗黒舞踏なら白塗りの身体で.
能なら……歌舞伎なら……オペラなら……
表現は無限.
 今回は舞台の上で声を出すということを考える.まず,初めて舞台に挑戦する人にとって,舞台の上で声を出すことは,とても非常識だと認識してほしい.たとえばこんな状況があるとする.
ここは,友達の家.
舞台の真ん中にあなたの友達が座っている.
そこに,あなたは舞台袖から一歩舞台に出る.
玄関のドアを開けて,声をかける.
よその家だから少し遠慮気味かもしれない.
「○○さん,こんにちわ.」
↑↑ この台詞,リアルに 普段どおりに声を出したとしたら,
その声はお客さんにはほとんど届かない.
普段なら届くけど舞台なら届かない?……どういうこと?
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◆広くて遠い非常識な世界
声を届かせるには?を論じる前に,このお話での舞台という空間を仮に定義しておこう.
一言で舞台といっても,いろんな大きさがある.
ここでは仮に,客席が50席~100席程度のサイズの空間を想定する.
※ま,初心者にキャパ1500人のオペラハウスはちょっとムリがあるしね(^.^).
このサイズの空間だと私たちが一番身近に知っている一番小さな劇場がある.そう,それは
学校の教室.
※体育館とか講堂はちょっと広過ぎるかな(^.^)
教室面積の1/4位を舞台にして,残りを客席としよう.
客席の面積は3/4.つめて座れば50人以上は入れる.
仮に,イス席は満席で,立ち見も入って,100人入るとする.
※かなり密なので感染症対策としてはよくないでが,ここは仮の話.
というわけで,今後は「学校の教室」を頭にイメージして,お話にお付き合い頂きたい.
 さて,この教室舞台,上の例のように2人の人間が1対1で話をするには,かなり広い.
なのに場面としては,家の中.
――広いけど家の中.ここに「劇場の矛盾」がある.
この矛盾のせいで,
本当は広いのに,まるで狭い空間にいるようなお芝居
をしなきゃならない.
相手はすぐ目の前にいる.
でも,教室の一番後ろで背伸びして見てくれているお客さんに,声を届けなくてはならない.
そう.舞台は,
「広くて遠い,非常識な空間」.
この矛盾を矛盾でなくすようにトレーニングするのが, 俳優修業というものなのだ.
◆数字で考える
 もう少し話を具体的にしよう.漠然と「舞台は広くて非常識」と言っても伝わらない.
具体的に数字で考える.教室を例に取る.
 教室について,文科省の決めたルールでは,学校の教室のサイズは最低が63$ m^2で,7m x 9mだそうだ.
ここでは仮に,もう少し余裕をもって10m x 10m としよう.
だとすれば,こういう位置関係.
あなたは黒板の前に立っている.
一番奥のお客さんは教室の一番奥,よくロッカーがある位置にいて,それを見ている.
舞台の一番奥から客席の奥まで10mといえばそんな感じ.
どう?10mくらいなんてことはない?
 そう.もちろん.
大声を出せば子供でも届く.
怒鳴れば届く.叫べば届く.喚けば届く.
 でも,お芝居は舞台空間でやるわけだから,相手役の人は10mも離れていない.ときには鼻がぶつかりそうな距離で台詞の応酬をすることも.多様に展開するストーリーの中には,すすり泣く,耳打ちする,独り言をつぶやく,ため息をつく.泣きながら台詞を言う,食べながら喋る……そういう場面はいっぱいある.
――でも,お客さんは10m向こう.
相手は目の前,お客さんは10m向こう
そうなんです.ここなんです.あなたは,
どんなすすり泣きも,ため息も,10m向こうにはっきりと届けなければならない.
◆ほんとにできるのか?
どんなに小さなささやきでも,一番奥にいるお客さんに声を届けるのが役者の仕事.
← 役者は,この矛盾を克服する能力を身につける必要がある.
いやいやいやちょっとまてよと.
ほんとにそんなことできるの?
はい.できます.
いい舞台俳優は,すすり泣き声やささやき声を30m飛ばせる.
え?じゃ,どうすれば届くの?
超人や天才じゃなくても,できる方法はある.素人や初心者でもコツをつかめば,それなりにできるようになる.
そのコツとは?
次回以降,そのコツを伝授する前に,いろいろ知っておくこと,用意しておくべきマインドセットがある.
コツはそれを紹介してからになるだろう.
【今回のまとめ】
舞台は広いくて非常識な空間
ちいさな舞台でも奥行き10mくらいはある
どんな声でも客席の奥まで届かせるのが役者の仕事
声を届かせるにはきっとコツがあるはず
以上.
▶▶次は…… 舞台稽古メモ(03):届けるのは声?
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2022/5/1改訂 2012-08-29 初出