ボリス・アブラモヴィッチ・アンスキー
登場:アルチンボルディの部
アンスキーの生家に隠されていた彼の手記をハンス・ライターが読み、手記から以下のことが語られた。
1909年、ドニエプル川沿いの村コステキノに生まれる。両親はユダヤ人で、ブラウスの行商で生計を立てていた。
十四歳の時、赤軍に志願し、その後三年間は、中央シベリアから東シベリア海、オホーツク海、バイカル湖、カザフスタンと遠征の連続だった。
遠征の合間に、SF作家エフライム・イワノフと知り合う。
イワノフは、かつて詩人オドエフスキーと歴史小説家ラジェーチニコフを剽窃して混ぜた小説を書き、それが飽きられると、たまたま書いた三流SF小説が当たったが、アンスキーと知り合った頃は、資産のある過去の作家になっていた。
アンスキーとイワノフはある協定を結び、アンスキーは党員となった。
→おそらく、アンスキーの経験を話すという協定。
アンスキーがイワノフの元愛人に話した、ペニスと睾丸を失った男がそれらを探し続ける話は、『鼻持ちならないガウチョ』に所収のエッセイと発想が似ている。
党員となったのち、アンスキーはそれぞれの地方で雑誌の創刊に参加し、愛人を作り、ドイツ語やイデッシュ語で粛清された人物を讃える詩を書き、アルフレート・デーブリーンを評価した。
アンスキーと出会ったのちに、イワノフが書き、評価されたSF『日没』(1930年に出版)には海藻に見える宇宙人が登場する。
→ハンス・ライター?
『日没』のヒットにより著名な小説家として扱われるようになるが、当局からも睨まれるようになる。
さらに二冊の本を出版するが、1935年に発禁処分と党からの除名、1936年に逮捕される。1937年にトロツキー派との関係を疑われ、再び逮捕され処刑される。
1930年(実際は1929年)トロツキーが追放され、様々な文化事業に噛んでいたアンスキーの気力は萎えていく。ついには、逃亡する身となり、故郷のコステキノ村に落ち着き、ゲリラ兵たちに合流する記述で手記は終わる。
ライターは画家アルチンボルドの名前を、アンスキーの手記で初めて知る。