『五三名の野生の探偵たち』
『野生の探偵たち』出版当初は白水社のウェブサイトに、第Ⅱ部の登場人物をまとめたリストが公開されていたのだが、今は削除されている。第Ⅱ部は特に登場人物が多く、そのことが読者にとって読み進めるうえでの難関になっていると思われる。そこで私家版の「野生の探偵たち」リストを作成した。多分にネタバレを含むので、第Ⅱ部を概観したい時、振り返りたい時に利用してもらえれば幸いである。
1.アマデオ・サルバティエラ
リマとベラーノが追い求めたはらわたリアリズムの創始者セサレア・ティナヘーロの友人。リマとベラーノに唯一残されたセサレアの詩を見せる。過去の想い出を語る最中に一九二〇年台のDFに戻り、ティナへ―ロと再び出会い、別れる。
2.ペルラ・アビレス
ベラーノの高校時代のクラスメート。ベラーノの乗馬が語られる。
3.ラウラ・ハウレギ
はらわたリアリズムの前身団体に所属。ベラーノの元恋人。アウクシリオ・ラクチュールからは「とっても美人だけれども陰気な未亡人よりもはるかに陰気な彼女」(上P.274)と評される。ベラーノがスペインに旅立つ前、一緒に来るように説得されるが、すげなく断る。
4.ファビオ・エルネスト・ロヒアコモ
アルゼンチン人の詩人。リマ・ベラーノを交えて「ラテンアメリカの詩の健康」というテーマで鼎談を行う。反革命的思想に対するキューバの検閲の程度も語られる。
5.ルイス・セバスティアン・ロサード
詩人・小説家。バイのはらわたリアリスト、ピエル・ディビーナと刹那的な関係を持つ。後年は文筆家として成功し、メキシコの若手詩人のアンソロジーの相談をされるまでになる。彼がディビーナから聞いた話で、リマとベラーノがセサレア・ティナヘーロの名前を知った経緯が明かされる。
6.アルベルト・モーレ
ロサードの友人。リマから聞いたランボーの詩についてかなり突飛な話をする。姉のフリアは、ピエル・ディビーナが殺害された事件の参考人として尋問される。
7.カルロス・モンシバイス
実在したメキシコ人の評論家。リマとベラーノにオクタビオ・パスの本についての批評を書くよう勧める。
8.ピエル・ディビーナ
はらわたリアリストの一人。メキシコ中の詩人と寝た男。生計を盗みで立てていた。ベラーノがはらわたリアリストの全員の母親気取りだったと語る。薬の売買が原因で殺害される。
9.アンヘリカ・フォント
おかまであるエルネスト・サン・エピファニオの親友。
10.マヌエル・マプレス=アルセ
実在のメキシコ人の絶叫主義詩人。
11.バーバラ・パターソン
アメリカ人。はらわたリアリストをビート族みたいな連中だったと評する。アメリカにラファエル・バリオスと帰国し、キューバの詩人たちと親交を持とうとする。
12.ホアキン・フォント
アンヘリカ、マリアの父親。建築家。はらわたリアリズムがやりたがった文学は、絶望した者たちの文学だったと語る。精神病院に入院中、霊的な力でリマとベラーノの行方を感じ、死者の霊と過ごす。その後、製図工として再び働き出す。
13.ハシント・レケーナ
はらわたリアリストたちと知り合いだった詩人。リマの友人。ソチトル・ガルシアと結婚して離婚する。子供の名前はフランツ。
14.マリア・フォント
アンヘリカ・フォントの姉。詩人。作中で最も恋多き女性で、ハシント・レケーナと不倫関係にあった。同じアパートに住んでいたソチトル・ガルシアとは親友。
15.アウクシリオ・ラクチュール
自称メキシコの詩の母。ウルグアイ人。ベラーノの母の友人。トラテロルコの夜を回想する。
16.ホアキン・バスケス=アマラル
エズラ・パウンドの翻訳者。
17.リサンドロ・モラーレス
ベラーノが編んだラテンアメリカの若手詩人の決定版アンソロジーを出版した人物。後年、それがきっかけで出版社が倒産する。
18.ラファエル・バリオス
はらわたリアリストの詩人。バーバラ・パターソンの夫にしてヒモ。
19.フェリペ・ミューレル
チリ人。ベラーノの母親と家族ぐるみの付き合いをする。彼へのインタビューからベラーノがシオドア・スタージョン、レイナルド・アレナスを読んでいたことが判明する。
20.シモーヌ・ダリュー
ベラーノの元恋人。フランス人。フランスに来たリマとたびたび会う。彼女へのインタビューで、リマがシャワーを浴びながら本を読んでいたことが判明する。
21.イポリト・ガルセス
ペルー人。リマに劣悪な部屋を世話し、ぼったくりの食事を提供する。
22.ロベルト・ロサス
リマがパリで住んでいた屋根裏の住人の一人。ミシェル・ビュルトーの詩を翻訳しようと試みる。
23.ソフィア・ペレグリーニ
リマがパリで住んでいた屋根裏の住人の一人。リマがデゾー通りのキリストと呼ばれていたと述べる。
24.ミシェル・ビュルトー
実在のフランス人の詩人。リマと合うために夜中のパリを歩くことになる。彼がリマに何度も聞いた〈クエスチョン・マーク〉とはアメリカのロックバンド、クエスチョン・マークアンドミステリアンズのことだろう。
25.メアリー・ワトソン
友人のヒューと傷心旅行中にヒッチハイカーになり、南フランスとバルセロナ近辺を往復、滞在する。その間
にキャンプ場の夜警をしていたベラーノと知り合い、関係を持つ。名前がシャーロック・ホームズの相棒ジョン・
ワトソンの妻と同じ。
26.アラン・ルベール。
ポール。ヴァンドルに住む日雇い労働者。普段は洞窟で寝起きし、定期的に漁船の船員をしている。リマと合流するためにポール・ヴァンドルに来たベラーノと知り合う。彼が働く漁船でリマも一時的に働く。
27.ノルマン・ボルツマン
ユダヤ系メキシコ人。テルアヒブで恋人のクラウディア、同じ大学のダニエルと住んでいたところに、クラウディアを追いかけてリマが訪ねてくる。後年、この時のリマのすすり泣きに取り憑かれる。
28.ハイミト・キュンスト
ボルツマンに知的障害者と評されたオーストリア人。イスラエルの南部でユダヤ人の陰謀を暴こうとしたところ逮捕され、リマと同じ牢に収監される。その後、リマとともにウィーンに帰国し、追い剥ぎで生計を立てる。
恐らく、ネオナチのシンパである。
29.ホセ・〈ヒメコンドル〉・コリーナ
雑誌「エル・ナシオナル」の寄稿者。リマとベラーノが最もロシア共産党に近付いた瞬間を語る。
30.ベロニカ・ボルコフ
トロツキーの曾孫。はらわたリアリストたちとの二度目の出会いを語る。
31.アルフォンソ・ペレス=カマルガ
画家。リマとベラーノが薬の売人だったことを語る。知人から聞いた話として、ベラーノが性的不能だったとも語る。
32.ウーゴ・モンテーロ
国立芸術院の職員。友人のリマをニカラグアへの親善旅行のメンバーに組み込む。リマの失踪後に登場する、
ニカラグア警察の警部を古典的な愛国共産主義者として戯画的に語る。メキシコの黄煙草と黒煙草をきっかけにした一触即発のシーンでは、南米人の偏屈さが魅力的に書かれている。
33.ソチトル・ガルシア
ハシント・レケーナの元妻。フランツの母親。詩を書いていたが、生活のためにメキシコの様々な雑誌にコラムを掲載するようになる。
34.アンドレス・ラミレス
チリ人の元密航者にして、スペインでサッカーくじを大当たりさせた人物。同国人のベラーノに彼の半生と自らの成功の秘密を語る。
35.アベル・ロメロ
彼と同じパーティ会場にいた誰かが、チリを覆う巨大な黒い翼について喚いていたのを聞く。一九七三年九月十一日はピノチェトがクーデタを決行し、アジェンデ政権を倒した日である。ピノチェトは一九九〇年まで長期にわたって軍事政権を敷く。第Ⅱ部には他にも様々な政治的表現が見られるが、このインタビューは最も政治的である。
36.エディット・オステル
ユダヤ系メキシコ人。資産家を親に持つ。スペインに住んでいたベラーノと恋仲になるが、破局する。各地を転々とし、最終的にDFに落ち着く。彼女のインタビューにある、違法な国際電話の列に並ぶ南米人たちの描写が最高に詩的である。
37.ホセ・レンドイロ
鼻につく語り方をする自称ガリシア人の悪徳弁護士。ある縁からベラーノを雑誌の寄稿者として雇う。
38.ダニエル・グロスマン
ノルマン・ボルツマンの友人。ノルマンがリマのすすり泣きに囚われて自動車事故を起こした際に、助手席に座っていた。事故の後、ベラーノとリマの行方を追跡しようとするが諦める。
39.スサーナ・プーチ
ベラーノが入院していた病院の看護婦、元恋人。批評家エチャバルネとの決闘の(個人的な)立会人を依頼される。
40.ギリェム・ピーニャ
ベラーノの友人。彼のガールフレンドの何人かはベラーノと親密な関係にあった。ベラーノが、エチャバルネが彼の最新刊を酷評するという思いつきに囚われ行った決闘の立会人を依頼される。
41.ジャウメ・プラユネス
エチャバルネの友人。ベラーノとの決闘の立会人を依頼される。
42.イニャキ・エチャバルネ
実在の批評家。作家ロベルト・ボラーニョの友人。イニャキとは、イグナシオの略。ベラーノからはいい批評家と評される。
43.アウレリオ・バカ
小説家。プラユネスからはウナムノのようなタイプの作家と評される。つまり、「規範にうるさく怒りに満ちた、典型的なスペイン人の長広舌、常識についての長広舌、でなければ神聖なものについての長広舌」(下P.230)をぶつ作家である。反ファシズム主義者。エチャバルネはバカの友人を批判したために、彼から論争をふっかけられることになった。
44.ペレ・オルドニェス
小説家。現在の作家たちは「まるで会社員かギャングのようだ」(下P.242)と語る。
45.フリオ・マルティネス=モラーレス
詩人、小説家、批評家。マドリードのブックフェア会場を「文学の空の地獄」(下P.243)と評する。
46.パブロ・デル・バジェ
詩人。雌伏の時代に郵便局職員のヒモだった話をする。
47.マルコ・アントニオ・パラシオス
詩人、小説家。スペインの文学会界に取り入る方法を語る。曰く、「スペインの作家たちは他言語の同時代作家を嫌うし、そういった作家たちについての否定的な書評を書くと常に歓迎される」(下P.250)
48.エルナンド・ガルシア=レオン
最新刊を書くきっかけとなった天啓を得た話を披露する。
49.ペラーヨ・バレンドアイン
重症の癌患者。看護婦と思われる付き添いの女性について語る。
50.クララ・カベサ
オクタビオ・パスの秘書だった女性。パスとリマの邂逅を語る。
51.マリア・テレサ・ソルソナ=リボット
カタルーニャ自治州に住むボディビルダーの女性。彼女が住んでいたアパートにベラーノが引っ越してくる。彼女が語るベラーノは、シャイニングのジャック・トランスの文章を「とても早起きしたからといってそれだけ夜明けが早く来るわけではい」と言い換えていた(原作では「仕事ばかりで遊ばないジャックは今に気が狂う」)。
52.ハコボ・ウレンダ
アルゼンチン人のカメラマン。紛争地域でベラーノと知り合い、南米人同士意気投合する。たびたび取材先の紛争地域でベラーノと再会し、親交を深める。リベリアにおいて、老カメラマンと共に彼が消えるのを見届ける。
53.エルネスト・ガルシア=グラハーレス
自称「唯一のはらわたリアリストの研究者」(下P.330)。一九九六年現在までのはらわたリアリストたちの消息を語る。
☆インタビューの聞き手は誰か
五三名のインタビュー、その聞き手を誰と考えるかで第二部全体の捉え方が大きく変わる。筆者が知る限り、聞き手についての公式解答は存在しないので、この場で私見を述べる。結論から述べると、全てのインタビューを一人の人物が行ってはいない。聞き手を明記しているのは、34のアンドレスのインタビューだけで、これはベラーノが聞き手で、1のアマデオや53のエルネスト、無数の元はらわたリアリストへのインタビューは、フアン・ガルシア=マデーロが行ったと考えられる。
多くのインタビューが、リマとベラーノを知る人物に対して行われているが、42から49までのマドリード、ブックフェア会場で発言をした人物は二人と無関係である。それらのインタビューは彼らの講演録の一部を抜き取ったものと考えられる。つまり、第Ⅱ部とは、聞き手も異なり、出典すら怪しい情報に恣意的な編集が加えられた擬似インタビュー集なのである。一つの大きな物語として読むのではなく、小さな物語を小説という緩やかな枠組みで囲ったものとして読むのが良い。物語から失踪したリマとベラーノの物語的な決着は、第Ⅲ部でつけられる。