質料と形相の比較
4イスラームのスコラ哲学を体系化したイヴン・スイーナー(Avicenma 980-1037)の思想にもしては、質料と形相はともに実体である。「なぜならば、形相はいわばそれを答れる物を基体として、それに内在するのであるが、基体にあたる物それ自体は、自分の中に内在する形相なしには存立しえないからである」(井筒俊彦「イスラーム思想史」(中公文庫、1991.
解説
↓
イヴン・スイーナー(アヴィケンナ)は、イスラーム哲学において、アリストテレスの哲学を受け継ぎ、質料と形相の概念を独自に解釈して体系化しました。彼は、物質世界に存在するものを分析する際に「質料」と「形相」を区別し、それぞれを実体と見なしました。
• 質料:形相が具体化される「基盤」としての要素。質料自体は可能性を内包しているだけで、形相が加わることで初めて具体的な存在を持つようになると考えました。
• 形相:存在の本質的な特徴や性質を規定する要素であり、質料が特定の存在として成り立つために必要です。
イヴン・スイーナーは、「形相」が内在しない質料は単独では存在できず、逆に形相もそれを具体化する質料なしには意味を成さないとしました。この考え方は、物質とその本質が相互に依存するという視点を表しています。井筒俊彦の著書から引用されているように、質料と形相が共に成り立っていることで、具体的な存在が生まれるとされます。
イヴン・スイーナーのこの議論は、イスラーム哲学における実体論や存在論に大きな影響を与え、彼の思想が後のスコラ哲学やイスラーム思想において重要な位置を占める要因となりました。
仏教、中観思想との比較
仏教における「空」の理論は、存在の本質を説明するための重要な概念で、すべての存在が独立した実体を持たず、互いに依存し合いながら成り立つことを示しています。この文脈で、「質料」と「形相」も特定の存在や本質を意味するものではなく、依存関係や相互依存においてのみ成り立つものとして捉えられます。
質料と形相の捉え方
仏教の「空」の理論において、「質料」と「形相」を次のように解釈できます:
1. 質料(物質的な基盤)
たとえば「木」や「石」のような物質的な基盤は、仏教においても観察されますが、これ自体が独立した実体として存在するわけではありません。あらゆる物質は因縁によって生じた一時的なものであり、「自性」や「不変の本質」を持っていないとされます。これを「無自性」といい、物質そのものも変化し、他の条件に依存して存在するという視点で捉えられます。
2. 形相(存在の本質や形)
形相もまた、本質的な独立性を持たないとされます。仏教では、あらゆる形相や特徴は一時的であり、固有の性質があるように見えても、それも他の条件や因縁によって形成されます。これが「空」の思想の核心で、特定の形相が何らかの実体をもつものではなく、依存関係の中で一時的に現れるものに過ぎないとします。
空の視点からの理解
仏教哲学、とくに龍樹(ナーガールジュナ)が提唱した中観派の理論においては、質料と形相のどちらも独立した存在ではなく、「因縁」によって生じた現象として理解されます。つまり、あらゆる存在は空であり、どんな存在もそれ自体に実体をもつのではなく、互いに依存しながら成立しているということです。
この「空」の理論は、存在の本質を追求しながらも、すべては因果や関係性に基づいて存在しているため、あらゆる「質料」や「形相」に固有の実体を見出すことは無意味であると説きます。